戦闘機人開発物語 - Chapter 1
戦闘機人計画、機械と生体との接合による人体強化はスカリエッティ博士の力のみによって実現されたわけではなかった。
彼の研究成果は様々な分野の基礎技術とノウハウを「高位魔導師と戦闘可能なサイボーグ」という一つのコンポーネントに纏め上げことであるといっても過言ではない。元々管理局の技術研究部で実現の一歩手前まで到達していたプロジェクトを引き継ぎ、それを「実用技術」に昇華させたことが彼の最大の業績なのである。
揺籃期
時空管理局が中心となって進められてきた官民合同の戦闘機人開発プロジェクトにスカリエッティ博士が「サイボーグ技術のスペシャリスト」という肩書きで加わった約三〇年前の時点で、既にこの研究計画は「戦闘機人」実現の一歩手前にまで到達していた。もともと人体と機械を接合させる技術自体は四肢や臓器を失った人のための再生医療技術として古くから需要があり、既に技術的に完成していたのである。
この時点で彼らを悩ませていた問題は、如何にしてこれを「魔導師に対抗可能なシステム」としてまとめ上げるかであった。
サイボーグ(義肢や人工臓器を備えたヒト)を作り上げること自体は既に実現している。だが肉体強化魔法・飛行魔法・バリアジャケット等を駆使して超人的な戦闘能力を発揮する魔導師達、彼らに匹敵する身体能力をただ一般人の四肢を機械に換装しただけのサイボーグで実現することは非常に困難だったのである。
当初彼らはこの問題を機械部分の性能向上(チューンナップ)によって解決しようとした。より強く・早く・軽く。これは一定以上の成果を得ることができ、義肢が発揮可能な最大筋力や装甲強度の理論値自体は魔導師に匹敵するものが得られるようになった。
しかしここで新たな問題が噴出する事になる。機械部品のポテンシャル向上に機械と繋がる側の人体部位が耐えられなかったのだ。強化された機械部品の応力に生体骨格が耐えられず、既存の方法では生体から義肢への操作コマンド伝達が追いつかず、生体の持つ神経伝達速度ではこれらを効率的に制御しきれない。スカリエッティを初めとする研究グループ一同は魔導師と魔法技術の恐ろしさに改めて戦慄するばかりだった。
ここで研究は一種の迷走状態に入る。
スカリエッティ博士を含むプロジェクトの中でも特に生命工学に長けたグループを中心に「高度化した機械部品に合わせて生体も強化するべきだ」という意見が湧き上がったのである。彼らは遺伝子改変によってこれらに耐える体質を備えた素体をサイボーグ化することを主張した。
実に直接的かつ乱暴な意見である。プロジェクトに課せられた研究課題が「魔導師に依存しない戦力強化」であり、そのための手段である「一般人の強化」のために彼らが行っている基礎研究が戦闘機人計画であるわけだから、強化対象の素体そのものが特別品(専用に遺伝子改変されたヒト)であっては手段実現のために目的を蔑ろにする事になってしまう。
彼らが欲しいモノはあくまで「超人的な警察官」であり、「超人になる可能性を持った赤子」ではない。いくら戦闘用サイボーグそのものが量産できても、それを赤子から警察官にまで十年以上教育しなければならないのでは全く意味がないのだ(治安を維持し、犯罪を抑止する仕事なのだから当然思考能力のない人形モドキには勤まらない)。当時の常識からすればそれは至極真っ当な結論である。
この破天荒なアイデアには流石のプロジェクトグループも(管理局上層部も)困惑した。生産性に問題を抱えるのが火を見るより明らかな上に、人道的見地からも危うさが増してしまう。長引く議論で疲れきった研究者の一部は会議の席で「そうだ、サイボーグ化素体に魔導師の強化魔法を使えば全て解決する」と口走ったというが、まさにこれがプロジェクトの戦略的目標すら揺らいでいたこの時期の部内情勢を如実に表しているといってよいだろう。
また別の脳神経医学に長けたグループは対案として機械化率の向上、要するに義肢どころか脳中枢以外を全て機械化した全身サイボーグを主張した。脳と機械を直結すれば最小限のタイムラグで機械の体を操作できるし、全身が機械なら応力も気にしなくて良いという訳だ。
確かにこの時代には脳の生体機能解明が急速に進歩しており、試験管の中で肉体から分離させた脳のみを長期間生存させる技術も実用のものとなっていた。
脳の入った頭部の下に「脳の生命維持をするシステム」を納めた胴体を繋ぎ、これに戦闘用の四肢を取り付ける。確かに筋は通っていたが、こちらにも大きな問題があった。脳を生存させる為のシステムはあくまで据え置き型の大型設置であり、現在及び近い将来に実現可能なコンポーネントではとても人型の胴体に納まりきらなかったのである。もし強行すれば全身擬体化サイボーグではなく、脳をメインコンピューターとする巨大二足歩行ロボットになってしまう。
現行の技術で最も小型化への早道になるのは回復魔法などの魔法技術・魔法装置を総動員することであったが、これでは魔導師にしか使えない。そもそもリンカーコアを含む肉体全てが切除されて脳だけになっている状態では、たとえ魔導師でも魔法は使えないのだが。
結局プロジェクトチームと管理局上層部が下した決断は、当面の間は前者のアイデアを基本に進めることやむなしというものだった。
あらかじめ高い耐応力性や伝達速度を強化された神経網、加えてサイボーグ化手術に適した四肢形状といった形質を持つよう遺伝子を改変されたヒトを生み出す。この一見非人道的な手法が最終的な支持を集めた理由には、技術的観点から観て比較的早期の実用化が可能という他にもう一つの要因があった。
ある外部の研究チームが精力的に進めていたベルカ王朝時代のロストテクノロジー、後にプロジェクトFATEの名で世に知られる記憶の複製転写技術の復元がほぼ完了の域に達しつつあったのである。
形成段階(誕生二ヶ月前から二歳程度まで)にある赤子の脳シナプスネットワークに干渉し、特定の人物の記憶を新たな肉体に転写するというこの
確かに現役で社会生活を送っている人物の記憶をホイホイと転写するのは社会的に問題がありすぎる。だが、もし複製回数が一回のみで、転写元が余命幾ばくもない老人や重病人だとしたらどうだろうか。現象面ではある人物を「延命した」に過ぎないのではないのだろうか?
つまり老齢の時空管理局職員OB・OG達の記憶を転写した、機械の四肢を持つ新人類を作ってしまおうというわけだ。時空管理局は既に七〇年以上の伝統を持つため記憶の提供者として承諾を得られそうな人物は幾らでもいるし、彼らならば再教育も最低限でよい。将来的には、記憶提供者の遺伝子を改変して素体となすことができればアイデンティティ維持の面でも更によろしい。これは欠点が転じてこの方式が選択されうる大きなアドバンテージとなった。
なお遺伝子改変は倫理的な問題を引き起こすことになるため、これ以降の研究は最高度の機密下で行われるブラックプロジェクトとされた。もちろん全身サイボーグ化や通常の肉体への機械部品装着など、これまで技術部で行われていた基礎研究は一種のカモフラージュとして継続されるが、実用化に向けたステップの研究の軸足はこちらに移す事が決定された。