戦闘機人開発物語 - Chapter 2

初期試作期(No.1 ウーノ ~ No.3 トーレ)

 開発初期段階の遺伝子素体として、研究者達は非魔導師と並んで魔導師の遺伝子も実験の対象に選択した。魔法に拠らずに必要スペックを満たす肉体を生み出す事が最終的な到達点ではあるものの、それには多くの技術的ハードルがあると予想されたためである。魔法適性を持っていれば付与魔法エンチャントによる肉体強化が可能であり、ある程度身体強化措置が不完全でも「高スペック義肢をもつサイボーグ」としての実用性を持つことができる。いわばプロジェクトの速度を早める為の平行作業といえた。

 この二者のうち、スカリエッティ博士のグループが担当したのはより困難が多いと思われた非魔導師ベースの素体開発であった。

 事前の予測どおり彼の研究は難航した。サイボーグ化に最適な遺伝形質の調査、その実現に最適な素体の割り出し等やるべきことは山ほどあったのである。そしてこれらの遺伝子改変を施した受精卵がちゃんとヒトとして発生してくれるかといわれれば、それはそれで別問題であったりする。老若男女から提供された数多の遺伝子ベースを持つ卵が俎上に上がり、その大多数がシャーレの上で死滅していった。試験管の中で目に見える大きさまでに成長できたものは数えるほどだった。そして三桁に達する失敗例の後、彼は遂に最初の成功作に到達することになる。

 その日、培養槽の中で眠り続ける七歳児相当の少女をスカリエッティは愛しげに眺めていた。発生学上・免疫上の問題も起こしていない。彼によってウーノと名づけられた少女は、数日前までは別世界の住人のように奇怪な姿をしていた。それは四肢はほとんどなく、胴体には骨格が露出しているかというほどに筋肉の付いていない部位すら散見される、事情を知らぬ人間が見れば流産した奇形児のホルマリン漬けサンプルと思われかねないほど哀れな姿である。

 だが今の彼女は違った。ウーノは数十時間に及ぶ外科手術で機械の四肢と胎内器官を与えられ、完全にヒトとしての形態と機能を獲得している。既に神経回路と義肢は接続され、不慣れではあるが僅かにこれらを動かそうとする素振りも見せている。スカリエッティは「長女」誕生を確信していた。

 ウーノは八割方の成功例と評価された。培養槽から出された後も一個の生命体としての彼女のバイタルサインには全く異常はなく、四肢の操作法も短期間で取得した。戦闘用サイボーグの四肢というヒト脳に本来インストールされているそれとは全く異なる運動器官を与えられながら、彼女はたった半年で自立歩行から片足立ちまで同年齢の少女が可能な動作の大半を体得してしまったのである。生命工学と機械工学を専攻したスカリエッティ博士にとって、この時ほど生命の神秘という言葉を体感したことはなかったという。

 とはいえ未だ義肢コントロールソフトウェアの完成度が低かった時期ということもあり、彼女の身体能力は筋力や持久力といった基礎体力面ではともかく、高度な複合動作である競歩・水泳・縄跳び等で測定される運動能力の面では同年齢の小児の平均よりやや上というレベルで頭打ちになってしまった。

 また肉体の応力耐性や神経伝達速度も(将来の成長による伸びを計算に入れても)戦闘用サイボーグ用義肢が要求するそれを満足するには至っていない。「八割方」と評価された所以はここにある。だが彼は悲観していなかった。最初から完璧なものが作れるはずはない。少なくとも「サイボーグに最適化されたデザイナーベイビー」という方針そのものの実現性そのものはこれで実証されたのだ。技術的洗練はこれから求めていけばいい。

 ゼロから創られたサイボーグ体として順調に成長していくウーノのデータ採取と義肢の改良を続ける一方で、スカリエッティ博士の予定表には近く太字で書かれた検案が記されていた。「ドゥーエ、四肢接合手術」と。

 後にウーノに続く成功例となる彼女は、より踏み込んだアプローチがなされた少女だった。(戦闘機人ではないにしろ)サイボーグ手術の実績があるという理由で選択された人物の遺伝子をベースに最低限の改変を行った、いわば実績の確立を重視したサンプル群から生まれてきたウーノに対し、ドゥーエと命名されたこの個体は身体能力のみを基準に選考されたサイボーグ手術実績とは無関係な人物をオリジナルとし、更に積極的な遺伝子改変を施した、純粋に戦闘サイボーグのポテンシャルを追い求めた例であった。

 事実上、遺伝子改変により最適化されたサイボーグ素体を開発するというプロジェクトチームの開発目標は、このドゥーエの成功で達成されたといえる。誕生した彼女の身体能力はウーノと比べても格段に向上しており、素体の肉体的成長と義肢の完成度の向上が進めば既存のサイボーグでは到達し得ない身体能力レベルに到達することはほぼ確実と判定された。ここで彼らは、遂にヒトを超えた領域に生きる戦闘用サイボーグを実現したのだった。

 ウーノ、ドゥーエをはじめ、プロジェクトに関わった関係諸氏が集まって挙行されたささやかな壮行会の後、スカリエッティ博士たちは戦闘機人に関する研究を更に展開していった。

 行うべきことは幾らでもあった。戦闘機人としてのポテンシャルを更に高めた素体・義肢の性能の向上させるための技術開発は言うに及ばず、戦闘機人を実戦に供するには相応の追加機能や特殊環境(水中・ガス・高温・低温等)向け装備の開発、義肢に見合った武装の研究も必要になってくる。

 また現行の戦闘機人少女たちはドゥーエにしろ育成中の娘にしろ研究者がマンパワーを注ぎ込んでで作り出された「ワンオフの試作品」であったが、これから先は品質面の安定に加え、量産に向いた素体をも模索しなくてはならない。プロジェクトは戦闘機人技術を量産可能レベルまで昇華させるのが最終目標であるため、彼らにはまだまだ越えなければならない壁がいくつも存在すると言える。

 加えて将来的には誕生した戦闘機人の為の効率的な訓練プログラムや、特殊な人体構造から来るストレスによる人格疲労を防ぐ為のメンタルケアのノウハウ確立、また管理局魔導師との混成部隊運用の為の戦技教範といったソフトウェア的なものも必要不可欠なため、こちらについても準備を始めなければならない段階にきている。とはいえ流石のスカリエッティ博士もこれらについては門外漢であり、また既存のメンバーのみで全てを扱うには研究分野が広すぎた。

 この時期の戦闘機人計画はまだ「管理局内部のブラックプロジェクト」という扱いであり、機密保持の面でも後の時代ほど喧しくいわれてはいなかった。そのため機密保持面で信用のできる現役武装局員などが外部から招かれ、プロジェクトチームは機人計画史上最大級の拡大を見せている。

 また新たに加わった社会学・心理学系グループ主導の下、戦闘機人の社会適応性を調査する為にウーノやドゥーエを身分を偽った上で一般学校や管理局内局、聖王教会に通わせる試みも行われた(これには二人の人格形成上、外部環境での刺激も必要であるというメンタルヘルススタッフの判断も働いていた)。誕生直後から様々な基礎実験に供されてきた彼女達にとってもこれは満更でもない体験だったようで、社会適応性試験試験の結果レポートには「良好」と記録されている。

 一方スカリエッティ博士を中心とするグループによる新たな素体の育成も順調に進行していた。ウーノ、ドゥーエから得られた数年間の運用データと、同時に日進月歩していた遺伝子改変ノウハウを用いて生み出された三人目の戦闘機人。トーレと名づけられた彼女は先行する二人の実績を元に設計され、成功例であるドゥーエの性能を越えるレコードブレイカーとなるべく最大限の技術が投入された娘であった。

 彼女は今後の改良で更に上昇するであろう義肢が要求する生体スペックを満たすだけの強力な身体能力を持ち、また今後の大改装を十分に許容できるだけの発展余裕をも見込んだ体格(にまで成長しえる遺伝形質)を持たされていた。実際に後年開発された飛行ユニットの導入によって戦闘機人として初めて(そして長らくただ一人の)空中戦闘を実現し、また格闘戦でAAランク以上の魔導師にすら対抗するなど、彼女は長期にわたって戦闘機人の運用に関する様々なレコードを打ち立てていった。なお数次の近代化改装を経て、彼女の戦闘能力面は現在でも最強クラスを維持していると評されている。

もう一つの可能性とその終焉(プロト・ゼロ)

 スカリエッティ博士を中心としたグループが戦闘機人の実証研究を進めていく一方で、機人プロジェクトのもう一つの幹である魔導師の遺伝子を用いた機人の研究はどうなっていたのだろうか。

 実際問題としてスカリエッティ博士のグループがウーノを誕生させるよりも数年先行して最初の素体を作り出すことには成功していたものの、彼らには想像以上の困難が待ち受けていた。確かに要求される肉体強度や神経伝達速度を満たすことは(スカリエッティグループの目標値よりもかなり低く設定されていたこともあって)容易だった。しかし研究者達の期待に反して遺伝子改変によって生まれた試作体はみな、肝心の魔法資質をもっていなかったのだ。彼らの実験計画は自己強化魔法の使用が前提である為、魔法の使えない素体をサイボーグ化しても全く意味がない事になる。

 この時代において、生物が魔法を行使する原理自体はほぼ解明されていた。基本的に生物は大気中に存在する魔力素をリンカーコアと呼ばれる臓器を通じて体内に蓄積し、それをデバイスと呼ばれる機械の支援のもと作用させることで「魔法」を使用している(故に脳だけでは魔法を使用できない)。

 このリンカーコアが魔力素を取り込む能力――リンカーコア活性には大きな個人差があった。ミッドチルダ人でも空を飛ぶなどの魔力消費量の大きなスキルの行使に耐える強靭なリンカーコアをもつ者は全人口の一パーセントにも満たず、過半数は実用性のある強度で魔法を使用できない「魔法無能力者」(ただし効果はともかく魔法スキルそのものは行使できている者から、完全に行使不能な者まで幅がある)となる。またこのリンカーコア活性は遺伝性が強いことでも知られている。つまり魔法を使う才能は親から子へと遺伝しやすいということだ。実のところ時空管理局で戦闘機人開発プロジェクトが発足した理由もこの魔法資質保有者の希少さと偏在にある訳なのだが、この件については本稿で詳細には触れない。

 とにもかくにも学会では「魔法資質は遺伝する」ことが定説であった訳であるが、プロジェクトの誰もが考えていた、Aランク以上の魔導師の遺伝子を用いれば簡単に魔法資質を持った素体が得られるという期待はあっさりと裏切られたのであった。戦闘用義肢への適正を高める為に行われた遺伝子改変のいずれかの段階で、魔法資質に関する遺伝子に影響を与えてしまったらしい。大誤算だった。

 その後も彼らの研究は難航し、魔法資質を持ちながら戦闘サイボーグとして実用的な適正をもつ素体が誕生するまでは更に数年の月日が必要であった。その間にスカリエッティ博士のグループが初の成功例ウーノを誕生させ、更に初の実用戦闘機人ドゥーエが実働した事を考えると彼らの感じていたであろう焦燥感は相当なものだっただろう。魔法資質に頼らない戦闘機人の開発が実用化へ向け順調に進展しているのであれば、見込みの薄い「ハイブリッド型」戦闘機人の開発計画の重要性は極端に低下してしまう。実際プロジェクト全体の会合でも幾度となく研究方針の大転換(つまり彼らのグループの通常型機人への開発対象転換)が俎上に上がったほどであった。

 数年後、遂に彼らは二人の実用型ハイブリッド戦闘機人(どちらも同一の母体遺伝子から生まれた事実上の双子であった)を一年ほどの間隔をおいて生み出す事に成功する訳であるが、その後に続く後進が生まれることは遂になかったのである。なお彼女達の詳細はプロト・ゼロという開発コード以外、後述する理由によって今も明らかになっていない。

 グループを襲った不幸はこれだけに留まらなかった。あろう事か彼らの研究所が「違法実験の現場」という理由で時空管理局の陸士捜査課の突入を受けてしまったのである。戦闘機人開発は時空管理局を中心とした官民合同のブラックプロジェクトであるわけであるが、それゆえに一般部隊への認知はされておらず、表立って動き出した陸士部隊を強権的に止めることも難しい。基本的には管理局上層を経由して捜査を避けるよう調整がなされている訳ではあるが、元々硬直化した指揮系統を持つ組織ゆえに完璧にそれが機能しているとは言い難かったのである。また折りしもスカリエッティグループの開発進捗によってプロジェクトの研究規模が膨れ上がっていた時期ということもあり、いささか滑稽ではあるが起きるべくして起きた事件であった。

 この蛇の尻尾食いとも言える突入捜査によって彼らのグループは主要研究者の多くが捕縛され、実験資料や機材も大多数が(書類管理の杜撰な陸士捜査課のファイルキャビネットに入ることを恐れて)焼却処分、一部が捜査側の保管下に入る事となってしまった。またこの時点で唯一の成功例であった二人の姉妹も陸士部隊に連行されている。人員については部内処理で早期釈放がなされたものの、本格的な研究開発を再開することは難しかった。陸士の目に入ってしまった彼らを露骨に再結集させてはいくらなんでも目立ちすぎてしまう。

 結局彼らは一部のみが「保護された姉妹のメンテナンスについて管理局に協力する」という名目で二体のハイブリッド戦闘機人の経過観察に関わり、大多数はスカリエッティグループに移籍するか野に下る事になる(研究員はあくまでサラリーマンであり、例えば秘密の地下実験施設を転々としながらアングラな研究ライフを送るのを良しとしない者がほとんどだった)。彼らのグループは書類上も戦闘機人開発プロジェクトから正式に抹消され、プロト・ゼロの所轄は管理局地上本部の保護施設とされた。そこではもちろん新規の素体を研究することは適わず、業務といえば(単純な身体スペックでならドゥーエにも劣ってしまう)二人のプロト・ゼロの成長に合わせて義肢を開発し、そのデータを極秘裏にプロジェクトへフィードバックする程度。事実上、ハイブリッド型機人の開発は本事件を持って息の根を止められたと言えるだろう。