戦闘機人開発物語 - Chapter 4
停滞期
チンクとクアットロの加入によって義肢研究・装備開発グループのテストが大車輪で回りだし、プロジェクトグループ内は一層の活況を呈しつつあった。しかしこの数年後を境に、一転して戦闘機人開発プロジェクトは大幅な停滞期に突入する事になる。
第一の理由は量産化の壁であった。チンク・クアットロで悩まされた成長促成遺伝子の問題はそれなりの進展はあったものの、彼女達のデータをも取り入れた次代の素体達は肉体年齢一〇歳相当に達するまでに全て予後不良で廃棄という大失敗となってしまっている。また培養槽の重力ストレス付与システムも大規模な不具合が発見されており(つまりクアットロの失敗原因は両方だったことになる)、実戦型機人の量産を阻む壁は機材面でも厚かった。
そしてもう一つ、大きな原因となる事件が起こっていた。ここ数年に渡って、開発プロジェクトの研究施設や関連企業、研究員が管理局局員の捜査を受けるという事例が頻発していたのである。
本来、サイボーグ開発は時空管理局の地上本部が将来装備の一環として長年基礎研究を行ってきた官民合同プロジェクトであった。これは別段最高機密でもなんでもなく、あくまで「将来の可能性を探る」ための予備的研究である。この計画の存在はそれなりのキャリアを持つ局員や、管理局の煩雑な公開資料を紐解くことを厭わないミリタリーマニアであれば周知の事実だ。
戦闘機人研究プロジェクトはそこから本格的な実用化を求めて枝分かれした太い地下茎だった。序章で述べたようにこの「サイボーグ手術に最適化した素体+高性能義肢」という組み合わせの研究については倫理問題と質量兵器禁止条例問題が絡む為にブラックプロジェクトという扱いになっている。各研究グループは表向きは隠れ蓑である管理局技術グループや再生医療器具メーカーのR&D部隊等に分散しており、地下での相互関連性は注意深く隠蔽されている。しかし機人研究の進展に従って研究分野が多系統に広がり、プロジェクトが肥大化したために機密性維持に綻びが生じ始めていたのだ。
特に一般法に照らし合わせれば違法研究として摘発されかねない生命工学系研究グループや高機能義肢開発グループは陸士部隊の捜査対象に上がらないよう、これまでは注意深く局内のコントロールがされていた。特に機人開発プロジェクトは地上本部系の某有力派閥が主導しており、その影響下にある陸士部隊に関していえば別段問題はなかった。しかし総体でみた管理局は複数の派閥が乱立し、派閥が違えば横も上下もほとんど繋がりがないという非常に硬直化した組織である。そのため彼らの派閥外、特に「世界の平和を守るのは俺達だ」というプライドの高いハイレベル魔導師系派閥の影響下にある陸士捜査隊への介入には自ずと限度があった。
こうした理由からここ数年は研究施設摘発や発注した部材の差し押さえなどが頻発し、プロジェクトに黒い影を落とし始めていた。特に二年前に発生した事件では研究施設の全損、育成中の素体『プロト・ゼロ』二体の捕縛というこれまでで最大の損害が発生し、被災したグループは事実上解散状態になってしまっている。
そして遂に最悪の事件が発生した。装備試験のためにトーレ・クアットロ・チンクが所在中の中核研究施設の一つが管理局部隊の突入捜査の対象となってしまったのである。機材と違って失えば補充の効かない彼女達が脱出のままならない状況にまで追い込まれた結果、プロジェクトチームは「強攻策による素体保持」を決断、遂に事態は戦闘機人と管理局魔導師が正面きって戦う流血沙汰にまで発展する。
この初の本格的な実戦戦闘によって、彼らが手塩にかけて育ててきた戦闘機人の戦闘能力は証明された。撃破した魔導師の中には十名近いAランク級魔導師に加えて、更に高いAAランクや、オーバーSランクの魔導師すら含まれていた。チンクが右目喪失の重傷を負ったが、対峙した相手(S+ランク魔導師)を考えればむしろ予想より軽い負傷といってよいほどだ。スカリエッティ博士をはじめ、多くの研究員にとっては長年に渡る研究の成果が実証された瞬間であった。
しかし既に機人計画を広範にマネージメントする立場になっていたスカリエッティ博士にとって、この事件は喜びよりも頭痛の方が大きかった。もはや管理局の指揮系統に頼った捜査回避は限界に来ている。彼が地上本部に入れた苦情に対する回答は「命令が追いつかなかった」という到底承服できないものであった。
この件については、手をこまねいていると更に悪化する可能性もある。これまでに受けた捜査は基本的に陸士部隊が主力であり、その捜査主体はミッドチルダ地上本部だった。しかし今回で遂に捜査側に大規模な人的損害が出してしまった為、大規模な犯罪組織が関わる広域次元犯罪であると判断(機人計画の事業主体を考えれば誤認もいいところだが)した本局が出張ってくる危険も考えられたのである。
時空管理局本局――
時に彼らは各世界の事情などお構い無しに強権的な介入捜査を行うことから、元々同一政府の組織(ミッドチルダ地上軍と同宇宙艦隊)を起源としながら
特に「艦隊派」と俗に呼ばれる本局系最大派閥には最大限の注意が必要だった。彼らは『伝説の三提督』や代々高ランク魔導師を排出するハラオウン家など複数の名家、聖王教会の古代魔法伝承者などを中心に地縁・血縁・学閥で結びついた一種の貴族集団であり、ハイレベル魔導師の権益代弁者として、自らの人事権を盾に時空管理局の中で特に大きな影響力を持っている。
彼らにとって遺伝子改造で生まれてくる、魔法に頼らない戦闘機人などはミッド地上に
事が彼らに露見したら最後、次元の果てまで追われてプロジェクトは強制解体(前にも書いたとおり、彼らは各世界の自治権などお構い無しに自前の部隊を送り込む)されてしまう。またこれは計画を推進していた地上本部系派閥にとっても致命的なスキャンダルとなりえる。
討論を重ねたプロジェクトグループは最悪の事態を防ぐ為、人員・設備・予算の全てにおいて規模の飛躍的な縮小を甘受する事となった。特に大規模な実験設備が必要で捜査官の目に留まりやすい培養育成施設は研究所レベルから実験室規模にまで縮小されることとなる。各施設もまた地下化され、事実上ほとぼりが冷めるまで地下に潜伏するというマフィアの地下密造工場じみた様相を呈している。
スカリエッティ博士はほぼこれまでの地位に留任するが、この組織再編によって多くの研究員がプロジェクトを去るか、外注作業員として機密保持のためにブロック化された各研究工程の一部のみを分担する役に移行する事になる。研究効率の大幅な低下は避けられないが、プロジェクト自体を存続させるためにはやむを得ない選択だった。
少なくとも機密面での効果はすぐに現れた。先の遭遇戦で機人捜査の中核を担っていた陸士部隊が壊滅したこともあって、組織再編を境に頻発していた研究施設への突入捜査はぴたりと止んだのである。懸念された本局系組織の介入も若干名の執務官が短期間ミッド地上に派遣されたのみで、本格的な捜査にまでは至らなかった。戦闘機人事件は人々の記憶から忘れ去られ、過去のものとなりつつあった。
しかしその代償として、元より難航していた成長促成因子導入機人の研究は更に大幅な遅延を余儀なくされていた。特に突入捜査で培養中の素体と研究資料の一部が焼失し、更に組織再編によって生命工学系の実験効率が低下した影響は多大なものがあった。暇を持て余したスカリエッティ博士はこれから数年の間に人造魔導師開発計画や