戦闘機人開発物語 - Chapter 5

試験量産期 一(No.6 セイン、No.10 ディエチ)

 突入捜査や施設の再編移動による混乱・紛失といった悪条件も重なり、プロジェクトの再編成前に生まれた素体のほとんどが機人として目覚めることはなかった。

 システム全体として見ると素体育成ポッドは非常に嵩張るシステムであり、稼動しながらの移動はほぼ不可能であったからだ。加えて成長促進中の素体は不安定で外部からの衝撃や刺激に極めて敏感である。一言で言うと、輸送中に

『崩れてしまう』

のだ。そのため幼児レベル以上の個体は泣く泣く全機処分となり、プロジェクトチームはこのまま解散かと思われるほどに悲痛な空気に包まれることとなる。実際に再編を機に下野する研究員達の中には、そうした認識にあった者も多くいたという。

 そして以前と比べるとずいぶんと小規模になった実験施設で素体達が成体に成長する頃には、もう世間の記憶からは戦闘機人などという単語は綺麗に消え去っていた。

 チンク・クアットロ期から数えて実に十年近いブランクを明けて誕生した六人目の戦闘機人は、ある意味非常に無難に収まった娘であった。戦闘能力では今もって余人に劣ることのないトーレ、空中早期警戒機人としてほぼ完成したクアットロといった強烈なスペックをもつ姉と比べると取り立てて特筆すべき特徴もない。

 しかしスカリエッティ博士にとって、彼女こそ追い求めていた可能性が最善の形で結晶化した一つの形であった。物は言い様というもので、彼女は戦闘機人として必要十分かつ安定した身体性能を持っていた。そして最も重要なことに、受精卵から約六年で成体まで成長、サイボーグ化手術を受けこの世に誕生したのである。

 そうなのだ、彼女こそがプロジェクトチームが長年追い求めていた、実用型戦闘機人の栄えある「量産」一号機なのであった。全盛期に比べると大幅に減ってしまった開発スタッフの祝福を受けて目覚めた六番目の少女は、セインという名を与えられた。

 量産型一号機の称号と共に、セインはもう一つ素敵なプレゼントを受け取る事になる。そのことに最初に気づいたのは、偶々セインの初期動作訓練を視察に来ていたスカリエッティ博士であった。彼女や彼女の訓練を担当していた姉達(いずれも魔法因子を有さない)は気がついていなかったが、博士はセインが時たま無意識に結界のようなものを周囲に張り巡らせていることを発見したのである。どうやら彼女は先天性の固有技能を持っているらしい。

 ミッドチルダ人の中には、ごく稀にこうした特別なスキルを持って生まれてくる者が存在している。数百年前、未だ聖王の統治するベルカ王朝が次元世界の中心であった時代に繰り返されていた、騎士の能力を高めるための遺伝子改変。現代の技術水準とは比べ物にならない精度で行われたその「種子」を劣性遺伝の形で受けついた者の中には、時たま現行の魔法技術では再現できない特殊な才能・スキル・体質を持って世に生を受ける人間が存在する。セインは身体性能と成長促成のために積極的な遺伝子改変が行われた受精卵から生まれてきた素体であるが、それがきっかけで博士も予想だにしなかった希少な種子が発芽したらしい。

 検査の結果セインの先天スキルは局所的な結界で自らを包み込み、身体の分子構造を保護したまま無機物の内部を貫通移動するという常識外れの物だった。ちなみに後にウーノが調査したところでは、この技能は確かに古代ベルカ時代に特殊部隊などで運用記録があるようだ。またこの時点で彼らは把握していなかったが、実は現在でも「血筋」による伝承者が存在するスキルであり希少ではあるが決して荒唐無稽ではない。

 直ちにセインの装備する義肢もこの固有スキルを生かせるような改設計が組み入れられた。元来このスキルは加速をつけて「壁などを貫通移動する」ための物であったが、飛行ユニットを流用した姿勢制御装置を搭載することで「自由に無機物中を潜伏・移動する能力ディープ・ダイバー」へと昇華される事になったのである。加えて重力波や地震波を利用する地中探信システムも装備された。平凡が取り得の量産型機人であったはずのセインは、とんとん拍子で最もレアな技能を要する少女へと変貌していった。

 セインの成功の後も長らく続いた沈黙を破るように、プロジェクトは急速に果実を成熟させていった。成長促進因子や培養槽の改良がようやく実を結び、六年成長型の量産型機人がかなりの収率で安定成熟できるようになったのである。経過良好かつ施術適齢期に近い素体は実に六体。数年先行して目覚めたセインを加えると、性能的にも安定した機人が七人相次いで誕生する事になる。

 遂に開発プロジェクトは実用化前の最終ステップ、戦闘機人の試験量産を行う段階にまで到達したのである。次に行うべきは小隊レベルでの運用試験だ。そのためには近接戦闘、近距離から遠距離までの射撃戦に対応する各種武装や電子戦装備などが必要になってくるが、それらについてはトーレ・クアットロ・チンクを用いた試験で既に満足のいく性能を発揮しえるものが完成している。

 この時点で問題があるとすれば、用兵側からの要望が強い空戦機能を導入するかどうかであった。なぜなら開発初期に比べて飛躍的に小型化が進んだとはいえ、やはり義肢内蔵型の空戦ユニットはそれなりの容積が必要だからである。飛行能力はどうしてもある程度の筋力発揮や、固定武装とトレードオフの関係になってしまう。

 問題をややこしくしていたのは、空戦ユニット内蔵型の義肢以外にも「空戦」を実現する手段が開発されていたことだ。

 空戦魔導師は飛行魔法によって空中に浮遊することができる。これはスカリエッティ博士や管理局武装局員など魔力資質がある人間・魔法と日常的に関わり合いの強い人間にとって「最も簡単でポピュラーで常識的な」飛行手段だ。加えて空戦魔導師は飛行魔法によって能動的に飛行を行うため、飛行装置のように「人の手を経由するコマンド入力の遅延」が生じない。

 これが管理局における空戦魔導師最強理論の土台であり、そのためにスカリエッティ博士はプロジェクトリーダーとして戦闘用の義肢に飛行機能を組み込むことに腐心してきた。しかしプロジェクトグループ、特に博士の最も得意とする生命工学分野から比較的遠い兵器担当部門の研究者はその固定観念を打ち砕くような回答を作り出してしまったのである。

 例えば機人研究の停滞期にプロジェクトのメカニカル分野グループが手がけていた(彼らの食い扶持維持のために最高評議会が復元計画を発注していた)単能型武装ロボットガジェットドローンは浮遊移動方式であり、中には空戦魔導師以上の飛行能力を持つ空戦追求型も存在する。これらは関連企業の協力もあり、古代ベルカの宇宙戦艦ゆりかごから発掘されたオリジナルに加えてスピンオフで発展開発された三形式の量産ラインが稼動するにまで至っている。開発グループが同一ゆえに通信規格の統一もしやすく、戦闘機人がこれらのロボットを「足」として用いれば相当な空戦能力が発揮できるのではないか、という理屈だ。

 またこれとは全く別に、武装研究グループは戦闘機人用の外付け飛行装備の研究も行っていた。飛行ユニットをバックパック形式に収めたものや、武装プラットホームと移動手段を兼ねるフローティングボード状のアイテムなどが既に実用化の域に達している。

 この二つの回答には共通項がある。神経接続を外部にまで容易に拡張できるという戦闘機人の身体特性をフルに活用しているという点だ。機人であれば外部装備や武装ロボットと電気的(神経的に)に接続し、脳からのダイレクトコントロールでそれらを操縦できる。これらは事実上、身体拡張機能を意味する。外部飛行装置とは言っても、運用する機人にとっては体の一部に等しい応答性が得られるわけである。

 要するに求められているのは空中展開能力・空中戦闘能力であり、機人が魔導師の真似をして身一つで空中浮遊できるかどうかは実は重要ではないのではないかということだ。

 こうした回答をプロジェクト間の連絡会議で受け取ったスカリエッティ博士であったが、即座にこれに同意するわけにはいかなかった。

 もちろん常識の壁など彼自身にとってはどうでもいいものであったが、クライアントである管理局地上本部にとってはそうはいかないからだ。管理局内部では「革新派の最右翼」である彼らにしたところで所詮は官僚組織、全く新しい発想に基づくものを易々と受け入れる柔軟性を持っているとは思えないからである。プロジェクトマネージャーという立場から観た上での否定であった。

 実際にスカリエッティ博士がクライアントとの連絡会議の最中にこの試案を提示したところ、帰ってきた反応は肯定三割否定七割だった。曰く空戦魔導師より大掛かりになる、整備対象が増えすぎて既存の部隊で運用できない、等々。彼らの頭中にあるのはあくまで「空戦魔導師のように」空を飛べる機人なのである。それでも全否定されなかったのが(クライアント側の名誉の上でも)救いではあるが、結局のところは実戦に近い環境で実用性を客観的データとして示すしかないわけだ。

 しかし必ずしも飛行ユニットを組み込まなくても良いという選択肢の広がりはプロジェクトにとって歓迎すべきものであった。彼らは量産試作第一期の機人達については自立飛行型(もちろん表向きはこちらが主力である)、外部機器依存飛行型の両タイプを試験するとし、部隊レベルでの機能統一は結論を先送りすると決定した。

 セインに続いて順次サイボーグ手術が行われた娘たちは、その混乱の影響を直接的に受けることになった。No.7「セッテ」、No.8「オットー」、No.9「ノーヴェ」。彼女達は戦闘用義肢や武装のコンセプト決定が遅れた為、応用動作訓練に必要な機材の生産スケジュールが間に合わないという事態が発生していた。

 試験量産型の戦闘機人とはいえ、彼女達の体格はそれぞれに固有のものだ。遺伝的に均一化されているわけではないし、身体サイズは発生後の後天的要素も絡んでくる。だが一般生活なら多少身体に合っていない義肢でも問題ないが、スペック最優先の戦闘用義肢については、やはりそれぞれの身体に最適化されたものを装備しなくてはならないのである。

 コスト的・時間的に無駄が多いとはいえ、こういった部分はどうしても百体単位で機人が量産化される状況にならなければ改善できない。また遺伝子を弄って体格まで規格化するという手段もないではないが、極端に均質化された集団は組織学的に脆弱になってしまう為、武装集団の構成要素として不適格だ。従ってそういった手段も選択されていない。

 こうした状況下で応用的な戦闘訓練に進めない彼女達より先に竣工することになったのは、皮肉なことに最も実験機的性格が強いとされたNo.10のディエチであった。彼女は狙撃兵という、近接格闘とハンドウェポンによる近距離射撃を主体とするこれまでの機人姉妹たちに無かったコンセプトデザインの元に設計製作されていた。このような役目を本格的に持たされた機人は同期の試験量産組にはおろか、年長組の中にも存在しない。

 しかし当初からのコンセプトデザインが迷走せず、前述した三人に比べると要求される身体適正・武装能力が確固たるものであった事、そして何よりも新規開発となる義肢の研究が順調に進展したことが功を奏した。そのため彼女はベースナンバーでは一〇番と比較的後発(これは新規な設計思想ゆえに竣工が遅れるだろうとの予測からであった)に位置する割に戦闘機人としての竣工時期が逆転的に早く、ある意味では早熟な娘であった。

 ディエチの設計コンセプトの特徴は、全身の筋アクチュエータに新規開発のものを採用し、機体レベルで超遠距離狙撃に最適化されていることだ。

 従来の戦闘機人はどれも基本的に近接戦闘を主眼に設計され、そのアクチュエータは最大出力や敏速性に優れた出力特性を持っていた。また制御の単純迅速化、機械的な効率の追求の為に大型のアクチュエータを(比較的)少数搭載する形式をとっている。そのため「腕を伸ばす」「腕を曲げる」の反復動作をハイパワーかつ高速で行う事には適しているが、「徐々に伸ばす」「伸ばす動作を途中で止めて静止」など中間的な動きはどうしても不得意になってしまうのである。故に機人の動作は大降りになりがちだ。

 これに対し彼女のそれは精密動作、静寂性、持続性を重視したものとなっており、また動作の正確性を高める為に小型のアクチュエーターを直列超多段階型で搭載する形式を採用していた。身体制御は他の姉妹とは比べ物にならない程に複雑化してしまうが(開発段階でディエチ用義肢の動作テストを担当したクアットロは『こんな面倒な腕を他の脳筋娘に付けたらきっと頭が爆発する』と酷評した)、こうした特性は『大威力質量射撃の反動を砲身をブレさせず正確に押さえ込まなければならない』、『長時間姿勢を変えずに狙撃のタイミングを待つ必要がある』などの性能要求を満たす為に必要不可欠であった。

 ちなみに人間の筋肉は「伸びる」「縮む」のどちらかの状態しか取れない筋肉細胞が無数に集積することで無段階的な筋肉のスムーズな動作を実現している。ディエチの身体構造はよりそれに近いのである。

 実際問題として、見た目はただの戦闘機人でも制御工学的に観た彼女は他のどの姉妹とも際立って異なる異端児であった。先行する姉妹の動作データ流用も行えず、義肢制御訓練の内容も彼女だけは特別プログラムが用意された。当然歩行など基本動作も他の姉妹より習得に時間がかかっている。

 だが竣工直後の彼女の嘗めた辛酸は決して徒労ではなかった。機械の筋肉は人間では避けられない「ゆらぎ」が存在せず、彼女の射撃姿勢は文字通り微動だにしない極めて高精度な状態を実現できる。また低温でも手の末端がかじかむ事は無く、何時間不自然な姿勢で待ち続けても筋肉が強張ることなく万全の状態で射撃が可能だ。狙撃兵としてこれほど恐ろしい存在は無いといえるだろう。

 ちなみに物質潜行能力を持つセイン、遠距離狙撃に特化したディエチ共に、その潜在能力を生かすために空戦ユニットの義肢内導入は事実上棚上げ状態にされている。これは個体性能の追求より分隊レベルでの性能実証へと研究段階が遷移していることの証左といえるだろう。もちろん彼女達も自力での飛行が不可能というだけで、ガジェットドローンを足場として経空移動を行うための装備、訓練が施されていることは言うまでもない。

 とはいえ彼女達のような「特化個体」ばかりの竣工が先行してしまっており、汎用性を重視した近接タイプの完成に遅延が生じていることは確かである。残る五名が身体・武装共に完成状態となるには更なる時間が必要であった。