戦闘機人開発物語 - Chapter 6

試験量産期 二(No.7 セッテ ~ No.12 ディード)

 セッテ、オットー、ノーヴェの戦闘用装備が未達のまま、残る二人のサイボーグ化手術が施工された。No.11「ウェンディ」、No.12「ディード」。しかし彼女達にしたところで義肢とメイン武装の調達が間に合っていないことは変わりなく、一般生活用の義肢で基礎的な動作訓練に勤しまざるを得なかった。

 八年前の「戦闘機人事件」以降、機密対策として推進された地下化・縮小化が生命工学部門だけでなく義肢・武装といったハードウェア研究部門にまで悪影響を与えていることを示す証左と云えるだろう。ソフトウェア部門(教育プログラム)についても同様で、戦闘訓練の充実に関する研究はともかくとして、個体としての人格形成上重要な一般教養方面などは実施に必要な人員すらが不足しがちな有様だった。

 チンクまでは複数の専門教育スタッフ(スカリエッティ博士自身もかなりの時間を彼女達に割いていた)によってマンツーマンで施されていた機人たちへの一般教育は機密面の問題から通信教育主体とならざるを得ず、また実施対象が一気に増えた影響で質的にも簡略化を余儀なくされていた。加えて対面教育もかなりの部分がトーレ、クアットロ、チンクの担当(後にセインも加わった)するところとなっている。

 実のところ彼女達にした所で精通しているのは義肢や武装の扱いだけであり、それ以外の経験は割と空っきしだったりする。そんな中途半端な三人に教育を受けた試験量産組の精神的な未成熟さは、後の実戦運用で様々な弊害を生むことになる。

 これについてはプロジェクトを統括する立場としてスカリエッティ博士も問題認識していたようであるが、元からマンパワー不足の機人プロジェクトに加えて管理局から受注した複数の依頼を同時に処理していた当時の博士は多忙を極めていた。

 特に前述した巨大宇宙戦艦のレストアがたけなわとなっており、加えてガジェットドローンの増産に対応する為の生産工場拡張に関する案件も抱えていた。そのため彼とウーノは関係各所との調整の為に勤務日の半分以上が出張という有様であり、彼女達の教育環境改善まで手が回らなかったのである。口の悪い言い方ではあるが、根っからの研究者であるスカリエッティ博士の限界であった。

 ちなみに彼自身、なかなか触れ合う時間の取れない試験量産組が彼よりも直接教育を担当した年長組の機人たちに懐いている様子を寂しがっていたようであるが、これはまた別の話である。

 結局彼女達は半年から長い娘で一年近い待ちぼうけを喰らったあとで、ようやく戦闘用の四肢と武装を手に入れる事となった。

 なお特化個体であるディエチを例外として、五人(+セイン)の義肢の基本仕様や制御アルゴリズムはおおむね統一されたものとなっている。そのため彼女達には、先行世代には無かったある新機軸が搭載されていた。それは複数の僚機同士で制御情報を交互やり取りデータリンクし、極めて統制の散れた協調動作を行うことを可能とするという物だ。

 これは本来義肢の運用データを姉妹機間で共用する事で完熟期間を短縮するという目的で実装された機構であったが、近接格闘戦において協調動作を容易化するという副次的効果も発揮している。制御アルゴリズムが統一されている為、体の姿勢や皮膚感覚等を念話に乗せてダイレクトに伝達することができるのだ。これによって彼女体は視聴覚に頼らずとも一つの「群れ」として有機的に行動できるようになる。

 これは管理局から提供された機密資料に含まれていた、「闇の書」と呼ばれる戦略級ロストロギアの設計概念に触発されたスタッフが考案したものである。「闇の書」は大型船舶並の魔力ジェネレータと上級魔術を行使可能な高機能戦術AI、模擬リンカーコアを搭載し自立行動可能なオーバーAランク相当の外部戦闘端末四体で構成された第一級の戦略兵器だ。外部戦闘端末は個体によって外見や機能は全く異なるが、制御規格が統一されていることで個体間の濃密なデータリンクが可能であるとされる。これによって戦術AIの測量を元にした統制射撃を外部端末に実行させるなど、各種状況に柔軟に対応した行動をとることができたと言われる。

 ただし「闇の書」のデータリンク機構は上位の戦術AIが演算と指示を一括するよう権限固定された明確なツリー構造をとっているのに対し、プロジェクトチームが考案したそれは各個体に処理を分担させる分散ネットワーク方式であった。これは「闇の書」システムのように基礎演算能力が飛びぬけた個体が存在しない機人の特質のためだ。

 また分散方式では作戦毎にネットワークを構築する個体ノードを入れ替えることができ、運用面での柔軟性や生存性が確保しやすい。実際に例の資料によると前述の「闇の書」は既に戦術AIが破棄されてしまっているという。当然遺された外部戦闘端末だけではデータリンク機構を構築できず、本来のスペックは失われてしまっているに等しい。とはいえ「闇の書」の場合はハブである戦術AIの喪失は基本的に使用者の撃墜を意味し、外部戦闘端末も活動する意義を失うから設計仕様上問題はないのだが。

 なお機人の間で伝達される情報をどのように生かして協調動作させるか、そのソフトウェア的な部分は未だ練成途上であるため現状で実戦においては大した成果は期待できない。データリンク機構はトーレ世代の機人には実装されていないため、実機を用いた開発がまともにできていないからだ。

 現時点では彼女達の訓練不足を補うためにコンビネーション技の半自動実行機能などが機体制御班によって研究されているが、実戦環境でのデータが不足している為にどうしても作り込みが甘い。協調動作の精度が〇・一秒程度とまだ隙が多く、実用に耐えるレベルではないのだ。あくまで今後数年の技術発展を見越した拡張機能といえる。

 余談が長くなったが、基本的な仕様が統一された上で、彼女達の義肢には最大限パーソナリティといえる個体ごとの特性付けが行われていた。単純なポジショニングで見ればフォワードばかりだが、陸士部隊の屋台骨が中近距離を担当する歩兵タイプの人員であることを考えるとそれほど不自然なことではない。

 No.7のセッテは試験量産組七体の中では、特に絶対的性能を追求した個体だ。高い最大筋力に加えて高度な空戦機能をも併せ持ち、更に豊富な内蔵火器も搭載されている。現行最強機であるトーレの直接的な「後継」といえる、あらゆる状況に柔軟に対応可能な王道的フラッグシップモデル機だ。ハイ・ロー・ミックスで言う所の「ハイ」に相当する。

 これは同期の娘より頭一つ大きく、ほぼトーレと同等という彼女の大柄な体格ゆえに許されたものである。逆に言うと、あれもこれもと詰め込む為にはサイズ面での妥協が必要であるという事だろう。大型大重量の個体の場合、当然義肢の製作・運用コストは高騰する。

 No.8のオットー、No.12のディードは素体面で見た場合、同一に近い遺伝子を持つ事実上の双子機である。ただし義肢及び武装の特性で見るとオットーは空中早期警戒機能と内蔵火器による中距離射撃、ディードは近接戦闘を重視しており得意分野が全く異なる。そのためペアを組んで行動する場合には、自動的に互いに互いを援護するポジションとなり非常に都合がよい。

 しかし義肢開発・武装開発チームが求めていたのはそのような表面的な特性ではなく、より根本的な命題であった。オットーとディードは素体ポテンシャルではほぼ同一スペックであり、実は飛行性能や胴体部に内蔵した機器についても統一されていた。異なるのは義肢と外部武装だけだ。つまる所、研究チームは動作訓練に完熟した頃を見計らって二人の義肢と装備を変更し、ポジショニングを入れ替えることを予定していたのである。

 これによって、状況により前衛型装備と後衛型装備を選択して出撃可能なマルチロール・ファイターが実現することになる。魔導師にたとえると、ミッド式とベルカ式を任務によって選択可能なバイリンガル魔導師といった所か。もちろん現実にはそれほど都合よく行かず、ただの中途半端な機体に終わる可能性は否定はできない。魔導師でもバイリンガルを称するものの十中八九はそういう輩だ。だがこうした機人の「実現性」に関する知見を得るだけでも価値はあるとプロジェクトチームは判断していたのである。

 なお現時点におけるディードは空中戦闘可能な近接戦闘機であり、セッテと対をなす「ロー」のポジションをも占めている。セッテと比較すると彼女は運用コスト面では身軽であり、その反面射撃能力が低く総合的な武装評価では劣る。特に内蔵火器が乏しい為、レンジの開きやすい空中戦ではハンドガンの所持が必要になってくる。

 以上三名が空戦ユニットを義肢内に導入した自力空戦型であるのに対し、No.9のノーヴェとNo.11のウェンディは外部武装により飛行を実現したタイプの機人である。そのため空戦ユニットを搭載している三人や、「ディープ・ダイバー」のための各追加機器を搭載しているセインと比較すると義肢内部のアクチュエータ配置が筋力発揮に理想的なものとなっている。特にノーヴェは体格面でも小柄な部類に入るが、純粋な筋力と基礎体力が物をいう地上での格闘戦だけを見れば、体格の大きいセッテやトーレに近いポテンシャルを秘めているといえるだろう。

 とはいえ義肢特性だけで見たノーヴェとウェンディは洗練された陸戦能力を持つというだけで、際立った個性は持っていない。二人を特色付けているのは、それぞれの保有する外部武装だ。特にノーヴェは「空中に足場を立体投影する」という遺伝性技能をもつ某魔導師の因子を元に製作されており、彼女もまた同様のスキルを行使可能だ。

 そのためノーヴェの武装は自走式インラインブレードという、この「足場」上で機動性を最大限に発揮できる形態に集約されている。足場は自由に空中展開可能な為に、彼女は事実上の飛行能力を保有していると言える。ただしインラインブレード単体での走破性は極めて劣悪であるため、足場を用いない限り屋外での行動能力は極端に限られてしまう。まさに彼女専用の武装と言えるだろう。

 ウェンディはそれに比べると少々可哀想な娘である。確かに彼女に与えられた専用武装、ライディングボードはガジェットドローンに匹敵する飛行性能を持ち、内部に多数の火器を搭載、更に希少金属を多用し軽量性と剛性を兼ね備えた盾としても使用可能という至れり尽くせりの強力な武装だ。現状で機人に与えられている個人携行装備の中で、最も高価なものはと問われれば確実にこれが挙げられるだろう。ウェンディそのものよりも武装の方が目立っている位だ。

 そして悲劇的なことに、この武装は彼女以外での機人どころか普通の人間でもそれなりに扱えてしまうのである。特に同期の試験量産組はデータリンクで彼女と動作共有ができるため、数十分訓練すれば彼女と同レベルで使いこなせるようになってしまうだろう。

 実際問題として、プロジェクトチームは現時点でウェンディをして最も「ベーシックな」戦闘機人であるとみなしていた。本来試験量産組のベース役となるべきなのは最もスケジュール的に先行していたセインなのだが、彼女は思いもよらぬ先天技能を保有していたことによって、それに特化する道に進んだ。そこで白羽の矢が立ったのが彼女というわけだ。

 それ故に彼女には外部武装としてはかつてないほど高価なライディングボードが与えられた。武装開発チームはウェンディからのフィードバックを元にそれを改良し、他の娘の分を生産する。彼女達はウェンディとの動作協調によって短期間でそれに習熟する。

 幸いなことに、元来享楽的な彼女は「テストパイロット」「味見役」「教導者」という役所は最も向いているポジションであった。おそらくその頃にはウェンディには新兵器が与えられ、特に思い悩むこともなくその習熟に励んでいる事だろう。

 戦闘機人でありながら義肢でも武装でもなく、その性格をして固有性を示す彼女は、ある意味試験量産組の中で最も型破りな存在といえた。

 以上のようにして出揃った試験量産組七体は、以上のように個々が独自の特質となるべきものを持ちながらも、最低限の航空展開能力を保持したチームとして仕上がっていた。

 万能重戦機か単能軽戦機か、自力飛行型か外部装置依存型か、ハイスペック機とロースペック機の割合はどこが最適か、マルチロール・ファイターは果たして可能か。こうした知見は彼女達が部隊運用する過程で集積されることとなっている。

その後

 こうして初の戦闘機人部隊創設の直前にまで至った戦闘機人開発プロジェクトは、その後多くの方々が知るように極めて流動的な運命を辿った。長年プロジェクトマネージャーを勤めていたスカリエッティ博士を首魁とする大規模テロ。戦闘機人たちがその実戦部隊として、本来クライアントであるはずの管理局に対して多大なる「戦果」を挙げた事は記憶にも新しい。彼は二十年以上を費やした研究成果が、見事な実用性を持っていることを最悪の形で世に示したのだ。

 なぜ彼がこのような凶行に及んだかについては諸説あるが、実際問題として近年の開発チームの研究環境は劣悪そのものであったことは本文中で記した通りである。暗い地下実験施設を点々とする研究生活は思わず同情したくなるほどであり、これでは彼がチーム共々別の次元世界に亡命を決意、もしくは管理局と敵対する政治勢力への鞍替えを目論んだととしてもおかしくはない。実際に彼が「テロ行為」によって地上本部の目を引きつけた隙に行おうとしたことは、巨大宇宙戦艦を強奪しての国外逃亡であったわけである。

 少なくともこの事件を発端として地上本部に吹き荒れた政治的スキャンダルにより、管理局における戦闘機人開発推進派はその権勢を大きく失った。これに伴って管理局内部での戦闘機人開発計画は凍結されたことになっている。

 しかし事件以降の機人少女達の行方は知れず、またスカリエッティ博士を失った戦闘機人プロジェクト関係者がどのような境遇にあるかについても現時点で公開記録には現れていない。機人開発計画を支えてきた彼らが果たして今何処で何をしているのだろうか。果たして彼らはこれまでの研究成果を抹消し、それぞれが一個人として下野してしまったのだろうか。興味が持たれる所である。