不 明 鏡







こよなく晴れた青空が、目に痛いようで。


テンシャは、天上を仰いでいた瞳を、ふいと伏せて歩み出した。




――――君の力で、あの男をしっかりと守っておくれ。

……あの男はいま、生きようという力を、どこかに置き去りにしているようだから。

だから君が、あの男の命を、代わりに守っておくれ。

……頼むよ。



頼む、と。
誰かにものをまかされるのは、ひどく久しぶりのような気がした。
術者の長を辞めるまでは……司祭オルジェイの指揮のもと、持てる力すべてを、彼の ために尽くす日々の中では、何度となく聞いた言葉のはずなのだけれど。

……頼む。
そう言われるたびに、自分はちゃんと 大人と肩を並べられるくらい動ける人間だと、 自尊心を後押しされるようで。

力がわいた。
志を、確かにすることができた。


……なのにいま、現司祭クラルに同じ言葉をかけられたというのに、あの時ほどの 力が出ない。 思いが、どこか定まらない。

……なぜだろう。

こんなにも、惑うのは。


答えはたしかに胸のうちにあるのだけれど、テンシャはそれを口にするべきでは ないと思った。






――――エンレッド神王家、邸宅。
ここ数日ですっかり勝手を知った屋敷に、そっと上がる。

自分がオルジェイの護衛をすることは、まあ秘匿事項とかではないのだが、かと いって大声でふれて回るような内容でもない。 できれば、あまり知られること なく、静かに彼のそばにいたい。

オルジェイの、そばに。




――――結局。
術者の長でございと誇りを持ってきたものの、その終わりかたは、一族の見方に 沿えば、あまり褒められた次第ではない。 あのまま一応術者の長を続けて、 すべての処理を見届け、それから後任者の選定を行い、しかるのちに辞職を願い 出るのが、まっとうであったとは思う。

けれどそれをしなかったのは、体に力が入らなかったから。
……オルジェイが、もう太陽神殿にはいなかったから。


力になっているつもりが、力をもらっていた。
いつも、いつも。 彼のためにと思い定めることで、痛みも苦労も踏み越えてき た。
そうすれば、愛したアヤレーナの死のあとも、痛みを抱えながら生きるオルジェイ に、近づけるような、そんな気がして。



『仕事が趣味の人間だったからね。 脱力するのも、まあわからないではないけれ ど……あれはひどいな。 私もあそこまで、あの男が逆境に弱いとは知らなかった よ』

クラルが、微苦笑していた。
それを聞いたテンシャは、なにも言えなかった。
反論したい気持ちは、あふれそうなくらいだったというのに。



―――― 一連の騒動を通して、気づいたこと。
術者の、ひいては太陽神殿の基盤の脆さ。
ライフォンの力の凄まじさ。
権謀術数の、根深さ。

中でもテンシャの心に、いちばん重く響いたのは、

……アヤレーナという女性の存在の大きさ。


オルジェイにとって、『忘れられない想い出』の女性。
そう思っていたのだけれど、実際は。

――――まだ、想い出にも、できていらっしゃらない。


懐かしむだけの想い出ではなく……いまも変わらず愛しく想っている、かけがえの ない存在。 寄る辺。 ……自身の、すべて。
オルジェイのとってのアヤレーナは、そういうひとであったと、この数日で知った。

それは、正直……テンシャにとっては、辛い真実。


アヤレーナに、なり代わろうなどとは思わない。
第一、そんなことはできない。

でも、せめて……彼を独りきりのままには、したくない。
それだけを願って、いま、ここを歩んでいく。




――――ふと顔を上げれば、四阿に、見慣れた 背高い後ろ姿。
ずっと追い続けてきた ひとの、
いまはひどく 心細く見える、
でも、以前は、誰よりも誇りに満ちていた、
それでいて……いつも、どこか疲れ果てていたような、
オルジェイの……背。


目に映るその姿に、迷いと、心の揺らぎが、払われるようだった。


――――迷う必要など、ない。
望みは、この上なく はっきりと形を見せている。


あなたを、救いたい。


「オルジェイ様」
まだ距離のある後ろ姿に、そっと呼びかける。 聞こえないくらいの声で。

アヤレーナ様にはできないけれど、いまのわたしにできることがある。

あなたを、この命を賭けてでも、救うこと。

自分以外の誰が、いま彼のために、力を尽くせるだろう。

「……よし」
決意とともに 握りしめた手を見つめて、それからふたたび顔を上げる。

やさしく導かれた恩に、なんとしても、報いよう。

あなたが成してきたことの、それが証となるだろう。

すべてを喪ったままの姿では、終わらせない。




だから ここからは、まっすぐに歩んでいく。

凍える万里を越えたのちにある、暖かな光を信じて。

光の下で微笑む、あなたの姿を願って。








≪ 了 ≫





中国ものっぽく書きたいなー、きれいに書きたいなー…………とか思って この ザマです(泣)。 まとまりないよわたし(自爆)。 さすが『天高』読後、1時間 で書き飛ばした文章……ものの見事に思考の統一がなっとりません……だめですね、 読後のハイテンションで書くのは。

で、10巻の考察。
……テンシャが 死んだらどうしよう(いきなりなんだ)。

いや、あのノリでオルジェイ様のために命賭けてたら、もしかしたら死ぬかもしれ ない それでオルジェイ様がテンシャの死とともに アヤレーナの死を乗り越えて、 現場復帰……とかなったらいやだーっ! と思ったんですよ(考えすぎか)。
第一そんなことになったら、ただでさえ少ない女性キャラ人口が危機ですな……。