にわとりレベル
私は以前、にわとりを飼っていたことがある。
といっても、広い庭の一軒家でのんびりとしたムードに包まれながら田舎暮らしを
エンジョイしていたわけではない。
東京の、独り暮しのマンションの中、1羽だけで飼っていたのである。
そう告白すると人から大抵失笑を買う。
「あんたらしいわ」とも言われる。そうなのだろうか。
そもそもにわとりを室内で飼うということ自体がおかしいらしい。
そして、「にわとりと仲良くできてるの…?」という質問すら受けるのだった。
にわとりという生き物は、結構(コケッコー…失礼した)気性が荒い。
戦闘民族サイヤ人である。
うちのぴよりん(※にわとりの名前)もかなりのセンシティブ・レディだった。
(注:ぴよりんはメスです)
彼女を怒らせるのは大変面白かった。
退屈なとき、ぴよりんの前でちょっと変な行動をとってみる。すると、あっというまに
戦闘態勢に入るのだった。羽を逆立て、とさかを真っ赤にして「こー」と低い声で
威嚇される。ゆかいだ。
ぴよりんの詳しい情報についてはいずれまた語る機会もあるだろう。
そのように日常的ににわとりとの戦闘があったわけであるが、殆どが私から
折れ、彼女をなだめてお終いになる。
保護者である私がここはひとつ大人になろうというわけである。
その前に私は人間である。にわとりと本気でケンカをしようとは思わない。
そのようなおろかな振る舞いは、人間としての誇りを失うというものだ。
しかし、その誇りなるものが失墜する日というのも、人生の中ではあるのかも
しれない。
あれはぴよりんの飲み水を取り替えてやったときのことだったように思う。
ゲージを開けてやると、いそいそと新しい水に向かうぴよりん。
鳥特有の水の飲みかた…くちばしを水面につけてからおもむろに首を振り上げ
水を飲み下すやり方…を見ながら、私はぴよりんのそばに自分の手を置いた。
ぴよりんは水を飲みながら横目で「ちら」と手を見たようだった。
気に入らないらしい。
ただ手を置いただけなのだが。彼女にとってはそれすら血圧上昇の
スイッチ・オンにつながるのだ。
もちろん私は今までの経験でそれを承知していた。なので、
私は「ほ〜ら怒るぞ怒るぞ〜」と楽しみにしながら待っていた。
彼女はひとしきり水を堪能すると、日課のように私の手をつつきにかかった。
私はいつものように彼女をからかい、さらなる怒りを呼び起こした。
ひらひらと手を動かし、彼女の体に触る。これが最も怒りをかう。
「こー!!」 なにやらいつもより鼻息も荒い。
つつく力もなぜだか強い。痛い。痛いよ。いてて。いてー!!
あまりの痛さにこの、人間であり保護者である、ぴよりんの扶養者たる
この私も、さすがに彼女の横暴を受容し続けることが困難となった。
彼女を押さえにかかる。「痛いでしょう!やめなさい!」
残念なことににわとりには言葉は通じない。
押さえにかかったことがさらに彼女の怒りに触れたようだ。
こんなことを繰り返し、だんだん両者とも本気になってきた。
それでも私は人間としての威厳は忘れなかった。
そう思った。
しかし、次の瞬間、ぴよりんはとんでもない行動に出たのである。
彼女はいきなり私の肩に飛び乗った。こんなことは初めてである。
さらに彼女は羽をはばたかせて、私の顔をよじ登り始めた。
私は一体なにが起こったのか、彼女がなにをやりたいのか分からなかった。
…が、次の瞬間。
ぴよりんは私の頭に乗った。
にわとりが、頭の上に乗っている。
にわとりは、私の登頂部をがっしりとした両足で踏みしめ、堂々と立ちあがっている。
一瞬のうちに私は理解した。
これはにわとりの「優位者宣言」なのだと。
私はにわとりをつかんだ。
「こー!!こー!!」怒っている。
怒っているのはこっちだ。
なんて、なんて生意気な鳥なのだ!?
あろうことか、この人間の私をつかまえて、保護者であり扶養者であり
世帯主であるこの私を踏みつけて「自分のほうが優位に立つ」と宣告したのだ。
税金も払ってない、住民票もない、自分の口を自分で養えない、選挙権もない、
マンションを借りることもできない、野に放せば犬や猫に付け狙われるような奴に、
こともあろうか馬鹿にされてしまった。
私はつかんだにわとりを、無理やりにゲージの中に押しこんだ。
そしてゲージを新聞で覆った。
私は夜になるとぴよりんの睡眠の為にゲージを新聞で覆うのだが、それをこの
真昼間からやってやろうというのである。
つまり、「ハイ、お前の一日はこれでお終い!」という訳である。
新聞で覆われても、完全に暗闇とならないせいか、にわとりはまだ
怒りの声をあげている。
「こー。こー。」
可愛くない声はしばらく続いた。私は完璧に無視した。
しばらくしたら何も言わなくなった。
寝てしまったのだろう。
この事件を「ぴよりん元気そうだね」と電話をしてくる友達(注:ぴよりんは電話の最中
ずっと「コーコー」とBGMの役割を果たしてくれるので、元気か否かを聞く以前から
その健在ぶりがアピールされている。したがって、「元気みたいだね」という
確認済みの言葉が電話の相手から発せられるのだ)
…その友人に話したら、やはり大笑いされてしまった。
私にとっては屈辱の記録なのだが、友人からすると
「にわとりと本気で喧嘩するなよ!!」
とのつっこみにすりかわるものらしい。
このときこそ、自分が人間のレベルから失墜し、傍らでコーコーと
何かを語りかけ続ける鳥と肩を並べたのだ、と実感した
瞬間なのだった。
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あれからもう、かなりの年月が経つ。
あのとき電話のBGMの役割を果たしていた鳥は
数年後の雪の日に私の腕の中でその命を終えた。
仕事で忙しかった私は、実家の家族に鳥を埋めてもらうようお願いした。
次の休みの日に、鳥が眠る場所に行き、花を供えた。
夕日がきれいな川原なので、鳥にも気に入ってもらえるだろう。
私の部屋はしばらく鳥がいた名残を残していたが、
今はそれもなく、私の中に想い出だけが残るのみである。

在りし日のぴよりんの勇姿。
作者と和んでいるところ。(←どこが…)
ジャンプが転がっていたり、部屋が散らかっていたりするのは
ご愛嬌。