高山 文彦[FUMIHIKO TAKAYAMA]
 今回、早いうちにブレーンストーミングを行ってますが、監督にとって意義はありますか?
 一応仕事に入る前に映画の3本は観ましたが、作品の流れが全然分かりませんでした。世界設定を教えて もらう意味でも、ブレストをやって役に立ったと思います。一人でやるとどうしても、ストーリーの方向性が一つに小じんまりしすぎる欠点があります。しかし、おかげでここはこうした方が良いんじゃないかみたいなアイデアが出たりして、なかなか有意義でした。

 製作に入って、監督の方からは三樹本晴彦にキャラクターのどんな指示をしましたか?
 三樹本君の場合、おおまかな年齢、性格みたいなものを指示しました。彼にはブレストの段階から参加してもらったので、ストーリーの流れやキャラクターが大体どんな感じかおおまかに分かっていたと思います。ですから、あとは細かい点をちょこちょこっと言えば大丈夫でした。

 モビルスーツのデザインについて出渕裕には?
 モビルスーツに関してはほとんど出渕君にお任せという状態でした。大河原さんのメカと「Z」のミッシング・リングを埋める形でやるだろうと思っていたので。ですから、上がってきたものを見て、ガンダムに関してプロポーションがもうちょっととか二、三言った程度です。

 ですが、チョバム・アーマーは監督のアイデアと聞きましたが。
 結局ガンダムそのものがいただけじゃ、今までと変わりが無いので何か一つひねりがあった方が面白いでしょう。チョバム・アーマーがあって本体が見えず、4話で初めて全身像が見えるのはセールス的にも良いんじゃないかと。それにアーマーの下から何か出るなっていうのはすぐ分かるだろうから、あれを目眩ましにしてしまってガトリング砲を不意打ちで出したらびっくりしてくれるだろうとも考えてました。  クリスは実戦経験が無いと言う設定でしたから、いくらガンダムが優秀な機械でも新人パイロットが初めての実戦でベテランに勝てるというのは無理があると思うんです。でも、不意打ちの武器を出したら多少は話のリアリティも増すのではないかと考えたわけです。

 今回メインのCVが新人ですが、キャスティングしてみてそれぞれの印象は?
 アルに関しては大人が作った声よりも同年令程度の少年の声の方が作品としてもプラスになると思ってました。で、オーディションをやったら浪川君がアルのイメージに近かった。彼の声は聞いた感じいかにも小学生の声だなと思ったので。しかもちゃんと声に感情を込められる。芝居ができる。アフレコ現場ではほとんど色が無いフィルムなのに非常に感が良くて、彼には助けられました。
 バーニィはヒーローっぽく無く、控えめで軍人向きでなさそうな戦の細い声が、クリスには元気があって明るくはきはきした声がイメージとしてあって、なかなか良かったと思います。割と男っぽいというか、バーニィと並べちゃうとクリスの方が男らしい印象を与えるような声が良いと考えていました。

 アルとバーニィの親しさに比べ、クリスは少し距離がある気がしますが?
 最初の目論見では一人っ子がいてそこにお兄さん的な存在のサブキャラが現れ、前から知っている隣のお姉さんと擬似的な三角関係を形成して、二人が知らずに戦うというものでした。クリスが軍人という身分を伏せていることと、こちらの力不足もあって描き切れませんでした。
 クリスの気持ちは最初から描くつもりが無くて、バーニィを憎からず思っている程度で良いと。だから、5話の彼のフラッシュバックのクリスはムチャクチャ皮肉なわけです(笑)。
 それからバーニィに比べ彼女はリアリスティックな性格のように見えますが、彼女がそうだというより、女性が元々そうではないかと僕が思っているからでしょう。ドロシーも嫌な子にし過ぎたかなと反省しましたが、ああゆうのは結構多いと思いますよ。ラストでかわいいところもあるように終わらせたので救われましたが。
 本当は最初に今度の「ガンダム」は女の子を出さない方が良いんじゃないかって言ったんですが、みんなに反対されました。三樹本君に描いてもらうのになにごとかと非難されました(笑)。

 今回、演出に関してあまり劇的な盛り上げがなかったように感じたのですが、それは意図的に?
 例えばモビルスーツが現れても、窓を切り取ってたまたまそこにモビルスーツが見えたようにしたら、カメラとキャラクターの距離が出ると思うし意識的にそうした方が今回の語り口と一致すると思うんです。最初はカメラも引いちゃって、アップも使わないつもりだったんですが、表現の制約になるし、動かす場合アップの方が物語を語り易い。6話でクリスと別れるシーンは引いていますが、あれは最終話は最初引きっぱなしでやろうと思っていたから。寄っちゃうことによって嘘臭くなるのを避けたかったんです。
 あと、今回は戦闘物にしてはカットを少なくしようと考えて、一応300カットでいったんです(編注「トップをねらえ!」は最高500カット)。しかし、それよりも多くなりまして。多分最初に考えた方法論でいけば1話200カット位で十分だったと思うんです。

 しかしそうすると戦争アニメの面白さを出すのが難しくはなかった?
 メカ・フェチっていますよね。メカが格好イイとか短絡的な反応を取りがちな。彼らに対して、メカが格好良くてそれがどうしたという反発が結構あって、いわゆる快感の無い戦闘シーンがやりたかったんです。戦闘シーンて基本的に開放感というものがあると思うんですが、それと無縁の戦闘シーンを。しかも、特攻隊みたいに悲惨なメロドラマ的な描き方も避けて、なおかつやりたかったんです。「マクロス」の演出をやった時にもそういった抵抗を感じていたんです。ただ、あれは作りが冗談ですから(笑)。

 「ガンダム」の世界では科学的考証というのは避けられないと思うんですが、その辺の苦労は?
 割り切ってしまって、ここだけ押さえればいいや、みたいな感じです。
 動きの中で表現できれば良いんですが、かなりムチャクチャな技量が要求されるわけです。観ている側にも分からないだろうし、効率の悪い努力をするよりは別な所にセル枚数を使う方が良いんじゃないかと思って。嘘の世界の中で分からせるためには表現の中で動かしずらい所があって、あえて通俗に従ったということです。
 例えば実際にレイアウトしてみるとコロニーの円筒の長軸方向と回転方向じゃ背景の見え方が全然違うんですね。ものすごく気持ち悪いんですよ。長めの坂があって人間に対して建物が斜めに建っているようにみえるというのは生理的にも耐え難いし、背景の手間もかかるのでプラスになることはあまりない。ポイントポイントでコロニーの中であるということを示しておけば、そっちの方が良いだろうと考えました。

 最後に「0080」を終えた感想を。
 後悔といいますか……。自分の力不足の面を感じまして……。不満の方が大きいですね。
 最低限クリアしようと思ったことができなかったということもあります。
 「コンバット」などのいわゆる戦争ドラマと変わらないことを、架空の題材だからといって無責任にエンターテインメントとして楽しむというのはあまりやりたくなかったんです。できるだけ作品全体のトーンを下げて日常の延長に戦争があるというか、そういう書き方をしたかった。戦争みたいな非日常下であっても、感情の表現というのは日常に近いんじゃないかと思っていますので。ただ、実際あまりにも淡々と流れすぎちゃったというのはありました。
 方法論としては感情を強く表現する、悲しみをマイナス10で表現した時喜びをプラス10にして20の落差によってシークェンスの変化・ドラマのメリハリをつけるという考え方もあります。しかし、むしろ全体のトーンをレベル10に決めて、シークェンスの微妙な変化を丹念に追えばそれはそれでドラマが成立するんじゃないかと思ったんです。ただ、それやっちゃうと目線一つ、動作一つがものすごく重要な意味を帯びちゃうんです。こちらがそういうのを全然細かくチェックできなかったのが残念です。
 結末についてですが、一つは話を日常レベルに下げちゃって、結末の部分を努力してやっつけましたみたいになるのが非常に嫌だったということと、冗談で言ってるんだけど、天安門を見ろと。あの学生はどうなった!(笑)とか。学生そのものは偉いけど、歴史の流れと人間の行為は全く別にあると思うんです。個人は好きですが歴史の流れを動かす連中には対して好感を持っていませんので、ひねくれた世界観がでたのかもしれません。