
結城 恭介[KYOSUKE YUKI]
今回のプロジェクトに参加されたいきさつをお聞かせ願えませんか?
僕がアニメージュ文庫で書いた本をプロデューサーの内田さんがお読みになってて、それでお話をいただいたんです。
TVの「コンバット」みたいな、つまりアムロとかシャアが出てこない、ニュータイプとか限定されたガンダムではない、もう一つのエピソードとしてのガンダムを作りたいということで、ガンダムという世界を使って自由な話が作れるというのが魅力でお引き受けしました。
結城さんは、旧ガンダム時代から熱心なファンだったとお聞きしているんですが――。
ええ、中三の時だったんですがガンダムワールドという、現実の延長線上にあるっていうか、すくなくとも妖とか魔とか、そういう現実とはかけ離れた世界ではない設定に魅力を感じまして。今までのロボットもののアイデアとも違いましたね。攻撃する時に武器の名前をしゃべらないとか、敵が一機一機やってこないとか、光子力研究所が出てこないとか。(笑)戦争という現実の延長線上にある軍隊というもののロジックと仕組みを一応ちゃんと描いてあるでしょ。民間の研究施設が地球を守るとか、そういうことはないんですよ。今までのアニメにはないロジックでしたね。
一応ジオンが悪玉に描かれていますが、一方的に悪いとか、地球を欲しているとか、悪の世界にしてしまおうという子供だましの設定ではないですからね。だから、大人向けというと語弊がありますけど、きちんとその辺を作っているという……。ちょうど中三の時ってそういうの知りたい盛りですからね。とても新鮮でした。
で、今回の「ガンダム0080」なんですが……。
今回このプロジェクトのとっかかりで内田さんがおっしゃったのは、とにかくみんなで話を作って行こうと、で、まとめて書く役が必要だと、つまり明文化してこれからの基盤となるものを作る役をやって欲しいということだったんです。じゃ、僕はみなさんの話を聞いてまとめるだけでいいんですねと言いましたら、それではだめだと、結城さんもちゃんと意見をだして、みんなで話を作っていって、それをいったんまとめる役だということで、スタートしたんです。
実際、僕や内田さんを含めたスタッフ全員がストーリーを持ちよって比較検討するというやり方で原案を練ったんですよね。
いちばん最初の話ですと、ガンダムは出す必要はないという思い切った話だったんですよ。でもやっぱりバンダイさんがガンダムをほしいというわけで、もう一回みんなで話を持ち寄ってその中でいろいろ考えていったんです。で、最終的な原案となったのは内田さんのニューガンダム、つまりニュータイプ用のガンダムがあるっていう部分。設定としてはその後変わっていますけど、青年兵が出てくるというところも、内田さんの原案が元になっています。もうひとつには高山監督の子供を描きたいという意向がありまして、今の形になりました。
実はブレストの時に高山監督から少年時代の個人的な思い出話がいっぱいでましてね……。例えば、駆け落ちをして女を刺して山に逃げた奴を警察が追っていった話とか。そういう山狩りの話みたいのが急に出てくるんですよね。これが確か、ジオンがコロニーにやって来て突然包囲網が敷かれる……という時の山狩りのイメージだったり。(笑)監督の原体験は山狩りなんですね。で、こういったものが「0080」の戦争ごっこにつながるわけです。
そうですか。ところで結城さんの原体験は?
僕の原体験は、戦争ゴッコは楽しいなってことですね。子供の頃、戦争ゴッコをやっていても、僕たちはそれを戦争だと思っていなかったわけですよね。で、あれが本当の戦争だったら怖いなっていうことに、僕は今になって気づいたわけだけど、それをアルに気づかせたいな、というのが僕の書いている時のイメージにありましたね。それが言えるのは大人になってからですけどね。人間は子供の時の姿がそのまま大きくなるから、子供っていうのは大人の縮小版だと考えがちでしょ、大人は。でも、昆虫ならばカブトムシとその幼虫は似ても似つかない。これですよね、子供も縮小版ではないわけです。
これは山賀さんの言葉なんですが「少年の感性は素晴らしい。だけどそれだけでは成長することはできない」というこの言葉がいわゆる「0080」のテーマなんですよね。「太陽の帝国」じゃないんですよ、「0080」は。(笑)
だから、たったひとつ今回のこの話の中で納得できないことがある人です。それはクリスが入ってきたことなんですよね。大人は入ってこないんですよ、戦争ゴッコの中には。まあ、それはドラマの構成上しょうがないですけどね。
クリスはアルの夢をかばってくれるお姉さんですけれども、彼女はあくまで大人です。戦争ゴッコとしてしかつき合っていないし、最後は突き放します。これは大人と子供の当然の距離なんですよね。
クリスは"現実"ですよね。現実の中で戦争ゴッコを見ている。逆にバーニィとアルは戦争ゴッコの中でしか戦争を見ていないんですよね。あの二人も、片方はすぐ戦場に出てきてわけもわからず戦っている奴、もう一方は子供、というパターンですからね、彼女はアルに現実を気づかせてくれる人ですかね。
それは高山さんたちの女性観でしょうか?(笑)
それはあるかもしれませんね。そういう話は出たかもしれないとだけ言っておきましょう。(笑)
ところで、結城さんはこの作品で何が出来たとお考えですか?
物語的には、戦争の悲劇を描いた話と思って見始めるとまず裏切られるでしょう。「太陽の帝国」だと思って見ていると、またまた裏切られる。そういうものができたというのが良かったんじゃないかと思いますけど。
とにかく、ひとつ言えるとしたら、戦争物じゃない。戦争を描きながら戦争物じゃない映画……いや、ビデオなんだということを言いたいですね。
「ありがちな話はやめようというので、バーニィとクリスは恋に落ちません」という
