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新主人公は青年将校か、それとも普通の子供? |
| 高山文彦監督を中心とする若手スタッフたちの手で作られたOVA「機動戦士ガンダム0080/ポケットの中の戦争」第1巻目がついに完成。これまで、富野由悠季監督が10年という歳月の中で練ってきた世界とは多少趣の異なる、もうひとつの"ガンダム世界"の映像が提示された。 最初の「ガンダム」が放映された昭和53年ごろは、まだ10代後半から20代前半だったという今回のOVAのスタッフたち。彼らは「ガンダム」という題材をどのような視点でとらえ、自分たちなりの世界を構築したのか。そして、その映像を見た富野さんの感想は? 新旧スタッフに集まっていただき、ガンダムという素材、さらにOVAという媒体の可能性についてを語り合ってもらった。 |
| 富野 |
| まず最初に少し確認させてほしいんですが、高山さんが「ガンダム」を通じて描きたかった"高山オリジナル"というのは、どういうものだったんでしょうか? |
| 高山 |
| いちばん最初にプロデューサーの内田さんから、冒険小説みたいな話にできないかという方向性がでまして、僕もそれに賛成したんです。ただ、主人公を軍人にすると、戦争という概念は通用しにくい。僕は、冒険小説の冒険というのは、軍隊のような一種の命令形態の中で、上から与えられるようなものではなくって、個人が選び取り、乗り越えて行くものだと思っているんです。 |
| 富野 |
| そのとおりですね。 |
| 高山 |
| そこで、物語のベースは内田さんが出したプロットでいくことになったんですけど、会議の席で困ったあげく、突然、主人公を普通の少年に変えようと、思い付いたように言ってしまいまして。少年が、戦争に直面することで、世界の構造や距離に対する認識が生まれる。その視点を描くことで富野さんの作った年表とも接点をもたせようとしたんです。 |
| 山賀 |
| 最初にビデオで「ガンダム」をつくるから来てくれと言われて嫌な予感がしたんですよ。僕らが天下の「ガンダム」をやるとするなら2つのつくり方しかないと思っていたんです。一つはプラモデルなどと同じように周辺企業のいわばファン・サービスみたいなつくり方。もうひとつは「ガンダム」の老舗の看板を使ってまったく関係ないお話を提示するやり方。でも、後者は大変だから考えないようにしようと思っていたんですが……。第1回の打ち合わせで高山さんがいきなり飛ばしはじめた。 |
| 出渕 |
| でも、会議のときいつも山賀君が、これとこれがありますけど、どちらがいいんですかって監督に聞く役割だったじゃない。高山さんは自分の気に入らない話になると黙ってしまうから(笑)。 |
| 高山 |
| そういう意志表示のつもりじゃないんだけど……。これを受け入れたら自分は絶対に後で詰まるな、という未来が見えてくるんですよ。 |
| 高松 |
| 喋らない高山さんから意見を聞き出す会議みたいでしたね。 |
| 富野 |
| 渕ちゃん(ブッチャン)なんかは、会議でどうだったの。君は立場的におかめはちもくでいられる部分があるから。 |
| 山賀 |
| 毎回、いいから先に進め、俺はメカ・デザインがしたいんだ!(一同爆笑) |
| 出渕 |
| 確かに僕は「ガンダム」は初めてじゃないし、富野さんともお付き合いがありますけど。まぁ、今回は、会議に入る前に、プロデューサーの内田さんが、物語の条件などを各スタッフにある程度根回ししてありましたから。人数が多いわりには、通常みたいに意見がバラバラにならなかったので、有意義な話し合いになりましたね。おもしろかったですよ。 |
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仮想敵との戦いから「ガンダム」は生まれる |
| 富野 |
| 高松君は演出を担当してみてどうでした。高山監督の癖とかニオイとかを感じた? |
| 高松 |
| ありますね。けっこうついていくのが大変でした。で、ひとつ高山さんという人を認識した印象的なことがあったんです。一時期、方向性が見えなくなってみんなが不安になったとき、高山さんが「ガンダム・ファンに冷水を浴びせてやるんだ」とおっしゃったんですよ。 |
| 山賀 |
| そうそう、俺は冷水は商売にならないぞ、といったんだ。(一同爆笑) |
| 高松 |
| それ以来、コンテを見て、これは何だろうと思うたびに、そのことばが頭に浮かんで納得してしまう。 |
| NT |
| 高松さんが見た、その冷水というのは、どんな点ですか。 |
| 高松 |
| 僕は富野さんの「ガンダム」をずっと見てきたし、スタッフとしても参加させていただいてきたんですけど、今回のビデオ版は「ガンダム」らしくないですね。もちろん、歴史的な背景には「ガンダム」があるんだけど、それは僕らの世界の第二次世界大戦みたいなもの。僕も、これまでとは違うものと思って演出しました。 |
| 出渕 |
| でも「ガンダム」らしさってなんなんだろう。最近、わかんなくなってきた。 |
| 富野 |
| 僕にも「ガンダム」らしさの定義はわかりません。ただ、これは高松君とは反対の意見になるんだけど、今回のビデオを見せていただいて、ああ、なるほど「ガンダム」っていうのはこうだったんだよね、というのが、凄く素直にフィルムから感じられた。そのために、当事者として、この一週間ほど落ち込んでます。これはおせじじゃありません。作品のなかにちゃんと世界と空気がある、もちろん技術論では、こちらの気分にあわないことがいっぱいありますよ。でも、総論的にいったら認めざるをえない。旧作を知らなくても、この作品がなんで出てきたかが気になるフィルムになっている。こういうものをつくれるスタッフが集まっているんだということが見えるんです。 |
| NT |
| 確かに最初のアムロの「ガンダム」に近い臭いを感じましたね。 |
| 富野 |
| だからといって、高山さん、結局、冷水を浴びせるようにつくれなかったのか、というわけではないので落ち込まないでください。それは違いますから。 |
| 高山 |
| あのー、ひとつだけ弁明させてください。僕が冷水を浴びせたいといったのは、富野さんがつくった「ガンダム」の幅広いファンの中の一部、メカ戦だけしか見ないとかの偏執的な人たちなんです。そのとき、たぶんそういうファンに激怒してたんだと思うんです。 |
| 富野 |
| そんなことは、じつは腹を立てることじゃないんですよ(笑)。 |
| 高山 |
| ただ、個人的に三樹本さんや河森さんのような、メカだけにいかれてたわけじゃないガンダム・ファンを知ってただけに……。だからこそ仮想敵にしたんです。 |
| 出渕 |
| 作品をつくるうえでは、仮想敵を想定したほうがはずみがつきますからね。 |
| 富野 |
| そういう意味でいうなら、僕が最初に「ガンダム」をつくったときの仮想敵は、テレビ局とスポンサー、それにサンライズというプロダクション全体。俺達はこういう風に作品をつくらされているのか、という思いでした。まあ、困ったことにそれらはリアルな敵でもあったわけだけどね(笑)。敵を捕らえつつ、どうやってだまらせるか。そういった発想ができない人のつくる作品は、残念ながら、たかがしれてしまう。高山さんの発想はまちがってませんよ。 |
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結局宇宙戦闘に音がついてしまったが…… |
| NT |
| 今回のシリーズでは、モビルスーツの見せ方にも、結構、掟破りの試みがなされているといううわさを聞いたんですが? |
| 出渕 |
| とりあえず2話でひとつ挑戦したんですが、敗れました。宇宙の戦闘シーンをリアルに見せるため、音無しでやることになってたんです。勝算はあると、高山監督はずっと言ってたのに……、先日2話の初号を見たら、しっかり音が入ってた! |
| 高山 |
| 竹下総理みたいな公約破りをやってしまいました。 |
| 出渕 |
| ただ、そういうことをやろうとする意気込みが大事なんですよね。当然、スタッフにもそのやる気が伝わりますから。 |
| 富野 |
| そういう話を、何年もフィルムをつくりつづけてきた人間たちは、ばかげたことと受け止めることが多いんだけど、音無しを想定してコンテを切って、それでもやっぱり音を入れなければならなくなったときの仕上がりと、そんなことを何も考えないで漠然と戦闘シーンをやったのとでは、見栄えが全然違うはずです。例えば、そう、無重力なのに、なんで人間が立っているんだという、ファン・レターがいまだ僕のところに来るんですけど。 |
| 山賀 |
| だから、それが仮想敵なんです(笑)。 |
| 富野 |
| そう、天地逆さまの画面なんて見づらいだけだから誰もやらないんだよね。でも、無重力シーンでそれを忘れたコンテを描くのと、知ってて立たせているのとでは、芝居も違うし、仕上がりも違う。そういった意識をもつことが大事なんです。 |
| 出渕 |
| 「逆襲のシャア」で、クェスがヤクト・ドーガから、宇宙に吹き出されるシーンがあるでしょう。そこのコンテを見たとき、富野さんにおかしいんじゃないんですか、といっちゃったんですよ。で、描いた本人も気になってたらしい。 |
| 富野 |
| 気にしてましたよ(笑)。 |
| 出渕 |
| ただ、実際にそのシーンをフィルムで見たとき、そこだけ音をわざと入れていない。ほかの宇宙での戦闘ではバシバシ音が入るのに、宇宙に出たクェスの周囲だけが無音なんです。なるほどなぁ、と納得しましたね。逆にいうなら、あのワンカットで宇宙空間が表現されているわけで、あとは音があっても宇宙空間の気分みたいなものが見えちゃう。 |
| 富野 |
| 前に出た無重力の話などは、すべて技術論の話になって、そういう面でいったら、今回のビデオの1巻目はまだまだかもしれない。でも、渕ちゃんのいったように、それがたとえ「ガンダム」の外伝だろうと気分が出ていることが一番大事なんだ。 |
| NT |
| 第1話を見たところ、コロニーの描写もかなり本格的になりましたね。ひとつのコロニーの大きさがだいたい実感できました。 |
| 出渕 |
| ただ、第2話で空に街が見えるシーンがあったんだけど、あれはツライわぁ。 |
| 内田 |
| 前から空は青空がいいと聞かされていたんですが、ザクが上昇していくのをアルの視点で見た1カットだけ、上に街並みが見えるんです。まぁ、1カットだけだから効果的に見えましたけど、全シーン見えたら、うっとうしいだけだということがわかりましたね。 |
| 富野 |
| だから、いつもいってたじゃないか。実際に暮らしてて、上に街が見えたらいやじゃない。人間は絶対に見えないようにするはずだから。 |
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ロボットの存在感とインパクトを忘れるな |
| 富野 |
| 今回のビデオを見せていただいて、もうひとつ思ったことなんですが、ビデオというマーケットに対する作品の提供の仕方について、そろそろ正しいありかたがみえてきたのではないでしょうか。ただ、そういった状況をふまえた上での、ユーザー側の立場から言わせていただくと、この一本目はもう少しインパクトが欲しかった。理想論が見えすぎて、手控えしているような気になるんです。 |
| 出渕 |
| いっしょに仕事をやってみて、高山さんは非常にてれ屋だということを、感じましたね。 |
| 富野 |
| まあ、それはロボットものの困ったところで。今までにいろいろつくられすぎたんです。ただ、これは以外とスタッフ側も認識していないことなんですが、ロボットを出すことによって生まれるインパクトというのは、かなり強い。場合によっては出るだけで画面が維持できてしまう。だからこそ、その映像に見合う強いドラマを設定しなければバランスが崩れてしまうんです。ああいうふうにてれちゃ、本当は困る。これは趣味とは言わせません。このジャンルのものをつくるときの徹底的なセオリーだと思います。 |
| 出渕 |
| また、高山さんはメカの描写がうまいんですよ。たぶん、これはロボット・アニメをあまり知らないからだろ思うんですけど、巨大なものがこういうところに出てきたらどうなるかとか、大きいものを見せるときには、どう演出したらいいかをちゃんと、ちゃんと考えている。なまじ知っていると、どうしても既成のアニメ・ロボットの動きをトレースしてしまいますからね。 |
| 富野 |
| そういう部分があるだけに惜しいんだよね。そうだ、ひとついい例を思い出した。ビデオの本編中に決定的なミスのセリフが一つ残ってます。これは、今いったようなロボットの存在感を本当につかまえてないための失敗です。わかりますか。 |
| 山賀 |
| ……? |
| 富野 |
| アルがザクを追いかけていったとき、仲間の子供がいった「お前、授業さぼるのか!」というセリフ。あれは決定的なミスです。要するに、市街地戦に近い形であの大きなものの戦争が始まった瞬間、いくら子供とはいえ、自分たちの置かれた状況は判断できるはず。避難するか、家に帰らねばというレベルで、あのセリフはちょっと違うような気がします。ああいうモビルスーツの下にいる人間たちがなにを考えているのか。作り手は自分の座標をどこに置くか。それを考えてみてください。 |
| NT |
| 今後の展開をお聞きしたいんですが、第1話では、冒頭のいわば戦略ものの要素と、アルの私生活の部分との落差を感じたんですが、これからアルはどこか別のコロニーなどの戦場に行くことになるんでしょうか? |
| 内田 |
| 今回の大前提のひとつに、コロニーを徹底的に描くというのがありまして、ですから第1話の北極やグラナダにカメラが移動する程度で、アル自体はあのコロニーから出ることはありません。 |
| NT |
| アルたちの生活空間に、戦争が乱入してくるわけですね。 |
| 出渕 |
| 乱入というより、アルがそのなかに飛び込んでおく形になります。といっても、モビルスーツには乗りませんよ。 |
| 山賀 |
| 高山さんが描くところの子供というのは、普通のアニメの子供とは違って、なかなか動かない。無理矢理好きなもので釣って動かさねばならないんです。アルは作戦が好きだ。近くにそういう奴らが来ているなら出かけるという図式です。 |
| 出渕 |
| 自分の好きな遊びの延長戦だと思って、偶然入り込むことができた世界。でも、現実はそれほど甘くはなかった。それが、今回のひとつのテーマでもあるんです。 |
| 富野 |
| ということは、今後、アルの視点で魅力的な話ができる。皆さん見て、いや、買ってくださいというべきなのかな。 |
| 内田 |
| 買って、でしょうね。ただ、これから「ガンダム」に限らず、ビデオでオリジナルの商品をどういうふうに出していくかが難しくなってきましたね。 |
| 山賀 |
| 一ヶ月に一本というのも問題でしょう。1話の初号を見終わったとき、やっぱり、うーん、次週が楽しみだ!と思いましたからね。 |
| NT |
| では、最後に富野さんに締めくくりのことばを。 |
| 富野 |
| 僕は原則的にテレビは1回見て終わりのものだと考えているから、多少ラフな作りでも許されると思っているんです。でも、ビデオ・ソフトは違う。基本的に3回、できれば5回は見られるころを想定したクオリティをもっていなければならない。たとえ、レンタルといえども、少なくとも1回で終わってしまうものではないはず。 ただ、現実問題として、ソフト・メーカーのほとんどが、そのことを考えていないような気がします。ビデオを軽く考えている。そういう部分だけでいうなら、今回の「ガンダム」の1巻目も、残念ながら1回半で内容をほとんど理解できる。2回以上見なければ、わからないような、それだけ深い読みをしなければならない芝居はありません。 また、これは「逆襲のシャア」をビデオで見たときに思ったことなんですが、現在のビデオ・システムでは、劇場用のレイアウトでつくったあの作品を表現しきれない。ロングに引きすぎたため表情が読み取れないんです。だからといってアップばかりですまされては困る。そのかねあいをどこで取るか。今後、ソフトの提供者、特に演出家は、いやになるほど考えてみてください。そして、脚本家のかたも、数回の鑑賞に耐えうるドラマづくりを考えてみてください。これはユーザーとしてのお願いです。 |
