PROLOGUE
0(夢幻回想)
―――――何故、此処にいるのか判らず。
―――――何故、こうなったかも判らない。
どうせ何処にも行けないのだから。
どうせ何も出来ないのだから。
何かを求めて伸ばした腕は、
どうしようもなく虚空を掴む。
―――――何故、此処にいるのか。
―――――何故、こうなったか。
――――――ああ、ようやく。 判ったような、気がする。
此処から離れる事が出来なくとも。
何もすることが出来なくとも。
傍観者の伸ばした腕は、
今度こそ、あいつを掴む。
1(自宅にて)
7時、12分。
いつも通りの時間に目が覚める。
覚め切らない目で洗面所に向かい、
冷たい水で顔を洗う。
「・・・・ふう」
今日も、一日が始まる。
そう思った。
俺、水雫将(みなだしょう)はおかしな病気を患っている。
それは脳の中枢神経がどうたらこーたらで、睡眠時間の絶対数の大幅増加・・・。
まぁ、早い話が『何時でも何処でも眠ってしまう』なんていうふざけてるとしか思えないものだった。
その病気は、『夢限』(むげん)と名付けられている。
俺が見る夢は限り無し、と言う事らしい。
眠ってしまう、ただそれだけではなんでもない様に思える。
とんでもない。
それだけで、俺は死にそうになった事が何度もあった。
たとえば、往来の真ん中で『眠った』としよう。
なんのこたあない、赤信号になればそのまま天国に逝ける。
もっと分かりやすい例をあげると、
風呂で『眠って』溺れ死ぬなんてこともある。
補助がなければ私生活すらままならないだろう。
実際、十二の誕生日まで俺はろくに外にも出れない生活を続けていた。
二度と自由になる事はない、そう思った日も少なくない。
「お兄ちゃん、お薬飲んだー?」
「今から飲むところだー」
しかし、そんな憂鬱をある一人の医者はいともあっさり解決してくれた。
佐藤俊夫(さとうとしお)。
俺の私生活の恩人である。
俊夫さんは、この病気を抑える薬、『睡眠抑制剤』を創りだした。
創り方、成分、副作用なんつー難しい事はよく分からないが、とにかくこれを
朝昼晩2カプセルずつ飲むだけで俺の病気は治まった。
全国の医者がサジ投げて、『諦めた方がいいでしょう』つった病気を相手に、
一週間で完璧な薬を創っちまった・・・。
大層な人だよ、全く。
水と一緒にカプセルを口にほおりこむ。
ごく、と一飲み。
次いで一息。
「この2個の為に生きてるな〜」
「馬鹿な事言ってないで、もうそろそろ行かなきゃ間に合わないよ!」
廊下で声を荒げてるのは、妹の夢未(ゆみ)。
寝坊したとか何とかで、今朝はずっとドタバタしている。
俺が起きた時にはもうとっくに起きてたんだが。
女の朝は急がしい、って事だろう。
「あー、俺はもう用意済んでるからな―」
「こういう時は『夢未、大丈夫か?手伝ってやる』とか言うもんなのー!」
「ははっ、俺は遠慮しとくよ」
「もおー!」
笑いながら玄関に行き、靴を履く。
「じゃあな、夢未。俺はゆっくり登校させてもらうよ」
「おにいちゃんのイジワルー!」
背後に次なる呪詛の言葉が届かぬ内にドアを閉める。
空を見上げると、カラッと晴れた良い天気だった。
・・・・だった、ら良かったんだろうなと思いつつどんより曇った空を見る。
「まいったな、こりゃ・・・・」
雨の降る割合は大体5:5、50%ぐらいの可能性だ。
今なら家はすぐ後ろ、傘を持って行く事もできる。
もし降らなかった時は無駄だが、降った時に持っている方のメリットの方が大きいと思う。
「俺は堅実に生きるのだ」
傘を取る為ドアを開ける。
すると瞬間、ヒュン、と風切り音。
何かが凄いスピードで飛んできた。
スリッパ。
何の変哲も無い、どこの家庭にもありそうなそれは、
今、庭の地面に突き刺さっていた。
「あたしを見捨てるお兄ちゃんに帰る家なんて与えませんっ!」
我が家の大リーガーはそう言いつつ、次なる獲物をスタンバイする。
細長い形状に、ワンタッチ式の便利機能。
傘。
今は切に欲しい物だが、それが自分に刺さるとなると話は全く別である訳で。
即座に判断、身体反応。
バタンと勢いよくドアを閉める。
ザクッ。
傘の先端部分がドアから出てくる。
頭との距離、わずかに1cm。
「俺はロマンに生きるのだ!うん!」
―――――今日は、雨が降らないほうに賭けようと思った意気地なしの俺だった。
しかし、あいつ用意はいいのか?