すべての魂が泡沫の快楽に惑わされ魔のものにその身を滅ぼされてしまわぬように
すべての魂が真実の平穏に気づかず魔のものにその身を滅ぼされてしまわぬように
そしてすべての魂が再び転生することができるように
我は導く
「はうーーーっ、急がないと遅刻しちゃうよぉーーーっ!!」
私は雪が降る校舎の中庭を全速力で走っていた。理由はそう、遅刻しそうだから。
何にかって?それは・・・・
「試験の初日から遅刻はヤだよぉーー」
試験開始を告げる鐘はとっくの昔に鳴り終わっている。
「あ・・・・あーーあ・・・」
私の身長よりも遥かに高いその緑色の鉄の扉には「試験中 入室禁止」と大きな張り紙があった。
「あうーーーっ・・・」
ぴと、と扉に触れる。
鉄の扉はとてつもなく冷たかった。
かすかな望みをかけて力いっぱい押してみる。
「うぅ・・・だめぇ・・・」
はぁはぁ・・・
扉はびくともしなかった。ただ手が冷たくなっただけだ。
「もう五年目だよ・・・今年こそ合格しようって決めてたのに・・・」
そう、はじめてこの紺の制服に袖を通してからもう五年になってしまった。
「こんなんじゃ・・・いつ資格がもらえるかわかんないよ・・・」
絶望に似た感覚が急に胸の奥から上がってきて、涙が出そうになる。
「けいいちろう・・・・」
ぽつんと私は小さくその名を呼んだ。
けいいちろう。
会いたいよ。
もう一回だけでもいいから。
本当はずっと一緒にいたかった。
私はけいいちろうのことが大好きだったんだから。
死神になればその夢も叶うから。
だからこんなに・・・
五年もがんばったんだから。
ううん。五年じゃない。
十年だ。
もう十年になるんだ。
私が死んだ、あの日から・・・・・・・・
真っ直ぐ寮に帰ろうかとも思ったけど、私はどうしてもその場を離れられなかった。
はぁ・・・・・。
無意識にため息がもれる。私はすぐそばにあった雪の積もったベンチに腰掛けて、ぼうっと緑の扉を見つめていた。
ずっと・・・この日のために一年間がんばってきたのに。
去年は合格できなかったから、今年こそはと一年間がんばってきたのに。それが逆にあだになってしまったのかもしれない。昨日の夜がんばり過ぎてうっかり寝過ごしてしまうなんて。
バカだ。
私はバカだ。
けいいちろうも言ってたけど、私はバカだ。
はぁ。
また無意識のため息がもれた。カバンをひざの上にのせて、中から一冊の分厚い本を取り出す。
これが私の教科書だ。全部で五百ページぐらい。とっても難しい字で書いてあるからまだ全部は読めてない。いや、全部どころか、まだ三分の一も・・・四分の一ぐらいしか読んでいない。
はぁ。
やっぱりみんなの持ってるもっと簡単なやつにすればよかったのかなぁ・・・
私が数冊の指定教科書からこの本を選んだ理由はただ一つ。この本が一番分厚かったからだ。確実に試験に合格できるように、って願いを込めて選んだのに。
はぁ。
教科書の上に手を重ねる。ひんやりとした皮の感触が気持ちよかった。
「最初は全然読めなかったんだもんね・・・この本のタイトルも・・・なにも」
ゆっくりとタイトルを指でなぞっていく。初めは模様にしか見えなかったそれも、今ではちゃんとした文字だとわかる。
「死者聖典」
それがこの本のタイトルだ。この世界でしか手に入らない、死神になるための教科書。
死神。
第一級死者案内人検定試験・・・通称死神検定。
つまり私が死神になるために受からなければならない試験で、今までにもう四回も落ちている。その、年にたった一回しかない試験を、今やってる。私はそれに遅刻して受けられなかった。そしてこうやって未練たらしく試験会場の緑の扉を眺めているのだ。
気が付くと本の上に置いた手の上に、雪が積もっていた。その雪を払って、本をカバンの中に入れると、意を決して立ち上がった。
もう試験は始まってしまっている。
もうどうしようもない。
試験は来年もある。
その時にがんばればいいじゃない。
でも・・・・
どうしても諦めきれなかった。
緑の扉の前に立ち、深呼吸する。
右手を握り締めて、ゆっくりとその扉をノックした。
・・・・
・・・・・・・・
キィ・・・
ややあって、扉が小さく開く。
「なんですか?」
中から顔を出したのは私の知らない若い先生だった。先生だとわかったのは、制服の色が私たちと違っていたから。私たち死神候補生は紺の制服で、教師は暗緑色の制服なのだ。
「受験番号1192296番、葉月です。試験を受けさせてもらえないでしょうか・・・」
その先生は私に待つように告げると、再び会場に戻った。先生が戻ってくるまでの間、何をする出もなくただ扉を眺めていた。その時間は実際にはほんの少しの間だっただろうけど、私にはとても長く感じられた。
キィ、と、再び扉が小さく開く。
「1192296番、葉月、これは『はつき』、と読むのかね?」
先生は受験票の束を取りに行っていたのだ。それに貼り付けてある私の写真と、私の顔をしっかりと見比べる。
「は、はい。そうですけど・・・何か?」
「いや、なんでもない。入りなさい。そのかわり、静かにね。席は分かる?」
「はい!!ありがとうございます!!」
うれしくなって、つい声が大きくなってしまった。その先生は、しっ、と、私の唇に人差し指を重ねた。
「静かに、ね」
「は、はい」
私は先生に付いて会場へ入って行った。
四百人ほど入る大きな講堂。階段状に配置された席。ぴりぴりとした緊張感。締め切った部屋の埃っぽい匂い。外とは違って暖かい室内。カリカリと音を立てる鉛筆。ページをめくる音。
私は。帰ってきた。一年前と同じこの場所に。
ゴールが少し近づいた。でもまだスタートラインに遅れて立っただけ。これは走り出せるかどうかを決める試験なのだ。
先生に言われた席に座ると、すぐに先生は問題用紙と解答用紙を取りに行った。私はその間にカバンからウサギの筆箱を取り出すと、中から鉛筆と消しゴムを取り出して筆箱はカバンにしまった。でもふと思い直して、予備の鉛筆をもう一本取り出す。去年の教訓だ。さらにカバンを漁って、受験票を取り出す。それは厳重に二重の封筒に入れてある。
受験票を机の上に置いてあるナンバープレートに重ねる。
1192296番。
いいくにつくろー。
七桁もあったけど、あっさりと覚えられる番号でよかった。覚えてどうなるものでもないんだけど。
ちょうどその頃、先生が用紙を持って近づいてきた。
「あと五十分しかないけど、落ち着いてやれば十分に間に合うからね。焦らないで」
先生はそう言うと、私の肩をたたいて、それから部屋の巡回を始めた。
あと五十分。大丈夫。模試はちゃんと四十分ぐらいで解けた。去年だって五十分ぐらいで最後までできた。大丈夫。きっとやれる。今年は大丈夫だよ。昨日教科書読んだもん。おかげで遅刻しちゃったけど。
よし、と小さく気合を入れて、私は初めの問題を読み始めた。
三日間ある試験が全部終わった日から、私は不安な一週間を過ごしてきたけど、それも今日で終わる。今日が、合格発表の日なのだ。
私は朝からどきどきしながら寮の部屋でじっと封筒が届けられるのを待っている。
受かるか、落ちるか。そのどちらかで、中間は無い。落ちればもう一年。受かれば、めでたしめでたし。
私は椅子に深く腰掛けて、ただ時間が過ぎるのを待っていた。足をパタパタやったり、手をぐりぐりしたりても、いつまでたっても封筒は届かない。
ふと時計を見ると、さっきから三分もたっていなかった。
立ち上がろうとすると木の椅子が小さく悲鳴をあげる。かまわず立ち上がって、今度は部屋の中をぐるぐる歩いた。
時計を見る。時間つぶしにもならなかった。
カバンを持ってきて、もう一度椅子に腰掛ける。ぽふ、と、クッションが少し埃を吐いた。
カバンから教科書を取り出すと、私はページをめくった。
初日から順番に、テストの問題を頭に思い返しながらページをめくっていく。いくつかは完全に間違ってたけど、正解のほうが圧倒的に多い。はずだ。
大丈夫。絶対大丈夫だよ。もう五年目だもん。二度あることは三度あったし、三度あったことが四度あったけど、大丈夫。今回は自信あるから。・・・・遅刻したけど。
その時、来客を告げるチャイムが鳴った。
「は、はーーいっ!!」
緊張のためか、声が上ずってしまった。
私は教科書を椅子の上において、玄関へ走る。ほんの数歩だけど。
一応覗き穴から確認すると、それは紛れも無くあの時の先生だった。遅刻した私に試験を受けさせてくれた、あの先生だ。
ふぅ、と、息を吐いて、再び吸い込む。
ゆっくりとノブに手をかけて、まわす。ドアは音も無く開いて、冷たい風が入ってきた。
「葉月さんだね」
「はい」
先生はそういうと、肩にかけている重そうなカバンから、一通の封筒を取り出した。
「死神検定の結果報告書です」
差し出された封筒を、私は受け取った。薄くて幅の広い、シンプルで大きな封筒だった。ちなみに、とっても軽い。
「では、私はこれで。幸運を祈ります」
パタン、と扉が閉まる。
私は薄い封筒を胸に抱いたまま、玄関のドアの前でぼんやりと立っていた。
どれぐらい時間がたっただろうか、ふと我に返って、慌てて部屋に戻る。テーブルの上に置いてあったはさみを取って、椅子の上の教科書をどけて、椅子に座る。
はぁ。
えと、薄い。去年と同じぐらい。去年もこれと同じような封筒で、開けると中から不合格を知らせる簡素な紙切れが一枚出てきただけだった。
去年と同じ・・・・
私の脳裏に一瞬暗い考えが浮かんだ。
「あう・・・怖い・・・」
思いっきり頭を振って、嫌な予感をむりやり吹き飛ばしてから、私ははさみを封筒に当てた。
じゃり。
もし、もしも、もしも合格していて、大事な書類が入っていたとして、このはさみでその書類を切り裂いてしまったらやっぱり不合格になってしまうのだろうか。そんなことが頭をよぎって、嫌でも慎重になってしまう。
まだいくらも進んでないのに、右手にはうっすらと汗がにじんでいた。封筒を握り締めている左手も汗が伝う感触がはっきりと感じられる。
じゃきじゃき。
ちゃきん。
ついにはさみは封筒のふちを切り裂いた。両端に力をかけると、口が丸く開いた。封筒をさかさまにして振ってみる。けど、何も出てこなかった。
覗き込むと、分厚い紙が二つ折りになって入っていた。指を入れてそれを取り出し、見ないようにしながら封筒を投げ捨て、紙を胸に抱える。
神様、お願いします。
今年こそ・・・・
ふぅ、っと息を吐いてから、思い切って二つ折りの紙を開く。
そこには・・・
・・・・
・・・・・・・・
「・・・・うそ・・・・夢じゃないよね?」
『ここに貴殿の第一級死者案内人検定試験の合格を証明する』
確かにそう書いてある。私の名前も入ってるし、名前しか聞いたことがない学長の名前も書いてある。短いながらもこれからの段取りも書いてあった。
やった。
ついに、やった。
十年間がんばってよかったよ。
知らないうちに涙があふれてくる。
もうすぐあえるよ、けいいちろう・・・・
私、あなたに会いに行くからね。
けいいちろう・・・・
うれしくなって、涙が出て、涙と一緒に鼻水もでてきた。
ずびびーーーーーっ。
手に持っていた紙でそれをぬぐって、紙はきちんとゴミ箱に捨てる。
・・・・あ。
「ごぅっ!!合格通知!!」
ゴミ箱から拾いあげたそれは、アイロンをかけても私の鼻水でてかてかのまんまだった。
目が覚めた時はまだ暗かった。けど、緊張とうれしさで眠気は全然ない。
合格通知が家に届いてから数日後、正式な書類が大量に贈られてきた。私はその全てに署名して、ついでに拇印も押していく。面倒だけど、楽しかった。一歩ずつでも確実に目的に向かっているのがわかったから。
そして今日は、合同の任命式の日。倍率五十倍から百倍以上といわれる第一級死者案内人検定試験、つまり死神検定に合格した五百人ぐらいの死神候補生が、この式を境に正式な死神として任務を与えられることになる。
私は意気揚揚と制服の袖に腕を通して、詰襟をとめる。この死神候補生の制服はこの上着が決まっているだけで、あとは自由だ。私はいつもお気に入りのスカートをはいてる。もちろん今日も。
小さな鈴のついた髪留めで髪を束ねて、鏡の前で不備がないかチェックして、椅子に腰掛ける。
テーブルの上のカバンを取って、中身を確認する。教科書、筆箱、ハンカチ、それからあと小物がいろいろ。
額縁から合格通知を取り出して、初め封筒に入っていたように二つ折りにして教科書にはさむ。
準備は万端だ。式は十時から。今からでも十分・・・・走れば間に合う。
飲みかけのホットミルクを急いで胃に流し込んで、靴を履きながら部屋を出て、階段を三段とばしで駆け下りた。試験のときは雪が降ってたけど、今日は雲ひとつ無い青空だ。雪の積もった学校の中庭を、足跡をつれて一気に駆け抜ける。試験会場だった緑色の扉の部屋を横目に、銀色の屋根の建物を目指して走った。途中で同じぐらいの背格好の男の子とぶつかりながらも、なんとか時間までに目的の建物にたどり着くことができた。ここが任命式の会場の、大ホールだ。野球もサッカーもできる大きな多目的ホールで、今は入り口に「死神任命式」と書かれた看板が出ている。時間は九時五十分。まだ大丈夫。余裕の到着だ。だいぶ走って息が上がっちゃったけど。走って乱れた髪を直してから、門をくぐる。中には制服を着た死神候補生(今日からはみんな本当の死神だけど)がたくさんいた。
死神検定は十二歳にならないと受けられない。私は七歳の時に死んじゃって、十歳から死神になるための勉強を始めた。十二歳の年は試験を受けられなくて、十三歳で初めて試験を受けて、見事に落ちた。それから五年目、十七歳の冬に、私は死神検定に受かった。だから、死神の中でも若い(幼い?)部類に入るはずだった。試験会場も私の倍ぐらいの歳の人がたくさんいたし、ここにもたくさんいる。お兄さん、お姉さん、おじさん、おばさん、おじいさん、おばあさん。とにかく、いろいろ、だ。
私は談笑する人の隙間を縫うようにして、会場を歩きまわった。知った顔が無いかな、と探したけど、見つからなかった。
でも、かわりに同い年の女の子を見つけた。正確には見つけたんじゃなくて、向こうが見つけてくれたんだけど。
「こんにちは。私はエレノア。あなたは?」
エレノアは、ゆったりとウェーブのかかった金の長い髪の、瞳の綺麗な女の子だ。あ、女の子、って言う言い方はちょっと違うかも知れない。確かに私と同い年なんだけど、背は私より頭一つ分ぐらい高い。まあそれはエレノアが大きいんじゃなくて私が小さいんだけど。それに、なんて言うか、とっても落ち着きがある。とてもじゃないけど私と同い年には見えない大人の女の人って感じだ。
「あ、私は葉月です」
「葉月はひとり?」
エレノアは私の周りに誰もいないのを確認すると、そう尋ねた。
「うん。私はひとりだよ。仲良かった子は去年合格しちゃったから」
あらそう、とエレノアは肩をすくめた。
「なら私と逆ね。私は友達を置いてきちゃった方だもの」
そんなことを話しながらすごしていると、不意に会場が暗くなった。腕時計を見ると、十時半を少し回ったところだった。これから式が始まるみたい。これなら走ってこなくても大丈夫だったかな。
「三十分の遅刻ね」
エレノアが言った。おかしくて笑ってると、マイクを通した誰かの声が、それを制止した。
「静粛に。これから第一級死者案内人任命式を始める」
壇上を見ると、私に合格通知を持ってきてくれた先生だった。親切な先生だけど、私は先生の名前を知らない。自己紹介してくれないかな、と思ったけど、司会の人の自己紹介はなかった。ちょっと残念。
「諸君たちは、今日、この日、この時から、新たな死神としての責任と義務を負わなければならない」
いつの間にか、式は始まっていた。知らない先生が(制服が白いから、きっととっても偉い先生なんだろう)死神の心構えについて語っていた。これまで何度も授業で聞いてきた言葉だったけど、実際に自分が死神検定に合格してからでは、なぜか新鮮に感じる。
式は順調に進行して、次の式次第は「新死者案内人の誓い」。
「あ、私ちょっと行ってくるね」
私の隣で式を見ていたエレノアがウインクして、脇に抜けていく。
「なんだろ・・・」
不思議に思っていたら、すぐにその謎は解けた。新死神代表として、壇上に上っていたのだ。ライトを浴びたエレノアの髪はきらきら輝いて、とっても綺麗だった。けど、代表ということはもしかして、エレノアは死神検定をトップで合格した、ってことなのかな?
そんなことを考えている間に、エレノアは自分の仕事を追えて戻ってきた。頬がちょっと朱くなってる。
「緊張した?」って私が聞くと、「まぁね」と笑顔で返してくれた。
式が終わると、会場に再び明かりがついた。暗いところに慣れていたせいで、目が痛い。
エレノアとたわいの無い会話をしながら門をくぐると、誰かがこっちに走ってきて、エレノアの首に抱きついた。私たちより少し年下ぐらいの、柔らかそうな金髪の少女だった。
「エレノアーーっ!!おめでとっ!!私は合格できなかったけど、来年は絶対合格するからね!!それまで待っててね!!」
女の子は早口で捲し上げると、じっと私の顔を見た。というよりも私は睨まれた。
「エレノア、この女は?」
ちょっと口の悪い女の子みたいだ。
少女をたしなめながら、エレノアは私のことを紹介してくれた。もちろん私にもその女の子を紹介してくれた。名前はステフ。彼女がエレノアの言う「置いてきちゃった友達」だと思う。
「葉月、今日の予定は?」
「今日?今日は五時から儀式だけど・・・それまでなら予定ないよ」
儀式、とは死神になるための最後の儀式のこと。試験に合格すれば即、死神になれるわけじゃない。この前書いたたくさんの書類も五時からの儀式のためだった。
「へぇ、五時からなんだ。なら私と同じね」
ほら、と、エレノアはポケットから紙切れを取り出して見せた。確かに五時って書いてある。しかも場所も私とわりと近かった。
「葉月って実は結構いい成績で受かったんじゃないの?」
「そうなのかな・・・?」
エレノアが言うんだからそうなのかもしれない。初日の試験は遅刻したけど。
そのあと私たちは一緒に昼食を食べて、今までのことを話したりして、五時の儀式までの時間を潰した。
「誓いの言葉を」
白い制服の死神の前に私は跪いて、誓いの言葉を紡ぎ始めた。
「全ての魂に等しく安らぎと新たな世界を与えるために」
死神の仕事、それは、死者の魂をこの世界、つまり冥府に導くことだ。冥府は生者の世界である現世とは近くて遠い場所にある、らしい。私たち死神の導きがなければ、死者は永遠に冥府にたどり着くことはない。冥府に来ないと次の転生ができないから、私たちの仕事はとても重要なのだ。
「あらゆる困難、あらゆる妨害に屈することなく、我は導く」
どんなことにも、それを妨げようとする存在がある場合が多い。死神の場合、それは死者を自分の仲間、または一部にしてしまおうとする「悪しきもの」の存在だ。そいつらを冥府では「魔」とか「魔のもの」とか呼んでいる。
誓いの言葉が終わると、白服の死神は十字を切り、台に置いてあった本を取り出した。儀式が始まる前に預けた、私の教科書だ。
「我はここに汝、葉月を新たな死者案内人と認める。我が名はアルフォルト」
白服の死神、アルフォルトが教科書に手をかざすと、教科書は淡い光を一瞬放つ。アルフォルトが手をどけると、表紙には青白く輝く複雑な魔法円がのっていた。
「我は死神としての命を受けん。我が名は葉月」
差し出された教科書を跪いたまま受け取り、アルフォルトが退席するのを待つ。やがて音がしなくなったのを確認すると、私はゆっくりと立ち上がり、その場を後にした。
木の扉を押し開けて外に出ると、雪で乱反射したオレンジの夕日がまぶしかった。
「あ、葉月ーー!!こっちこっち!!」
ちょっと進むと、エレノアの呼ぶ声が聞こえた。振り返ると予想通り、エレノアとステフが立っていた。私はそばまで駆け寄る。
「ねぇ、葉月は何にしてもらったの?儀式道具」
儀式道具とは、冥府から私たちに指令を伝えるための道具のことだ。
「私はこの教科書」
私は大事に抱えている表紙に青白く輝く魔法円が新たに付け加わった教科書を見せた。
「かさばらない?もっと小さいのにすればよかったのに。持ち運びに不便だといざという時に困るわよ?」
そう言いながら、エレノアは首から下げていた小さな十字架を手のひらにのせた。その十字架もやはり青白い輝きを放っている。つまり、この十字架がエレノアの儀式道具というわけだ。
「あんまりちっさいとなくしちゃいそうで」
「大きくてもなくなるときはなくなるものでしょ」
ふふ、と、エレノアは笑いながら十字架を服の中にしまいこんだ。
「この教科書は頑丈だもん・・・」
私は言いながら、教科書をカバンにしまいこむ。
「儀式道具は別に頑丈でなくてもいいでしょうに。何に使うのよ・・・まさか・・・」
はっ、と、エレノアは驚いた様子で私の顔を見た。
「その鈍器で殺して魂かき集める気?そこまでして願いをかなえてほしいわけ?」
「そ、そんなことしないよ!!それにこの本は鈍器じゃないし!!」
「どーだか」
エレノアはにっこりと笑った。
死神の仕事は死者の魂を導くこと。もちろんそのために生きている人を殺してはいけない。あくまで死者の魂を導くだけの存在だ。そして、この仕事の報酬は、さっきエレノアの言っていた、『願い』。望むことならなんでも叶う。でも、大きな願いなら大きな働きをしなければならない。
「そこまでして叶えたい願いってなんなの?」
「だからそんなことはしないって・・・あう」
ステフが眉間にしわを寄せて私の顔を覗き込んでいた。
「でも、叶えたい願いがあるのは本当だよ」
「そう。頑張ってね」
エレノアがステフを引き剥がしながら、笑って言った。
「葉月はどこに行くの?私はとりあえず生まれた町に戻ってみようと思ってるんだけど」
エレノアの生まれた町、というと、ドイツのなんとかっていう小さな村だ。お昼に聞いたけど忘れちゃった。
「私もだよ。私も自分が住んでた町に行ってみる。それからはわかんないけど」
私が言うと、エレノアがちょっとさみしそうな顔になる。
「そう、じゃあこれでお別れね。また機会があったら会いましょう」
「うん。またね」
エレノアはそういうと、手を振りながら元気よく走っていった。その後ろをステフがこちらをちらちら見ながら追いかけて行く。
二人と別れると、急に静かになった。ちょっとさびしい。
エレノアたちが見えなくなってから、私は歩き始めた。
いよいよ、私も行こうと思う。
死神の仕事は、死者の魂を導くこと。場所も時間も決まっていない、その死神の自由。だから私は、初めの目的地に自分が生まれ育った町を選んだ。やっぱり仕事に慣れるまでは全く知らないところよりは知った場所のほうがいいはずだから。それに、もしかするとけいいちろうに会えるかも知れないから。