ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第4回プライベートリアクションKA2
★光と闇の間
2/5
Act.2 Frenzy
ゲーツの〈ナグロアート〉が斧を持つ十鬼衆と戦っている頃、リサの〈アズラエル〉は別の1機を相手にしていた。肩に魔神の紋章を持つ十鬼衆は、機体にこそ差はないが、どうやら好む武器は各固体によって違う様だった。リサと戦っている十鬼衆の獲物は刺のついた頭を持つメイス――いわゆるモーニングスターだった。特に柄の長い物を特別にあつらえているらしい。
(――打撃力重視という事か)
リサは敵の武器を目にそう判断する。尤も、それはリサの持つグレートソードとて同じことだった。〈アズラエル〉の全長とほぼ同じ長さになる漆黒のグレートソードは、高い腕力と敏捷性でその真価が発揮される。幼少の頃から自身も同様の武器を振るってきただけに、その攻撃は相手に脅威をもたらすものとなっていた。グレートソードの攻撃は徒に大きく武器を振り回すことではない。鋭い刺突攻撃はランスチャージの威力すら彷彿とさせるものだ。相手の気勢を逸らした時に――その巨大な刃は敵を両断することにもなる。
だが、十鬼衆の攻撃は〈アズラエル〉の剣の致命的な一撃を躱す事に何度も成功していた。
{あはははは、アダンの騎士も大した事ないわね!!}
女の声だ。嘲笑も、十鬼衆にしてみれば己の力を誇示する事になるのだろう。だが、その一言は、彼女の意図とは裏腹に、リサの微妙な精神的変化を――姉の必死の努力とリサ自身の理性によって封じられていた、彼女の異常心理の再現を――引きおこす事となった。
リサは、我流ながらも十分な強さを持つ敵の存在に、その打ち合う武器の音に、破壊されゆく敵機の姿に、次第に甘美なる快感を思い起こしていた。
――流れる血。風に乗る悲鳴、泣き叫ぶ声。
心の奥底から沸き上がる過去の幻影。己が切望して止まなかったもの――快楽の源。何よりも勝る、至上の悦びをもたらすもの。
この、嘲笑を浴びせる者の悲鳴を聞きたい。高飛車に振る舞うものが追い詰められた時には、どれだけ自身の生存に固執するかしら――? さあ、泣いて、己自身の命を乞え。何よりも、目前に振り撒かれる鮮血の芳香は、極上のワインよりも香しい。
〈アズラエル〉の攻撃は更に激しさを増した。今まで以上に、容赦が無くなった為だ。何より――リサは敵の血が見たくなった。悲鳴が聞きたくなったのだ。そして、それは正しく『死を運ぶ御使い』となる。十鬼衆のキャヴァリアーは次第に追い詰められていた。
魔神の紋章を持つキャヴァリアーを駆るヴァントゥーの女騎士は、目前の紅蓮の魔鳥に、得体の知れぬ恐怖を感じ始めていた。その攻撃は今や敵をいたぶる事を目的とする様に、執拗に、それでいて弄ぶかの様に彼女に襲いかかる。手が緩んだかと思えば、一瞬の間隙を縫って四肢に一撃が見舞われる。その間合いは十分にキャヴァリアーのコクピットを狙えるだけのものであるはずなのに、あえてそれをしない敵の嗜好が恐ろしくなった。残忍なのだ――それとも、冷酷か。
漆黒の巨剣の一撃は十鬼衆のキャヴァリアーを岩壁へ叩きつける。舌打ちして、彼女が体勢を立て直そうとした時には――紅蓮の異形なる姿をした暗黒の天使がすぐ目前にあった。手にした剣の切っ先はコクピットを正確に指していた。自機の腕は既に砕かれていて、モーニングスターも使えない。
{どうしたの。鬼が喰らうのではなかったのかしら?}
その攻撃とはうって変わった様な、冷たい響きの声。
{わたしはアンジェラ。アンジェラ・ローザ。“闇の魔獣”よ。“鬼”のお嬢さん}
澄んだ笑い声が響く。
{人々の悲鳴は至上の音楽。泣き叫ぶ声ほど耳に心地良いものはないわ。鮮血の香りは極上のワインに勝るものよ。さあ、鬼の棲む処へ還りなさいな。そして、わたしに最高の唱を聞かせて頂戴。――この両の手であなたの心の臓を握り潰す快楽を得られぬ事は残念だけれど……せいぜい、わたしを楽しませておくれ}
リサの赤い舌がペロリとその唇を這う。十鬼衆の女騎士は、恐怖に叫びだしそうになったが、凍りついた体はそれすらもかなわなかった。こんな――こんな、狂気に満ちたものがアダンの騎士なの? 助けて――助けて、殺される、お願い、助けて。
その時、山腹を黒い影が覆った。低い機動音が響き渡る。
{リサ、戦艦だ!! 村へ向かっている!! 何だって、こんなものがこんな所に出てくるんだ!!}
エースの怒声に、リサははっと我に返った。
(今……わたしは、何を……)
リサの気が逸れたのを幸いに、十鬼衆のキャヴァリアーは離脱する。〈アズラエル〉はそれを追おうともせず、その場に立ち尽くしていた。
小さい頃の、狂気。血を好む嗜好性。何よりも自分の手の中で命の失われゆく、その快感、目眩く快楽。――この歓迎されざるリサの精神は、彼女が10歳になる頃まで諸々の生命の上に不幸な出来事をもたらしていた。だが、狂気は決して克服出来ぬものではない。人としての心の動きを根気よく教えた姉リナの必死の努力と、慈悲深き姉の心に触れ、生命の脆さを理解したリサ自身の理性の働きによって、己の残虐性は可能な限り心の奥底へと、忘れ去られていた筈だった。
(アンジェラ。人に限らず、この世に存在する全ての生命は、とても脆くて儚いものよ。滅する事は容易いわ――でも、失われた生命は2度と戻らない。天の父様にも手出しの出来ぬ、万物に平等に降り注ぐ『理』のひとつなの。忘れないで。小さきか弱き人々の脆く儚い事を。生命は失われれば、その者の歩んできた歴史も――望んだ未来も潰えてしまうの。人間ですら、長く生きようともたった100年足らずのものなの。歩んだ歴史は自身の次代に持って行けはしない。残された人々を通して語り継ぐだけ。だから――そんな彼らが『死』に対してどれだけの恐怖を持つのか、難しいかもしれないけれども、解ってあげて欲しいの。小さき人々を、愛してあげて。未来を望む幼き者達をね)
(いつも、足元を見る事を忘れないで。アンジェラ、貴女の足元には、小さき幼子達が暮らしているの。未来を望んで努力しているの。少しだけ――手を貸してあげてね。大きな脅威を退ける――その時には、必ず足元を見て。幼子の血を忘れないで。護るべき存在達の流される血を。その血溜まりの存在を忘れないで)
リサは姉の言葉を思い起こしながら、幼い頃の悪夢を振り払う様に、何度か頭を振った。そう、忘れてはならない。護るべき存在の、いま、ここにある事を。
――ならば、わたしは、彼らを愛する事の許される存在になり得るのか、セレスティア?
(それを決めるのは、貴女自身なのよ、アンジェラ)
〈アズラエル〉は戦艦を追って、〈アイリーン〉と共に村へ向かった。