ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第4回プライベートリアクションKA2
★光と闇の間

3/5


Act.3 Requiem

 岩山の崖に、隠される様に作られた住居地。洞窟を利用して作られたそこには、村を焼かれた民達が身を寄せ合っている。
 幾つもの村が襲われたが、それでも彼らは生き残った。ゲーツ・クロリアスの命を懸けた行動が住民の殆どの者の生命を救った事も幸いした。だが、襲われた村はひとつだけでは無かった。戦艦の動きから襲われる村へ先回りし、戦艦との戦いを避け、なるべく多くの民を逃がす事しか、ゲリラとアダンの騎士達には出来なかったのだ。
 日が暮れると、洞窟内部はかなり寒くなった。持てる限りの食料は持ってきたが、その備蓄が尽きるのも、そう遠いことではない。親を失った子供の泣き声が響いた。男達は敵の襲撃を警戒しながら物見に立ち、女達は子供達の世話をする。怪我人も多かった。やるべきことはたくさんあったのだ。
 アダンの騎士達も、出来る限りの助力を惜しまなかった――とはいえ、安穏とした生活を今まで聖都アダンで過ごした彼らに出来る事は少なかった。生き延びるためにどうするのか。ロカルニアの民の全てを懸けた戦いの中で、なすべきことは何なのか、それは、やはりロカルニアの民達が誰よりも解っていたのだった。
 リサは、弱い星の光が降り注ぐ岩棚に立って、闇に消え入りそうに暗い煙のまだ治まらぬ村を見つめていた。わずかな期間とは言え彼らと共に暮らしていた村。 キャヴァリアーで洞窟に戻った時、見知った顔が幾つか欠けている事に気が付いた。尋ねてみると、逃げ切れなかったのだという。姿の見えぬ子供を心配するあまり、村に戻って、そのまま戦艦のレーザーで蒸発させられた母親もいたそうだ。憔悴した様子で、それでもなおリサに笑顔をみせた少女も、医術の心得のある者に言わせれば、もう片腕が使い物にならないだろうとの事だった。
 リサは、地に跪き、頭を垂れた。
(天の父様――慈悲深き、光の神よ。小さき幼子達に、慈悲をお与え下さい。この地を離れた魂に安らぎを。留まりし魂に慈しみを。脆く儚い子供達に――傷つきながらも未来を望む者達に幸運を。我が同胞の支援を)
 祈りながら失われた者達に想いを巡らせる。ヴァントゥー・シティの戦いでは、どんな時でも頼りになったシュペール・ハーゲン卿と最年長のムーヴィー・スープラッター卿が帰らぬ人となった。ファルネーゼ隊でもその実力は一目おかれていたゲーツは目前で……逝ってしまった彼らの穴はあまりにも大きい。これからは彼らの力無くして、戦わなくてはならない。死者は生者を護れない。だから、もう、誰も欠けさせる訳にはいかない。……特に、戦いを知らずに暮らせる者達の生命は危険に晒せない。どんな時でも、結局戦いは一番弱い者の生命を奪って行く――誰よりも未来を望む者達の命を。ヴァントゥー・シティの民が、紅蓮の火炎地獄に突き落とされた様に。彼の地では屍の山が築かれてゆく。遺された者には、彼方へ逝ってしまった者に、もう何もしてやれないのだ。せめて、悼んで、忘れぬ様にする事しか出来ないのだ。
「リサ。こんな所にいたのか」
 自分に掛けられた声に、リサは弾かれた様に立ち上がった。その時初めて、リサは自分が泣いている事に気が付いた。
「何の用だ」
 振り向きもせずに言う。声の主は初めてゲリラ達と接触した時、交渉役として出てきた“俊敏なる大男”カルロスだった。交渉時、リーダーかと問われて笑った彼は、結局ゲリラの中核人物の1人だったのだ。
「いつまでも外にいると風邪を引くぞ。特に、跪いてじっとしているだけでは」
「――見ていたのか?」
 振り返ったリサは、もう普段と変わりない。だが、最初からリサの様子を眺めていたカルロスには、リサがここで何をしていたのか隠しようもなかった。その事は黙っておく事にしたカルロスは、顎髭をさすりながら唐突に切り出した。
「エースとかいう奴な。あれは、どんな男だ?」
「すぐ熱くなる所が短所なのだろうが、嘘を言わない所が長所だろうな。その点は信頼に値する」
 リサは昼間の〈アイリーン〉の前の出来事を思い起こした。カルロスを見上げて、微笑む。
「熱しやすいが冷めにくい。決めた事は最後まで貫く。素直だしな。――光に向かって真っすぐ生きている。よく笑うという事は、逆に、他人の心の痛みにも敏感という事だ。だから、自覚はないようだが他人をとても大切にする。今時そんな男は貴重だぞ」
「そうか」
 見透かす様なリサの視線に、カルロスは困った様に頭を掻いた。安心しろ、と言わんばかりの彼女の口調に辟易する。
「……まだ、燃えているな」
 しばしの沈黙の後、カルロスは彼方の村跡に視線を向けた。リサも、それに倣って視線を移す。
「すまない。民の被害は少なかったとは言え、死者も出た。それに……家も家具も、その中の思い出の品々も、全部燃えてしまった。あれは、遠い過去から代々受け継がれてきた、あなた達の歴史そのものなのに。この地で、人々が生きて来た証しだというのに……」
 悼む様にリサが表情を歪ませる。何度か瞬く瞳は潤んでいるかの様な輝きを見せた。
「それでも俺達は生き残った。思い出はまたこれから作っていけばいいさ。それが、人が生きてゆくって事だろ」
 リサは驚いたかの様にカルロスに視線を戻した。
「……タフだな。それに随分と前向きだ」
「それがロカルニアの人間の良いところさ」
 カルロスはそう言って笑って見せた。