ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第5回プライベートリアクションKA2
★天使の怖れ

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『彼らには失望させられたな。人間として最低限の事すら出来ないという事がよく判った。セレスティア、わたしはどうやら、彼らを過大評価していたようだ。全ての生きとし生けるものにはその存在の価値がある――自身に相応した責務を果たすのならば。彼らはそれを自ら放棄した。もはや彼らの価値は何よりも劣る。存在する事など全く無意味だ。その様な者を生かしておく程、わたしは慈悲深くなどない。……そんな人類を多少なりとも護ってやろうなどと、そう考えたのが、そもそもの誤りだったのだ。人類の数はもはや増え過ぎた。宇宙(せかい)が養うには多すぎる数になった。我々は選択せねばなるまい。この、愚かなる現在の人類を存続させるか、或いは滅ぼすかを。滅ぼす事など簡単だ――疫病、戦争、異常気象。舞台設定は人類が自らの手で、その愚行で、行ってくれる。我々は手綱を緩めるだけでいい。そうすれば自然の均衡は崩れ、彼らに対して致命的な災いが振り撒かれるだろう。自然が受ける傷痕は、数百年もあれば元に戻る。せいぜい千年の空白ができる程度。――我々にとっては永い時ではない。選択の基準となるのは現在の人類の方向性と宇宙の疲弊度。星々を滅ぼす事なく発展できるものを彼らが見つけ、進むのであれば問題はない。しかし、現実はどうだ。己自身の事のみ考え他の者を顧みない者の何と多い事か。他を滅ぼし喰らい続けて行くのみだというのであれば、愚かしい人類など早々に滅して、新たなる種子を撒くべきだろう。我々はまだこの宇宙を放棄する訳にはゆかぬ。……あなたの判断は甘かったという事だ、セレスティア』
『お願い、アンジェラ。もう少しだけ幼子に時間を与えてあげて。あなたの見ているのは世界の半分なのよ。目にしているのは幼子の半面なの。ええ、彼らは他者を平気で傷つけるわ。でも傷つけられる痛みを解る者も確かに存在するの。そんな彼らも一緒に滅してしまうの? それではあまりに哀しすぎるわ、アンジェラ』
(リサ・アンジェラ・オルラヌスとリナ・セレスティア・オルラヌス、共に12才。初夏の頃の会話)

Act.1 Hightension Wire

 アレクサンドラの骸から生まれたDスペースは瞬く間にヴァントゥーを飲み込んでゆく。ロベルト・ファルネーゼの冷静な状況判断と的確な指示によってどうにかカラハン邸を脱出した騎士達は、鬼幻城と化した戦艦と対峙していた囮のキャヴァリアー隊と共に、ロカルニアの森に隠してあった輸送船と合流することに辛くも成功した。4隻の輸送船は、ロカルニアの民を乗せ、当てのない逃避行を開始する。

 合流した騎士達は先ず輸送船の一室に集まっていた。カラハン邸攻略に向かった者達である。呆然自失状態のカラハン大公も一緒に居る。満身創痍で意識を失ったままのジェレミー・フィンネルの手当をロベルトが行っていた。アレクサンドラを結果としてその手にかけたリュクリオン・ラマワイヤーは、血の落とされた己が両の手を――時折、見つめていた。
 そこへ、キャネリア・ハーゲンと十鬼衆のカルマを伴ってリサ・オルラヌスが入って来た。カルマの武器は取り上げられている。
「隊長、ご無事でしたか」
 ロベルトは、黒い瞳をリサに向け、無言のまま視線をジェレミーに戻した。リサはロベルトの表情に重く暗い影を感じながら、ラマワイヤーに視線を移し――溜め息を吐いて、ステラ・ビュフナーを見据える。
「カラハン邸で何があったか、少しは、聞いている。詳しい報告を」
 リサはカルマに大公の側に行くよう指示しながら告げた。カルマは安堵した様に大公の元へ駆け寄る。
「その前に……エースは?」
 ステラは視線を一瞬だけラマワイヤーに向ける。
「別室に。睡眠薬で眠らせてある。――高い授業料になったな」
 リサはラマワイヤーに向き直る。
「ラマワイヤー。過去は変えられないし、死者は決して蘇る事はない。人の肉体の脆さと、『敵』だからといって何でも殺せば良いというものではない、という事さえ理解してくれるなら、わたしはあなたを責めはせぬよ。殺す事は何の解決にもならない、という事を解ってくれるのであればな」
 アレクサンドラの死から何かを学ばなくては、彼女の死はDスペースを作り出しロカルニアの民とアダンの騎士達を苦境に引き込むだけのものになってしまう。辛い経験だからこそ、その悲劇を繰り返さぬ為にも、幾つもの事をそこから学ばなくてはならない。こんな出来事は、たった1度だけで良いのだ。実戦に出る事の少なかったアダンの騎士達は、生命の重みと自身の振るう武器の威力を知識としては知っていたとしても、実感として己のものにしている者はあまり居まい。強力だからこそ、その「威力」は使われるべきかどうか吟味する必要があるという事を知らねばならない。
 リサは椅子に腰掛けた。ステラは形の良い指で机を何度か叩き、考え込む。
「何から話したものか……」
 ステラの呟きにリサはステラを真正面に見据える。
「最初から。交わされた会話の一言一句まで正確に」
「わかりました」
 そうして、ステラは話し始めた。司令室で1人震えるカラハン大公を見つけた事。彼の代わりに少女アレクサンドラが刃に倒れた事。アレクサンドラは大公をやはり父として愛していた事。それは大公とて同じだという事。――娘を愛し、そして誰よりも妻を愛した男はその『死』に耐えられなかったのだ。
 そして。話が十鬼衆のシャギィの事に移り、その時ジェレミーがどういう目に遭ったのかを口にした途端――その場に居る全ての者は、その気配に総気立った。ラマワイヤーは思わず腰の剣を抜いた。ステラは弾かれた様に立ち上がり後ずさる。キャネリアも咄嗟に剣に手をやっていた。ロベルトは、凍りついた手で己が心臓を鷲掴みにされたようなその感触に――禍々しい気配に、首の後ろがちりちりと焼ける様な感覚を覚えながらおののいた表情で――背後のリサを振り返る。
 リサは静かに座したままだった。机の上で組まれた指の、その1本とて動かしていない。ただ見据えていた――話すステラを。彼女の座していた場所を。だがその身から発せられる気配は恐ろしいまでの殺気だった。極限まで高められ、瞬時に発せられたそれはもはや妖気にすら近い。舜発的に動いたものの、誰も身動きが出来ない――呪縛されたように。
「ステラ。続きを」
 凄惨な笑みを浮かべてリサが告げる。その殺気は萎えるどころか悍ましさを増し更に練り上げられて行く。カルマは大公を護るように抱き締めたまま、リサに視線が釘付けになっていた。目を逸らす事もままならない。手も足も、まるで凍らされた様に動かない。大公は小さくなって震えていた――脅える子供同然に。悲鳴すら上げられず。
 周りの奇妙な気配に、ジェレミーはふと目を覚ました。目に入った主の姿に、無意識にその名を呼んだ。
「……ロベルト様?」
 囁くように発せられたその言葉は、それでもこの氷の呪縛を解き放つには十分だった。一瞬緩んだ殺気に、既に極限状態にあった大公は悲鳴をあげ、泣き喚く。
 リサは、その大公の醜態を、どうして彼がそうするのか、まるで意味が解らないとでもいうように何度か瞬きしながら見つめた。それでも、まだ、その視線は――眼の与える印象は変わらない。まるで蛇だわ、とステラは思う。いや。それ以上の、闇に棲む魔物の瞳。 ジェレミーは己に向き直った主の無事を喜び、視界を涙で曇らせる。ロベルトは父親が小さな息子にする様にジェレミーを抱き締めた。慈しむ様に頭を撫でる。
「無事で良かった」
「はい。ロベルト様も」
 ロベルトの体の温もりを感じながら、頬を涙で濡らしたままで、彼の肩越しにジェレミーはリサに視線をやった。リサはジェレミーと眼を合わせた途端に一瞬驚いた表情を見せ、真っすぐ視線を受け止める事が出来ないかの様に眼を逸らす。苦しげに表情を歪ませて。
「……ハーゲン卿。大公に鎮静剤を。わたしは、少し……頭を冷やしてくる。どうやら脅えさせた様だな。済まない」
 リサが退出すると同時に、キャネリアは思わず安堵の息を漏らした。緊張の極限にあった体の力を抜く。
「――あんな、凄い殺気は、初めてだ」
 ステラも己を抱き締める様に腕を自身にまわした。そのまま崩れる様に椅子に座り込む。
「まだ、体の震えが止まらない。何という……」
 ラマワイヤーは絶句したまま、剣を戻した。背中が汗でびしょ濡れになっている。
 脅えて錯乱状態にあった大公は鎮静剤を打たれて何とか落ち着きを取り戻した。カルマは安堵させるように大公に寄り添いながら、ロベルトに尋ねる。
「彼女が、アンジェラ・ローザなの?」
「本人がそう名乗ったか?」
「マルコの所に行った十鬼衆にね」
 そう告げながら、カルマは伝え聞いたその言葉を思い起こす。
(わたしはアンジェラ。アンジェラ・ローザ。“闇の魔獣”よ、“鬼”のお嬢さん)
 成程、あれだけの殺気を発するのなら“闇の魔獣”などと名乗ったとしてもおかしくはあるまい。通りで彼女は脅えて戻って来た筈だ――とカルマは考える。確かに鬼は魔獣には勝てぬ、とも。人が変じた鬼は最初から冥き存在である深淵に棲む者には勝つ事など出来まい。それでいて尚且つ、彼女はアダンの騎士なのか――? カルマは疑問に思わざるを得なかった。