ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第6回プライベートリアクションKA2
★子午線の祀り
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「君は何を望んだの?」
「自分を愛されたものと呼び、
愛されたと感じることさ。この地上でね」
―――― レイモンド・カーヴァー ――――
Act.1 Meridian Child
「卑怯で結構さ。俺はアダンの騎士ではないのだから。俺について来たいというのなら、過去を捨てろ。仲間を殺せ! すれば、鬼の仲間に加えてやろう!」
そう告げる影の王マルコ・バルディアを、アダンの騎士キャネリア・ハーゲンは忌ま忌ましげに睨みつけた。その傍らに立つ女騎士リサ・オルラヌスは、キャネリアとは対照的に――冷静な瞳で彼を見据えている。
「分かったわ」
静かにリサは言葉を発する。キャネリアはその意図を掴みかねて、訝しげにリサを見やった。リサは、すうっと、魔性の笑みを浮かべる。
「マルコ・バルディア。わたしはあなたと一緒に歩くことに決めたわ。だから、皆の所には戻らない。でも勘違いしないで。盲目的について行く訳ではなくってよ。わたしは鬼ごときに成り下がるなんて真っ平」
マルコは興味を引かれた様にリサを見つめた。
「他人に与えられる『威力(ちから)』はわたし自身の『威力』ではあり得ない。『威力』も『強さ』も己自身の内側より沸き出づるものよ。だから――与えられる『新人類』の力は不要。そんなものに頼らなくても、わたしは充分すぎる程の威力を持っているもの。それが足りないというのなら――わたしは、わたし自身に因って強くなるわ」
リサの言葉に、マルコは大笑いを始める。大した自信家だと、可笑しくなったのだ。新人類を相手に、この女騎士はずいぶんと大風呂敷を広げたものだと考えると、無性に面白くなった。この目前の旧人類は、何の力も持たないただの女騎士は、今現在の自分自身が十分強いというのだ。融合者に何ら抗しうる力を持たないこの女は、それでも自分自身で強くなると言う。その様な事を言う人間は、今まで見た事がない。
「いいだろう。好きにしろ。だが、役立たずにはこの城にいる資格はないぞ」
リサはふと笑った。
「あなたの役には立って見せるわ。そうね――先ずは。あなたが太陽騎士団を退けてあの塔を手に入れたいというのなら。太陽騎士団にはかなり手を焼いているのでしょう? 忌ま忌ましいって言っているもの。だとしたら、アダンの騎士やデモンバスターズ、太陽騎士団の3勢力が健在である今の状態で彼らを襲うのは得策じゃないわね。最も古き塔を手に入れたいのなら太陽騎士団を排除しなくてはならない。ならば、もっとデモンバスターズやアダンの騎士に太陽騎士団の数を減らしてもらってから彼らを襲う方が効率がいいわね。折角だから、もっと役に立ってもらってから褒美を与えればいいわ。アダンの騎士やデモンバスターズなど、いつでも殺せるんですもの」
リサは凄惨な彩を乗せた瞳で影の王を見据える。
「今襲っても残るのは太陽騎士団だけよ。だとしたら、塔を手に入れる為にはあなたの手持ちの戦力を消費しなくてはならないわね。それは非効率的だわ――もっと太陽騎士団を弱らせてから叩く方が良いでしょう。その過程でアダンの騎士やデモンバスターズが減ったとしても、それは彼らの能力不足が招いた事――そして何よりもあなたの戦力には何らマイナスにならないもの」
「リサさん!!」
キャネリアが言を荒げて抗議しようとするのを、リサは冷たく一瞥して制した。
「進言は、考慮してやろう」
マルコは満足げに笑い声をあげた。
鬼幻城の中庭で、キャネリアは〈アズラエル〉のコクピットに乗り込もうとするリサに食ってかかった。
「どういうつもりなんですか? まさか、本気でアダンを裏切るつもりなんじゃないでしょうね!?」
リサは表情も変えずに、キャネリアに視線を向けた。無言で手招きをする。
「そうね。判断は、あなたに任せるわ」
そう言うと、キャネリアを連れてコクピットに乗り込む。そのまま、キャネリアをシートに押し付けて、リサはハッチを閉じた。
「わたしは、アダンを裏切る事はない。それだけは、覚えていてくれるか?」
リサは、狭いコクピットの中で、キャネリアの瞳を正面から見据えるとそう告げた。その彼女の様子は、瞳から凄惨な彩も抜け、いつもと何ら変わりがない。
「わたしは彼を救けたいだけだ。暗闇で孤独に震える彼の魂を。敵だと言って殺す事は簡単さ――ただ、それでは余りに彼が哀しすぎるだろう。自分は誰にも望まれなかったのだという意志のみ残して、天の父の所に還らせる訳にもいくまい。自分の人生は無意味だったと――この世に在ってはならないものだと、彼の人生を、失望のみを与えるものにする訳にはいかぬよ」
キャネリアは困惑した様に何度か瞬きをする。
「でも、居場所なら自分で見つけたとマルコは言っていたじゃないですか。天覇帝国の新人類という……」
リサは哀しげに笑った。
「天覇帝国とやらに彼を望む者がいればな。――居場所があるという事は『あなたにここにいて欲しい』と望んでくれる者がいるという事だ。もし彼の言う通りであるのなら――居場所があり、それが自分の存在の揺るぎない大地となっているのであれば、あの時にこう言うはずさ。『お前ごときが俺の何を理解出来るというんだ』ってね。でも彼はそう言わなかった。『こんな俺の何を理解するって言うんだね』……そう彼は言った。この差が判るか? ハーゲン卿」
キャネリアはしばし言い淀む。リサは溜め息を吐いて言葉を続ける。
「こういう事だ。『お前ごときが』という場合は、発言者が相手を見下している場合の言い方だ。換言すれば自分は上位にあると、ある種の選民思想を持っている。だが『こんな俺の』という場合はな。……自身を卑下しているのだよ。『他人に褒められない、受け入れられないこんな自分を』という言い方だ。一種の罪悪感すら伴う言い方だな。その悪しき事象の為に他人に受け入れられない事を自分は知っているという……相手より自分が下位にある言い方なのさ」
リサは不意にキャネリアから視線を逸らせる。
「彼が敵だっていいんだ。彼に揺るぎない大地があるのなら、求める正義が違うのだからと、わたしは彼と心置きなく戦うことが出来る。だが、今の彼は、崩れそうに脆く弱い大地に縋り付いて生きているようなものだ。放っておけぬよ。彼の姿は――鏡に写る過去の自分自身を見ている様なものだ。人間など滅ぼすべきだと、そう考えた時がわたしにもある。汚くて狡くて浅ましい人間共を。愚劣で汚辱に満ちた、天の父の声すら聞こえぬ者達。この世に存在する価値すらない人間共は皆殺しにするべきだ、とな。――わたしがそう考えるに至った人間の側面は。わたしが幼少の頃よりずっと見つめていた人間の側面は、彼らの一部にしか過ぎない。――わたしが目にしていない、讃えるべき半面が人間には確かにあるのだと、そう教えてくれたのはわたしの姉だ。マルコも恐らくそうなのだ――自分を受け入れてくれない、自分を拒絶し弾き出す者達。彼が見ているのは、そんな、人間の側面だけだと――一部の人間の挙動だけだとわたしは思っている。確かに人間は自分達と違う者を拒絶するさ。だが、この世に存在する全ての者が彼を拒絶する訳じゃないだろう。確かに彼の精神は――嗜好性は万人に受け入れられるものじゃない。でも、人は自身を律する事が出来る。万人に受け入れられる必要はない。ただ1人でもいい。誰か自分を受け入れてくれる者がいるのなら、その人が自分の全てを受け入れてくれると……そう考える事の出来る存在があるのなら、他者に対して自分を合わせる事も出来るようになる筈だ。そうして、わたしはここに在る。わたしの乗り越えた途なのだ――姉がいなければ、わたしの全てを受け入れ、愛してくれる存在がなかったとしたら、わたしはマルコと同じような存在になっていただろう。だから、彼の考えている事が痛い程よく解る。今、心の奥底で、涙を流しながら何を望んでいるのかも。救けて欲しいと――この世に在る事を認めて欲しいと、泣いている声が聞こえるのだ。だから、救けてあげたい。わたしが出来たように――彼はそれが出来ない程無力な存在ではない、とわたしは信じている」
リサが言葉を切った時。不意に通信が入った。リサは厳しい表情で〈アズラエル〉の回線を開く。
{リサ姉! この通信が聞こえるか?}
エースこと、アイク・アークライトの声だ。彼は、デモンバスターズの協力を得てアビル・シティ郊外に作られたキャンプに残っている筈だ。切羽詰まった様に言を荒げている。
「何かあったのか?」
{キャンプが正体不明の武装集団に襲われているんだ。戦闘ヘリの機銃掃射で皆がやられて……}
「解った。まず、皆をそこに呼んでくるんだ。その後、指示を出す。その間に――」
リサはキャンプに残った人員の顔を思い起こす。
「カルラ・カレン卿。その場にいるか?」
{ええ}
部屋を飛び出したエースに引き継いで、カルラはなるべく冷静に応じた。予想外の襲撃にキャンプの者達は皆浮足立っている。せめて、自分だけでも冷静でいなくては。そう自身に言い聞かせながら。
リサはカルラの声に満足げに頷いた。
「カレン卿、詳しい報告を。襲われる前から、キャンプで何があって、どういう状況でどういう敵に襲われるようになったのか。私情を挟まず、起こった事象を端的に告げろ。判断はわたしがする。敵武装の詳細は解るか?」
{詳しくは――組織だった軍隊みたいだし}
カルラの声を遮るように男の声が割り込む。
{詳細なら俺が解る}
ゲリラのリーダー格のカルロスの声だった。
「よし。ならば報告を。なるべく手短にな」
キャネリアはこのやり取りを黙って聞いていた。兄シュペールの死をきっかけに、リサは騎士達にリーダーシップを発揮し始めている。その実力はかなりのものだ。今、ここで彼女を鬼幻城に留めておくことは――実質、ファルネーゼ隊を動かすだけの状況認識力と冷静な判断力と思い切った決断力を有する彼女を失う事は、我々にとって大きな痛手なのだ。隊長が心の傷で苦しむ今、一体誰がファルネーゼ隊を統率し、引っ張って行くのだ?
「何だと!?」
己の思考に没頭していたキャネリアはリサの鋭い口調に、不意に我に返った。
リサが思わずそう言ったのは、ロカルニアの民に謝罪しようとしたカラハン大公に対して、カルロス達がどのような挙動にでたのか、カルラが遠慮がちに告げた時の事だった。
「カルロス。あなた達は彼に、罪人の謝罪など聞けぬと――人殺しの言うことには耳を貸さぬと、石をぶつけたのか? 無抵抗の者を集団で打ったのか?」
{……そうだ}
しばしの沈黙の後、カルロスは震えた声でそう告げた。
「確かに、大公は圧政であなた達を苦しめた。その過程で、沢山の者が殺された――村も襲われ、死者も多数でた。だが、あの時。煙の残る村を遠く眺めながら、カルロス、あなたはわたしに言った筈だ。『それでも俺たちは生き残った。思い出はまたこれから作っていけばいいさ』とな。これから作る思い出とは、無抵抗の者を石で打つものなのか? 無くしたものならまた作ればいいと言ったのだろう? あなた達の憎しみも悲しみも怒りも解る。だが、そうしてあなた達は2人のアレクサンドラが――あなた達が愛し慈しんだ大切な女性達が命懸けで護った1人の人間を、自らの手で殺してしまうつもりか? そんな事をすれば2人のアレクサンドラは犬死にだぞ!! ヴァントゥーの民とロカルニアの民、両者の信頼が失われたというのであれば、また作って行く事は出来ないのか? その可能性すらあなた達は拒絶してゆくつもりなのか? あなたのあの言葉でわたしは動いた。あなた達の為に。お願いだから……わたしを失望させないで」
リサの言葉を遮るようにカルロスの叫びが響く。
{そういうあんたは、民を……俺達を護ると言っておきながら、肝心の時にどこにいるつもりだ? こうしている間にも敵に皆が殺されてゆくんだぞ!!}
リサは身を固くして黙り込む。カルロスはそのままリサを責め立てる言葉を連ねた。リサは黙したままそれをじっと聞いていた。何度か瞬きをするその瞳が、少しずつ変化して行くのをキャネリアは見逃さなかった。光彩がすうっと動く――縦に――細く、細く。その瞳の黄金の彩とあいまって、蛇の瞳の様になる。かつて輸送船で見せたのと同じ、魔物の瞳。そうして、リサは魔性の笑みを浮かべた。
「成程、確かにね。あなたの言う事は正しいわ。裏切り者扱いするのなら、なさいなさいな――。わたしは影の王マルコ・バルディアと共に鬼幻城に居る。あなた達が手を拱いているのなら、いずれ、わたしはあなた達を襲うでしょうよ」
リサは澄んだ笑い声をあげた。
{リサ姉! 本気なのか? 冗談だろう?}
戻って来たのか、エースの声が割り込んだ。リサは挑発する様に言った。澄んだ嘲笑と共に。
「さあね。いずれ解るわ。その時には、せいぜい、命乞いと共に断末魔の悲鳴をあげてわたしを楽しませて頂戴。そうね、今は――この鬼幻城の地下牢に捕らえられているアンドレア・バルディアの悲鳴で我慢しておくわね。彼は籠の中の鳥よ。鎖で壁につながれたまま、美しい声で鳴いているわ――愛しい弟の手で痛め付けられながらね。待っているわよ。あなた達と再びまみえるその時を。その時まで、短いその命を永らえなさいな。いまそこを襲っている他所者に殺られてしまってはつまらないもの」
{リサ! 何を馬鹿な事を――}
今度は近衛騎士団長ロベルト・ファルネーゼの声だ。リサはそのまま、言葉を返す事もなく一方的に通信を切った。
「リサさん!」
キャネリアは抗議する様にリサを見つめた。リサは、困った様に――瞳は獣のままで――笑った。
「これで、帰れなくなったわね」
「いくら何でもあんな事を言わなくても……」
「いいのよ」
リサはふとキャネリアから視線を外す。
「まだ2つの民は争っているままだわ。今、キャンプを敵が襲っているという事は、見方を変えれば良い機会でもある。争う2つの民に共通の敵が出現したという事でね。これで彼らが――心にわだかまりを残していても――手を取り合ってくれれば良い。でもどうなるか判らないわ。だからわたしはひとつ布石を打った。共に在ったものが裏切り、敵対するという状況をね。これで彼らはこの城とわたしに牙を剥くでしょうよ。ある集団をまとめるには共通の敵がいる。そして、その敵と戦う様に、もっと切羽詰まった状況に追いやってやらないと人は動かないものよ。『怒り』や『憎しみ』の感情が、人を動かすひとつの原動力を構成している事は確かだもの。その感情は見知らぬ者より知っている者に対する方が、そして元々共にあった者が敵対する方が、大きくなるものなのよ」
リサはキャネリアに視線を戻し、笑って見せた。
「あなたは、まだ帰れるのだから――あなたまでわたしに付き合う必要はないわ。戻って……皆をよろしくね。1万人のロカルニアとヴァントゥーの民。デモンバスターズの人達と、隊長と……隊の皆を、お願い。誰ひとり欠ける事なく、ここから帰せるように」
「でも……」
キャネリアは困った様にリサを見つめた。
「わたしは。どこにいてもどんな状況下にあっても、アダンの騎士である事に変わりはないわ。わたしはわたしよ――瞳が変わっても。口調が変わっても」
リサはキャネリアの心中を見透かしたように言葉を続けた。
「時々ね、わたしはこうなるのよ。口調が変わり、眼が変わる。普段は理性で自身を律しているの。本当のわたしを見せると誰もが疎んじて脅えるんですもの。本当のわたしは人の世では歓迎されないわ――残虐で冷酷。そして凄惨。血を好む嗜好性とかがね。だから、なるべくそれを見せないようにしているの。時々こうして本音を漏らす時もあるけれど。でも、この、人に歓迎されないわたしも、アダンの騎士なのよ。――姉がそう望むから。天の父の――慈悲深きお父様の声が聞こえるから。わたしを愛してくれる姉セレスティアが人と共に歩む事を望むから。そして、それを己自身で納得して受け入れたから――人は護ってやるべきなのだと、わたし自身が認めたのだから――それ故に、わたしはアダンの騎士であり続ける。それだけは覚えていて頂戴ね」
キャネリアは、諦めた様に溜め息をひとつ吐いて、リサに尋ねた。
「どうしてそれを僕に話すのです?」
「誰か1人には、わたしの本音を――敵側についたわたしの真意を知っていてもらいたいだなんて、虫の良いことを思っているのよ。どこに行くかはあなたの自由よ。これからどうするのかは。でも、結局わたしがとる行動は、誰ひとり欠ける事なくここから帰るためのものなのだと誰かに解っていて欲しいのね。誰ひとり欠ける事なく――というその中に、あの人も……マルコ・バルディアも入っているというだけの事なのよ」
瞳に冷酷な光を乗せたまま――それでも自分自身戸惑っているかの様に――リサはキャネリアに微笑んだ。聖母が御子に見せるように、どこか儚げで、透明な彩を思わせる澄んだその微笑みに、はっとキャネリアは魅せられた。
「救けを求める幼子が目の前にいる――“闇”と共に歩む久遠の時の中で、一度位は、“光”の御使いの真似事をしてみても良いでしょう?」
そのまま、しばしリサはキャネリアを正面に見据えていたが、不意にいつも彼女が見せるような厳しい表情に戻ると、彼に告げた。
「つまらない事を言ったわね。……忘れて頂戴」
キャネリアはリサを見つめながら感じていた。彼女は彼女の意志で自分達とは違う途を選びつつある事を。果たしてその途が交わるものなのかどうか、それは判らない――だが、願わくば、それにより傷つく人々のなきように。互いの手を血で血を洗う結果とならないように、願わずにはいられなかった。