ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第8回プライベートリアクションKA2
★風の憧景
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『……最後の審判が下されます。あなたがたまで巻き込む訳にはいきません。早く脱出を……』
「ティーエ、お前はそれでいいのか? 裁かれるっていうのは死んでしまうことなのか? どうして最後まで努力しようとしないんだよ!! お前、少し英雄とか言われて天狗になってんじゃないのか!!」
「……ティーエさん、僕たちには帰るべき所があります。生きていて信じあう仲間がいます……僕は思うんです、この世に耐えられない悲しみなんて……きっと無いと信じています……ティーエさん、僕たちはいつまでもあなたのことを信じています。きっと……また会えますよね?」
(砦『クルナ・ターン』竜の乗り手セイリュウ・ガンドールとケイン・ラオが融合者ティーエ・サハレとの別れの間際に交わした会話。後、ティーエはDスペースの崩壊と共に死亡)
Act.1
「待っているぞ、リサ!」
マルコ・バルディアである異形の怪物がそう告げて高く空に舞い上がり、居城であった鬼幻城を去って行く。リサ・オルラヌスはその姿を呆然とした様に暫し見つめ続けていた。
(お前達をアダンの騎士達はもう一度仲間として受け入れられるか? 無理だろうよ。奴等は神ならぬ身でありながらお前たちを裁くだろうよ)
あなたはわたしに、彼らに自らの行いを弁明する機会を与えてくれるというのか? あなたの事を何も告げずにきたこのわたしに? それを彼らに告げる機会を? このまま彼らと戦うのではなく、話す機会を?
リサは表情を引き締めた。つまりこれは賭けなのだ。彼の見た人の姿が正しいか、わたしの信じる人々の姿が正しいか。どちらの望みが叶うものなのか――賭けるのはわたしの未来。わたしの信じる姿を人々が見せるのであれば、わたしの望みは、その未来は叶うだろう。マルコ・バルディアの見た人の姿が――人々がその姿しか見せないというのであれば――共にアダンに帰ろうというわたしの望みもその未来も、潰える事になるだろう。
「……随分と、分の悪い賭けだわね」
リサは思わずそう呟いた。それでも、わたしは。わたしの求める未来の為に。わたしが信じた――護るべきだと評価した――彼らを、信じるしかあるまい。
(姉が評価するからではなく。セレスティアが愛するからでもない。このわたしが護りたいと思った。彼ら脆く儚い、天の父の声すら聴こえぬ小さき幼子達を)
リサは意を決した様に、空に鋭い視線を投げ付けた。振り返り、床に倒れるラーシュ・フリュクディルの側に駆け寄る。
ラーシュは、マルコ・バルディアの剣によって満身創痍になり、その多量の失血は彼の伏せるその周りを、それこそ血の海へと変化させていた。リサは無言のまま、自分の服を裂いて、ラーシュの傷を縛る。動かされてふと意識の戻ったラーシュは、うわ言の様にリサに告げた。
「俺に触るな……くそっ、裏切り者に情けなど受けてたまるか……」
「お黙りなさい」
自分に向けられたリサの鋭い視線を正面から受け止めて、強い意志でそれを跳ね返すようにラーシュはリサを睨め付ける。
「離せ……よ……」
「喋るな。そのままでは、死ぬぞ」
自分に出来るのは止血程度に過ぎない。即生命に関わる致命傷はないにしても、ちゃんとした手当を受けさせなくては。
風の声は城内の喧噪をリサに訴え続けていた。アンドレア隊が到達したのだろう。シャギィが負傷で暴れている。マルコ・バルディアがもう引いた今――ここで戦闘を続けることは何の戦略的価値もあるまい。
「わたしがしたのは止血だけだ。マルコ・バルディアを倒したければ、大人しくして動かぬことだな」
リサはそう言って立ち上がった。玉座の前にはマルコに喰われたアイリス・ローズマリーの砕かれた剣が転がっていた。散らばった刀身が、微かに輝くのは、空からの光を反射させているからだ。
(ハハッ、いい技だな。お前の剣の技。俺がもらうぞ)
鬼幻城の玉座に響く狂った様な笑い声。異形の者へと変化した、その竜の首で食いちぎられるアイリスの上半身――千切れる肉体。それでも、なお、動く、融合者の躯。繰り返される、咀嚼音。目の前で繰り広げられる悲劇をリサは言葉もなく見つめるだけだった。
リサはそっと剣に歩み寄った。跪くようにその場に身を落とすと、ふと、頭を垂れる。
(わたしは、貴女の事を殆ど知らない。知り得る機会がなかった。それでも……僅かとはいえ、共に歩んだ時があるのだから……出来れば、もっと長く、わたしは貴女と共に歩みたかったよ。貴女には借りを何も返していない……返せぬまま、逝ってしまった。もう、わたしが貴女に出来ることは……)
リサは刀身を半分だけ残す剣に手を伸ばした。丁寧に、捧げるように手に取った。貴女に受けた恩を。わたしはこんな形でしか、返すことが出来ない。慈しむ様に、そっと剣を抱き締めて、リサは立ち上がった。貴女の帰るべき場所へ。貴女の有るべき、その居場所に。わたしは連れて行くことしか出来ないのだから。
そうしてリサは広間を後にした。
アンドレア隊の者をアンドレアの所に案内した後、リサは大人しく騎士達からの拘束を受けた。多少は抵抗するだろうと考えていた者達には拍子抜けにすら感じられるほどにである。ラエル・セーマを手に掛けたキャネリア・ハーゲンですら同様だった。
牢に繋がれる前に、リサは騎士達に、デモンバスターズ達と会わせてくれる様に申し出た。騎士達は、訝しみながらもその申し出を承諾する。所詮融合者であるデモンバスターズと接触して、何かするのではないか? 少なくともリサは小知恵が廻るのだから――とその様に考える者も少なくは無かったが、何を企んでいるにしても、所詮彼女は自分達の手の中なのだという意識が騎士達にはあった。だが、融合者に会わせる事はあるまい。その判断によって、リサと面会が許されたのは、デモンバスターズの中でも、融合能力を得なかった者に限られた。その中で――リサが選んだのは、オルラント帝国出身の“プリンス”ことカヒミ・セイオンだった。
裏切り者のリサ・オルラヌスが面会を求めている。
そう伝え聞いたカヒミ・セイオンは形のよい眉を少しひそませた。凍えるような青い双眸で、彼を迎えに来た騎士を見据える。
プリンスがリサに会ったのは、リサが鬼幻城に行く前、ファルネーゼ隊の者が自分達デモンバスターズに難民の保護の協力を求めて来て、自分達がそれを承諾した時の事だった。
(済まない。あなた達にはあなた達の事情もあるだろうに、我々の我が儘を聞いて貰って。感謝している)
初めて会った時、リサはそう言って微笑みを見せた。
(最も古き塔の話はわたしも聞いた。我々に提供出来る物があれば提供しよう。先ず、キャヴァリアーの戦力だな? 微々たる物だが、出来る限りの事はする)
そう告げるリサに、プリンスは多少複雑な感情を覚えたものだった。女は男に守られるべきものだ、そうプリンスは考えている。そう考える様になったのは、取り返しのつかない、苦い過去の経験があるからなのだが――今までその様な女性を見る事が多かったからだという理由もある。しかし、プリンスの目に映るリサの姿は、弱く脆い、男の後ろで守られる者ではなく――芯の強い、どこか透明な、凜とした響きを持つ、共に堂々と戦場を歩める者であるかの様に感じられた。事実、ファルネーゼ隊の主行動は彼女の状況認識に元ずく判断とその対処策の考案と、彼女自身による決定によってある程度賄われているのだ。実際にはこの騎士達を纏めあげているのは隊長ではなく彼女なのだな――プリンスは最初の印象からそう判断した。そんな彼らと共に――少し、協力してみるのも良いかもしれない。と、そう考えたのは事実だった。
裏切り者だと謗られ、詰られているそんな彼女が自分に会いたいと言っている。事実はどちらだ――最初俺が感じた印象通りなのか、あるいは騎士達の言葉が真実なのか。プリンスは騎士を見据えたまま、言葉少なく承諾の意を表した。
騎士達の元に連れられたプリンスは、何人かの騎士が扉を護る、殺風景な一室に通された。
リサは、プリンスの姿を認めると、微笑みを見せた。
プリンスの姿を見て、リサは内心ほっとして安堵の息を漏らした。キャンプの惨劇は、伝え聞いている。詳しい死者の掌握は出来ないにしても、ロカルニアとヴァントゥーの民を守るために何人かの者が――デモンバスターズの者達にも――死傷者が出たという事を知らされていた。少なくとも、プリンスは無事でここにいる。幾人かの仲間が逝ってしまった中で、彼は無事でここにいる。その事実は、確かにリサにとって福音をもたらすものであったのだ。
プリンスが、どう声を掛けたものかと一瞬躊躇している間に、リサは滑らかに、そうするのがさも当然であるかのように――穏やかな表情を浮かべ、彼の前に片膝を折り跪いた。目を閉じて、ゆるりと頭を垂れる。
「難民達と騎士達が全滅する事を免れたのは、あなた達のお陰だ。わたしはあなた達に感謝している――命懸けで民を護ってくれたあなた達に。返し切れない程の恩を。あなた達のその行いを。わたしは決して忘れる事が無いだろう」
「俺達はそうしたいから、そうしただけに過ぎぬさ」
プリンスは告げながら、リサに立ち上がるよう促した。教皇以外には膝を折らないと――そう言ったのは、自分達と最初に接触した幼い女騎士だった事を思い起こしながら。
リサは胸に突き刺さる小さな痛みに戸惑いながら、面をあげ、そのままプリンスに見入っていた。吸い込まれる様な氷蒼の瞳が真正面から自分を見据えている。彼らは――我々を責めても良い筈だ。難民達を護るために、犠牲が出たのだから。況してやわたしは――その時、敵の襲撃を知りながらその場には居なかったのだから――なのにどうして――そんなに穏やかな瞳でわたしを見るのだ?
愛しい人々よ 慈しむべき存在達よ
夢を 夢を見せて下さい
穏やかな その微睡みの中で
人として人の中に在り 人と共に生きる夢を
このわたしに 見せて下さい
(アンジェラ。きっと貴女にも、人として、人と――彼らと共に歩むその意味が解る時がくると思うわ。神ほどの知恵もなく――悪魔ほどの力も無い。人は弱く……貴女の言う通り、愚かな生き物かもしれない。お互いに傷つけあい……殺しあいながら……それでも、また……信じあい……愛しあう。その命は一瞬で儚い光のよう。でも、だからこそ……その輝きは尊く、美しいものなのよ……わたくしが愛し、天の父が慈しむのは、そんなありのままの人々の姿――たとえ、彼らに天の父の声が聴こえぬとしても、彼らのその、心のうちにある無限の可能性を――未来を求める姿を、わたくしたちは愛するの――きっと貴女にも、解ってもらえる事だと思うわ……そうよね? アンジェラ)
(護ってやろう。あなた達――小さきか弱き幼子を。姉が評価するからではなく。セレスティアが愛するからではなく。幼子よ、一緒にここから還ろう――)
(きっと貴女にも、解ってもらえる事だと思うわ)
心の奥底から普段は気にも留めていなかった様々な想いが吹き上げるように心中に広がりをみせ、リサは思わず涙が零れそうになった。見返りを求めるのでもなく――ただ、そうしたいからという理由だけで生命すら懸けられる――価値のあるなしではなく――そうしたいというその想いだけで。
(きっと貴女にも、解ってもらえる事だと思うわ)
リサは諦めた様に溜め息を吐いた。
(人々を、護ってあげてね。脆く儚い小さき幼子を)
愛しいセレスティア。慈悲深き光の者よ、あなたのその望みは叶うだろう。認めざるを得まい――わたしのあの判断は、人々は滅ぼすべきであるとの決断は、性急すぎた事を。カルロスとエース。アイリスと、プリンス――カヒミ・セイオン。ジェレミーと……逝ってしまった、ラエル・セーマ卿。その他の騎士達。難民達。友であるデモンバスターズ。わたしを取り巻く人々は、セレスティア、あなたの主張を補って余りある者達ばかりだよ。だからわたしは、わたしのこの意志で、彼らを護るだろう。どんな事があるとしても。
リサはゆっくりと立ち上がった。
「あなたにここに来て貰ったのは、あなたに……あなたたちデモンバスターズの皆に渡す物があったから」
リサはそう告げて、小さな机の上にある包みに手をやった。派手ではないが上質の布に丹念に包まれたそれを、リサは丁寧に繙いてゆく。現れたのは無残に折れた剣だった。プリンスはその柄を忘れよう筈もなかった。どうして忘れる事など出来ようか。
「彼女が居場所として決めたのはあなた達の処なのだから――アダンではなく、あなた達の処に帰るべきだと……わたしは……思う」
リサはアイリスの剣をプリンスに手渡した。彼女も、これで少しは安らげるだろうか?
「彼女は……わたし達アダンの騎士を、仲間だと認める事は出来なくとも……せめて、友人だと認めてくれていただろうか……?」
リサの言葉に、プリンスは無言のまま穏やかに微笑んで見せた。