ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第11回リアクションXA1

★The Lost Planets

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『私はオペラ座の怪人――思いのほかに醜いだろう?この禍々しき怪物は、地獄の業火に焼かれながら――それでも、天国に憧れる』
(『オペラ座の怪人』より)

Act.1 戦艦アトラス
 植民暦4234年、初春。
 Dスペースが消失してから、半年の月日が流れた。
 スターゲート計画の成功に、一時は勝利に沸いたアトラス艦内だったが、その直ぐ後、目の前に無残に突き付けられた現実に誰もが傷ついた。
 求めていた故郷は、帰るべき場所は、家族、恋人、共に在りたいと思っていた全ての人々を飲み込んで、数多の思い出と共に――消失し、かつて合衆国の在った場所には何一つ残っていなかった。
 人類の暗黒の悪夢は愛しい過去と輝ける現在と希望の未来を道連れにして、深遠の彼方へと消え去ったのである。
『新しい合衆国を。創ろう。無くしたのなら、再び。現在も未来すらも――失った思い出も、もう一度。自分達の、この手で』
 幸い、戦艦アトラスには、合衆国の秩序が、科学が、文化が、どこよりも残っていたから。傷ついた人々は、再び自らの足で立つ事を。未来に向かって歩み始める事を。決心した。
 とは言え、なにもかもが元に戻るはずは無かった。レアリー・ルゥエス艦長代行は代行職ではなく、自らが艦長となる事を承諾した。戦争中共に航行した民間船団はその殆どが同行を希望した。アトラス自体にも3万人の民間人を乗せて、市街地を製作し、民政は市長を頂点とした市議会制が布かれる事となった。各民間船団も同様の秩序が作られた。ここに、アトラスによって軍事的に守られる、6隻の小さな市政船団で構成される『合衆国』が出来上がったのである。

 シンザーク・アストライアは、病院の門をくぐりながら、穏やかに頬を撫でる風に、ふと視線を向けた。
 アトラスシティの郊外にあるこの病院は、軍事施設のひとつである。心労が祟って、倒れ、暫く養生していた彼であったが、今ではすっかり回復し、それでも心配するグリーン中隊のほぼ全員の意見によって、月に一度の健康診断を受ける事になっていた。いつものように問診をうけ、2〜3簡単な検査をして、街が夕闇に包まれる頃に、ようやく無罪放免となったのだ。
「やっほーぅ、シンザークだぁ」
 聞き慣れた女性の言葉に、彼は振り向いた。見ると、今ではグレーに姓の変わったプラムが、手をブンブン振って走ってくる。シンザークは慌ててそれを制止すると、自分が彼女の方へと駆け寄った。
「あのねぇ、おなかに赤ちゃんがいるんだから、走っちゃ駄目だよ」
「平気だよぉ」
 プラムはにっこり笑って応じる。アッシュとプラムが結婚したのは戦争が終わってすぐの事だった。おなかの子供は、もう4カ月目に入っただろうか。
「平気じゃないよ。まだまだ不安定な時期なんだから、体は大事にしないとね。今日は、アッシュは?」
「お仕事なの。もうすぐ帰って来るけどね。えへへっ、その後一緒に食事に行く事になってるのぉ♪」
「じゃあ、デッキまで送っていこうか? 僕も整備員食堂に用があるし」
 プラムは子供の様に嬉しそうな表情をみせ、頷いた。シンザークは、少しずつ、このアトラスに安らぎが広がって来た事を噛み締めながら、微笑んで見せた。

 パトロール任務に出ていたブルー中隊、2番機アッシュ・グレーと4番機リノ・カーネリアは時間ぴったりにアトラスに戻って来ていた。ナイスバディな生活班の女の子にちょっと声を掛けていた所を、愛する奥方に目敏く見咎められ、アッシュは旗色の悪いまま、プラムと一緒に部屋を後にする。
 リノはそんな同僚の姿をぼうっとした様子で見つめながら、またも考えにふけっていた。
 Dスペースの消失によって変わったのは、パイロット達の事だけでは無かった。Dスペースさえ消失させれば、融合者は元に戻る――そう聞かされていて、そう信じていた。融合素のみが消失して、誰ひとりとして失わなれない筈だった。しかし、現実は僅かな希望すら時として存在する事を許さないのだろうか。
 兄ウェインが死んで、2ヶ月経つ。最初の異変は、投降した元融合者達に起こった。食物を受け付けず、生体活動も見る間に低下して『ごく普通の人間で言えば、急激に栄養失調の状態になって』死んだ。出来る限り、手は尽くした。アトラス艦内の研究者の連中も――科学的興味もあった様だが――可能な限りの事はした。医学・化学・生理学・人工生体学から揚げ句の果てには(極秘にされていたが、キャヴァリアー開発部門にそういうセクションがある)魔術・呪術的な対処すら行われた。だが誰も、急速に『死』へと向かうその現象を押さえる事などできなかったのだ。それでも兄貴はよく頑張った、とリノは思う。アトラスに戻って来たキース・ダルバも3ヶ月前に死んでしまった。
 キースも駄目だったとき、さすがに兄貴も決心した様だった。
「〈ビスクィーン〉は、お前にやる」
 それが兄の最後の言葉になった。その後、2週間、何も喋る事もできず、その瞳に何かを写す事もないままに、痩せ細ろえ、彼は静かに旅立って逝った。
 リノはやり切れずに、ロッカーの扉に額を打ち付ける。Dスペースは、自分達からどれだけの『大切なもの』を奪えば、満足すると言うのだろうか。

 同じ頃、展望室ではミューン・ヘリシア博士が溜め息をついて宇宙を見つめていた。その視線の先には、もう光の点になってしまったが惑星アウロニアのあるルムロア太陽系があるはずだった。
 アトラスから姿を消したジン・サカキをあの星で見つけた事は、偶然に等しかった。キースが死んでから間も無い頃だったが、そんな事はおくびにも出さずにジンと会った。戻ってきて下さいと。無くしたものは多すぎて、手の中にはその滴すら残っていないのではないかと思う事がある。それでもなお、私達は未来を目指す。サカキくん、あなたも――。亡くした人がいるから、その存在が大きいからこそ、私達は留まっている訳にはいかないのです。でも……。