ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第12回リアクションXA1

★敵は海賊

8/10


Act.12 籠の中の鳥
 底知れぬ、暗黒の世界。幾つもの光点が翔る。女性の合唱にも似た歌声が遠く彼方より聞こえてくるような気がして、リサは翼を広げて、頭上を仰ぎ見る。背の翼を何度か羽ばたかせると、澱んだ空気が動くが、ここには風の姿もない。冷え冷えとした闇の気配があるだけだ。
 遠くには、ぽうっと白く浮かび上がるようにして、銀の荊が幾重にもとり巻いて苑になっている。そこに何かの意志を感じてリサは飛び立った。近くまで行くと、果てしなくそびえ立った透明の障壁がその行く手を阻んでいた。緋い羽根と黒い羽根を散らし、体当たりしてみる。何度か試した後、障壁はかん高い音を立てて粉々に砕けた。
 その瞬間、脳裏を駆け抜ける強烈な意志。
 ――違う。自分の居場所はここじゃない。こんな世界など、決して望みはしない。息が詰まる――誰か。
 銀荊の苑、その中央に1人の青年が幾重にも絡みついた蔦の中に埋もれている。宇宙の色に似た蒼黒の髪が純白の肌に見事に映える。彼は濃藍の瞳を訴えかけるようにリサに向けた。必死でその戒めから逃れようとしているが、銀荊の蔦がそれを許さず、その華奢な躯体に緋い筋が作られてゆく。
 リサが願えば、漆黒の巨剣はすぐさまその場に現れた。
 ――では、滅べ。人の手になる銀色の荊。造られし物は砕けよ!
 剣の一振りで、荊の中に路ができる。青年は驚いたような表情で彼女を見つめた。だがそれもつかの間、銀荊は凄まじい勢いで増殖し路をふさぐ。それは何度でも同じこと。彼は依然、荊の檻の中。
 リサは、背後の気配に振り向いた。
 背後には、果てしなくそびえ立った透明の障壁。その向こうに銀荊が広がり、中央に1人の青年が蔦に身を取られている。助けを願った青年とほぼ同じ姿。だが、目を閉じて首を垂れ身動きひとつする事はない。
 ――こんな世界など、決して望みはしない。
 再び、背後からの声。
 ――貴方は、何処にいるの?
 ――自分の居場所は、ここじゃない。

 <アズラエル>のパイロットは、捕獲後すぐに中央軍事病院に収容された。彼女の後ろで発見されたジン・サカキも同様である。幸か不幸か、アトラスを飛び出したジンが軍法会議にかけられないように、ヘリシア博士が『彼は負傷のため現在入院中です』とした偽装工作により、アトラスの記録上、ジンはずっとこの病院に入院している事になっていたのだ。彼が収容される事で、ローテーションでジン・サカキに成り済ましていた整備班面々の、密かな休暇(一週間ベッドで怪我人の振りをする)は終結を迎えた。病院に収容された2人は<ガルーダ>の放った電撃で完全に意識を失っていた。リノは時間の空く限り、リサの病室に詰めることにした。何としても、海賊船の情報を吐かせなくてはならなかったからだ。
 リノが病室にいると、シンザーク・アストライアが、フィアー・リディオを連れてきた。フィアーはアダン本星出身の従者である。以前他星系に立ち寄った際、海賊船に襲われているところをリノに助けられ、以来彼のところでずっと暮らしている。(15歳の、しかも女の子であるフィアーをリノが引き取ったという事実は、彼にとって多少不名誉な噂が生まれたのもまた事実である。)シンザークがフィアーを連れてきた理由は、リサと同じ出身だから、情報を聞き出す際に何か役に経つのではないかという上層部の判断によってである。暫くの間軍属として、捕虜の世話とこの病室を訪れるものの手助けをしてもらいたい、との事であった。
 海賊の襲撃があってから、まる1日が経った。
 リノは、ずっと眠ったままの捕虜がうなされているような気がして、彼女の顔をのぞき込んだ。緋い髪が乱れて、頬に数本流れる。そのままずっと顔を近づけた時、突然彼女が目を醒まし危うく額をぶつけそうになる。
 彼女は、咄嗟に青年の胸に掛かっているIDに目をやると、怒ったように言を荒立てた。黄金の瞳でリノを睨み付ける。
「貴方があの四つ目キャヴァリアーのパイロットね。卑怯だとは思わないの? 不意討ちするなんて」
 リノは、予想した通りの言葉に、呆れた口調で言い返す。
「誰も、一騎打ちをするなんて言ってないぜ。勝手に勘違いしておいて、こっちのせいにするなよ。それに、おまえだって卑怯じゃないか。人質を連れてくるなんてさ」
「何が人質よ。あの男は、ここの軍人みたいだから、帰してやろうかと思って乗せてきただけ」
「そんな事より」
 リノはリサの言葉を無視して、尋問に入った。海賊船との合流地点を聞きだそうとするのだが、彼女は『言えない』の一点張りである。奪った獲物を何処で売買しているのか、本拠の星は何処なのか。考えうる全ての海賊船の情報を、ほんの一欠片でも良いから聞き出そうとするのだが、彼女の口は固かった。
「私を海賊船団の主だとでも思っているの? あの戦い以来、帰るところもない私を置いてくれてただけよ。だから……彼らの事は何も話せないわ」
 リサがそう言った時、トマシアンが病室に入ってきた。ベッドの上に上半身を起こしているリサを見ると、足早に近づく。
「俺はグリーン中隊のトマシアン・エレザール中尉だ。君のキャヴァリアーの事で話があるのだが」
 名乗るトマシアンを、リサは不思議そうに見つめた。品定めでもするように、じっと。
 夢で見た彼に似てるわ……。そんな事を考えながらリサは目前の男を眺めた。宇宙の色に似た蒼黒の髪、濃藍の瞳。だが、同一人物とは何処か違うような気がした。双子……あるいは三つ子。遺伝情報が同じだとしても、各々は何処か違う。それに似た『違和感』を彼女は感じた。――そして、それとは全く別の『異質感』も。この感じ――は。
「君のキャヴァリアーには、可能な限り圧縮されたデータが、メモリ一杯に入っているようだが……あのデータは一体何だ? 良ければ、教えてもらいたいのだが」
 リサの眉がピクリと動いた。あれは、Dスペースのデータ。その中核、エルメス・ダレスでの最終決戦の時にセンサー系を全部開放して、可能な限り取ってきた資料である。リサがアトラスを襲撃したかったのは、全てこのデータの解析のためだった。そう、あの悲劇を繰り返さないために。経験を、後世に伝えるために。何もなかった事にはできないから。全てを忘れる訳にはいかないから。戦って、失った者達のためにも。
「言って何かするとでも言うの? 第一あれはとても大切なもの。『電算機』なんかに、教えられないわ」
 リサの言葉に珍しくトマシアンが怒りを露にする。彼の怒る姿を初めて目にしたリノは心底驚いた。そのまま、リサとトマシアンの口論は次第に激しさを増し、途中でリノやフィアーが何度も割って入ろうとしても入れなくなるほどエスカレートしてしまったのだ。
 それでも飽くまで冷静に<アズラエル>内部のデータの事に話を戻そうとするトマシアンを、リサは機械扱いして一向に取り合わない。口を開けば『電算機』の連呼。トマシアンの体内(胸や頭などかなりの割合で)に電子機器が入っているだの、キャヴァリアーと同じ気配がするだの(何しろ彼女はトマシアンの機体を言い当てもした)、そして彼が見た目ほどには年月を経ていない存在だの。――リノにしてみれば全くの戯言にしか聞こえないのだが、トマシアンは聞くたびに一瞬顔色を変え、更に信じられない事に必死に否定しようと感情的に言い返すのである。いつもの彼なら、そんな事を言われたとしても全く取り合わないか一笑に伏すかのどちらかであるものを。
「訂正しろ、その言葉を!!」
 とうとう、トマシアンがリサの胸座を掴みあげた時、彼女はぞっとするような冷たい瞳で彼を見据えた。
「躯体の内部がどれだけ造り物で占められているのか、思い知るがいい。いつまでも愚劣でか弱い人間なんかの振りをする事はないわ、蛋白質の皮を被った機械人形さん」
 そして、信じられない事が起こった。

 この時ここで起きた出来事は――それを目の当たりにしたリノやフィアーにも、とても理解できるものではなく、そして制止できる物でもなかった。リサの能力は機械を打ち砕く超能力に近く、トマシアンのそれはありとあらゆる機械を支配する能力だった。蠢く暗黒の想念と、主によって使役される機械達。それが真っ向からぶつかりあい、凄惨を極めた。その詳細はここでは触れない。
 電力が完全に途絶えてはいないのか、部屋の床や壁から生えた幾つものケーブルが僅かに蠢くだけで他に何も動くものがなくなった時、リサは右腕を二の腕から引き千切られて己の血の海に倒れ、壁に寄り掛かるようにして死にかかっているトマシアンは、左胸から多量の出血、そしてその大きく弾けた傷の奥からは壊れたサーキットが火花を散らし燻った煙をあげていた。