ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第12回 追加リアクションXA1

★ゲルニカ 4234年

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Act.2 パンドラの箱の鍵
 トマシアンは、自信に満ちたシキの言葉に、得も知れぬ不安を覚えた。シキがいつでも自信溢れる物言いをする事はよく分かっている。何の根拠もなく嘘を言う奴ではない。とすると、この奇妙な主張にも根拠があるのだろう。トマシアンの脳裏に、忌まわしいあの出来事が蘇る。

『君なんかに、僕の気持ちが解るものか。いつも取り澄まして、感情なんて何一つ理解出来ないくせに、お前の気持ちも解るだって? 何が解るって言うのさ』
 狂気の光を乗せた瞳。伸ばされる腕。掴まれる頸。
『僕の愛する女性と君のキャヴァリアーなんかを一緒にしないでよ!! 人と道具は一緒じゃない』
 馬乗りになって。力は次第に強く。揺らぐ視界。
『人は死んだらおしまいなんだよ。取り替えがきかないんだ、キャヴァリアーと違って。君なんて、壊れても代わりは幾らでも出来るじゃないか!!』
 出来なくなる呼吸。もがいたのか、それも今では解らない。暗転する意識。それでもなお、締めつける手。
『……自身で辿り着いた真実ほど、確かな物は無いわ。そう、貴方が調べた通り、あなたは[2番目]なのよ。パイロットは何も覚えて無いわ。前の[トマシアン]を絞め殺した事すらも。あなた自身も、こうして調べるまでは全く気が付かなかったんでしょう? 自分が人間でない事も、そして[2番目]だという事も』
『昔の記憶? その位、作れない私達だと思って? 士官学校を出るまでの18年分の記憶を矛盾無く作るのは苦労したわ。でも悪くなかったでしょ? 貴方の今までの[人生]は』

 あの時と同じ事が行われたとでも言うのか? 可能性は十分ありうる。事実[1番目]と[2番目]の移行は周りの者だけではなくトマシアン自身にも全く気づかれぬまま、行われたのだから。だとしても……。
 トマシアンは一縷の望みを掛けて、シキに問う。
「そう言う根拠は、一体何だ?」
 何も指摘されなければ笑い話で済ます事が出来る。彼の異名を支える精神性の悪戯だと――自分はトマシアン自身として覚醒した、2年の時を経る連続する自我意識であるのだと、安心する事ができる。
 しかし続くシキの言葉は、まさしくシキ自身が己を天才だと称するに相応しい説得力をもっていた。
 シキは、ゆるりとトマシアンの頬に指を触れた。そのまま、顎に掛けて、丹念にその白い肌に指を滑らせる。シキの瞳をトマシアンに覗かせようというのか、滑らかな手つきでトマシアンの華奢な顎を持ち上げる。
「肌のきめが、明らかに違うのだよ。新しすぎる」
 顎を左手で支えたまま、右手でトマシアンの髪を梳る。整った指に蒼黒の細絲が幾重にも絡まる。そのまま、髪を指で弄びながら、彼はトマシアンの耳元で囁いた。
「そう……髪質も違う。」
 トマシアンの表情が堅くなる。珍しく全身を硬直させるトマシアンを、からかう様にして、シキは言葉を続け、
「まだ不服かね? もっと指摘してあげようか?」
 と同時ににその手を振りほどく暇すら与えず、トマシアンの衣服を剥ぎ取った。もう片方の手で利き腕を押さえたまま、透ける様に白い肌――鎖骨の下辺り――を指でなぞられる。
「我々と共に融合者と戦ったトマシアンには、一見目立たないが、ここに手術跡がある筈なのだよ。熱い湯を浴び、上気せて朱くなった時によく判る。ところが君にはそれが見当たらない。熱いシャワーの後でもね」
 シキはトマシアンの白い躯体に視線を這わせた。筋肉のあまり無い華奢なその体に、幾つもの手術跡が幾重にも走っている。その朱い彩に惹かれる様に、シキはその跡を指でなぞった。人に触られる事を極端に嫌うトマシアンは、体を辿る指先の感触に、息をするのも忘れ、その身を堅くする。
「他にも、あった筈の場所に黒子が無いとか――立ち居ふるまいが少し違うとか。トマシアンはもう少し人付き合いという物を心得ていた、という事もある」
 自信の現れなのか、シキは笑みと共に前髪をかきあげ。そして、少しオーバーに肩を竦めて見せた。
「随分、勿体ない話だ。君の躯体も手術跡だらけだとは。これがなければ、正しく彫刻。完全なる美麗の逸品となっていた事だろうに」
 トマシアンには、シキの言葉が耳に入らない。彼の意識を支配するのは、忌まわしい確信……鈍い痺れにも似た哀しみと――シキの指摘の数々。
 自己陶酔が行き過ぎのきらいはあるが、確かに、シキが己自身を『天才』と称するのも過言ではない。他人に全く関心が無いように見せかけておきながら、一番観察していたのは、あるいはシキなのではないだろうか。常の立ち居ふるまいは、ひとつの余裕の現れなのか…。
 トマシアンはそうシキの事を再評価しながらも、意識の何処かで別の事を考える。シキの言う通り、[差し替え]が2ヶ月前だとすると、それ以前の自分の記憶は――『彼ら』によって入れられたものなのだろうか? 確かに、記録程度のものなら覚えている。だが、生々しい体験の再現となると――合衆国の消失を、自分はどんな気持ちで聞いたのだろうか? シンザークに食事量が減った事を指摘された時、彼の入院を理由にあげたがそれは本当に真実か? 以前摂取出来ただけの量を摂取出来ないのは自身が前の[自分]ではないから?そう思っているだけの[他人]だから? 天覇帝国と戦っていた時、ジェシカ隊長に自分はどんな感情を抱いたのだ? ……覚えがない。出来事の、その事象を無機質に述べることは出来る。ただ、当事者としての記憶が曖昧すぎる。あるいはプラムの結婚式は? プラムの披露宴に……出席した覚えはあるが、その時交わされていた筈の、他愛もない会話の一句一句が何も思い起こせない。

 ――それが、真実。

「お前の言う[トマシアン]の居場所には心当たりがある」
 努めて冷静な口調で告げるトマシアンを、シキは黙って見つめている。暫し、無言のままトマシアンも彼を見つめていたが、やがて、諦めたように溜め息を漏らした。
「詳しくは機密に関する事なので言えない。が。……天覇帝国と戦った時に皆と一緒に居た[トマシアン]も[トマシアン・エレザール]としては[2番目]だ」 或いはこの時、トマシアンは少し泣きそうな顔をしていたのかもしれない。シキは無言のまま、少し、意外そうに眉を動かしただけだった。