ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第12回 追加リアクションXA1

★ゲルニカ 4234年

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Act.3 銀蔦絡む鋼の器
 人が殆ど訪れる事の無い場所。アトラスの中枢部。アトラス全艦を統括するコンピュータ『ハレルヤ』のメインコントロール室は、トマシアンが思っていたよりも随分広い部屋になっていた。普段は薄明かりのみに照らされる黄昏の世界。しかし、訪問者を迎え入れた時、壁の中央に位置している、この部屋の主が、照明を明るいものに変化させる。
 トマシアンの目の前にあるのは――。3D映像投影のためのコンソールを前にした、壁から生えている1個の人型機械。下半身が機械の壁に埋められ、上半身だけ壁から突き出た、電脳世界の案内人。これは、研究部の科学力の粋を結集させて作られた、『ハレルヤ』のインターフェイス・ユニット。
 『ハレルヤ』には莫大な機能があり、その扱いは難しい。軍人には直接『ハレルヤ』とコンタクトできるものがいるとは言え、その制御は出来る限り簡単な方が良い。そうしてこのインターフェイスユニットは造られた。最初は1機がブリッジに配置されたが、アトラスのこれからを考えるとユニットはもう1つあった方が良いだろう、という判断のもと、研究部の管轄下で開発が行われ――半年前にブリッジに配置されたインターフェイスユニットが使い易さや無意識下の親近感を考慮に入れて人を模して造られたこともあり、メインコンピュータ室に設置されたこのユニットも、人型を模して造られたのだ。自室の『HAL9000』から調べ上げた資料を忌ま忌ましさと共に頭の中に思い起こしながら、トマシアンは、固有の名すら与えられぬ、このユニットを見上げる。
 端正な顔立ち、細い首、白い身体――とはいえ、この『体』は全てが機械制御で生身の部分は一切無い――白銀のサークレットで押さえられた、明るいスカイブルーの髪が流れる様に長く伸びている。髪と同じ空色の瞳で、ユニットはトマシアンを見つめている。
「来訪の用件を。トマシアン・エレザール中尉」
 ユニットは淡々と訪問者に問うた。落ち着いたテノールの声で。トマシアンは困惑した面持ちを見せた。2〜3度深呼吸をし、それでも震える声でトマシアンは告げる。
「研究部で調べて来た。許可ももらった。開発計画に随分と変更があったようじゃないか」
 それでもまだ一縷の望みを期待してしまうのか。自分の言葉をユニットが否定してくれるのを祈りながら。
「おまえが、前の俺だという事は聞いた。俺とお前の交替があったのは2ヶ月前、仕様変更で1ヶ月前からここでおまえがこうしている事も。……本当か?」
「事実だ。私は[DIMOS]の開発するキャヴァリアーのインターフェイス・ブレイン・ユニット[E−ナンバーズ/トマシアン・エレザール]の2番体を材料に作成されている」
 自身の事なのに、淡々と。まるで無慈悲に振り下ろされる死神の鎌のようだ。トマシアンは、自嘲めいた笑い声を高らかにあげた。その声は空しく部屋の中に響き渡る。
 [E−ナンバーズ]は[DIMOS]の手によって造られた人工生命体である。優秀な複数もの人間が遺伝子を提供し、それを礎にして更に目的に沿った形で遺伝子改造を行い、クローン技術を用いて創造した人工生命体なのだ。それゆえに、彼らは人間の遺伝子を材料として使ってはいるが、染色体数も人間とは全く違う、れっきとした被造物である。人工子宮で成長促進剤を用いて急速に成長させる為に、3年で18歳にまで育つ。その間に直接脳へ教育が施され、偽りの記憶も注入されてゆく。キャヴァリアーを扱ううえで最良の肉体、最高の反射神経、判断力、最適の感応力が与えられるのである。[トマシアン・エレザール]は当初32胚が人工子宮に入れられた。途中、不具合を起こしたもの、キャヴァリアーの生体脳として機体に組み込まれた者等を除くとインターフェイス・ブレインとして[トマシアン]は全部で16体用意された。1番体[ファースト・トマシアン]は運用されるキャヴァリアー〈サタン〉のパイロットと不適合を起こし、運用実験中にアクシデントの為、破棄処分・仕様変更となり、頭脳部分を除く肉体は研究部で資料用に凍結保存されている。
 本来ならばその後を継いだ2番体[セカンド・トマシアン]は、当初の計画通り、肉体能力のピークを迎える肉体年齢25歳時にサンプルとして凍結保存にする予定であった。……尤も、この計画は合衆国健在の折りに作られた運用計画であり、合衆国の消失という重大な不慮の事態が、自身の運用に何か幸運な変化をもたらすのではないか、と[セカンド・トマシアン]が期待したのも無理はない。肉体が衰えたとしても、キャヴァリアーに乗る以外の生きる術を。キャヴァリアーの部品・研究部の備品ではなく、人として生きる道を。この時すでに[セカンド]には[ファースト]以上のコンピュータ関連技能があった。アトラスが『ハレルヤ』によって統括される以上、優秀なオペレーターは絶対不可欠なのだから。そうして、今まで以上にその技能・知識の向上化に励んだのは言うまでもない。
 ――しかし、その事が、今回の仕様変更を生んだ。
 『ハレルヤ』のインターフェイス・ユニットとして最も適していると判断された[セカンド]は本人に何も知らされる事なく仕様変更された。研究部を訪れたときの[セカンド]は思っていた事だろう。いつもの定期検査だと。キャヴァリアー運用データを取り、個体資料を抽出し、同調率やデータを解析するだけなのだと。ただ、その後パイロットの元に戻って行った[トマシアン・エレザール]は3番体。ここで、こうしている、自分自身。
 トマシアンは嘲笑を続けたまま、巡る思考に酔った様になっていた。研究部の都合ひとつでいつでも縊られて仕様変更される。あるいは――あの暗い筒の中で正しく部品として使われるか。[トマシアン・エレザール]としてある程度の人権が保障されている自分は幸運だったのだ。だが、これも薄氷の上の幸運。いつ、自分も[セカンド]と同様、機械にされてしまうか判らず――あるいは筒の中に押し込まれるやも判らない。明日も、自分自身が[トマシアン・エレザール]として活動しているとは限らない。そして、誰もその事実に気が付かない――愚かしい事に、この己自身すらも。
 顔を覆うようにあてられたトマシアンの指の間から、涙がこぼれ出る。止めどもなく、幾重と流れ落ちる。
 トマシアン・エレザールを空色の瞳が冷静に見下ろしていた。うろたえもしないその姿に、トマシアンは苛立ちと共に叫んだ。
「悔しくないのか!? 良いように使われて、道具扱いされて!!」
 インターフェイス・ユニットはゆっくり瞬きする。
「今現在、私の使用目的は合衆国民全6万人の安全と平和の為に、より効率的にこの『ハレルヤ』を運用してゆく事。悔しいという感情は今の私には発生しない」
 トマシアンはその回答に、ユニットを睨みつける。ユニットには[セカンド]としての記憶も知識も、何もかも存在している筈だった。自分が『トマシアンだった』という自覚もある。ただ、意識プログラムが幾重にも制御され、思考調整、あげくの果てには感情の呪術捕縛までされて、感情が発現しない様に調整されているのだ。なまじ生身の部分が失われただけに、それらの調整をいとも簡単に受けてしまう。この事はトマシアンも重々承知していた。それでも言わずにはいられなかった。
 トマシアンは暫くユニットを睨みつけていたが、ややあって、ぷいと背を向ける。涙を拭って。
「俺は、俺として生きるからな。誰が、道具になどなってやるものか。今の幸運を最大限活用してやる」
 そう言い捨てると、彼は振り返る事もなく部屋を後にした。