ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第12回リアクションXA1

★敵は海賊

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『咳をする…母さん
 風を捲いて
 へばりついた犬の遠吠えが…
 ぼくの外套にべったりと…
 こすってもこすっても
 三日月の形に落ちこんでゆく…
 真直ぐな深淵は…
 ななめに歪む夜に
 虚しく咳きこんで ぼくをうつす…
 ぼくはあさましくない…
 もう一人の家にいこう…
 母さん…母さん…
 ぼくは病んでいるんだね………』
             (ある詩人のうた)

Act.5 訪問者
 アトラス艦橋は、この『合衆国』を訪れた珍客の話題に沸いていた。その連絡はアトラスの護る民間船の一つ、ヴァントゥー・シティから齎されたものである。 合衆国で一番小さいヴァントゥー船はアトラス船団に最近加わった船である。NWFが大規模に行った天覇帝国の残存勢力掃討作戦の戦火に巻き込まれそうになった所を、アトラスと遭遇し、結局一緒に来る事になったのだ。この船内では、Dスペースに母星が飲み込まれた2民族が生活している。遊牧生活を送っていた『山の民』ロカルニアの民と、25年前にアダンの勢力化に入った時に急速に都市化した『街の民』ヴァントゥーの民。両者は長い間争っていたが、先のDスペースの一件で――互いに生き残ったのは、併せて2千人程度だった――争う事の意味すら失ってしまった。
 そんな船の近くで、とんでもない『もの』が見つかったのだ。いや――『もの』呼ばわりしては彼等に対して失礼だろう。発見されたのは、『ガイアの戦士』たる炎の竜と、その竜の乗り手である。
 あまり文明ずれしていないヴァントゥー船に見つかった事は、彼らに取ってある意味幸運だった。純粋な合衆国の人間には、彼等は咄嗟に受け入れがたい存在であったに違いない。伝説に語られる『サラマンダー』の姿に似た、ガイアでも最も高い戦闘力を誇る火竜――名はラヴァーズ――とその乗り手である青年、マルクト・エルヴィンは、ヴァントゥーの女騎士カルマ・アミターユスに連れられて、アトラス艦内へと足を踏み入れる。
 小柄な、人形のように端正な顔立ちの女騎士に導かれて、マルクトは訳の分からない金属製の通路を長々とあるかされ、漸く艦橋へと辿り着いた。船に入ってすぐの所でラヴァーズと離れる事になってしまったが、彼女は大丈夫だろうか。マルクトは、心の奥底で姉と慕っている相棒の竜の心配を抱えながら、艦橋に通され――その光景に、唖然とした。見たことの無い金属製の物体に回りを囲まれ、人間たちの回りには幾つも金属製の箱があって光がチカチカ舞っている。
 何よりも眼を引いたのは、その中央で、少し高台になるようにして、その金属の壁から生えている人間だった。人間――? そんな筈が無い。確かに上半身はここにいる連中と変わりない様に見えるが、足の付け根から下は銀色の触手が幾つも幾つもそいつに絡まっていて、まるでこの醜悪な触手をもつ銀色の食虫植物に食べられかかっている様にも見える。背中から下半身を機械に銜えられているその青年は、漆黒の瞳をマルクトに向けた。どこか無機質に思えるその視線に、マルクトはぞっとする。
 ――人間じゃ、ない。
 それが一体何なのか見当もつかなかったが、直感としてマルクトは悟った。人に似た外見をもっているが、こいつは人間じゃない。生物にしたって異様だろう。悪霊と言うべきものかもしれない。
 あからさまに不快感を表したマルクトの表情に、彼を連れて来たカルマは心中で苦笑する。自分も、あれは何度見ても慣れる事が出来ない。アトラスを統括するコンピュータ『ハレルヤ』を簡単に使うためのインターフェイスユニットだという話だが、カルマにとって、この異質とも思える文明の産物は受け入れがたいものであった。機械だと教えられていても、人に似た外観が機械から生えている光景は、あまり気持ちのよいものではない。しかも、このユニットは愛想がいいのだ。インターフェイスだからさ、と皆は言うのだが、端正な顔立ちと人と同じ黒髪と、表情を乗せた視線を向けられては、混乱しない方がおかしいと思う。
 ユニットはその黒い瞳に穏やかな彩をのせ、アトラスへの来訪者に微笑んだ。
「アトラスへようこそ。我々はあなたを歓迎します」
「私が艦長のレアリー・ルゥエスです。ようこそ」
 壁から生えた兄ちゃんの隣に、凛とした印象の美女が立ち、マルクトに笑顔を向ける。その華やかさに、ついマルクトの表情も緩んでしまう。
「俺はマルクト・エルヴィンって名の火竜の乗り手なんだ。ラヴァーズと一緒に旅をしていて、その目的ってのがガイアの神木を色々な所に植えて広げようってものなんだけれど……その、ラヴァーズも長い旅で疲れている様だし、出来ればここにも木を植えたいから、暫く逗留させて貰えると嬉しいんだけど」
 マルクトの、歯に絹を着せぬ物言いに、ルゥエス艦長は笑顔を崩さず、インターフェイスユニットに視線を移す。ユニットは、艦長の表情をくみ取ってか、彼女の無言の問いに答える。
「ガイアの民は我々と生活環境はほぼ同じです。竜の生態については不明な点も多いのですが、検疫検査の結果は良好ですし、市街地で騒ぎを起こさない事、竜の行動にはエルヴィン氏が全責任をもって対処する事、そして何かあっても迅速に対処出来る様、基本的に軍人区画以外は立ち入り禁止という条件を承諾いただけるのであれば、彼らの逗留は問題ないと判断されます」
 ルゥエスはその回答に、満足げに頷いた。
「マルクトさん、あなたの逗留を許可します。神木の件も、少し調べさせて戴きますけれど、多分植樹をお願いする事になると思いますわ。手続きに少し時間がかかりますから別室でくつろいでいて下さいね」
 マルクトは、その言葉に、安心した笑みを見せた。