ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第12回リアクションXA1

★敵は海賊

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Act.8 遠く、彼方では
 いつもの少年が食事を持って来る以外、誰も訪れなかったジン・サカキの所に、あの“アダンの騎士”が姿を見せたのは、「手伝える事があったら言ってくれ」とジンが申し出をした2日後の事だった。尤も――部屋に入って来た時の彼女の姿は“騎士”からは程遠い扇情的なものだったが。リサ・オルラヌスは爬虫類の様に冷たい視線でジンを暫く睨めつける。ややあって、くい、と顎で扉を示した。
「機械の整備が得意と言ったわね。ついて来なさい」
 ジンは肩を竦めると、部屋を出た彼女の後に続いた。彼女の携える漆黒の巨剣を何の気無しに眺めながら大人しく歩いていたが、ジンはふと彼女に声を掛けた。
「この船、あんたの船じゃなかったのか?」
 リサはジンに厳しい視線を向けた。
「2週間以上も軟禁されていて、これでまだ騎士に助けられたんだと思っているようなら、そいつは余程の馬鹿者だな。合衆国の軍人はそんな馬鹿でも勤まるものなのか?」
 容赦の無い言葉に、ジンは溜め息を吐いた。
「――俺を乗せていた輸送船の皆はどうした?」
「殺してはいない。大事な“商品”だ」
「何だって!?」
 “商品”の一言に思わず言を荒げたジンだったが、その刹那、何の前触れも無くリサの巨剣が己の喉元に突き付けられているのに気づき、息を呑む。
「口のきき方には、気をつけた方がいい」
 抑揚の無い口調で語るリサは冷酷な眼差しでジンを睨め廻す。暫く2人は睨み合っていたが、先に沈黙を破ったのはジンだった。
「……解った。大人しくする事にしよう」
 その言葉に潟Tは軽々と180cmはある巨剣を素早く脇の鞘に収めた。再び、歩きだす。
「整備してもらいたいのは私のキャヴァリアーだ。が、私以外では反応しなくて全然動かせないから、それで逃げ出そうなどとは思わない事だな」

 巨大な美術品とも謳われるアダンのキャヴァリアーを初めて間近に眺め、ジンは忘れ掛けていた強烈な好奇心が心中で蠢くのを覚えていた。未知の精密機械を、隅から隅まで見て、触り、本来あるべき完全なる状態に整備し直したい欲求がとめども無く沸き起こる。メカ好きの心がこんな状況でもこんなに騒ぐのを自覚し、自分自身に呆れ、苦笑した。
 コクピットに座り、自己診断プログラムを走らせる。リサは、仕様書をジンに渡すと、そのまま、ふいと降りて行ってしまった。どうやら、足元で見張っているつもりらしい。ジンにしてみれば、邪魔されずに、何の気兼ねも無く隅から隅までこのキャヴァリアーの整備ができるので、どちらかというと有り難かった。
 仕様書を片手にプログラムの結果を横目で眺める。ちょこちょこと整備はしている様だけれど、長期間に渡って本格的な整備なしで使って来たのだろう。歪みが出ている。早いうちにオーバーホールした方がいいな、とジンは考えた。この際、装甲も全部外して、ビスの1本1本までみたほうが良いな。
 仕様書によると、合衆国のキャヴァリアーとアダンのキャヴァリアーとは、やはり性能の点で大きく違っていた。合衆国の場合、キャヴァリアーには人工脳が組み込まれ、パイロットのサポートをする。単純な人工頭脳ではなく人工脳を使っている点で、ただのAIを組み込んでいる時よりも更に信頼性の高いサポートが得られるのだが、アダンのものにはそれが無い。パイロットは計器を見て、自分自身で何もかもを判断しなくてはならないのだ。そして、ジンが何より驚いたのはパルスシステムの構造である。
 小さな機体に巨大な火力を与える超テクノロジーのジェネレーター、機体と操縦者を精神的に繋げる精神リンクシステム(=パルスシステム)、超軽量の装甲。これが汎用人型機械を『キャヴァリアー』と呼ぶ最低限の条件である。特にパルスシステムが重要であり、キャヴァリアーの運動性を決定する重要な要素なのだ。パルスシステムは操縦者と機体を精神的にリンクさせ、機体をほぼ操縦者の肉体と同じ反応速度で動かすことを可能とするものである。例えば、パワード・スーツの場合、腕を動かす際には『脳→操縦者の腕→筋力増幅装置→パワード・スーツ』であるのに対し、キャヴァリアーは『脳→機体の腕』と直結しているのである。
 合衆国のパルスシステムは、汎用性が高く造られている。つまり、端的に言えば人を選ばないという事であり、機体はパイロットが誰であろうとも同じだけの性能をみせる。パイロットの個性、特性にパルスシステムが合わせるのだと言ってもよい。しかし、アダンの場合はそれとはまさしく逆である。汎用性の無い精神リンクシステムは、パイロットが年少の頃から徹底的に訓練を繰り返す事によって使いこなすことが可能となる。つまり、パイロットが精神リンクシステムに合わせるという事であり、そのため、訓練を積んだパイロットしか、機体を動かす事ができない。当然、他のアダンのキャヴァリアーとの相関性はないため、他人のキャヴァリアーは動かせない。
(Dスペース動乱の初期に、合衆国のキャヴァリアーがアダンのキャヴァリアーをコテンパンに伸した、と聞いたけど、当然だよな……こんな、前時代的なシステムを使ってるとは。こんな骨董品でよく頑張ってるよ、アダンの連中は)
 ジンは、呆れた様子で溜め息をついた。そうして考えるなら、このキャヴァリアーはまさしく歴史の遺産と言って良いものであり、その価値はかなりのものになる筈である。
(アトラスの整備班の連中が見たら、よだれをたらして欲しがるぞ、こりゃあ……)
 そんな事を考えながらコンソールの下をのぞき込んだ時、何か落ちて来たのかジンの頭をコツンと叩く。
「何だこりゃ……写真?」
 余程大切にしているのか、埃ひとつないフォトスタンドに前時代的な2Dの写真が挟んである。写真には、青地の、一角獣が白く染め抜かれた旗がはためく元に、十数人の騎士が並んで写っていた。真ん中にいる黒髪の男が隊長だろうか。皆、誇らしげな表情を見せている。ふとフォトスタンドを後ろに返すと、透明なスタンドの裏面に、几帳面な字でメモが挟んであった。
『植民歴4232年1月。聖都アダン、アエリオン城にて。近衛騎士団ファルネーゼ隊の皆と』
 表に返し、ジンは写真をしげしげと眺めた。
「ちゃんと、こういう表情も出来るんじゃないか……」
 騎士達の中には、穏やかな笑顔を見せるリサの姿も交じっていた。