ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』/灼熱の夜明け編

第12回追加リアクションXA1

★アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

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Act3.「支配者」と「魔女」
 告げながら、リサは右手をそっとトマシアンの左胸に当てた……様に、リノには見えた。彼女が右手を上げたのは確かで、それはフィアーもしっかりと覚えている。彼女の手が触れた、と思った瞬間、トマシアンが呻いてリサから手を離した。そのまま、胸を押さえてよろよろと何歩か後退る。
「お前……何をした」
 搾り出すようにトマシアンは告げる。体の調子がおかしい。……気持ちが悪い。まるで、胸の中を掻き回されているかのようだ。トマシアンの手が離れたのを幸に、リサはベッドから下りた。ふわりと、緋い髪がなびいた。
「証明してあげるのよ。あなたが機械人形だってこと」
 そのままゆっくりと近づく。手を伸ばす。触れてもいないのに、今度は頭の中を掻き回されるような気がした――気のせいではない。確かに、何らかの手段を持って、リサは自分の内部に干渉している。見ると、手を翳すようにトマシアンを指し示し、小さく口の中で何か呟いている。強烈な意思を乗せた鋭い視線。沢山の蟲が頭の中を這いずり回る感覚に気を取られた瞬間、激しい痛みと共に、トマシアンの左胸が小さく弾けた。
 これがどういうことなのか、リノには咄嗟に判らなかった。驚いてトマシアンに視線を向け……彼の胸を見てぎょっとした。弾けた傷口からは脈打つように血が流れ出ていたが、その奥には、確かに何かの機械が火花を見せている。合衆国と全く違うアダンの文化で育ったフィアーには解る由も無い。
 このままでは危険だと判断したトマシアンは、半ば無意識に壁に手をついた。とにかく、早く彼女を何とかしなくてはならなかった。彼女は冷徹に、そして確実に獲物を仕留めようと狙っているのだ。彼女は氷の瞳で自分を見つめている。背にした壁からは支配すべき存在達が、忠実なる僕となるべく蠢き始めていた。それは至極簡単な事だった。背後のものを操って同化する、ただそれだけの事。しかしこの能力は2番目の自分の時からその封印を開放された、普通の人間には決して無い「ちから」だった。機械を己が手足として支配する能力――マシンクエスト能力。キャヴァリアーのインターフェイス・ブレイン・ユニットとしてこの世に生まれた、自分自身の生来からの能力。

 キャヴァリアーの操縦をより安易に行い、そして最も効率良く戦果をあげる為に提唱されたキャヴァリアー運営システム、それが合体システムである。この合体システムの運営に欠かせないのがキャヴァリアーのインターフェイス・ブレイン・ユニット――合衆国の軍事情報の中でも最も重要な軍事機密のひとつである。元々キャヴァリアーには生体脳が搭載されているが、そこから算出される情報を処理し、また戦闘時におけるパイロットの操縦負担を減らすために人間の形をしたブレインユニットを用いるのである。彼らブレインユニットは組織[DIMOS]の手によって造られた遺伝子改造生物である。優秀な複数もの人間が遺伝子の提供を行い、それを礎にして目的に沿った形で遺伝子改造を行い、クローニング技術を用いて発生させたものなのだ。それゆえに、彼らは人間の遺伝子を材料として使っているが、染色体数も人間とは違う、れっきとした異生物である。いや、果たして「生物」という言葉を冠しても良いものか。当然のこととして、それらは機械的・薬品的な肉体改造も行われ、精神面も――呪術・魔術的な処理すら行われる。そもそも、科学的方法で「肉体」は準備出来てもそれに相応しい知的活動の能力や人に似せた精神構造を与える事など出来ない。「器」だけでは人そっくりの「レプリカ」を造ることなど不可能である。ブレインユニットの製造には、かつて「非科学的」とされた呪術・魔術分野での操作が絶対不可欠であると提唱されたのは500年も昔、提唱者は[DIMOS]のトップの1人だった。ゴーレムには魂が必要なのだと――たとえ、それが全て人造のものであるとしても。そうして永い時を繰られて造られた方法に基づき、改良に改良を重ねられ造られたのが、トマシアン・エレザールなのである。人工子宮で成長促進剤を用いて急速に発生させる為に、3年程で18歳の外見にまで育つ。その間に知識面は直接脳へ教育が施され、偽りの記憶も注入されてゆく。キャヴァリアーを扱ううえで最良の肉体、最高の反射神経、判断力、最適の感応力が与えられる。それゆえに、機械に対する親和性が何よりも高い事はいうまでも無い。つまり、後天的な訓練によって更に支配率は高まるが、ありとあらゆる機械は――キャヴァリアーと同様に――己の一部であるかのように、正しく手足のように動くのである。

 この病室にある全ての機器は既に彼の支配下にあった。医療用のロボットアームが幾つも蠢き始める。
 リサの能力がトマシアンにとって異質であるように、リサにとっても、彼の能力は異質であった。彼の躯の中身を……機械だらけだと言ったのは誇張だったが、中枢部分に機械を含むこと、そして自然発生のそれとは明らかに違う「生命の異質感」から、自分達とは違い、彼が機械に対してある程度の親和性を持つ事をリサは予想していた。しかし、彼の実際の能力は彼女の予想を遥かに上回っていた。不意にロボットアームがリサの腕を掴み、自由を束縛する。リサは反射的に、拒絶の「意思」をアームにぶつけた。普通ならそれは、不快な表情をアームに投げつけるだけの事だったろうが、彼女の場合は違っていた。
 トマシアンの意識には、リサに接触したアームが沈黙してしまったことがすぐに読み取れた。彼の指令に一切反応しない。彼女の視線が――あるいは意思が、アームの内部を破壊したのだと解るのに時間は必要なかった。どんな機械にも、構造的に脆弱な部分は存在する。電子の流れで制御している以上、いくら物体といて頑丈に造られていたとしてもその制御を行う電子部品は繊細であり、小さな回線ひとつに不具合が発生しただけで止まってしまう。
 壊すために、複雑な機械の構造を理解している必要はない。確かに、構造を知っていれば脆弱な部分を狙って破壊する可能性は高まるが、その機器が精工であればあるほど、リサにとってそれは脆弱なものとなる。ただ、彼女は「かくあれ」と強く念じるだけで――大抵は「止まってしまえ」という至極単純な事なのだが――機械は壊れてしまう。一種のサイコキノ能力。リサ自身にも、その根源は上手く説明できない。アトラス研究部のルナ・ケイオス博士などは喜んでこの超常現象の解析にあたるのだろうが、物心ついた時からそのような現象を起こしてきたリサにとっては、その原理などどうでもいい事だった。ただ、言える事は。その『事象』を発現させる事が出来るのは、紛れもない事実であるということ。
 ――こんなもので私の自由を束縛できるとでも思っているの?
 リサはトマシアンを睨めつける。そして、魔性の笑み。これから起こることが、楽しみだとでも言いたげに。
 金の瞳で見据えられたトマシアンは得も知れぬ感覚を覚えた。実際に目に見えるわけではない――しかし、絶大な感応の高さがそれを感じるのか、トマシアンにはリサの周にある種の『エネルギー』が蠢くのを感じた。彼女に向かって落込んで行く様に流れる「ちから」その動きはまだ始まったばかりだったが、次第に大きくなって行くのが感じられる。トマシアンはそれをただ呆然と見ていた訳ではなかった。危険がひしひしと大きくなっているのは判っていた。ただ、それの対処をどうするべきなのか――彼女のふるう力に対して自分がどういう防御が可能なのか、全く想像する事も出来なかったのである。
 リサから、明確な意思を持って発せられる圧力。ちからの波動。身体の内部を掻き回される、得も知れぬ恐怖。それはトマシアンにとって今まで感じた事のないものだった。身体に埋め込まれた機器が悲鳴を上げているのがわかる。咄嗟に支配下に置いた機器でリサの動きを牽制するのだが、彼女の意思を中断させるには及ばない。
 リノとフィアーは、睨み合っている2人が何らかの「やりとり」をしていることは理解できた。リサは余裕の笑みをみせ、トマシアンは表情を険しくしながら、彼女に鋭い視線をむける。医療機器に使われるアームが蠢き、リサを取り押さえようとするのだが、彼女に触れるか触れないかのうちに止まってしまう。リノはしばらく戸惑ったが、はっと我に返った。
 捕虜を取り押さえなくては。
 反射的にリサを後ろから羽交い締めにしようとする。
 直前、リサが振り向く。彼女はリノの腕を避けようともせず――それどころか、自ら進んでリノの腕を掴んだ。腕を掴まれた瞬間、リノは異様な不快感を覚えた。蠢くような想念。異質な「ちから」の波動。気持ちが悪い――がくん、と全身の力が抜けた自分に驚いた。ごっそり生気を吸い取られたような感覚。そのまま、膝をつく。リノを見下ろすリサは、小さく呟いた。
「邪魔しないで」
 注意のそれたリサに、壁から床からアームが襲い掛かる。リサとリノをアームが弾き飛ばす。リノはそのまま気を失った。フィアーが慌ててリノのもとに駆け寄る。衝撃に意識が朦朧としたままのリサの右腕をケーブルが捕らえる。威力の発現には、右手の動きが何か関係しているとトマシアンは考えたからだ。意識をはっきりさせようと頭を何度か振って、リサは戸惑った表情でケーブルを振り払う。再びリサはトマシアンに向き直った。
「この機械。動かしているのはあなたでしょう。人間と話すより、この方が得意そうね、電算機さん」
 リサは意地の悪い笑みを見せる。トマシアンは表情を曇らせた。
「ま、何年も動いている訳じゃないからヒト相手より『仲間』を動かす方がいいのかしら。身体は成人のようだけれど、5年と動いてないわね、あなた」
 リサの断定口調に、トマシアンは反論した。
「それでも、俺は機械じゃない・・・」
 トマシアンの主張に、リサは不機嫌な表情を見せる。
「どうしてそう人間にこだわるのよ。あたしには解るわ、体も心もつくりものじゃないの。ヒトと違う生物種。違う遺伝子。違う魂。いくら外見が似ているからって、愚劣でか弱い人間のふりなんてしなくて良いのよ。自分でも人間以上だって思ってるじゃないの。優秀な種だと考えてる。そう顔に書いてあるわよ。ヒト以上だと考えているのなら人間だって言わなくてもいいじゃない」
 矢継ぎ早に投げつけられるリサの言葉に、トマシアンはその誤りを穏やかに告げた。
「違う。人間だ。君だってそうだろ」
「あんなものと一緒にしないで!!」
 それは何よりも強烈な、拒絶の意思。
「人間なんて、陰で理屈ばかり述べて、いざとなったら何も出来ない、すぐ他人に頼り、都合が悪くなれば全て他人のせいにする。仲間だと……理解できるものだけ受け入れて、理解できない異物は排除する――汚くて狡くて、何よりも浅ましい。明確な生きる意思もなくただ漫然と生きているだけの愚劣な生物種と一緒にしないでよ!!」
 一気にまくしたてたリサの言葉に、トマシアンは違和感を覚えた。言葉と、それにぶつける感情と。しかしその感情は言葉どおりではないことに、トマシアンは気づく。
 憧れを。望んでも望んでも、決して手に入りはしない憧景。ただ自分が異質であるというだけの事。だが異質であるという揺るぎの無い事実。
「人間なんかの振りをするより、自分達の方が優秀だと、胸張ってればいいのよ」
 間合いをつめる。リサの瞳を目の前に見据えながら、トマシアンは静かに反論した。
「俺達は機械じゃない。俺達の事を何も知らない君に、何が解る。自分の義務も責任も放棄した、追放された騎士なんかに――」
「黙りなさい」
 短く告げたリサは集中力を高める。壊してやる。ただその思考のみに集中する。リサの身体を不意にアームで掴んだトマシアンは、そのまま彼女を持ち上げた。身体を持ち上げられながらも、リサはそのまま気を集める。リサが掲げるようにして右手を上げたとき、咄嗟にその腕をアームで掴みねじ上げる。思わずリサは悲鳴を上げた。構わずトマシアンはそのまま腕を引っ張りあげてゆく。
 睨み付けるリサの視線がトマシアンのそれと交差したとき。
 人間以外の身体に人間の心。
 人間の身体に人間以外の心。
 お互いに、ただ、そういう事なのだ、と解る。互いに。自らが「ありたかった」存在と現実の姿が違うのだと。そしてそれはある意味決定的な、異質であるという証明。自由を縛られた存在。
 鈍い音をたてて、リサの腕がねじ切られた。ぼたぼたと鮮血を撒き散らして、ごろん、とそれが転がる。リサは激痛と出血により薄れる意識の中で、部屋の中にある全ての機器の破壊を願った。それは手の中にある、何よりも脆弱な存在。人の手によって作られた繊細な構築物。ただ強い意志を走らせる。それだけで崩れる存在。壊れろ。全て。何もかも。赤く染まる視界。目の前のモノを。
 トマシアンは身体の中を素手で握られ掻き回される感覚に吐き気すら覚える。苦痛のみが振りまかれ、そのくせ抗うことすら出来ない。ひとつづつ、しかし確実に体内の埋設物が沈黙してゆくのが判る。頭の中に響く警告、耐えがたい痛みと異質感のせいなのか背筋を走る寒気、悪寒。立っていることすらままならず、トマシアンはゆっくりとその場に崩れた。揺らぐ視界。自分の意思に反して白濁する意識。目を閉じて。このままここで気を失ったら。トマシアンの意識に、リノのことが引っかかった。
 このまま。技術部の連中に連れて行かれたら。リノは奇妙だと思うだろうか。意識をふると、リノの気配が沈黙しているのか判る。トマシアンはその事実を心のどこかで感謝した。知られずに済むなら。たとえ暫くの間でも。

 そうして。ようやく全ては沈黙した。