ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』

第5回プライベートリアクションXA1

★Ancient Fable

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Act.3 自然の精霊、精霊の声

 アトラスの両舷から突き出た展望台。アトラス艦内のレクリエーション施設のひとつであるここは、特にパイロット達の憩いの場になっていた。任務を終えた各員は、自由時間に必ず1度はここを訪れる。
 敵のエルド襲撃の翌日。リノ・カーネリアは展望台の一角にあるベンチに腰掛けながら、思い詰めた様に星々の光が舞い散る宇宙を眺めていた。
 あの時、姿を見せた1機のキャヴァリアーは。そのパイロットは。まさか。
「そんなバカな事があってたまるかよ……」
 脳裏に兄の姿が蘇る。他人には悪し様に言う事も多いが、それも愛情の裏返し。リノにとっては何よりも大切な、自慢の兄である。姿を消したと思ったら……。よりによって……でも、まさか……融合者に……?
 リノはその悪い考えを振り払う様に頭を振った。宇宙を見つめるリノの視界を、哨戒中なのだろう、キャヴァリアーの小さい姿が横切って行く。イーヴ・クリストマスの駆る“サンタ・フロム・ヘル”だ。
 リノと同じ様に展望台でくつろぎつつ基礎トレーニングに勤しんでいたアフロディーテ・バーンシュタインは、人の入ってくる物音に、腹筋運動を休む事なく、視線をそちらに向ける。
 入って来たのはシンザークとトマシアンの2人だった。
「やぁ、デューテ。頑張ってるね」
 愛想のいいシンザークは、アフロディーテの姿を認めるとにっこりと笑いかける。その後ろで、トマシアンが相変わらず無愛想に視線だけを彼女に向けた。
「後で、訓練に手合わせをお願いしたいな。……他の皆だと肉弾戦はあまり得意じゃないだろう? 本気を出せる人って少なくて」
 シンザークの申し出にアフロディーテも笑顔で応じる。
「いいわよ」
 アフロディーテは専らマーシャルアーツによる格闘を好む。シンザークは槍術・棒術が専門だ。この2人は己自身の格闘力がそのままキャヴァリアーの格闘力に直結している。そのため、肉体の鍛練は欠かせない。
 そんな2人のやり取りをよそに、トマシアンはじっと宇宙に視線を巡らせる。その様子に気づいたシンザークも、無言でそれに倣った。
 星々の姿を遠く眺めながら、トマシアンはブルー中隊からの報告書の内容を何度も何度も頭の中で思い起こしていた。その戦闘力のデータや各人の思考性、癖。大凡、交戦するに必要な、どんな些細な資料でも構わない。敵を知り、己を知る事。これは戦の基本なのだから――。
「トマシアン、僕、思うんだけれど」
 シンザークは視線を宇宙に向けたまま、唐突に切り出した。
「あの龍達。……融合者になってもまだ精霊の声が聞こえるのかな?」
 トマシアンは冷めた視線で冷たい一瞥を相棒に向けた。シンザークはその反応に苦笑する。
「前からね、ガイアの事には少し興味があって調べていたんだ。アトラスには色々な資料が揃っていて助かったよ。ガイアは、端的に言うならば星の意思が存在し自然が意思を持つ世界なんだよ。それが精霊なんだよね。精霊の力を借りて起こされる超常現象がメディスンと呼ばれ、彼らの一部はその力を――精霊と語り、意志を疎通させる『ちから』を持つ。それが巫女なんだね。ガイアに存在する全てのものは、それが人間であろうと動物であろうと、植物だろうと自然現象であろうと――あらゆるものが『終わりなき輪』を支える存在であり、互いに共に歩むものなんだよ」
「……巫女というのは、突然変異に代表される“超能力者”的存在か?」
 トマシアンの言葉に、シンザークは首を振った。
「それは違うと思うよ。ガイアで暮らす人々も『人類』としては何も変わらないさ。生物学上はそれ程差が無いと思う。……トマシアン、君は“超能力”の『ちから』の発動原理が言えるかい?」
 トマシアンは困惑した様に眉間に皺を寄せる。
「超能力はつまり、それがどんな発現をするにしろ一言で言い表せる。それは『自然を思うままに扱おうとする意志のちから』なんだよ。でも、僕は思うんだ。ガイアの民の持つものは『自然が味方してくれるちから』なんじゃないかって」
「自然が味方する……?」
「自然の中にいて自然と共存する――彼らのそこにある事をごく当たり前に認めるうちに、自然は彼らにちからを貸すようになったんじゃないかな。精霊は共に在るものには決して仇なさないからね。一見人に害を与えるだけの様に見える天災だって、自然のタイムスケールで見るならば――数百年の単位で広い視野で見て行くならば、結局そこで暮らす生き物達に恵みをもたらすものなんだよ。ガイアの竜も、生物種なのではなくて、精霊が誰にでも見える形でそこに存在しているだけなのかも知れないし。だから本来、竜は仲間の声以外にも、精霊の意思が――精霊の声が聴こえるらしいんだよ」
 シンザークは溜め息を吐いて、宇宙に目をやる。
「精霊の……共に歩む星の同胞の存在を認める事が出来なくなった者を彼らはクレギオンと呼び、他所者として忌み嫌う。でも……かけがえのない友と融合する途を選んでしまった彼らは、竜が聴けた精霊の声を聴く事が出来るのだろうか? 彼らはガイアの同胞として認められているのだろうか? もしそうでないのだとしたら、精霊が……精霊の側がどれだけ小さな幼子に手を差し伸べるとしても、その姿の見えない、声の聴こえない人間達にはその手は2度と掴めない。僕達がその文明を発展させるために切り捨ててきたものを誇りにしている筈の彼らが……結局精霊を捨てているのだとするならば、今の彼らは彼らが蔑み忌み嫌う存在にその身を貶めているのだという事に、気が付いているのだろうか……? 『終わりなき輪』の中に自ら戻るすべを持たない小さな存在である事に気が付いていないのかもしれない」
 何度も瞬きをしながら、声を震わせて言葉を連ねる。
「だとしたら……トマシアン、彼らはとても可哀想だね……。優しい精霊達、愛しい慈しむべき同胞を失うとしたら。風の声も……水の囁き、大地の温もりや炎の揺らめきも。取り巻く自然全ての意思ある存在の、その声を聴く事が出来ないなんて。脆く、儚い小さな人間は結局自然の護り無くしては生きて行くこともかなわない。自然保護なんて言っても人間が手を出して守る事が出来たのは家畜・農作物とペットだけなんだよ。自然を守ってやるなんて考えは、小さな人間達の、身の程知らずの思い上がりにしか過ぎない。それ程自然のちからは大きい。……そして、生きとし生けるものに慈しみをもって手を差し伸べる。平気で、自己弁護と共に自然破壊を繰り返す人間達にもね。……ただ、人々にはもうその声が届かないだけなんだ。それだけ人々の心は精霊から遠く離れてしまった。……あの龍達もそうなりつつあるのかもしれないよね。そうだという自覚も無いままに。彼らは何を求めて融合者になったのだろう。共に在る精霊は惜しまずちからを貸してくれてるのに」
 トマシアンは、どう応じるべきなのだろうかと思考を巡らせる。この相棒の言う事は、ちょっと逸脱している。ガイアの話をするにしても――精霊の事を、何を根拠にこれだけ確信めいた自信ある口調で語るのだろう? この内容が全てアトラスのデータベースから導き出されたものだとしても、その内容に、ガイアの事など預かり知らぬ自分はどう答えたらよいのだ。
 トマシアンは言葉を発しかけて、それを何度も踏みとどまる。頭の中で言葉を何度も選び直して、ようやく言を返した。
「お前が言っている事が事実かどうか、その判断は出来ないが……」
 潤んだ瞳をシンザークは傍らのトマシアンに向けた。
「お前は人が良すぎるからな。敵の心情まで考えていると、戦えなくなるぞ。――エールの件の後のように」
 トマシアンの言葉にシンザークは表情を曇らせる。アトラスを一時離れていた時の、エール太陽系での事件。救けを求めて来た貧しいアステロイドの鉱山街の男。彼が融合者であった事と――彼が街の為に合衆国を天覇帝国に売り、結果として祖国はDスペースに飲み込まれる事となった過去の事実を知った同じパイロット達の取った行動。1体の融合者を葬る為に街に住民の暮らすアステロイドごと恒星へと叩き落とした事。その住民を、街を救けようとした男が――彼が融合者となったのも街の生活を守るためだったのだが――恒星へと落ち行く小惑星を、逃げようと思えば逃げれたのに、キャヴァリアー1機でどうにかできるものでもないと自分も解っていただろうに――自身で支えようとして、全てを捨てて守ろうとした、救けようとした住民諸共恒星の炎の中に消えていった。街の……女も小さな子供も暮らす住民達全ての生命を飲み込んで、一瞬にして消失してしまった。その後のシンザークの精神状態は大凡正常なものとは言い難かった。罪悪感――護るべき戦えない民を手に掛けた、二度と戻ることの無い、久遠の生命の喪失と――潰えた人々の未来と、それを悲しむ者の皆無だったという事実と――人々を悼む者の誰ひとりいないという現実。その譬え様も無い精神的重圧感は肉体の維持にすら影響する。食物は体が受け付けない。目の前にあるのは『死体』なのだから。無理に食べても体が拒絶し、無駄に口と胃を往復する。眠ろうとしても眠れない。薬を使って無理に眠っても悪夢を見る。血塗れの痩せ細った子供。母親。木訥とした父親――街で慎ましく生きていた住民達。差し出される腕は目の前で見る間に炭化する。響き渡る悲鳴と呪詛の言葉、救けを求める声、蛋白質の焼ける臭い。そうして精神の均衡は失われて行く――トマシアンの判断で、急速に、無理やりアトラスに戻って来なければ、あのままどうなっていたか判らない。
 その時の相棒の様子を見ていたトマシアンには、今の、敵に対するシンザークの心情もあまり有り難い事とは言えなかった。確かにこいつは究極のお人よしなのだろう。『人は弱く脆い生き物だから、悲しい事をするのは仕方のない事なのだろうけれど。でも、最後まで騙されてあげれば、それはそれで真実になるんだよ』そう言って憚らないような奴だ。相手の事を考え過ぎて、結局自分が傷ついてしまう。元々軍人向の性格ではないからな――と考えて、トマシアンは内心溜め息を吐いた。
「あの時は、君にも随分と迷惑をかけちゃったからね。……御免ね、あの時は本当に」
「済んだ事はもういい。これから同じ失態さえ見せなければそれで構わない」
「解ってる。経験は無駄にしないよ」
 そう言いながらも、シンザークは心の何処かが、遠く彼方の敵へと想いを馳せている事を感じていた。数多の人々の生命を飲み込んで行った彼らの存在を。やもすればもう気づかぬが故の哀しさを背負った存在達の事を。星の精霊よ。共に歩む慈しむべき同胞達よ――彼らはもう受け入れ難い存在なのでしょうか?
 星々はただ静かにその輝きを放っている。

《FIN》

●プレイヤーより
 今回の内容は第5回リア対応です。「次回は真面目なプラリアを……」と書いた手前、真面目にね、と思ってこんな物を書いてしまった☆ 元ネタの時点では『宇宙のサファリパーク』が仮タイトルという爆裂お気楽ネタだったのに☆ これでも、いつものプラリアに比べるとライト級なのですがね。感想くれると嬉しいな☆

1996年4月