ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第4回プライベートリアクションXA2
★Cypress
2/5
Act.3 迷宮
“ガルーダ”の整備に思ったより時間を取られてしまったジンは、格納庫を後にすると、あふあふと欠伸をしながら思い切り伸びをした。“レヴィ”の整備は明日にしよう。今日はもう寝るかな……。ぼうっと、そんな事を考えながら歩く。珍しく人気の無い展望台を通りかかった時、1人の人影がベンチに腰掛けているのが見て取れた。見慣れたその後ろ姿に、ジンはお節介かもな……と自分の行動につい頭を掻きながら近寄り、声をかけた。
「よお! よく帰って来たな」
ジンの声に、シンザーク・アストライアは弾かれた様に顔をあげた。自分に向けられるジンの笑顔に、驚いた様な顔を見せている。ジンはそのまま、努めて明るい声で笑顔を崩さず言葉を続けた。
「正直頼もしいよお前らが来てくれて。何しろ俺は、ドンパチが苦手だからな。これで、マルチパルスの調整に励めるってもんだ。追手がかかる前に済ませておかないとな」
シンザークは相変わらず沈んだ表情で、無言のままジンから視線を逸らした。ジンは、どう慰めたものだろうと、考えを巡らせる。シンザークを見ている内に少しいたたまれなくなったジンは、困った様に溜め息を吐く。
「だが、な。俺は思うんだが、キャヴァリアーを完璧にするって事で、こうしてキャヴァリアーを整備して流さずに済む血と、流すことになる血は一体どちらが多いだろう。……いや、すまん、軍人の台詞じゃなかった……」
ジンの言葉を遮って、シンザークは彼方の星々の小さな輝きを見つめながら、震えた声で――それでもはっきりと――告げた。
「銃や刃物は人を殺しません。人が、人を殺すんです。サカキ先輩……飽くまでも、人を殺すのは人間なんです。武器として使われる『物』そのものに善悪はありません」
振り返り、潤んだ瞳でシンザークはジンを見上げた。
「強い威力を手にした時人は弱い人々の事を忘れます。……強大な威力を持つという事は、自分の気に入らない事をそれで粉砕して許されるという事ではない……。僕達は人殺しだ。許されない事をしているのに、どうして……正義だと言うんでしょう。……罪を償わせるって事は、彼の護りたかった人々諸共、殺してしまう事なんですか。殺す事が……正義だと……馬鹿な奴等だと……嘲笑を浴びせれば、それでいいだなんて……」
シンザークの流す涙を見てジンは内心狼狽した。顔は平静を保ちながらどうしたものか必死で考えを巡らせる。当事者ではない自分がアステロイドの一件に口出しをしてもどうなるものでも無く――第一、今更何を言ったとしても過ぎ去った時は戻せないのだから。
過ぎ去った時は戻せない。
この事は、シンザークもよく解っていた。そして、人に限らず万物の『死』は絶対的な不可逆性をもつという事も。これは世界の揺るぎない『理』のひとつである。誰の身にも降りかかる事でありながら、何人たりとも、この『死』を、生命の終焉を元に戻す事は出来ない。後でこれをしよう、明日は何をしよう、週末には皆で出掛けよう、遊びに行って――というささやかな未来すらその前には空しく潰えてしまう。そう――死者は、決して蘇る事は無い。忘却の大河は余りにも広く、両者の隔たりは何よりも確実なものなのだ。
「先輩……少しだけ、胸を貸して下さい」
「あ、ああ」
戸惑った返事をジンが返すと、シンザークは泣きながら、こん、と目の前に立つジンの胸に頭を預けた。震えながら差し出される手は縋るようにジンの肩を握り締める。
融合者を倒す為に――その言葉を免罪符にして遂行されたあの行動は、結局誰も救う事など出来なかったのだから……だとするならば、何かしてあげたくとも、紅炎の彼方へ飲まれていった彼らには、もう何もしてあげられないのだから……誰よりも悼むであろう人々は誰ひとりとして残らなかったのだから……ならばせめて、覚えていてあげる事しか、出来ないじゃないか。『人間は2度死ぬ。まず死んだ時。それから忘れられた時』と言ったのは誰だったか。彼らの、脆く儚い肉体の生命は終焉を迎えてしまった。ならばせめて、彼らの潰えた未来の為に、彼らのそこに在った事を、そこで生きていた事を、合衆国パイロット達のエゴイズムの為に犠牲になってしまったという事実を、覚えていてあげなくては。……そのまま、誰の記憶にも留まらないのだとすれば、それでは彼らが余りにも哀しすぎるではないか? 人も街も何ひとつ残ってはいないのだから。
巡る思考に酔った様になりながら、シンザークは静かに泣いたまま呆然とジンの鼓動に耳を傾けていた。規則的に打たれるその心臓の営みは、ただそれだけで、今、目の前にいる人間が生きているのだという事実をシンザークに訴え続けている。冷たい屍が取り巻くのではなく――生きている人が、生命ある存在が、ここにいるという事実。それは些細な事に過ぎないのかも知れないが、それでも、冥い深淵へと溺れて行きそうになるシンザークの精神を崩れ行く事から救っていた。そしてそれは、ここには自分と同じように心を巡らせる者がいるのだという事実をもシンザークの心に思い起こさせる。心の痛みを解ってくれる人々の存在するという現実を。
「……そのな、アステロイドの一件、聞いたけどな」
ジンは、遠慮がちに口を開く。
「俺はよくわからんが、彼らだってああなると予想がつかなかった訳でもなかっただろう。それでも、彼は救いを求めてきたんだ。お前達に。だから、その……なんだ」
泣き止んだのか、不意にシンザークが顔をあげた。驚いたジンは言葉を途切れさせる。自分を見上げるシンザークの瞳が、少しは、以前の優しい輝きを取り戻しているという事に気が付いて、ジンはほっと胸を撫で下ろした。シンザークは瞳を潤ませたままでジンを安心させる様に笑顔を作る。
「救けて下さいという言葉が嘘だったとしてもいいんです。最初は嘘だとしても、最後まで騙されてあげれば、その言葉はそれで真実になるんですから。ただ、救けると約束したのに――死ななくても済む筈の人々すら巻き込んで、誰も救けられなかった……から……それで……」
そのまま、視線を宇宙へ向ける。星々の光の狭間には、冷たい闇に溶け込んで何も見えないけれども、アトラスが護っている民間船の姿がある筈だった。
「せめて、あの人達は、無事に安全な所まで連れて行ってあげたいですよね……何の心配もさせる事なく」
硝子細工の様な笑みを見せながら、シンザークは穏やかに言葉を紡いだ。