ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』
第4回プライベートリアクションXA2
★Cypress
3/5
Act.4 予兆
アトラスに戻って来て、元気を取り戻しつつあるシンザークの姿を見たトマシアン・エレザールは、嬉しさを感じながらも、同時に複雑な感情をも覚えていた。
エールでの一件の後、精神の均衡を明らかに失って行く相棒を、トマシアンはただ指を銜えて見ていた訳ではない。人の死に対してシンザークが過剰反応を示すという事を、出会って間もない頃、シンザークが事故で婚約者を亡くした時に嫌という程思い知らされた事がある。再びそうならない様に、トマシアンも自分なりにその感情的負担を減少させようと――精神安定剤・抗鬱対処剤として使われる薬物の投与、今現在重要視するべき事態の再確認、それに伴う責任の喚起等――色々と手は尽くしてみたのだ。だがそれは芳しい効果を見せる事もなく、時の経過と共に益々劣悪な状態へと変化して行く事実に、無力感を覚えなかった訳ではない。それはもはや精神状態だけには留まらず、肉体の方にも明らかな異常を来しつつあり、このままでは非常に危険だという判断を下したトマシアンは、シンザークの非論理極まる反抗を押さえながらアトラスへの帰還を決行したのだ。
アトラスに戻れば、多少は状況も改善されるだろうという事は予想していた。だからこそ早急にここに戻ってきたのだとも言える。……が、それにしても。プラム・リーズンの笑顔やジン・サカキの握手や、リノ・カーネリアのコーヒー、ジェシカ隊長と交わす取り留めのない会話。他の者との日常的関わりあいが、こんなに効果をあげるとは。……自分はあいつにとって無力な存在なのだろうか?
「ねぇ、トマシアン」
突然かけられた言葉に、トマシアンの意識は思索の中から急激に現実へと引き戻された。ベッドとサイドテーブル。その反対側の壁は一面機械が占めている――何よりも情報分析能力を追求した、その、自慢の機器たちが視界に飛び込む。さっきまで見ていたマルチパルスの共感性に関するヘリシア博士の報告書を思考の片隅に留めながら、トマシアンは首だけを声の主に向けた。扉の所でシンザークが顔を覗かせている。
「僕、少し出掛けてくるからね。レヴィも連れて行くから、そのつもりで――」
その言葉にトマシアンは少しだけ眉をひそませた。
「今はオフの筈だが?」
「任務じゃないよ。オフの時に、民間船に行きたいって言ってただろう? ジェシカさんに許可は貰ったから、ちょっと行って来るよ。サカキ先輩に診て貰ったレヴィの調子も見てみたいしね。行き先はルフタル号。何かあったら連絡して」
「解った。……しかし、民間人に深入りするな。戦闘が起これば必ず死者が出る。その時に傷つくのはお前だぞ」
そう言うと、トマシアンはシンザークから視線を外し、再び、博士の報告書に他の関連資料を絡ませながら目を通し始める。
「うん……判ってる」
沈んだ声と、暫しの沈黙。そして、背後で扉の閉まる音がした。
Act.5 偶然
ルフタル号は百余隻の民間船団の中で最も大きな船である。その住居スペースには、窮屈さを敢えて無視して押し込まれた、8千人弱の人間が過ごしていた。大凡、快適な環境とは言い難い船内で、人々は不安を抱えながらも、これからの事を前向きに考えていた。
エアロックから船内に入り、艦橋へ挨拶に行ったシンザークは、船内を案内するという青年に連れられて、人々の様子に目を向けていた。
人間が生きて行くうえで最も忌むべき事は、退屈するという事だ。たとえそれが狭視的な事柄だとしても、何か『やるべき事』をもっていないと精神に異常をきたす。――という船長の方針もあって、ルフタル船内では可能な限り自分達の手で生活が営まれる様になっていた。ここでは――小さな都市生活が営まれている、と言っても良い。
植物の集められた『公園』として機能している一室を訪れたシンザークは、そこで遊ぶ女の子にふと目を止めた。――見知った人物に似ているような気がしたからだ。嬉しそうに笑うと、ひょっこりと八重歯が顔を覗かせる。そのまま、つい見つめていると、その子はシンザークに気が付いて、小走りに駆け寄って来た。明るい、屈託のない笑顔を見せる。
「こんにちは」
シンザークも彼女の笑顔につられて、にっこりと笑い、同様に挨拶をする。
「ずっと船の中で、退屈しないかい?」
尋ねると、女の子は笑顔のままで答えた。
「ううん。面白いこと、いっぱいあるよぉ」
その口調にもどこか覚えがある様な気がしたシンザークは、女の子の視線に合わせて身を屈めると、言った。
「名前は、なんて言うの?」
「リンク。リンク・リーズン」
あっ、と心を躍らせたシンザークは、更に言葉を連ねた。
「プラムって女の人、知ってるかい?」
「お姉ちゃんを知ってるの!?」
リンクは大きな目を更に丸くさせる。
プラムに年の離れた妹がいる話は、以前に聞いた事があった。天覇帝国の進攻の混乱で離れ離れになってしまい――それをプラムは『家族を見捨てた』と考えている――そしてそれが彼女の重荷になっているという事も。
「仕事の同僚なんだよ。良かった――プラムはね、いまアトラスに居るんだ。この船団を守ってる船にね。プラムも君達を探してたんだよ。すぐに、連絡しようね。パパとママも、ここに居るんだよね?」
「うん!!」
リンクは、ぴょん、と飛び上がる様にして全身で頷いてみせた。