ネットワークRPG“クレギオン”シナリオ#5
『バビロンの紋章』

第4回プライベートリアクションXA2

★Cypress

4/5


Act.6 深淵

 今目の前で広がる光の花びらに目を奪われたシンザークには、プラムが絶叫する悲鳴すら、遠く異界の事の様に聞こえた。
 ルフタル号であった筈の花びらは、一瞬だけ輝いて、幻の様に宇宙の闇に消えて行く。
(娘が、プラムが、ここに?)
(ああ、良かった、あの娘も無事で……)
(この船では、皆が都市生活を営めるように色々な配慮が……)
(面白いこと、いっぱいあるよぉ)
 ルフタルで出会った人々の姿が走馬灯の様に心を巡った。――プラムによく似たリンクの嬉しそうな笑顔。親切な人達。突然生命の終焉を迎えるなどとは予想もしていなかった筈の――平凡な、日常を送っていた、人々。
 一瞬で8千人。それだけじゃない。この敵襲で、どれだけの人が死に、傷つくのか――手を差し伸べた筈の自分達の行いは――全く無意味に――両の手の、その指の透き間から――水がこぼれ落ちて行くように――人々が傷つき、死に逝くのだから――。冥府の王は――死の鎌を持つ――闇に巣くう下僕達――その嘲笑と――悲鳴と呪詛の言葉――脆く崩れ行く肉体――閉ざされる未来――深淵に棲まう者――贖う事の決しての叶わぬ大罪――2度と戻る事のない――久遠の喪失。
 元々、対となるべくして作られた“ガルーダ”は“レヴィアタン”とのパルスシステムの同調率を上げてある。シンザークの強い負の感情に引きずられそうになったトマシアンは、舌打ちして、マルチパルスシステムを作動させた。そのままでは多少荷が重すぎる。全員に散らしてやらなくては、互いのためにならない。
 プラムに向かって発せられる敵の言葉は、マルチパルスシステムによって皆にも伝えられる。シンザークは内側から沸き起こる目眩と吐き気を堪えながらそれを耳にした。
(わしが憎いか? なれば、わしと同等の力をそなたに与えてもよいぞ。死んだ家族を生き返らせる事ができるかも知れぬ。我ら新人類は過去をも操る術をもちえるのだからの)
 その刹那、シンザークは反射的に己の感情を――怒りの感情を――プラムにぶつけた。
「そんな戯れ言、信用するな!!」
 忘却の大河は余りにも広大だ。その渡し守は己の責務に何よりも忠実であり、そして、時は全てに対して絶対なる支配者なのである。過去の出来事は――たとえそれがどれだけ悔やまれる事であるとしても――承服できない事だとしても――決して変える事は出来ない。この世界はそれほど都合の良いものではないのだ。それが世界の『理』である。
 過去は、それをどれだけ切望しようとも、決して変える事など出来はしない。
(そ、そうよ……。冗談じゃないわッ)
 プラムの決意は全ての機体を動かした。彼女の意志に呼応して、グリーン中隊全機による一斉射撃が敵機を容赦なく貫いた。

Act.7 仲間

 先の戦闘の最終的な被害は、民間船13隻、死者・行方不明者は1万人を越えた。行方不明――といっても、宇宙空間での戦闘に巻き込まれた結果である。死体が見つからないだけで、この数は、実質的に死者数と換算しても過ちではあるまい。
 家族を亡くしたショックを隠せず、沈んだ表情で休憩室に入って来たプラムを迎えたのは、皆の暖かい表情だった。いつもクールな表情であまり他人に干渉しようとしないリノ・カーネリアは自慢のコーヒーを彼女に勧めた。その横で、女の子とみると放ってはおけないアッシュ・グレーが
「女の子はやっぱり紅茶さぁ」
 などと言いながら、一緒にお茶しよう、と笑顔と共に誘っている。アフロディーテ・バーンシュタインは無言のまま側にいる事に決め、プラムの隣に腰掛けた。
「フッ。笑顔の方が貴女には似合いますよ」
 そう言って一輪の薔薇を差し出したのはシキ・リーズィクラウツである。相変わらず他の者の追随を許さないそのマイペースさに、さすがのプラムも苦笑を隠せない。折角なので薔薇は貰っておく事にする。
「ま、それでも私の美しさには到底及びません……がっ!?」
 陶酔したように首をふりシキが続ける言葉を耳にしたメリル・リースは、反射的にシキの向こう脛を思いっきり蹴飛ばした。シキは目に涙を溜め、脚を押さえて退散する。
 シキと入れ違いに入って来たジンは、彼の後ろ姿をぽかんと眺めて、言った。
「あの陶酔馬鹿、どうしたっていうんだ?」
「さあ。どこかに足でもぶつけたんでしょ」
 しれっ、とした口調でメリルがそういうので、つい可笑しくなったプラムはくすくすと笑いだしてしまう。
 戦う以上、これからもまた悲しい出来事が起こるだろう。でもそれは、決して耐えられない事じゃないよね。皆がいてくれるから。
 心の中の悲しみを癒すには、少し時間が掛かるに違いない。でも、それを乗り越えてこその軍人だ、と思う。そう、プラムは自身に言い聞かせた。