ブルーフォレストRPG
『シーアキト見聞録』 シナリオ1
『姫君は誰の手に』
第1回リアクション
2/5
第2幕 酒場 黒牛亭
お触れが出てから、カーラキーア領内の人民は、誰もが落ち着きが無かった。――大抵は、若い男共であったが、近隣の村や街から人々がどッと押し寄せるので、ガンガーの街はいつもにも増して人が溢れていた。夜になって、空に黒く悪魔の月が架かろうとも、それを恐れる事もなく、街はかつてない賑わいを見せていた。
旅人を目当てに屋台が出たり、出店が出たり。いつもなら早々に店仕舞いしてしまうのだが、さすがにこれだけ人が多いと、どの店も明かりがついたままだ。道に出るとあちこちから人々の笑い声が響き、楽しげな話し声が溢れている。道端の露店もなかなか繁盛しているらしい。人気のある屋台には、人の行列が出来ている程である。
女将さんの明るい声が通りに響いた。
「チョイと、そこの若いお兄さン、安くしとくよ。買ってかないかい」
その手では忙しく焼き鳥の串を動かしている。
「あ、いい。遠慮しとくよ」
女将さんに声を掛けられた、まだ年端もいかない少年は、慌てて断りながら、人混みの中へ紛れていく。その目は懸命に店の看板を追っている。
暫くして、1つの看板が目に留まった。
『酒と食事・宿の黒牛亭』
少年は嬉しそうに笑うと、その中へと入っていく。
「へい、らっしゃい。――泊まりかね?」
食事をしたり、酒を飲んだりで人が溢れる中、主人らしい男が景気良く叫ぶ。
「うん。暫くの間よろしく。で、何か食べさせて。もう、お腹空いてフラフラだよ。安くてお腹一杯になるなら、何でもいいや」
人の良さそうな笑顔を見せて、少年は言った。
「毎度ォ。しかし、済まんが、これだけの人だ。相席で勘弁してくれや」
人々の騒めきに負けじと、小柄で少し丸い体つきの主人は、又も叫んだ。その側で、男が「おやじィ、もう1杯」などと怒鳴っている。
少年は、それ程広いとは言えない食堂をぐるりと見廻した。圧倒的に若い男が多い中で、隅の方で1人の女性がつまらなそうに食事を取っている。ずいぶんと大人びた感じで、髪の色や肌、瞳の色は他の人と何等変わりはなかったが、服装が明らかにこの辺の者とは異なっていた。ゆるくウェーブが掛かった長い髪が目に架かるのを、指で横にやる仕草が、少し優しげな様に、少年には思えた。幸いにも、彼女の横の席が空いているではないか。
少年はいそいそとその席の所まで行くと、言った。
「今晩は。――済みません、隣、いいですか?」
その女性は少年をじっ、と見ると、にっこりとして答えた。
「いいわよ。1人で食事しているのも、つまらないと思ってた所なの」
少年は、笑みを返して席に着いた。
「僕、ラルファス=アルクスっていいます。宜しく。――あの、もしかして貴女も野の民てすか?」
その女性は――20歳位だろうか。落ち着いた様子で笑みを見せると、言った。
「ええ、そうよ。あたしはジェス。あなたも、見た所同じ野の民の様ね。でも――この辺の出身? あたしは風の平原だけど」
「いえ、僕はイステアの外れの者です。しかし、何なんです、この騒ぎは?」
ラルファスの言葉にジェスは意外そうな表情を見せた。
「知らないの? お姫様の花婿募集騒ぎ」
ラルファスはきょとん? とした顔をして、ふるふると首を振る。その様子が男の子にしては妙に可愛らしく、ジェスは心の中で、くすり、と笑った。
「何でも、この辺の領主の一人娘がもうすぐ16歳で、その時までに花婿を決めるんだって。貴族に限らずそれを広く募集するのよ。2月1日に試合を広場でするっていうんで、ここいら近辺の男共が皆集まっちゃってるらしいわ。――あなたもそれで来たんじゃないの?」
話しているうちに、だんだんラルファスの目が嬉しそうに輝くのを見て、ジェスはつい、訝しげに尋ねてしまう。
「いいえ。全然知りませんでした。――ところで、本当に誰でも応募出来るんですか?」
「腕に覚えがあれば、だけど」
「ね、ね、ジェスさん」
ラルファスは急にこそこそとした様子になる。
「そのお姫様って、美人ですか?」
全く……男って生き物はどいつもこいつも……。ジェスは半ば呆れながら、自分でも人が良すぎるかもね、と考えつつ、教えてやった。
「噂じゃ、凄い美人だって。優しくて器量よし、気立ての良さは街中に知れ渡っているっていうわ」
飽くまで、噂だけど……ね。我ながらすっかり詳しくなっちゃって……まァ、部族の族長のおつかいでこんな遠くまではるばる来て、聞く気も無かったんだけどひっきりなしにお姫サマの噂を聞かされては、誰だってこの位には詳しくなってしまうのだろうけど。でも、それにしたって……。そう考えるジェスの横で、ラルファスは店の女将が持って来た色々な野菜のたっぷり入った煮物を突きながら、にっこり笑って言った。
「僕も、出てみようかなァ」
考え事をしていたので、ジェスの反応は一瞬遅れる。
「……えっ!? 今何か言った?」
思わず、聞き返す。
「僕も、出てみようかなァ、って言ったんですよ、ジェスさん」
ジェスは横で脳天気ににこにこ笑っているラルファスを、つい、じろじろと頭のてっぺンから爪先まで身を引いて眺める。
……とても、腕に覚えがある様には見えないけどねェ。それ程体格が良いという訳でもなさそう……だし、呪文に通じている風でもないし、何と言ってもまだ子供だし、世間の荒波なんて全く知らない様な顔してるし……?
「それに、こう見えても15歳で、お姫様とも年そんなに離れてないし、何より、お嫁さん探しに旅してるんですよ」
こ、この顔して15歳? でも君、もう少し現実を見た方がいいんじゃない? と心の中で呟く。
「ね、ね、お姫様の名前、なんていうんです?」
ジェスは、本当に本気なのかしら、と首を捻りながら答える。
「スーリアー=カーラキーアっていうらしいけど……ラルファス」
「ラルでいいです」
「ラル、あなた本当に出場する気?」
「そりゃア、もう!」
自信満々で答えるラルファスに、思わず目眩を覚えるジェスであった。
試合の日まで後5日、1月26日の出来事である。