ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
5回(第9月期)プライベートリアクション :N08
★夜の魂
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scene.1 騒乱の爪痕
虎の魔獣人カーリーに率いられた魔物達に襲われたトレンタの街は、街に残っていた人達や急いで駆けつけた冒険者達の活躍によって、何とか平静を取り戻す事が出来た。
だが、魔物が去った頃には、街はボロボロになってしまっていたのだった。
魔物によって街の建物は壊され、瓦礫が辺りを埃だらけにしていた。避難していた人々は自分の暮らしていた家が無残な様子に変わり果てているのを見て、落胆した。もっとも、そういう人達はまだ幸いだった。この瓦礫の中には、逃げ遅れて生き埋めになった人達も少なからずいるのだから。
「誰か、ここにはいないのですか!?」
神官戦士のクレイ・ジュニアスは崩れ落ちている漆喰の壁の透間に向かって叫んだ。
「もし、声が出せる様なら、返事をして下さい!!」
神殿に辛うじて逃げ込んだ人達から行方不明者の住居を聞いて、もしや逃げ遅れて生き埋めになっているのではないか、と一縷の望みを懸けて、彼は探しに来たのであった。
「人の気配は、判りますか……?」
クレイは隣に立つ魔法使いに尋ねる。シンザーク・モリガンは既に、手にした三叉槍を握り締め、目を閉じて精神を集中させていた。
「……微かに、ひとつ。ずっと下の方に」
「よし、任せろ」
戦士のアラーム・レンはシンザークの言葉に、瓦礫を取り除こうと手を掛けた。大きな塊を、なるべく崩す事のないように注意しながら、その逞しい腕の力を最大限に発揮して瓦礫を横にずらす。盗賊のユン・タンジャリンはその様子を見ながら、瓦礫のバランスが崩れない様に、細かくアラームに注意を促し、小さな瓦礫を取り除いて行く。
1時間近くもそういう作業を進めただろうか。一抱えもある瓦礫の塊をアラームが持ち上げた時、そこに人の腕が見て取れた。
「あ、人だよ!!」
ユンが明るい声を揚げる。思わず手を伸ばしてその腕を取った時、ユンはぎょっとして表情を凍らせた。
「……冷たい」
その腕は既に死後硬直が始まっていた。瓦礫を退けると、その腕の主は女性だという事が判った。年は25歳位だろう。アラームがそっと彼女の体を持ち上げる。その下に、2人の子供の姿があった。1人はまだ赤子――息子のリクと同じ位か、とアラームは思った。1歳程の赤子だ。その顔は既に紫色に膨れていて、死んでいるのは明らかだった。もう1人、赤子の兄なのか、3歳ぐらいの子供は青い顔を歪ませたまま、ぐったりしている。その子を抱き上げたユンは、自分の頬を子供の鼻に近づけた。安心した様に笑みを見せる。
「まだ、息があるわ。凄く弱々しいけど」
喉に手をやると血液の脈動も微弱ながら、感じられた。ただ、体温はかなり下がっている。クレイはほっとした表情を見せると、ユンに指示する。
「すぐに、神殿に連れていって下さい。あそこなら、薬師のセルグさんがいますから、ちゃんとした治療が受けられるはずです」
ユンは頷くと子供を抱きかかえて、足早に神殿に向かって駆けていった。
「彼女はこの子達の母親という事か……痛ましいな」
ユンの後ろ姿を目で追って、アラームはぽつりと呟く。母親と弟妹を無くして、あの子はこれからどうやって生きて行けば良いのだろう。父親が見つかれば良いのだが――。あるいは引き取り手か。そう考えながらふと横を見ると、シンザークが真っ青な顔をして、呆然とした様子で立ちすくんでいた。
「……大丈夫か?」
「庇ったんだよ」
シンザークは、気遣ったアラームの言葉を聞いているのかいないのか、それには全く反応せずに、その一言を呟いた。2つの死体を凝視したまま。
「彼女は、子供達を庇ったんだ。自分の生命を投げ出して」
ゆっくりと屍の傍らへ。そして、赤子に手を伸ばす。
「ごめんね……もう少し早ければ、君も助かったかもしれないね……」
慈しむ様に頬を撫でる。――まだ柔らかい。温もりはもう無いけれど、まだ柔らかい。母親が事切れた時にはまだこの子は生きていたのだろう。ただその後、自分達が来るまで生命がもたなかったのだ。瓦礫の中の暗闇と、血の匂いと――魔物の咆哮、人々の悲鳴。
そんな世界を感じながら、この子はどれだけ心細かった事だろう。
「……君のお母さんもね……ごめんね……本当にごめんね……」
「弔ってあげましょう。我々が出来る事は、もうそれだけですから」
クレイはそう言って、赤子の体を抱き上げた。