ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
5回(第9月期)プライベートリアクション :N08

★夜の魂

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scene.3 恐れと悲しみと

 まず街の人達の食事を済ませて、諸々の用を済ませつつ、手の空いた時に食事を取る。それが冒険者達の生活サイクルになりつつあった。都市計画論議に熱の入っていたセラヴィールとトマシアンは、食事の事も忘れて討議を続け、2人がふと気が付いた時には、夜も遅くなってしまっていた。
「はー、腹へったぜ。……ルカルカはもう寝ちまったのか?」
 と、そこへ入って来たのはレイゲンである。リオーンも自分達の分の食事を抱えつつ、それに続く。
「結局、あの後セルグさんの手伝いをして、働きっぱなし。もう、目が回りそう」
 その後を、くすっ、と笑ってシンザークも入って来る。
「悪かったね。色々と手が足りなくてさ……セラヴィール、君達も食事まだだろう?」
 その言葉に、セラヴィールは鷹揚に頷く。
「そうだろうと思ってね。皆の分を作って来たよ」
 地図を片付け、手際良く料理を並べてゆく。トマシアンはそれを一瞥すると、今日はリオーンの好物ばかりだな、と内心ため息をつく。
「多めに作ったから、一杯食べなよ、リオーン」
「うん!!」
 笑顔のままで、リオーンは早速皿の中身を平らげ始めた。レイゲンもそれに続く。律義に略式の祈りをすませて、セラヴィールも食べ始めた。その頃には皿のひとつを平らげつつあったトマシアンは、シンザークの前に皿が無いのを見てとり、言った。
「お前は、済ませたのか?」
「うん。作りながらね。味見とかしてると、おなか一杯になるんだよ。だから、スープだけでいいよ」
 シンザークの言葉を聞きつつも鋭い視線でトマシアンは彼を眺めた。『作りながら、味見をしていると一杯になる』という事は、ちゃんと食べていないという事ではないか?
 そのまま、深く追求する事も無く、食事を済ませる。その間、ずっと観察していたトマシアンは、シンザークが時々考え事をしている事にも気が付いた。……成程。さては、悪い虫が出たか。その甘い考え方も、らしいと言えばそうなのだろうが……だからといってこのまま放っておいたら、奴は体力を維持出来なくて倒れてしまうだろう。どうするか。
「でも、お前、顔色良くないぜ。ユンさんも心配してた」
 レイゲンは、食後のお茶を要求しつつ、そう言ってまじまじとシンザークを見た。確かに顔色は良くない。朝も早いし、夜も遅くまで何かしてるし、ちゃんと寝てるかどうかも怪しいぞ?
「大丈夫だよ」
 笑って見せたシンザークに、トマシアンは辛辣な一言を告げた。
「体調の維持は冒険者として最低限果たすべき義務だ。特に、我々のようにグループを組んでいる場合はな。『魔界の門』の事もあるのに、徒に体力を低下させて、お前は皆の足を引っ張るつもりか?」
 シンザークは、言葉を詰まらせた。
「僕は、そんなつもりは……」
「現実に食べて無いだろう? あと明らかな睡眠不足。それで体調を維持出来る訳がない」
「……どうしてそう思うのさ」
 トマシアンの指摘に、シンザークは震えた声で応じる。だが、実際にトマシアンの言う通りだった。食べられないのだ。それに、体が受け付けてくれない。眠れば悪夢を見る。小さな子供が血まみれになって助けを乞う夢。あるいは、自分の目前で魔物に殺される街の人々。皆、哀しげな瞳で僕を見る。――助けて、という意志と死んでいった悲しみと。
「見れば判るさ。何年も一緒に暮らしてるしな。――街の惨劇は気の毒な事だが、それを背負い込みすぎるのもいい加減にしろ」
「人が沢山傷ついたんだよ!? そして死んだんだよ!! 終わったから、はい、そうですかって、放っておけるものか!!」
 シンザークは机を叩いて勢いよく立ち上がった。忘れろ、と言うのだ。忘れられるものか――忘れて良いものか。自分がどういう事をしてきたのか、忘れて、それで済まされると思うのか? 人が死んだのは紛れの無い事実。そして、彼らに手を差し延べた自分達には、その死に対する責任の一端があるはずなのだ。もっと早ければ――助けられただろう。傷ついた人達も、死んでいった人達も。足元には屍が溢れてる。僕達の進む途は屍の途。流された血がそれを彩っている屍の途。関わってきた、全ての人達の――。
 トマシアンはため息をついた。シンザークのこういう思考性は昔から知っている事ではあるが、ここまで顕著に出たのは久しぶりの事だった。やはり、目前で命のやり取りが行われた事が良くなかったのだろうか。あるいはその後の、生存者の捜索か。その時に嫌という程死体を見た筈だから――。何か、優しい言葉を掛けてやりたかったが、良い言葉が浮かばない。
「冷静になれ、シンザーク。お前は、今、心が感情に流されている」
 シンザークは、きっ、と鋭い眼でトマシアンを睨みつけた。その瞳に、悲しい色を見てとったトマシアンは困惑した。そうじゃない。悲しませるつもりじゃないんだ。
「僕はいつだって冷静だ。だからこそ……」
「シンザーク、今そういう事を言っている場合じゃない事を、お前が一番良く解っている筈だろう」
 『魔界の門』も閉じなくてはならない。そうすればここの人達の悲しみも減るだろう。これから、どうするのか。それの解らない彼ではない筈だ。そうトマシアンは考えていた。
「うるさいっ!!」
 今にも泣きそうに顔を歪ませて、シンザークは叫んだ。そして、そのまま部屋を飛び出す。後には、呆然とした様子のリオーンとレイゲン、ため息をついたセラヴィールと、自分の慰め方の余りの下手さに辟易するトマシアンが残された。
「ど、どうしよう?」
 おろおろした様子でリオーンはトマシアンの顔色を伺った。追いかけた方がいいのだろうか? カーリー達は去ったとは言え、街の近くに魔物が居ないとも限らない。もし魔物に襲われたりしたら……そう考えていると、トマシアンが静かに言った。
「感情に流されている間は冷静な判断は望めない。自分自身で結論を出すしかないんだ」
 シンザークの飛び出していった扉を見つめるトマシアンの表情は、明らかに彼の事を心配して止まない『仲間』のものだった。