ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
6回(第10月期)プライベートリアクション :N08 B

★宿命の輝ける瞬間(とき)

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scene.2 同胞への祈り

 魔導書の内容を理解した配列士達は、追加すべき宿命石を配列に加えて、閉門の儀式を再開した。魔法使い達も、自身が配列法を知らぬとしても、その知識と魔法の基礎的な気の鍛練法によって、配列士達を手助けする。詠唱の声が響き、陣は『魔界の門』から溢れる波動とは明らかに異なった波動が満ちつつあった。
 ある配列士は、自分の隣に立つ小柄な魔法使いが、その手に持つ三叉槍を両手で軽く捧げ持つように横に倒す姿を、何となく見ていた。そのまま、魔法使いは、眼を閉じたまま片膝を折り、まるで祈るように深く頭を垂れた。おかしな事をするものだ、と配列士は笑みを浮かべた。
 だが――事実、シンザークはその様にして祈っていたのだ。魔術は強力なる威力の行使。その使用は、須らくその効果が現界に何らかの影響をもたらすものである以上、現界の別の処に歪みを生じさせ、自然界の秩序と調和に乱れを生じさせる。そこに発現するのは、規模の大小こそあれ、紛れも無い、天による災いである。天も地も、風も水も炎すらも、常に人間に対して好意的である訳ではない。分を越えた威力の行使には必ず自然によるしっぺ返しがあるものなのだ。『魔界の門』を閉じるために使う威力の行使には、多大なる代価を払わばならないだろう。たとえトマシアンの持つ『奇跡の杖』によってその災いは多少緩和されるにしても、自然の与り知らぬ処で彼らの根幹にかかわる威力を、我がもののように行使する事は、彼らによい心情を与えはしないだろう。
 だから、シンザークは祈るのだ。
 この世に在りし、生きとし生ける全ての存在達よ。小さき人の眼にはその意思すらはかれぬ、大いなる威力を司りまたそれを統べる数多の意思ある存在達よ、我が同胞よ。心あるならば、我が声を聞き賜え。我らに力を――目前にある、この世ならざる理を不当に持ち込もうとする混沌の扉を拒む威力を。この世の理を維持する威力を。大地に調和を――天に秩序を。世に安らぎを。現界の命ある存在がその生を全っとう出来るように。天の同胞よ、地の同胞よ。水の中に在り、炎と共に踊り、風と共に謳う我が同胞よ。僕の声を聞いて欲しい。僕達にその力を貸して――秩序のために。調和のために。
 シンザークは、その集中させた己の精神に何物かが確かに呼応するのを感じながら、ゆるゆると面をあげ、立ち上がった。三叉槍を目の前に立て、呼応している意思の流れを維持しながら、その切っ先に意識を集中する。同胞達が頷いている――少なくとも、僕は彼らの同意を得たという事なのだろうか? でもそれは意思ある全ての存在ではない。彼らの一部が僕の想いを支持したにすぎないだろう。そう考えながら、何時しか、詠唱を始めていた。
 魔法は必ずその現象に連なる『意思ある存在』の同意をもって執り行われる。それがシンザークの魔法の発動方法だった。水招術であるならばそれは水と共に在る意思ある存在に術者が助力を願い、彼らの同意を得て初めて現象として具現化する。術の行使のレベルが足りないという事はすなわち意思ある存在がその術者の望みに対して同意をしないという事なのだ。と、そうシンザークは考えている。この様な意思ある存在の事を神官達は恐らく『神』と呼ぶのであろうが、シンザークはそう呼ぶ気にはなれなかった。彼らは崇拝される対象ではない。感謝を受けるべき存在ではある――だが、常に現象と共に在りて自分と共に歩む『同胞』を、どうして信仰の対象などに出来ようか? 彼らは、シンザークにとって『神』などよりもっと身近な存在なのだ。共に在るもの、共に歩むもの、慈しむべき友人たちなのだ。――たとえそれが万人に感知できぬ存在だとしても。
 周囲で戦っている者達の喧噪は遠く彼方の様に思えた。カーリーの咆哮が風に乗って聞こえて来る。事実は、間近に迫ったものだというのに、シンザークの集中した精神にはそれが非現実味を帯びたものとして感じられていた。それよりも耳元で囁く同胞の声の方が心地良かった。風の声だ。大地には大蛟の唸り声。万物の、自然にある全ての現象、それに連なる同胞の声。彼らも秩序を軋ませ調和を歪ませる『魔界の門』をよきものであるとは感じていない。彼らは配列に威力を貸してくれるだろう。宿命石の秩序ある配列は力の流れを生みそれを増幅させる。力の輝きが増す。だが、これで本当に足りるのだろうか?同胞よ、これであの『我らの望まぬ穴』は閉ざされるのか?