ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
6回(第10月期)プライベートリアクション :N08 B

★宿命の輝ける瞬間(とき)

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scene.3 『奇跡の杖』の所有者

 一種恍惚とした彩をシンザークの瞳に見て、トマシアンは少し苦笑した。逸れかった意識を、直ぐさま杖の方に戻す。上位配列法による力の奔流は徐々に『魔界の門』の波動を押し戻しつつある。その影響で、自然の強大なエネルギーが、気流、溶岩流、全ての力の媒体を揺るがしつつあることが『奇跡の杖』を握っているトマシアンにははっきりと感じられていた。
 天空には既に奇妙な光の幕が薄く七色の色彩を見せつつある。大地も脈動しつつある。気を抜けば、地震か噴火が起きるだろう。そうなれば自分達のみならず、ケルマンド山脈周辺に在る山村にも、どんな運命が待っているのか、火を見るより明らかである。抑えねばならない。この杖をもって、この自分の意志で。最終的に頼れるのは己自身の力のみ。
 トマシアンは己自身を鼓舞するように、大きく息を吐いた。意識を集中させ、エネルギーの奔流を少しずつ各地へ向かって散らしてゆく。宿命石によって形成された次元を断ち切りねじ曲げる力はそれ自身で現界の全てにも影響を与える。『奇跡の杖』がなけれは、今現在とて、きっとここは地震に見舞われ、嵐が起こり、火山口からはその高温の溶岩が激流となって流れ出ているに違いないのだ。それを抑えているのは、一重にこの『奇跡の杖』の力、それを行使するトマシアンの意志である。
 トマシアンに取って魔法の行使とは、その行為を通じて全て術者の意志で行われる『術』であるとの認識の上に成り立っている。自身の波動を練り上げ、焦点具――今現在はその手に持ち、大地に立てている『奇跡の杖』という事になるのだが――を通じて、現界に現象として具現化させる。従って重視されるのはどういう現象を起こすのかという明確なイメージの想起であり、その展開である。具現化に際し、呪文の詠唱、決まった手順での行動などが必要なのは、それを行うことによって自身が今魔法を行使するという認識を高める事につながるからである。明確なイメージの想起が出来なければ、また、必要なだけの波動がその高みに練り上げないのであれば、その具現化は妨げられ、結果として術は失敗するのだ。
 王都パジャルメルの魔法学院に在学中、トマシアンは自分の家に下宿していたシンザークと、魔法発動の個人理論を話し合って、随分驚かされたものである。シンザークのそれは、信仰者のものに酷似している。シンザーク自身は『信仰じゃない』と言い張ったが、精神の集中と力の行使に己自身以外の意思が介在する、という認識がある時点で、トマシアンにとって見ればそれは『信仰』以外の何物でもない。精霊信仰(アニミズム)だな――と、トマシアンは心中で呟いたものだ。だが、シンザークにしてみればトマシアンの発動理論は理解しがたいものであろう事は、トマシアンには簡単に判断出来た。シンザークはトマシアンの論を聞いた時、ぽかん、と口を開けて暫くトマシアンを眺めていた。君は頭脳と思考だけで、魔法を使っているみたいだね、とも。確かに知識は必要なのだ。手順を築く為に、基礎理論として各魔術体系の知識が必要となる。その知識を礎にして、現象を具現化するために、個々人に合わせた精神集中法や、気の鍛練方法が形成されてゆくのだ。シンザークの理論ならば、人は知識がなくとも望むだけで術が使える事になってしまう。同意を得たという自己認識によって現象が具現化するという事なのだから。そう指摘してやると、シンザークは言葉につまった様だった。トマシアンは、それ以来、この手の魔法理論に関する詳しい話し合いをシンザークとする事は避けている。あの時――シンザークは泣きそうな顔をしてトマシアンの理論が正しいのだろうと告げた。――君の言う事が正しいよ。僕の魔法の使い方は、恐らく間違っているんだろうね、と。トマシアンは自身の魔法理論が唯一絶対のものだとは思っていない。だから、正直な所、あの時のシンザークの反応には辟易したのだ。こいつと、こういう話をしないのが吉だな、と判断した。
 『奇跡の杖』の手ごたえが、僅かに変化を見せた。大地の地脈が『魔界の門』に向かって、まるで崖の土が海へ崩れ落ちてゆくように落ち込みつつある事が解った。頬を撫でる風すらもその方向を変化させ、門へ向かって吹きつつある。このままでは、火山の噴火を引き起こすか――? そう考えて、トマシアンはさらに自身の内側から気力を引き出した。こんなところで火山が猛るままになるならば、魔物も殆ど駆使されるだろうが、我々も完全に壊滅してしまう。少しずつ、だが確実に自身の気力と体力が奪われている事をトマシアンは感じていた。長い間は、持たせられないかも知れない。こんなことなら、もっと体も鍛えておいた方が良かったかな。魔術書ばかり読んでなくってさ――。
 だが、過去の事を慮ってばかりいても今の状態を好転させるものではない。そう思って、杖に意識を更に集中させながら、頭では先の事を考える。杖の身に刻まれた文字が、更に輝きを増し、杖に使われている魔力の高さを示していた。
 これで『魔界の門』は閉じられるのか? 戦士達は頑張っている。だが『魔界の門』からの波動で魔物の進攻は激しさを増し、我々が押され気味なのは事実。そして、門はこのままでは閉じられない公算が高い――戦士達は今事実上消耗戦を強いられている。門を閉じるまで、それを信じて生命を削って戦っている。だが、そんな彼らが倒れ逝き、術者を守る戦士達が途切れれば、術者が魔物の前に倒れる事になるだろう。そして――門を阻む者は一掃され、魔物達の思惑は果たされるという事だ。
 力が足りない――それは、トマシアンのみならず、儀式に加わっている術者全てが感じている事だった。今ある宿命石の力と、自分達の波動だけでは足りないのだ。もっと――もっと、力を。宿命石の力を。