ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
6回(第10月期)プライベートリアクション :N08
C
★危機
2/3
scene2.発端
シンザークは15〜18歳の間、故郷のオータムテルンを離れ、王都パジャルメルの魔法学院で勉学に励んだ事がある。その時、3年間生活する事となったのが親同士に付き合いのあったトマシアンの家である。もっとも、親同士に付き合いがあると言っても、モリガンの人間が専らライハザードの家を訪問する事が多く、ライハザード家の方からモリガン家の所へ訪れる事など全くなかったのであるが。
その時、ライハザードの家を訪れたシンザークを迎えたのは、トマシアンの母親だった。やって来たシンザークを慌ただしく台所に案内した彼女は――両手に書物を抱えながら、というすごい状態だったが――矢継ぎ早にこう言った。
「貴方のお父さんから話は聞いているわ。3年間しっかり勉強しなさい。ここが台所、好きに使っていいわ。食料は隣の倉庫にあるし、皆で集まって食事とか取らないから、自分の好きな時に用意して勝手に食べてちょうだい。材料もそのうち適当に買い足しておいてね。部屋は2階の空いている所を適当に使っていいから。これ、家の鍵、渡しておくわね。家族は一応私と夫、息子のトマシアンだけど、私も夫も魔法の研究で忙しくて殆どここには帰ってこないのよ。夫なんて、ここ1年位帰って来てないと思うし。トマシアンは――あの子はあの子で好きにさせてるから、何も気兼ねせずに好きに暮らしてちょうだい。――あ、私もう行かないと。じゃあ、出かけてくるから。帰りはいつになるか判らないわよ」
そして、シンザークが一言も声を掛けれないまま彼女は出て行ってしまったのである。
とにかく、荷物を片付けようと2階へ上がってみると、長期間使われていない殺伐とした客間らしい部屋がすぐ目に入ったので、そこを使わせて貰うことに決めた。掃除をして、荷物を整理しているうちに夕方になる。そろそろ夕食を作ろう、と考えた時に、そういえばまだトマシアンの姿を見ていない事に気がついた。
同い年位、という話を先に聞いていたので、もしかして今家にいるのかもしれない。そう考えて、他の部屋を見て回る。隣の部屋は書物だらけ。そしてその隣、シンザークの部屋の2つ隣の部屋がトマシアンのものだった。ベッドと机。机の回りには何十冊もの魔法理論の書物。部屋にあるのはそれだけだった。ベッドの上には、部屋の主の姿。どうやら眠っているらしい。シンザークは、夕食の準備を済ませてから彼を起こす事に決めた。
手早く準備をすませて、再び2階へと上がる。うたた寝のつもりだったのだろうか、服を着たままで眠っている細身の少年をシンザークは軽く揺さぶった。
「起きなよ、もう夜だよ」
トマシアンは煩そうにシンザークの手を払いのけて寝返りをうつ。
「起きなよ、トマシアン。夕食、一緒に食べよう」
あれこれ、声を掛けたり軽く叩いたりして起こそうとするのだが、彼は一向に目を覚ます気配がない。四苦八苦してどうにか起こすと、まだ目覚め切っていない様子のトマシアンの第一声はこうだった。
「親父とお袋なら出かけていて居ないぞ。どうしても連絡が取りたければ食堂のボードに予定が書いてあるから……」
「そうじやなくて、僕は今日から君の家に下宿する事になったシンザーク・モリガンっていうんだよ。初めまして、これから宜しくね」
華やかな笑みと共に挨拶するシンザークを疎ましげに見やったトマシアンは、感情の抑揚もない口調で――とシンザークには感じられた――唐突に尋ねる。
「部屋は?」
「部屋?」
思わず聞き直すシンザークに、トマシアンはぶっきらぼうな口調で告げた。
「お前の使う部屋」
「……ここの、隣の隣の部屋を使わせて貰おうと思ってるんだけど?」
シンザークの言葉にトマシアンは大きく伸びをして言った。
「この部屋を使うんじゃないなら、いい」
なるほどね、自分の空間を侵略される事は嫌いだ、という事かな――。シンザークはトマシアンの言葉を聞いてそう思った。人慣れしていない感じだ。両親が両親だから、自分のことは全部自分でやらなくてはならなかったのだろう。ただ、何もかも自分一人でやらなくてはならなかったがために――そして確かに自分でで何もかも出来てしまったがために、他者との付き合い方を学ぶ機会が少なかったのかもしれない。
3年間一緒に暮らすうちに、シンザークのその判断は凡そ正しかった事が判った。
トマシアン自身は他人との関わりを重視していない。自身に対する評価は人の口にのぼるものを頼る必要は全く無く、もっと客観的なもので計るべきだと彼は考えているのだ。己自身を高める事は恐らくトマシアン最大の関心事であって、その達成感は自身が己に課した勝利条件によって計られるのだと、彼と一緒に暮らしている時にシンザークは知った。彼にとってみれば作戦は成功して当然なのだ。成功しないような作戦は立案時点で破棄されるべきものである。自分が立てた作戦を他の人間が執り行うのは一向に構わない。ただ、その作戦に関して、この程度の結果は期待出来るだろうという評価が自分自身の中でできあがる。それが勝利条件なのだ。それ以上のものを彼が得られなかった場合、幾らその事に関して他者が褒め称えようとも、トマシアンの中では自分自身に対する評価は下がってゆくのだ。他者が喜ぶ事は自身に何の益ももたらさない。他人の評価は評価としての信頼度に甚だ疑問があるからだという一種極端な思考性は、結局、トマシアン自身を他者との関わりから遠ざけてしまう。遠ざかるからこそ、他人の評価は更に曖昧なものになるという堂々巡りが、他人との関わりを最小限に留まらせる結果を生み、またその関わりを煩わしいものだと思ってしまう原因になっているのだという事に、シンザークは気がついた。
ならばせめて、自分がいる間だけでも、他人と関わる事を楽しんで貰えるように。側にいて安らげる「家族」になれるなら、どんなに彼に益をもたらす事になるだろう。