ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
8回(第12月期)プライベートリアクション :N08

★最後から二番目の真実

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scene.1 戦士の休日

 三度目の噴火を見せたケルマンド火山であったが、その山中にある野戦病院――傷ついた冒険者達が自然に集まり、誰かしらいつの間にか『野戦病院』などと呼び始めたのだが――は無事な姿を留めていた。一旦火口から退いた冒険者達は、休息と、作戦を考える為に、多数の者がここに終結していた。
 宝珠に呑み込まれていった大魔法使いアレクトールの最後の言葉は、冒険者達にある種の困惑をもたらした。『心を一つにする』その事は、文章の意味としては至極簡単なものだった。だが、具体的には一体どうしたら良いのだろう? 奇跡の杖の発動に複数の魔法使いが力を貸すことか? それならば、火口であの時にして見せたではないか。我々とて、自分に出来る限りの事はしている筈なのだ。一体、アレクトールは何が欠落していると言いたかったのだろうか。それとも――所詮集まっただけの烏合の衆だったというのだろうか。……もはやその問いに答えられる者はここにはいない。
 以前魔物に襲われた野戦病院も、その作りの質素な事も手伝って――何しろ、崖が風化して出来上がった窪みと、ささやかな樹木の茂みを利用して、木の葉と岩場の色に染め上げてある粗悪な布で作った偽装天幕しかなかったので――以前の様子を取り戻していた。 そうして、ここに集まった面々での、魔物を警戒しながらの共同生活が行われていた。
「レイゲン!! 君ねぇ!!」
 負傷者の収容されている天幕で皆の様子を見て回っていた薬師のセルグ・トゥセシャーヌは、外から聞こえてくる声にふと入り口の方へ目をやった。あの声は『エラン(情熱)』のシンザーク・モリガンの声じゃないか? 珍しく声を荒立てているようだけど――。
 セルグは、ちょっとした好奇心も手伝って、天幕から外を覗き見る。
 厨房――と言うよりは簡易竈を中心とした調理場と言うべきなのだが――の近くで、シンザークが仲間のレイゲン・アシュヴィンを睨みつけている。
「つまみ食いは駄目だって、前々から言ってるじゃないか。大体、このケーキは後で皆で食べるための物だって言ってあっただろう?」
「お、おれじゃねぇよぅ」
「嘘だね」
 覇気のないレイゲンの言葉に、シンザークはぴしゃりと言い放つ。レイゲンは唸りつつ、仕方なく白状した。
「おれが食ったのはこの皿に乗ってたひとかけらだけだぜ。味見用のやつなんだろ? だったらいいじゃんか」
 食べた、という事実には変わらないので、レイゲンは明らかに分が悪い。
「ひとかけらだって? ここには、おっきなマーブルケーキが乗ってた筈だよ? 僕が少し目を離した隙に、君って奴は――」
「ぜ、全部だなんてぬれぎぬだぁ」
 レイゲンは慌ててそう言った。レイゲンが食べたのは、本当に皿に乗ってたひとかけらだけだった。あんな大きな皿に、こんなちっちゃなひとかけが乗ってるなんて、おかしいなー、と思った事は確かだが、レイゲンはそれを『味見用に違いない』と決めつけて、ちゃっかり食べてしまったのだ。だって、あまりに美味しそうだったから。それに、焼きたてってところがまた旨いんじゃないか。一番美味しい時に食べるのが一番いいんだぜ。
「ふぅーん。濡れ衣。ふぅーん、そういうつもりなんだね?」
 シンザークが睨め付けるのをみて、やべえな、とレイゲンは肩を竦める。ああっ、このままじゃケーキどころかおれのおいしいおいしい晩飯まで、風前の灯火になっちまうじゃねぇか。ここは何とか機嫌を直してもらわないと――。
「シンザークさん」
 と、そこに神の救いが現れた。盗賊のユン・タンジャリンである。ユンはぱぱぱっ、と2人の所に小走りに歩み寄ると、その大きな目を瞬かせて、シンザークを見上げた。
「何とかね、お酒の都合、つきそうですよ」
「本当? 助かるよ」
 シンザークは、さっきまでとはうってかわった、温和な表情でユンに笑顔を見せる。
 調理には時々果実酒が必要で、それに加えてここにいる何人かの冒険者達は当然酒が欠かせない食生活を送っているので、どうにか手に入らないだろうか――と、シンザークは『光風の放浪者』のメンバーに以前から相談を持ちかけていたのだ。ユンにしても、時々、美味しいお酒が飲めるので悪い話ではない。
「あと、皆がこれからの事で相談したいって――クレイさんとかが、言ってましたけど?」
「今すぐに?」
「そうです」
 ユンの言葉に、シンザークはにっこりと笑った。
「そうだね、今のうちに相談しておかないとね。僕に、役に立つ事が出来るといいけど。前の時は失敗しちゃったからね――それで、皆、どこに集まってるの?」
「こっちです」
 ユンの後について行きかけて、シンザークは振り返った。レイゲンに鋭い口調で、一言。
「後で、覚えておきなよ」
 レイゲンはあーあ、と肩を落とす。この落とし前は夕食に響くっていう事か。
 ユンは、不思議そうに、自分と並んで歩くシンザークに問いかけた。
「覚えておくって何なんです?」
「ううん、何でもないよ」
 華やかな笑みを見せながら穏やかな口調でシンザークは答える。そのまま、ある天幕へと入って行った。

 シンザークの人当たりのいいやり取りが風に乗ってレイゲンの所へも微かに聞こえてくる。レイゲンは少し複雑な表情を見せながら、近くの木の側に座り込んだ。そこではセラヴィール・トゥエルラキアが静かに読書に勤しんでいた。
「だいぶ、絞られた様だな」
 セラヴィールの言葉に、レイゲンはにやりと笑った。
「はははっ、あいつは仲間に容赦がないからな」
 セラヴィールは読んでいた書物を閉じると、レイゲンに目を向ける。
「他の者には、慈悲深く、温和で優しいのだが。『エラン』の仲間と、そうでない者と、どうやら対応が少々異なる様だな」
 セラヴィールの言葉にレイゲンは頷いた。少し思案して、言う。
「あいつは他人に懐かないからな。警戒心強いし。あの八方美人的な人当たりの良さだって、人付き合いがやたら上手くてあいつを悪い様にいう人が少ないのだって、それもこれもあいつが他人を基本的に信用してないからなんだぜ。だから他人には決して本音を出さねぇ。臆病なのかね――嫌われるような事、絶対にしないし。敵を作らない様に、作らない様にしてるようなもんさ。好意や善意もあるのは確かだろうけれど。ま、おれとの関係で見るなら、そんな他人行儀な付き合いしかしてもらえねぇより、多少おっかなくったって今の関係の方がずっといいとおれは思うぜ。少なくとも『自分は今怒ってる』って事を見せても大丈夫だって、多少でもシンザークに信用して貰ってるって事なんだからさ」
「ふむ、野生動物みたいなものか」
 と、腕を組んでセラヴィール。レイゲンはなおも言を続ける。
「あいつ応対が上手いだろ? だからさ、対人関係は壁を通してるって事、他の人には分からねぇんだよな。壁が堅けりゃ分かるだろうけど、シンザークの場合、その壁はすごく柔らかいからなぁ。トマシアンみたいにさ、岩壁みたいにガチガチだったら――」
「我々も困るだろうな。そんなメンバーを2人も抱えていては」
 セラヴィールの言葉に、レイゲンは笑い転げた。確かに、それではやっていけない。
 暫くの間レイゲンが笑い袋と化していると、茂みの奥から、ルカルカ・ルーが子供達を引き連れてこっちに向かってくるのが見えた。ルカルカと子供達の手には、さっきレイゲンがつまみ食いをしたケーキがしっかりと握られている。
「あーっ!! 犯人はてめぇらか?」
「犯人って?」
 ルカルカが軽い口調で問いかけた。セラヴィールの側に座ったルカルカは、腰のポーチから布に包んだケーキをふたかけら取り出す。
「これ、セラさんとレイゲンの分ね♪ これでもう終わり。さっきリオーンにもあげたし……トマにもちゃんと渡したし☆」
 にっこりと笑って、ケーキを2人に手渡す。レイゲンは早速それを口に放り込んだ。
「これ、シンザークの焼いたケーキだろ?」
「そうだよ。……ちゃんとシンの分は残しておいたよ?」
 つまみ食いの主犯はルカルカであった。せっかくだから、子供達と分けて食べちゃおう、と思ったルカルカは、作り主の分としてひとかけらだけ置いて、残りを全て持ち去ったのだ。ラニックたち子供達に分け、仲間に分け――という事らしい。皿に残ったひとかけらをレイゲンが胃袋に収めた所をシンザークに見つかってしまったのだった。その騒動を知らないルカルカは上機嫌で自分の分のケーキをおいしそうに食べ始めた。
「このケーキはねぇ、すっごいケーキなんだよ。大盗賊ルカルカの栄えある最初の獲物♪何しろ、作り方を魔物が奪いに来ちゃうぐらいおいしいんだから☆」
「魔物に持ってかれた贋物魔導書の中身はこれかぁ」
「他にも色々書いてあったみたいだけれど、どれもシンのお勧め自信作メニューなの☆ えへへっ、今度はルカルカの『大盗賊絵日記』にしようかな」
 絵日記、というあたりがルカルカらしい。レイゲンは再び笑い転げる。
 少なくとも、今は、平和なひとときが続いていた。