ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
8回(第12月期)プライベートリアクション :N08
★最後から二番目の真実
2/6
scene.2 終わりのない迷宮
野戦病院は深夜の静けさに包まれていた。見張りに起きている数人の冒険者の姿が、天上より照らされる月の光によって浮かび上がる。
シンザークは床に臥せながら、魔界の門について考えていた。
仲間であるトマシアン・ライハザートの忠告で食事はちゃんと取るようになったが、心理的な圧迫はシンザークの睡眠時間に顕著に現れている。――そして、その夢の内容にも。魔物との乱戦や火山の噴火は少しずつシンザークの精神の平衡を奪ってゆく。
『条件さえ整えば、もっと早い時期に、魔導書や奇跡の杖が無くても魔界の門は閉じられたらしい』そんな話を昼間の話し合いの時に聞き付けた事もあり、シンザークは、今夜は特に寝付けなかった。どうやら、アレクトールの空間遮断配列の中に入った者がアレクトールから聞いたらしい。その話が本当ならば……自分は本当にあの時全身全霊を尽くしたのか。その疑問がシンザークの心中に沸き起こる。全身全霊だと僕が思っていただけではないのか――あの時既に魔界の門を閉じられる可能性があったのならば、検討するべき事柄を僕は欠落させていたのではないか。だとしたら――その後の戦闘も、今魔界の門を閉じられぬ、その未熟さも――何もかも、自分の責任ではないか? 各地では魔界の門から発せられる波動で、魔物の力は益々増大している。ここでの失敗はパジャルメル全土に影響する。各地の戦乱も――災害も――それで傷つき、人が死に逝くのも――全部、自分の不甲斐なさが招いた事ではないか。
第一、宝珠にアレクトールさんが呑み込まれていったのだって、自分が原因だ。
死者は譬え生前の記憶を無くすとしても魂としてメーノーグにその存在を移し“消失”は免れる。だが、アレクトールさんの場合は――。シンザークは背筋にぞっとするものを感じた。魂の消失――世にある全ての痕跡を失う、完全なる消失。ここにあったというその事も、何もかも残らない。それは『肉体の死』以上の恐怖をシンザークに与えていた。そして、そういう事態を招き、偉大なる魔術師をその状況へと追いやったのは自分なのだ。 僕は罪を撒き散らしながらこの世に生きている。傷つける事しか知らない――苦しみを与えるだけの存在。そしてそれは取り返しがつかないこと。
トレンタの人達はどうしているだろう。火山噴火は環境の急激な変化をもたらしている筈だ。火石流の影響が無くとも、地震が彼らの生活を脅かしているだろう。魔物達の襲撃に脅えていないだろうか。戦える者の殆どいない住民達は。
寝返りを打つと、枕元に置いてある贋物の魔導書が目に入った。
(この書使いたれば多大なる宿命を負い、知らざれば良き事に行く手を阻まれるだろう)
シンザークの脳裏に警告が蘇る。でも……と、シンザークは考える。人は誰しも宿命を帯びて生まれてくるものだ。だから誰しもが宿命を負っている。知らざれば良き事――知らなかったでは済まされぬ事も、この世には存在する事をシンザークは良く知っている。そしてそれは大抵凶事なのだ。凶事だからこそ、目を閉じる訳にはいかない。ならばそれは甘んじて受けよう――どんな苦しみが待つにしても。それよりもあの門を閉じる事の方が重要な事なのだから――それは人々の生活に直接関わる。自分は苦しんでもいい。他の人達が苦しむよりずっといい。そしてこれ以上、同胞(はらから)にも無理はさせられない。
天の同胞。地の同胞。水の中に在り、炎と共に踊り、風と共に謳う大切な僕の同胞達。万物の、自然に在る全ての現象。それと共に在る、何よりも愛しき、慈しむべき同胞達。君達はいつも僕に威力(ちから)を貸してくれているのにね――。シンザークは目を閉じて周りの同胞に囁き掛けた。音声は不要。必要なのは意思。意思ある数多の存在達の声は意思で感じるものだ。意思は意思に呼応する。シンザークはずっと幼い頃からそうして彼らと意思を疎通させてきている。明確な言語化など必要ない。想いの律動が感情を生み互いの意思を伝えてゆく。
風は慰めるようにその意思を乗せシンザークの周囲を取り巻いた。大地の大蛟(おろち)は意思を練り合わせる。天空の囁き。星々と共に。――同胞は、共に在る者に決して仇なさない。愛しき同胞よ。慈しむべき存在達よ。もう少しだけ――幼い僕達に威力を貸して。我らの望まぬ穴を閉ざす為に。この世ならざる理を持ち込もうとする彼のものを拒む為に。僕の大切な人々を護る為に。
シンザークは不意に起き上がった。同胞の意思が奇妙な『気』を携えていた。端的に言うなら――奇妙な気配がしたのだ。マントを羽織って天幕の外に出る。三叉槍を手にして己が意思を風に乗せ、周囲の気配に注意を向ける。空の月は既に天上より傾いていた。
呼ばれる様に茂みに入る。木々の彼方に、見慣れたマントの端が見えた。
「トマシアン――」
そう呟くと、シンザークは同胞の心遣いに感謝しながら、その姿を小走りに追い始めた。