ネットワークRPG“アラベスク”
『エルハーダの秘宝』
8回(第12月期)プライベートリアクション :N08
★最後から二番目の真実
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scene.5 君が教えてくれたこと
野戦病院に戻る道すがら、シンザークはトマシアンに、ピヨに乗っていた時にした波動遮断配列の失敗を謝った。
「ごめんね、僕がもっときちんと同胞の声を聞いて、君に正確な位置を示していたなら、きっと成功していたと思うんだ」
トマシアンは白む空の光のもとで遥かに広がる山麓に眼をやり、思案を巡らせ、言った。
「いや。あれは俺がちゃんと弓で打ち込め無かったからだろう。すまん。やはり知識だけでは配列を組む事は難しかったようだ」
シンザークは首を振り、断言する。
「違うよ。君は僕の指示に従って、僕の指示した地点へ、考え得る限りの最小の誤差で、宿命石を配置した筈だろう? 弓の軌道の、不確定要素によって生じる誤差は、君自身による風の魔法の修正が入るし」
「事実、そうしていた筈なのだが」
「だったら――僕の指定した地点が、正しく『地脈の晴れる処』ではなかったという事なんだよ。魔力の蓄積・伝導に最も適した『点』ではなかったという事。同胞達は……風も……大蛟も……ちゃんと教えてくれていたんだけれど……どうしてかな……」
トマシアンは冒険者達によってつけられたこの道の脇にある、狭い草地に腰を下ろした。風が彼の髪を弄んでいた。澄んだ空気は彼方の音まで伝えて来る。トマシアンは遥か遠くを見やりながら言った。
「その『点』も、その場の波動の流れや強さで変わってゆくものなら……」
シンザークはトマシアンの言を遮り、大きく頭をふる。
「その理論はおかしいんだよ、トマシアン。考えてごらんよ。その理論が正しいのであれば、宿命石を配列するべき地点はたえず動いているって事になるんだよ? 弓で配置するという、そんな短時間に移動する『点』なら、たとえ手を使っていたって、石を全部配置して術を発動させる事など不可能だよ。――配列には時間がかかるんだから。そういう条件のもとで、『配列法』による術の行使が可能な人間が存在すると思うかい?」
トマシアンは、成程、という気配と共に頷いた。
「それにね、そんなにそれが頻繁に動くようなら、アレクトールさんの空間配列だって、140年もの時を耐えられるかい?
そうでないからこそ、あの配列は健在なんだよ」
万一地脈が動いたとしても、その動きが僕に感じられない筈はないだろう――そう考えたシンザークだったが、言葉にする事は止めた。それは、証明する手立てがない。反論の材料としては不適格だ。
「それが、配列法を行使出来る術者としての率直な意見という事か?」
「そうだよ」
トマシアンは、再び思索を巡らせた。知識をもっているという事と、その行使が可能であるという事は、魔術の場合は確かに別個のものなのだ。トマシアンも、基礎理論は熟知しているが、その行使を目指す気はない。だが、魔界の門を閉めるためには……配列法が必要だとするならば……とは言え……。
「しかし、あの方法では駄目だったのだから、次の手を考えなくてはならないのだが……。ま、あれが巧くいってたら魔界の門を閉じようと集まる冒険者の苦労は激減したんだがな……。先だって一瞬だけ『ベリアラの鍵』の波動が途切れた件では、遠くトレンタの街にすら影響が出たというしな」
トマシアンの言葉に、シンザークは驚きを隠せない。
「影響? 街で何かあったの?」
その問は驚きと共に不意に口をついて出たものだったが、それに対するトマシアンの回答は、シンザークの心中に鉄槌を与えるに相応しいものだった。
「街がまた魔物に襲われたんだよ」
血の気が引くとは正にこの事なのだろう。シンザークは言葉を発する事も出来なかった。
「街が魔物に襲われて、現地に残る冒険者達と街の一般青年が対抗したのだが、魔界の門の波動が弱まった時にようやく反撃に転じ、何とか魔物を撃退した時には生存者はたったの20名。冒険の技量がない村人には眠れぬ夜が当分続くだろうよ」
「……本当?」
シンザークは震える声で、漸くその一言を紡ぎ出す。だが、トマシアンが嘘をいう筈のない事は自分がよく知っている。
「魔界の門閉門グループの足並みを乱すかと思って言わなかったが」
シンザークは目眩を感じた。ならば、あの時やはり配列は発動させるべきだったんだ。その責務は――確実に降り積もりゆく。冥き深淵の、贖う事すら出来ぬ、罪。何者にも元に戻すことの出来ぬ不可逆性。流れ逝く――「いのち」の「ちから」。久遠の喪失。
トマシアンは、シンザークを振り返る事なく、遠くの町並みを眺めながら言を続ける。
「南海の戦も実質魔物に押されてるし、皆が考えるよりずっと、事態は深刻だと思うが。何しろ奴等は近づく程に魔界の門の波動で強くなるのだから。知ってるか、シンザーク」
腕を組み直す。
「神将が居て魔界の門の影響を受ける地域の魔物の戦力は、本来1のものがが最大16倍にすらなるという噂を。面白いじゃないか。ある程度王国の版図が書き変わったのは、必然だよな」
トマシアンはシンザークを振り返る。口元には笑みを浮かべていたが、その瞳に宿る光は今までにない程の鋭さを携えていた。
振り返ったトマシアンは、そこで初めて、シンザークの様子がおかしい事を知った。臥せられた面。だが、その頬に一筋光るものを見たトマシアンは、口調も穏やかに告げた。
「泣いても仕方があるまい。手立ては、何か考えるから。だがあの方法が使えないとなると……『鍵』への接近と配列の維持をどうするか、だが……仮にでも波動が弱まればこっちのものなのだが」
眉間に皺をよせたトマシアンは、再びあらぬ方向を見やって、考えの中に没頭し始める。
「封印自体の方法にしても、最初の仮配列が組みにくいとなると、況してや空からなど……とすれば、封印自体の方法も……この前俺が提案したやり方をもう一押しするべきかも知れないが……アレクトールが最後の封印で恐らく行った事は危険すぎる。そこまでのリスクを確かに負うべきものなのだろうが、こればかりは強要はできんな。命………」
トマシアンの呟きにシンザークは不意に顔を上げる。もっと何か、あの門を閉ざすための手立てがあるのか? ならば、僕は何だってする――だから。
「命を、どうするって――?」
シンザークの問いかけは、その言葉が発せられると同時にあげられた、トマシアンの
「やめやめやめ!!」
という叫びにかき消された。トマシアンは勢いよく頭をかきむしったかと思うと、声を張り上げる。それと共に伸びをして、ごろんと横になった。
「悩むのは俺の役割じゃない」
そのまま、何か、ふっ切れたかの様に、伸び伸びと草の上で伸びをする。
「とにかく、最善を尽くす方法は俺が考える。100点とはいかないまでも、せめて80点にはしたいな」
そのまま、シンザークを見上げる。考えるのは自分の役割だから心配するな、とでもいうように、笑顔を見せた。
シンザークは彼に問いただす事は出来ずに――けれど、滅多に見せないトマシアンの解放的な笑顔に、冥い迷宮を払拭する天空より差し込む天上の光に似た暖かさを感じていた。そうだね、歓迎されざるかの理を退けよう。共に威力を出し合って。トマシアンの傍らへと歩み寄る。穏やかな笑みと共に、慈しむかの様に手を差し延べた。