★黄金の瞳持つ緋色の獣
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Act.3 『兄』と『弟』
シュミレーション室を出たアベルは、目前に立つ人物に、思わず眉を顰めた。やれやれ、とでもいう様に、指を眉間に立てる。
その男は、アベルを認めると明るい笑顔をみせた。アベルより20cmは高い、2mを越える長身を生かして、がっしりとアベルを抱え込む。
「よぅ、弟。元気してっか? こんな所で会うとは奇遇だな☆」
避ける暇もなく与えられる抱擁に、アベルは呆れ果てながらも憮然とした様子を隠せない。暫く含む所のある表情で我慢するが、すぐに耐えられなくなって、アベルは不機嫌に言葉を紡ぎ出す。
「……ヴァレンタインさん。こういう事は女性とするものでしょう。それに何度も言うように私は貴方と兄弟でも何でもないのだが」
男――アベルと同じ、サイコキャヴァリアーパイロットであるアルベルト・ヴァレンタインは笑顔を崩さず、力を緩め、片手でアベルの髪をクシャクシャとかき回す。
「何言ってやがる。研究室は違えど俺とお前は同じこのシンクタンクでサイボーグ手術を受けてんだ。兄弟みたいなものだろ。定期的にメンテナンスだって受けに来てるし」
ヴァレンタインの言葉に、アベルはさらに表情を尖らせた。
ヴァレンタインはアベルの知り得る限り、最も感情的発現の高い者の1人である。つまり、非常に人間的であるという事なのだが、アベルにはそこが最も理解出来ない事であった。非戦闘員との係わり――特にヴァレンタインは女性とみると声を掛けずには居られないらしい――等が、一体自身にとってどう利益になるのか、全く理解出来ない。戦闘に何一つ役に立たない日常生活も、恐らくアベルとは全く相いれないのだろう。以前、ヴァレンタインに誘われて一緒に街に遊びに行った事があるが、ヴァレンタインが喜んでいる事――女の子とデートするとかいう事――のどこが楽しいのか、全然解らなかったのも事実である。その事をアベルは正直にヴァレンタインに告げたが、それ以来、その誘いが止まる所か、事ある毎にヴァレンタインはアベルを誘うようになってしまった。
そして、それは今回とて例外ではない。
「俺のメンテナンス、3時間程度で終わるんだ。アベルだってその頃には終わるんだろ?街に遊びにいこうぜ。お前を連れて来いって、お嬢さん方のたってのご希望なんだよ」
アベルを見下ろし、ヴァレンタインは笑顔を見せた。アベルは彼を睨みつけると、告げる。
「今日はお母様が来ていらっしゃる。3時間では終わらない」
「アベルちゃ〜ん、18歳にもなって『お母様』はないでしょ、『お母様』は」
アベルの言葉に動じる事なく、ヴァレンタインは笑顔のまま言葉を続ける。
「それに、お前のスケジュールは解ってんの。ちゃんと3時間後から36時間オフが入ってる。その位、知らないお兄様じゃないよ」
にや〜り。ヴァレンタインを睨みつけるアベルは、その表情をますます険しくする。
「セシリアちゃんなんか、もう、デートの度にお前の事を聞きまくるんだぞ。この、果報者♪ 兄ちゃんとしては羨ましいそ」
頭を押さえたままぐりぐりぐり。どうにも、アベルはこの男が苦手である。大抵の者なら、睨め付けてやれば余計な口をたたかなくなるものを、ヴァレンタインはお構いなしだ。それどころか、人を益々からかっているとしか思えない。アベルが心中穏やかならぬ表情で、ストレスを溜めに溜めまくっていると、シュミレーション室の隣から技師の少女がひょっこり顔をだす。
「アベル? 何やってるの?」
「おーっ、これは可愛いお嬢さん☆ どうですか、これからお茶でも?」
ヴァレンタインはアベルを放り出し、明るい太陽のような笑顔を見せながら彼女に声を掛ける。
「え? でも、ほら、今勤務中だし……」
「適度な息抜きあってこそ、勤務の能率も上がるってこと。これも勤務のうちですよ」
そう言って、彼女の手を取ろうとした途端、ヴァレンタインの手をピシャリと叩く者があった。思わず、視線を向けるヴァレンタイン。
現れた人物を目にして、珍しくアベルが、子供のように無邪気な笑みを見せる。
「貴方の担当ラボは7ブロック先よ」
長身の、緋い髪の女性がヴァレンタインを冷たく見据えていた。金色の瞳が、まるで蛇の様な印象を与える。峻厳なる、魔蛇の瞳。
「これはこれはラヴィアン女史。相変わらずお綺麗で」
ヴァレンタインの笑顔を無視したまま、ラヴィアンは告げる。
「早くお行きなさい。アベル、話があるわ」
「はい、お母様」
小走りするかの様にアベルは彼女の元へ寄る。そのまま、3人はシュミレーション室の隣の部屋へと消えてしまった。少女は、扉を閉める前に、こっそりとヴァレンタインに、ごめんネ、との仕草を見せる。
ヴァレンタインは、複雑な表情でその扉を暫く見つめていた。