間奏: Moonlight Nocturne(4:12)


―――フェシアは、「青」ブルーの上部甲板で夜風に吹かれていた。
翼が風をはらみ、長い銀髪が風にたなびく。
それを押さえようともせずに、ぼんやりとフェシアは立ちすくんでいた。
上には天障海と満天の星。下には雲の大地が有るはずだ。
色々なことがあった、と思う。
たった、一週間ばかしの間に。
色々な物を得た。色々な物を失った。
思えば、失った物の方が大きいような気もする。
ただ、ワルターは生きていると判る。
兄弟効果という奴だろうか。この空の下のどこかに、ワルターが居ると。そう感じている部分が自分の中にある。
…兄さんが私に向けた、問い…
ヴァイスに与えられた問の答はもう殆ど出かかっている。
だが、ここに来てもう一つ大きな疑問ができあがってしまった。
なら、自分は何をしたのだろうか?
何ができたのだろうか。
そんなことだ。
…その答えも、判っているような気がします。
一つの答は自分の中にある。だが、それに納得がいかないだけだ。
…自分の道を貫くと言うこと、自分のやりたいことをやるという事は、何を切り捨てても振り向かないことです。
振り向いてしまえば、未練が残る。切り捨てなければそれは自分にからみつき、やがては前に進めなくなるだろう。
…何ができたのだろうか、ということよりも、何をすべきなのか、を考えるべきだと。そう思います。
そう思っていながらも、それに納得ができない。
…自分の道のために、他人を切り捨てて、見捨てていくのだったら、あの科学者と同じです。
狂気に支配されたその人物のことを思い出すだけで、身震いしてしまう。
…ですが、イシラスさんに言った言葉。あれが、私の答だと思っていたのに。
テストで完璧な答が出ているはずなのにそれに何故か疑問を覚えるような、そんな感覚。
…切り捨てもせず、見捨てもせず、落ちていった人たちを救えるような、道はないんでしょうか。
空を見上げる。静寂の月が満ちている。夜風がそれほど響かないのは、そのためか、と。フェシアは思う。
「…何やってんだ。君は。フェルフィシア。」
背後に声。振り向けば、そこにはヴァイスが居る。
いつも通りの服装に、いつも通りの長剣を携えて。
「にい、さん…」
「投身自殺でもはかろうとしてたのか?君は。」
フェシアは、ため息を付いて再び月を見る。
「…無視か。」
「……歌でも歌おうかな、と思ってました。」
「…?」
「兄さんが聞いたんじゃないですか。何やってんだ、って。」
「歌、か。」
ヴァイスはフェシアの方に近寄ってくる。
ヴァイスにしては珍しく、足音が響く。
神楽ワイルドライブは、歌うなよ。」
「…ええ。今は、歌いません。」
…セティさんが、言ってましたから。
セティとのやりとりを思い出す。
『御主の使名書式ワイルドフォーマットを見て判ったことだが…』
『?』
『もう、歌は…特に、神霊ハイン・ガットに働きかける歌は歌うな。』
『…な、何でですか!?』
『御主の使名書式は、ヒトと言うより聖霊ルフト・ラインに…神霊に近い物となっておる。』
『…神霊に?』
『そうじゃ。もはや御主が神楽や神霊呪法ハイン・ドライヴを歌うとき、神より力を引き出しているわけではない。御主自身から力を引き出して力を行使しておる。』
『それじゃぁ…』
『そうじゃな。神格司祭とは、本当に神格を得たヒト…ヒトの規格外の称号か。』
『…』
『恐らく、御主の寿命が後一月というのも、それが関係しておるだろう。一月も連続して高レベルの神楽を詠ったら、魂が枯渇して死んでしまうのは当たり前だ。』
『それじゃ…詠わなかったら?』
『それでも恐らく、あと、四、五年。長くて8、9年だな御主の魂は格が高すぎて、聖霊門アストラルゲートの此方側にいるだけで少しづつ消耗していくのだ。』
『……』
『まぁ、御主の人生、御主の好きにせい。儂はこれで学会に殴り込むつもりじゃから、それまでは生きていて欲しいけれどな。』
『…はぁ。』
『くくく、これで今年度のデライヴァ神魂学賞は儂の物じゃ…』
『…はぁ…なんなんだか…』
そんな、会話だ。
歌が、歌えない。どうと言うことはないはずなのに。
何故か、悲しい気持ちになる。
…私は。 「私は…」
「ん?」
「まだ、答を見つけることができていません。」
「…」
「人は、他人を傷つけないと自分の生きたい道を歩めないのでしょうか?」
「…それで?」
「私は、自分で選んだ道を突き進むべきだと思いました。でも、それは間違っているかもしれないんです。」
「……」
「私は…」
「フェルフィシア。」
ヴァイスはフェシアの言葉を遮る。
フェシアは、それに少し憤りを覚えた。
「…はい。」
「君は、結論を急ぎすぎだ。」
「でも、私には、後少ししか時間が…」
残っていない、と。そう言いかけて。
「五年だろ?五年も残ってりゃあ考える時間には不自由しないだろうさ。要は感じ方の問題だろ。」
「…そうですけど…」
フェシアは俯いてしまう。自分の影が目にはいる。
青く空中迷彩された甲板に移る影に、突如ヴァイスの足という異物が混ざる。
……?
顔を上げる。と、同時に抱きしめられた。
……!
鼓動が一つ、跳ね上がった。
「ほら、フェルフィシア。暗い顔してるんじゃないぞ。」
「あ、あのあの…」
「大丈夫だ。俺が、ずっと側にいてやる。」
「…」
「約束を果たして…それから後の俺の時間は、全部君のために使ってやる。」
「そんなの…駄目です。」
「どうしてだ?」
「兄さんは、ちゃんと兄さんのやりたいことをやってください。」
「別に良いだろ?俺がそうしたいからそうするんだ。質の悪い幼馴染みに取り憑かれたと思って、諦めてくれ。」
幼馴染み。その言葉にフェシアは反応する。
…兄さんの中では、やっぱり私は、幼馴染みなんでしょうか。
「兄さんは…」
「…ん?」
「私のことを、幼馴染みとして、見て居るんですか?」
沈黙が訪れる。たった数秒の筈なのに、無限にも近い時間
…わ、私ったら何て事を…
フェシアの頭の中は先ほどからパニック状態だ。なぜ、そんなことを問うてしまったのか。
全然判らない。月の魔力か?とも思ったが、自分は大丈夫だ、と思う。
「私は…」
…あうあう、此処まで来たら言っちゃうしかないですよね…
「兄さんのことを、一人の男性として」
言葉はそれ以上続かない。
唇をふさがれたから。
月下にて抱擁を交わす二人。
一瞬とも永遠ともとれる時間の中で。しかし、先ほどとは違う心地よい時間の中で。どちらが先に口づけを止めたのか。
どちらともなく、離れる。
…えへへ…
フェシアは、顔が赤いのをごまかすように上を向く。
「月が…綺麗ですね。」
「ああ。」
ヴァイスも、月を見上げている。
空に浮かぶ真円の月。青く柔らかい光が降り注いでいる。
「その…なんだ。」
ヴァイスが何かを言いたそうにする。
「…?なんですか?」
「…」
ヴァイスにしては珍しく逡巡して。だけれども。
「…俺の部屋、くるか?」
「…兄さん。」
「何だよ。」
「ばか。…ちょっと…デリカシーなさすぎです」
「むぐぅ…」
恥ずかしそうに頭をかく仕草。それを見てフェシアは苦笑。
「その代わり、といっては何ですけど。」
手をそっとヴァイスの方に差し出す。
「一曲、踊りませんか?こんなに綺麗な月夜ですから。」
ヴァイスは少し難しい顔をして、だけれどもすぐに昔も見せたしょーがないなー、という笑顔になって。
「はいはい、判りましたよ。お姫様。」
二人は、ゆっくりと踊り出す。
フェシアのハミングを伴奏にして。
二人を見ているのは静かな月だけだ。
神楽のように空を抜ける音ではなくとも、フェシアの声は緩やかに、優しく空に融けていく。
いつまでも、いつまでも―――  
 

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