第六楽章: Funeral 〜争乱神舞楽曲〜(11:13) 1 「―――昨晩はお楽しみだったな。」 …は? 翌日、セティの私室にフェシアはヴァイスと共に呼ばれた。 通常の居住区とは違った、艦の上部にある場所だ。 セティに会った瞬間に二人に向けて彼女はそう言ったのだ。 窓の側で不敵に笑う…と言うよりはやたらと可愛く、しかし意地悪そうににやけている。 「さくばんはおたのしみだったな。」 再び繰り返した。しかも今度は、強く、はっきりと。 …昨晩…って 「何でお前が知ってるんだっ!」 ヴァイスがセティに詰め寄るのとフェシアが真っ赤になって羽根達磨になるのは同時だった。 結局あの後、フェシアはヴァイスの部屋に行った。そこで一晩過ごしたのだが。 「ふふん…儂はこの船の艦長だぞ。乗員の事など、誰が何時何処で何をしようと、全てお見通しだ。」 「さりげなーく恐ろしいこといってんな、お前…」 「…で、どうだった?初物は。」 …あうあうー 「一度死ねっ!!」 鞘に入れたままの剣を思いっきり振るうが、事ごとくをかわされる。 やがて、型も何もなく剣を力任せに振り回し続けたお陰で、ヴァイスの息が上がる。 「ち…畜生…」 「はっはっはっ!若いのう、御主ら。」 …はうあぁ〜… 「若い」という意味を履き違えたフェシアはより一層羽根のガードを固めている。 ふと、笑いを止めるセティ。 「おっと、本題を忘れるところだった。」 「…そろそろ四捨五入で40に入るから痴呆でも始まったか?」 「…何か言ったか?ヴァイス。」 「いえ、なーんにも。」 「そうか…おい御主、済まなかった。出てこい。」 数分後、何とか立ち直ったフェシアを加えて、セティが話し出す。 「…今日、行ける。準備は全て終わったからな。お前以外。」 そう言ってセティはヴァイスを指す。 「おう。ついに契約か。」 「…契約?」 聞き慣れない単語に、フェシアが首を傾げる。 「なんだ、ヴァイス。御主言っておらなんだか?」 「…すっかり忘れていてな。」 そういって、ヴァイスはフェシアの方に振り向く。 「この剣、なんだか判るか?」 …そう言えば、一度も抜いたところを見ていません。 「…いえ…でも、魔力を感じますから…呪帯刀の一種ですか?」 「惜しいな。これは、"魔剣"だ。」 …魔剣…って! 「契約って、魔剣契約のことですか!?」 「そうだけど。」 「危険すぎます!どんな代償があるかもしれないのに、魔剣と契約するなんて…!」 魔剣。呪帯刀とは格の違う魔力の籠もった剣だ。 ただ単に武具に魔力を込める呪帯刀とは違って、贄を捧げた聖霊石を使う。 それはもはや奇跡とも言うべき程の力を使用者に与える。 だが、代償のない力など存在しない。 魔剣はその契約者から代償を受け取って力を発する。 或る魔剣は、持ち主をありとあらゆる危険から守護するという。 代償として、持ち主は金運が絶望的なまでに低くなると言う。 そんな関係だ。魔剣と契約者の関係は。 そんな契約をヴァイスはするのだという。 「大丈夫だ。代償も、この魔剣の効果も判っている。」 魔剣の鞘を掴む。今にも引き抜きそうな雰囲気。 「魔剣『血の碧』。効果は凍煉獄、代償は血液だ。」 「血液…って、命に関わるじゃないですか!」 「大丈夫だ。記録によると、それほど大量の血液は消費しない。」 一日降り続けたら保証はできんがな、とセティが言う。 「それに、この魔剣の力が必要なんだ。」 「?」 「まぁ、いい加減話そうと思ってたが、神様に会いに行くには既存の駆動器じゃあ無理だ。」 ヴァイスはそこで、一瞬言葉を選んで 「『鬼』の…ワルターの機体が使っている重力慣性制御でも、まず無理だ。」 「天障海はエーテルの帯流。無理に抜けようとすれば、内部の強烈な圧力と、その場にとどまろうというエーテルその物に書き込まれている使名が強烈に動いてしまって、竜が生まれますからね。」 「ああ、そうだ。それを抜けるためには、エーテルその物に働きかけながら跳ぶしかない。」 そこで、だ。 とセティが話を受け継ぐ。 「儂等が研究しておったのは、その『エーテルに働きかけながら飛ばす』方法だ。しかも、周りのエーテルに働きかけて飛ぶから、結界の類が一切効かないのも特徴だ。」 …結界が効かないのは、すごいですね… 研究の成果を上層部に報告する前に、ミグランディアに先を越されてしまったがな、と苦笑するセティ。 「もともと最初にできあがった飛空艦で、宙に行かせてくれると軍部と約束しておったのだがな。ミグランディアに先を越されて慌てたらしい。」 「はぁ…」 難しい話が続いて、フェシアになんだかよく判らない。 そんなフェシアを後目に、セティとヴァイスは話を続ける。 「接収されかかった飛空艦を奪って、この「青」と一緒に離反した、ということさ。」 「で、その飛空艦の整備が終わったので、魔剣と契約して、とっとと宙に行ってこい、と。そう言うことだ。」 …なるほど。 何となく納得してしまいそうになって、 「…なんで、魔剣が必要なんですか?」 「魔剣は絶大な力を発揮する。それを、動力に使おうと。そう考えたわけだ。」 ふふん、と無い胸を反らせて自慢するセティ。微妙に可愛らしい。 「具体的にはクラスファイ荷のエーテルの移送空間上における役割が魔剣と相生の関係にあることに起因したメシドラル力場を応用した―――」 「…もっと簡単に説明してください。」 「…そうか?結構簡単なんだが…」 と、渋々説明を取りやめるセティ。 フェシアは胸をなで下ろした。雰囲気的に二、三時間ほど講義が始まってしまいそうだったから。 「簡単に言えば、魔剣が力を発するとき、それを本来の効果ではなく、船の機動に使う、と。そう言う仕組みだ。儂は、これを魔剣式、と名付けた。偶然にもミグランディアが名付けたのと同じ名称だから、少し悔しいが。」 「お前個人の確執はともかく…最初からそう言えよ。フェシアが混乱するだろうが。」 まったく、とヴァイスが腰に手を当てて憤慨の様相を示す。 「ははは…済まぬ。それよりも、だ。」 にやり、と笑いながらセティはフェシアを指す。 「…右の首筋に、痕が残っているので、襟のある服を着たほうが良いぞ。」 …右の首筋。 思い当たった。再び頭に血が上ってくる。 「てめぇもしつこ―――」 窓の外が、暗闇で埋まった。 2 「青」居住区近くの食堂。 「青」の腹の辺りに設置された、場所である。 「…なぁ、ポゥン。今日アニキが宙に行くんだってな。」 そう言いながらルークはかけそばを食う。 「そうらしいな、ルーク。"あれ"は二人乗りだって聞いたから、多分俺達は行けないぜ。」 そう言いながらポゥンは味噌ラーメンを食う。 「そうだなぁ…でも、別に良いか…」 「そうさな。俺達の船は「名無し」だけだ。」 そのとき、ルークは窓の外に異常を見つけた。 黒い波が、此方に突き進んでくる。 「おい、あれ―――」 なんだ、という言葉は最後まで続かない。 衝撃。 食堂およびその付近一帯が一瞬して塵と化した。 かけそばも、味噌ラーメンも、ルークも、ポゥンも、その他食堂にいた人たちも仲良く塵に帰った。 3 「初撃、命中。」 「黙示録」の艦橋で、そう言った報告がなされた。 「黙示録」は、そもそも超長距離光撃艦である。 200M級の戦艦とされているが、その実態は120M級の輸送艦に巨大な「黙示録砲」を据え付けただけの船である。 「黙示録砲」は、光子を超高速回転させ使名崩壊を無理矢理起こし、使名書式が反転した直後の闇子の使名を瞬間だけ解放・照射するという兵器である。 理論上の射程は無限大。ただ、惑星の重力すら振り切ってしまうので、大陸間射撃はできないが。 もはや、光撃兵器ですらないそれを開発したのは、他ならぬキグレフだ。 「よし、一番から三番までは突撃、内部占拠。残りは艦載機を捕縛しろ。」 そうやって指示だけを飛ばしていると、立派な指揮官の様相である。 だが、口元には相変わらずの笑み。 己の趣味を満たす喜びに満ちた笑みだ。 「あの小娘が手に入らなかった代わりに、なんとしてでも新型艦とやらを手に入れてやらねばのう…」 そう呟く声は、次の声にかき消される。 「第二射充填まであと1800。」 3 「大丈夫か?フェシア。」 「一体、何が…」 フェシアとヴァイスは壁に手を付きながら呟く。 また背中と翼を打った。じんじんと痛み出すが、そんなことは気にしていられない。 「青」全体が軋みをあげている。何らかの攻撃を受けたのは明らかだ。 「あの闇…恐らくは黙示録砲…だな。」 床に倒れていたセティが立ち上がって伝声管の方に歩く。 伝声管に声をかけるよりも早く、そこから声が響いた。 『艦長っ!被害甚大!腹の辺りに掠ったらしく、居住区がほぼ壊滅、更に全駆動器が一時的にシステムダウン!何とか墜落だけは免れたようですが、管制装置に回す電力がありません!』 「ちっ、ぬかったか…」 『指示を!艦長!』 「ええい、うろたえるな!総員第一種戦闘準備!窓の外に目を凝らせ!すぐに次の光撃は来ない!敵が来たら白兵戦で来ると思え!」 『了解…!』 「くっ…これほどの長距離から当ててくるとは…!」 セティは悔しそうに歯がみする。 「…おい、アレ見ろよ!」 「あ、あれは」 …あんなにたくさんの船が…! ヴァイスが窓の外を指さす。 そこには、先日ヴァイス達を捕らえようとした大部隊が居た。 多少数が減っているのは、ワルターと戦闘したためだろうか。しかしそれでもまだまだ大部隊と言える規模。 もちろんまだ豆粒程度の大きさもない。それほど離れているのであるが、どんどんその大きさが大きくなっていく。 大型艦でそれだ。小型艦はもう形状が判る程まで近づいている。 「此方が反撃できないのを知っていて、防護結界に回す出力も推進力に回しているか…!」 セティは、ドアの方に駆け出す。 駆け出しながら、叫ぶ。 「…白兵戦だ!格納庫に急ぐぞ。アレを確保されては…!」 ドアが音を立てて開く。 セティに続いて、フェシアとヴァイスも走り出す。 直後、第二の衝撃。 小型艦が激突する音だ。 4 大型艦との戦闘方法は、大まかに二種類の方法があげられる。 一つは、砲撃戦。 中距離から遠距離で光撃を行い合い、どちらかが沈黙するまで続けられる。 もう一つは白兵戦。 「鯨」級の超大型艦やその他の大型艦になってくると、光撃の効果が薄い上にお互いの火力で被害が大きくなることが多い。 そのため、小型艦や騎装艦―――時には大型艦を横付け、もしくは突撃させ内部で白兵戦を起こす。 これのメリットは、船の占拠に成功した場合、その船の内容物・技術を奪える、ということである。 デメリットは、多くの場合、接近するまでに迎撃されてしまう、ということだ。 そして、迎撃される心配が無く、かつ確保すべき対象のある「青」の中は、もはや戦場と化していた。 「ちっ!こっちもか…!」 ヴァイスが身を翻して曲がり角を引き返したとたん、銃撃の嵐がヴァイスの影を貫いた。 危うくヴァイスの翼が蜂の巣になりかかる。 しばらく銃撃が続く。 やかましい銃撃音の中、ヴァイスは一人ごちた。 「…どうにも埒があかんな…」 「…私が結界を張れば何とかなるかも…」 フェシアがそう提案する。 それは即答で却下された。 「詠ってる間にお前が撃たれるだろうが…それに、君の結界じゃふ防ぎきれない。」 「むっ…それはそうですけど…」 「…セティ。」 それまで黙って周りを警戒していたセティにヴァイスは声をかける。 「なんだ。」 「おまえ、この船の艦長だろ。倒せとまでは言わないが、俺がどうにかする準備が終わるまで、ちょっと引きつけてろ。」 「承知。」 セティの目つきが変わった。 まるで、視界内の物全てを貫くような瞳だ。 …セティさん…? セティは立ち上がると、指で印を組んだ。 …神霊呪法…? 高らかに唱え始める。 『Oz g Las La La Hunt KI Va Seiras Ig O Zes Na Valna Koost Agni Mio GI MI YA la』 「これは―――」 印を組んだ指で空間に高速で文字を描いていく。 『砕けよ星々の涙 嘆きの狭間 腐り逝く空 黒き獣 白き闇 青き蒼穹の支配者の名に於いて』 ―――外法エン・ドライヴ、ですか。 神霊にも聖霊にも属さない、名も知られぬ聖霊の力を借りて行使する、いわば「裏技」である。 使用には、実力も、精神力も、そしてそれを知る運も必要である。 銃撃が一瞬休んだ間に、セティは通路に飛び出す。 それを見て、フェシアは叫んだ。 どんな結界術でも、術者へのフィードバックがある。 道幅…半径3メートルほどの結界で真正面から連続してくる銃撃を受け止めようとするなど、自殺行為だ。 だが、それは、普通の呪法でのお話。 『我を守れ歪みなる壁!』 セティの声がひときわ高く響き、開門祭文が終了して呪法が発動される。 セティの前の空間が、文字通り「歪曲」した。 その歪みに阻まれて全ての弾丸は此方に到達することができない。 空間の歪みにとらわれて消えていく。 「30秒だ!何とかしろ!」 「判った。魔剣と契約をすれば、こんな奴ら一瞬でイチコロだ。」 ヴァイスは手にしていた鞘から剣を引き抜く。 その刀身は、何処までも、透き通った透明色。 水晶のように澄んだ色だ。 「 …どうした?フェシア。」 ヴァイスの姿を心配そうに見ているフェシア。 …大丈夫だ、とは思っていても… 「…大丈夫ですよ…ね?」 恐る恐る聞いてみる。ヴァイスは優しく笑って。 「当たり前だろ。俺を信用しろよ。」 そう言って、「血の碧」を、己の腹に突き刺した。 「…っ!」 ヴァイスの身体が一つ、大きく震える。 ……! 「だ、大丈夫ですか!?」 「……おあっ!」 心配の声をかけたフェシアに答えるように一声あげてヴァイスは剣を引き抜く。 傷跡は微塵も残っていない。ただ、服が一部分切り裂かれているだけ。 「ふぅ…く…なんとか、成功みたいだな。」 今の一瞬で汗を思いっきりかいたらしい。額の汗を拭いながら、ヴァイスはそう呟く。 「…これが…」 …兄さんの、魔剣… 数舜前までは透明だった魔剣の刃は、今は濡れるような青に変わっていた。 流れる血のような刃紋を浮かばせたそれが、今や強力な呪力を放っているのをフェシアには感じた。 「おい!そろそろ限界じゃぞ!」 「判った。」 ヴァイスが立ち上がる。ずいぶん疲労しているようにフェシアには見えた。 …自分に刃を突き立てるなんて事をしたんですから。 どれだけの苦痛を感じたのか、フェシアには判らない。 「さて…」 ヴァイスは「血の碧」を振り上げる。セティが結界を保ったままヴァイスの後ろまで後退する。 「フェシア!」 「は、はい!」 突然な前を呼ばれたフェシアはうろたえる。 「君の答はまだ出ていないだろう?」 「はい。」 「ここからしばらく人が死にまくる。」 「…はい。」 「切り捨てるのが嫌なんだったら、見捨てるのが嫌なんだったら、そいつ等の声でも聞いて考えろ!そうすればそいつ等の死は無駄じゃねぇ!」 「…はいっ!」 「いくぞっ!」 「はいっ!」 直後、空間の歪みが消えた。銃弾の嵐が此方に向かってくる。 「おおおおおぉぉっ!」 ヴァイスは叫びをあげて剣を思い切り振った。 振っている最中に通過していった弾丸の衝撃波が頬を浅く裂く。 血が数滴飛び散った。 ヴァイスが剣を振り切ると同時、地に着いてすらいない血が、文字通り消え失せた。 代償が支払われた。 後に残された行為は、魔剣が世界を書き換える事だけだ。 まず、起こったのは色のない熱風。 熱というモノは、或る一定以上の温度を持つと色を失う。 狭い通路の中を、無色の熱波が突き進む。。 突き進んだ直後はどうにもならない。何も変わらない光景が広がっている。 だが。変化は劇的に現れる。 まず、手前の方から。 壁の塗装が、黒く焦げてゆく。熱の余波で吹き飛んでゆく。 微細な鱗を一枚一枚はがすように、変化は進んでいく。 その流れが弾丸に触れる。ごく少量の質量は己の熱を保てず、固体から液体になり、液体から気体になり、さらには周りの熱にかき消された。 銃を構えている兵士達の所まで、波が進む。 抜けた。 銃が、装甲服が、着衣が、皮膚が、毛が、肉が、内臓が、骨が、鉄が、綿が、水分が、悲鳴すら上げることのできなかった魂が、音もなく飛灰と化す。 その灰すらも、灰という存在を書き込まれているエーテルすらも滅却して、熱波は壁に当たって砕けた。 強烈な温度変化で、暴風が、巻起こる。 だが、それも一瞬で終わる。 魔剣の力が切れたため、魔剣が巻き起こした熱は一瞬で消え去ったからだ。 この間、瞬き一回ほどの時間もない。 フェシアの翼は一瞬だけ鋭く風を感じ、しかしすぐにぬるいそよ風に変わる。 感じた、と思った直後、目の前の光景を見て、ただ驚くしかなかった。 「…すごい。」 その声に答える者は居ない。 「…これが、魔剣…」 …すさまじいですね… 一行はしばらく立ちつくす。熱波の影響で空気が乾燥していた。 「…行こう。」 掠れた声が聞こえた。誰が言ったのか定かではない。だが、三人は走り始めた。 その後も、何回かこういったやりとりを繰り返しながら、一行は着々と格納庫へと向かっていく。 途中、多くの死体に出会った。 敵兵の物。味方の物。見知らぬ死体。血痕。それを見るたびにフェシアは泣きそうになった。 だが、泣かない。立ち止まらない。 …私は、考えます。考えることができなくなるまで、自分の答を見つけるために…! 追っ手が着いた。何処までも追ってくる。 何とかやり過ごしたりしている内に、何時しか貨物室に着く。 格納庫へ至る道は此処と、もう一つしかない。 此処のは、格納庫から届いた物資を運ぶための大型の運搬通路がある。 だが、そのもう一つの通路は居住区と一緒に吹き飛ばされて分断されている。 中には数人の警備が居たが 「略唱式!炎檄鋼槍!」 セティがヴァイスも使っていた呪文を放つ。 ヴァイスとは比べ者にならないほど太く、巨大な…もはや柱とも呼べるほどの物が何本も発射され、一瞬で片が付いた。 「…お前が教えてくれたこれ、俺じゃ威力が低すぎて実用に耐えないぞ…」 「そんなもん御主の精進がたらんせいだ。」 そんなことを話しながら、何が入っているのか判らないコンテナがいくつも並んでいる中を走る。 やがて、入り口とは反対の方向にある格納庫へ続く道を閉ざすの隔壁の前に着く。 「さて、開けてくれ。セティ。」 「人使いが荒いのう…」 そう言いながら、端のコンソールの方へ向かうセティ。 口調はともかく、疲れた様子などおくびも見えない。 …すごいですね… 此処まで走り詰めで、フェシアは息が上がっている。 「おい、大丈夫か?フェシア。」 「…はい、だい、じょう、ぶ、です。」 「…体力無いなー…」 「しょうが、ないじゃ、ないですか。」 つばを飲み込む。 「戦闘訓練とか、してたわけ無いですし。」 「まぁ、そうだなー…と!」 ヴァイスはフェシアを抱えてコンテナの陰に隠れる。そこを、銃弾が通り抜けた。 「チッ…もう追いつきやがったか…セティ!」 「…やばいな。」 「…なに?」 「どうしたんですか?」 「パスワードが変えられておる…」 「なんだって!?」 「すでに管理端末が制圧されたか…!」 会話している間も銃撃は続く。どんどん銃撃の数は増えていく。 「じゃ、じゃあ、開けられないんですか!?」 「んなわけなかろう…少し、時間がかかる。」 「わかった。俺が―――」 「御主はもう熱波を撃つな。」 「…何だと?」 「此処まで何回も使ってきただろう。そろそろ体力的にやばいであろう?」 「…そうなんですか?兄さん。」 ばつが悪そうにヴァイスは頭をかく。図星らしい。 「こんな日のためにヒジキとレバニラばっかりの生活をしてきたって言うのにな…」 「これを使え。」 セティはヴァイスに一丁の拳銃を渡す。 「拳銃は最後の武器…というからな。と、そこら辺のコンテナ全部弾丸の筈だから、器用に使え。」 「最後…って、お先真っ暗かよ…」 といいながらコンテナの一部を切り裂くヴァイス。 セティの言葉通り、弾丸と、空カートリッジがぎっしりと詰まっていた。 よく見れば、コンテナには"火気厳禁!"と書かれている。 …危なくないですか? そんなフェシアの心配をヴァイスが代弁する。 「…大丈夫かよ…」 「処理はちゃんとしてあるから、盾くらいには使えるわい…時間稼ぎ、頼んだぞ。」 「らじゃー。」 「…私は、何を。」 …私も、何かしたいです。 一人だけ、仲間はずれというのは嫌だ。 「…もしも、俺やセティが傷ついたら、回復頼む。暇だったら、そこら辺の空カートリッジに弾詰めてくれ。」 「…はい!」 しばらく、一進一退の攻防が続く。 とは言っても、圧倒的に火力が違う。マシンガン百丁相手に銀玉鉄砲で相手しているような物だ。 だが、突出してきた相手を集中的にねらい打つ事で何とか時間は稼いでいる。 それでも、時間の問題だ。 「…早くしろっ!」 「後少しだ…!」 その会話の隙に、敵が前に出てこようとする。 …危ないです! 「…はっ!」 気合一閃。その声に応じて神霊呪法が発動。ヴァイスに使った物の上位版だ。 広範囲に衝撃波が広がり、敵をまとめて吹き飛ばす。 それと同時に、前に呪法を使ったときも感じたことのある疲労感を感じる。 …ぅ…ちょっと…辛いかも。 少し格上の呪法だからだろうか。走り続けた事も重なり、膝をついてしまう。 それを見たヴァイスは本気で怒る。 「…君は何をやってるんだ!」 「だって…」 だが、フェシアに懇願するような目で見られては、どうとも言えない。 ただ、どうしようもない憤りを覚えて、短くこう告げた。 「…判った。何も言うな…!」 再び応戦に戻るヴァイス。 弾丸を尽きるまで撃って、尽きたら隠れてフェシアが用意して置いてくれたカートリッジに差し替える。 時々ヴァイスは懐から炸裂弾をとりだして投げつける。 それを10回ほど続けただろうか。 「――――よし!解けた!」 音を立てて隔壁が開いていく。隔壁の奥には、誰もいない通路。 そこを、敵弾が通過していく。 「おっしゃ…行くぞ!」 ヴァイスは残りの弾丸を全部撃ちきって、扉の方に走る。 あちらから見れば扉の一部はコンテナの影だ。そこから隔壁の内側に入る。 だが。 「セティさん!?」 「…セティ!?とっととこっちに来い!」 「それはできぬ相談だ。」 セティは指で印を組み、呪法の詠唱準備に入っている。 「何でだよ!?」 「儂等が此処を出てすぐに隔壁を閉めたとしても、奴らは此処のパスワードを知っておる。たとえ知らぬでもすぐに調べることができる。それはつまり、後ろから撃たれる、ということだ。」 「…だからって…!」 「儂は此処にとどまって此奴らをくい止める。なに、心配するな。儂はこの件の首謀者だから、殺されることはあるまい。」 そう言ったセティの横顔は、いつになく優しげだ。 『Lig!』 前を向き、一つ声高に祭文を唱える。 放たれた力場によって、接近してきていた兵士達がことごとく吹き飛ばされた。 「…それにな。御主が飛んでくれんと、儂の研究成果がわからぬのだよ。」 ヴァイスはそれを聞いて、一瞬迷ったようだが、すぐに頷いて 「…わかった。死ぬなよ。」 「…兄さん!?」 「…いいから。行くぞ。」 …セティさん… フェシアはセティに一回、深く礼をしてから、通路の奥に走り出した。 隔壁が、ゆっくりとしまっていく。 フェシアの耳に最後に聞こえたのは、セティが呪法を完成させるときのかけ声だった。 5 隔壁が完全にしまったのを見て、セティは一つ大きく唱えた。 目の前の空間が歪曲する。あのとき使った結界と同じ物だ。 「よくもまぁ、こんなに増えた物だな…まるでごきごきのようだ。」 目の前の光景を見て、そう呟く。ありとあらゆる場所に、敵兵が居る。 このけして狭くない貨物室の中で、至る所に見受けられる。 もはや敵もコンテナに隠れてはおらず、銃を構えてこちらに近づいてくる。 結界が切れたら、一気に仕留める。そんな構えだ。 「…ふたつ、教えてやろう。」 セティはゆっくりとコンソールの前まで行く。 否、違う。 隔壁の近く、赤いレバーがある近くまで言った。 敵兵はそのレバーが何であるか知らない。それに手をかけながらセティは誰にともなく小さく呟いた。 本当に小さく、聞き取れないほど小さく。 「さて…これで今回の僕の役目も終わり…かな。」 レバーを一段階引く。 隔壁とは反対側の、ここから出るもう一つの扉が、閉まった。 そのことに気付いた敵兵が、慌てる。 しかし、絶対的優位が崩れていないと思っているのか、強気の構えを解かない。 「一つは、相手の実力をきちんと把握することだ。」 幾人に聞こえたのだろうか。誰も聞いていないように見える。 それを見て、セティは可愛らしく手に腰を当てて、人差し指をたてて先ほどよりも少しだけ大きく喋った。 「もう一つ。…切り札は、最後まで取っておく物だよ。」 セティは、レバーをもう一段階引いた。 6 「青」の艦首に近い部分、貨物室とされている部分が、脱落した。 中に数十人のラグール空兵と、一人の少女を乗せたまま。 重力に従って、雲の合間に消えた。 これでもう、誰も格納庫には行けない。 7 「…!?」 …今……何か…!? フェシアは唐突に足を止めて、後ろを振り向いた。 「…どうした?」 「いえ…いま、なにか…」 「そろそろ格納庫だ…気をつけろ。」 目の前に、扉が見えてきた。貨物室にあった隔壁と同様の物。 これも同様のコンソールにヴァイスは駆け寄る。 「…よっしゃ、此処のパスは変えられてねぇ!」 パスワードを打ち込まれた隔壁は、大人しく開いていく。 突然、銃撃が始まった。が、それもまばらでごく少ない。 「喰らえっ!!」 ヴァイスは懐から炸裂弾を取り出し、野球のノックの要領でそれを打った。 数人固まっていた警備が吹き飛ぶ。それで終わり。 「…過激ですね…」 「派手なのが好きなのさ…嫌か?」 「正直言えば、ちょっと嫌です。」 …中途半端に痛めつけると、怨嗟の声も大きくなりますし… 「わかった。自重する。」 「ありがとうございます。」 抵抗が無くなった今、ヴァイスとフェシアは格納庫の中に入ろうとする。 が。 …!? 扉の陰に隠れていたらしい一人の兵士が、剣を振ったのがフェシアの視界に入った。 必中の距離だ。 …あ… 動きが止まる。来ると判っているのに、それを避けられない。 スローモーションになった視界の中、一撃はフェシアの頭を割るように見える。 その視界が突然ふさがれた。 ヴァイスだ。 「ぐっ!」 ヴァイスがそう呻くのが聞こえる。 「に、にいさ」 「…ったれがぁっ!」 フェシアの無事を確認したヴァイスは、彼女を突き飛ばし、振り向きざまに一刀。 灼熱をまとった一撃が直撃し、兵士は跡形もなく滅却された。 ヴァイスは膝をつき、左肩を押さえる。 「兄さんっ!?」 フェシアは慌てて駆け寄る。 「ちょ…やべぇ。」 「今すぐ治しますから…!」 「軽くで良い…」 「駄目です!」 そう言って、フェシアは傷口を見る。 …あ… 「…多分、左の翼がイったと思うんだが…」 「…はい…」 ヴァイスの言った通り、左の翼の根本が半分ほど切り裂かれている。 「すぐに癒しを…」 「…ちょっと待った。」 ヴァイスは危なっかしく立ち上がり、剣を構える。 「何を―――」 フェシアが言い終わらないうち、ヴァイスの振った一刀は、半分取れかかっていた翼を切り落とした。 血に濡れた水っぽい音がして、翼が床に落ちる。 「何をしてるんですかっ!?」 「…っつ…どうせ治したって、神経までは繋がんねぇ」 「…だからって…」 「今は立ち止まってられない時なんだ。」 「…」 フェシアは涙ぐみながら癒しの呪法を詠う。 脱力感も気にならないほど、一生懸命詠った。 やがて、傷はふさがる。 「もう、飛べねえんだな…俺。」 ヴァイスは、そう感慨深げに呟いた。右側が重く感じるらしく、身体を少し傾けている。 「…そうですね。」 「…何泣きそうな顔してるんだ。君は。」 「だって…だって…」 「大丈夫だ。どうせ、この後はずっと君に着いていくつもりだからな。無駄に飛ぶ必要もなくなってくる。」 「…一人でどこかに飛んでいってしまうかもしれませんよ?」 ヴァイスはそれを聞いて、うーむ、とうなる。 「…それは…困るな。」 それに対して、フェシアは優しく微笑みかける。 「…嘘です。」 「…嘘か。」 深くため息を吐くヴァイス。それを見てフェシアは目尻に涙を溜めつつも微笑を強めながらつづける。 「…私は、十枚も羽根がありますから。そのうちの一枚くらい、何時だって差し上げます。だから…ちゃんと着いてきてくださいね?」 ヴァイスは一瞬意外そうな顔をして、しかしすぐに柔らかい顔に。 「…ありがとうよ。」 「いえ。私なんかので良かったら、ですけどね。」 「断るわけがないだろ?」 「…えへへ…」 フェシアとヴァイスは微笑み合う。 そして、二人は再び走り始める。 途中、「名無し」を見かけて、ヴァイスはふと立ち止まる。 一瞬、ためらうような仕草を見せてから、また走り出す。 「名残惜しい…ですか?」 「…少し…な。」 そうこうしている間に、フェシア達は一つの飛空艦の前にたどり着いた。 塗装されていない、無地の、無垢な色の飛空艦である。 ともすれば「名無し」よりも小型と思えるその形状は異質。 やはりエーテルに働きかけて飛ぶ、ということからか、噴出口は見あたらない。 そして、全体のフォルムは大剣に酷似した鋭い楔形。 フェシアはその刃物じみた鋭さを見て、背筋がぞくりとするのを感じた。 「…これが…」 「そうだ。これが魔剣式飛空艦「蒼嵐」だ。」 …蒼嵐… 「…って、蒼く無いじゃないですか。」 フェシアがツッコミをいれる。 「それは、乗ってみてからのお楽しみ、ということで。」 搭乗口から中にはいる。背中の翼がある二人にとっては、この上なく通りにくい。 艦橋、と言うよりは操縦室に着く。前と後ろの二人乗りだ。 やや薄暗い。周りはモニターで埋め尽くされている。 壁に、鞘のような物がある。壁にめり込んで、血管のような筋が浮き彫りになっている。 ヴァイスは、そこに「血の碧」を差し込む。「血の碧」に合わせて作られているのか、一分の隙もなくきちんと収まる。 「それは?」 「力を伝達させるためのものさ。」 前の座席は操縦席、後ろの座席は索敵系らしい。 「君は、索敵系を見てくれ…って、わかんないだろうから、のんびりしててくれ。」 「はい。」 ヴァイスは前の座席に座り、唐突に腕に針を刺した。針の尻には細い中空の管があり、天井に繋がっている。 それを疑問に思い、質問。 「…何ですか?その針は。」 「なにって…輸血だよ。俺の血をかなりの量この船には溜めてある。」 「はぁ…やっぱり、この船の機動にも兄さんの血液を使うんですか?」 ヴァイスは手元のスイッチを操作して、輸血を開始。針に連なる細いチューブを、少しずつ赤い液体が通っていく。 「そうだな…動力源がアレだからな」 そういって、壁の鞘に収まった「血の碧」を指さす。 「…大丈夫ですか?」 「当たり前だろ。大丈夫だって。」 そう言って、ヴァイスは手元の機械を操作。 「…さぁて…と。」 初期起動のための聖霊機関に灯が入り、モニターに周りの様子が写る。 さらに、「血の碧」が細かく振動し始める。 機体全体がそれに同調するように振動し、しかしすぐに静かになる。 だが、鼓動のような鳴動は収まらない。 「起動成功…!」 フェシアの目が、周囲のモニターに写る「蒼嵐」の一部に留まる。 「これは―――」 機体の構成色が、変わっていく。無地から、「血の碧」と同じ、ぬめるような碧色に。 空のような、藍色へと変化していく。 「どうだ?判ったか?「蒼嵐」の名前の由来が。」 「はい。…すごいです。」 「驚くのはまだ早いぜ…拘束解除!」 機体を係留していたハンガーやワイヤーなどが、火薬で次々に外れていく。 だが、「蒼嵐」は落下しない。格納庫の宙に浮いたままだ。 「蒼嵐」は滑るように格納庫の中を移動する。とはいっても、格納庫のサイズと蒼嵐の大きさから言って、すぐに出口の近くに近づいた。 が。 「…どうするんですか。開いてませんけど。」 フェシアのその発言に、ヴァイスはにやりとして答える。 「こうする。」 手元の装置を操作。した直後。 隔壁が音を立てて爆発した。外側に吹き飛んでいく。 格納庫内の気圧が急激に変わったため、空気が外へと猛烈な勢いで吐き出されていく。 よく解らない書類や、軽めの工具などが吐き出されて、しかしすぐに風はやむ。 壁に刻まれた四角い穴。その向こうには蒼い空が見える。 「…結局爆破ですか…?」 …爆破魔ですね… 苦笑しながらそんなことを思うフェシア。 それに対して、ヴァイスは少しすねたような態度で 「別に良いだろ?」 …まぁ、状況が状況ですしね。 フェシアは居住まいを正して、ヴァイスの方を向いて。 「じゃあ、後は任せます。…ちゃんと、約束の場所まで連れて行ってくださいね。」 「了解!」 ヴァイスは返事をして、操縦桿を操作。 「蒼嵐」はその名前のごとく、すさまじい初期加速で格納庫から発進した。 8 「敵艦載機、一機確認!40M級の小型の飛空艦かと思われます。」 「あれじゃ…!捕縛しろ!捕縛するのじゃ!」 キグレフは艦橋で怒鳴りつける。自分の欲した物が、すぐ目の前にあるから。 即座に周囲の艦船から捕縛結界が形成される。が。 「…効果がない…じゃと!?」 確かに、捕縛結界の網には触れる。だが、その存在を無視するがごとく結界を通り抜けてゆくのだ。 最後の捕縛結界一枚を、するりと通り抜けて、大きく旋回。コースの修正を計っているようだ。 それを見て、キグレフは苛立たしげに叫ぶ。 「ええい…どうにかせい…!」 そう叫んでみても、どうにもできない。 そのことはキグレフ自身が判っていることなのに。 「敵艦…コース判明…!?天障海に突入するコースです!」 「…何じゃと!?あの船は天障海を越えられるのか!?」 キグレフは歯ぎしりをする。 考えられないことではない。何しろ、軍の最新鋭の機体なのだ。それも、自分が開発に関わっていない。 あらゆる結界を無効化し、天障海を抜けられる船なら、どのようなことをしても捕らえることはできないだろう。 そこで、一つの考えが浮かんだ。 他の誰かがアレを自由にするくらいなら、壊してしまおう、と。 短絡的で実に幼稚だが、考えついた者が悪かった、としか言いようがない。 「…黙示録砲の充填率、どの程度じゃ。」 「現在98.7%、いつでも発射できます。」 答えた砲撃士官に、キグレフは無茶な命令を下す。 「敵艦が射界に入ったら、撃て。」 「…それでは、味方も巻き込むことになりますが…」 「かまわん!儂がやれと言ったら、やれ!」 その言葉に、砲撃士官はむっときた。勇気を出して砲手席から立ち上がり、キグレフの方へと抗議しながら歩いていく。 「お言葉ですが、キグレフ大佐!今回の作戦行動は不可解な点が有りすぎます!ちゃんとご説明していただかないと―――」 銃声。 キグレフが撃った物だ。 士官は額を打ち抜かれて、ばたりと倒れる。周囲から、ざわめきが起こる。 「上官に刃向かうは…軍律に照らして死刑じゃ。」 その砲術士官の席まで歩いていき、コンソールを操作する。 目の前のモニターに、敵機と此方の攻撃範囲が写る。 丁度、「青」をはさみ、一隻の味方の戦艦を巻き込んで放たれるコース。 「さぁ…」 キグレフがボタンを押そうとした瞬間。 その身体が吹き飛んだ。 ある下士官が撃った銃弾によって。 銃声は連続して放たれる。合計14発。対して特別でもない通常弾がキグレフの老体に叩き込まれた。 その下士官は周りから拳銃を向けられ、拘束される。緩やかに。丁重に。 もう、キグレフの体は動いてはいない。 それで。 ラグール空軍第七師団第二大隊の狂気は総崩れとなった。 9 「蒼嵐」はその辺りを一回りして、上昇コースに入った。 一回りしたのは、周囲からの妨害を牽制するためだろう。 一度雲の辺りまで下降し、雲に斬撃の後を残しながら機体を垂直に持っていく。 そして、加速。航空史に残るすさまじい加速力・上昇力だ。 天障海が目の前に迫っても、その速度を落とすことなく。 天障海に直角に飛び込んで行った。 水飛沫の一つも上げず、まるで幻影が飛び込んでいくように。 後には今の光景が幻でないことを示す天に向かう一筋の飛行機雲と、極僅かな波紋が天障海面に残っただけ。 それを見た第二大隊の者達は、撤退の準備を始めた。 もはや、自分たちのやれることは全て終わった、と。 |