第壱楽章:Home Village Solo (8:02)


1

松明と言う光のみをもってして削られた薄暗い部屋――否、部屋というには狭すぎるホールに、重く、太い声が響く。
「汝、フェルフィシア・リテルガルド・ハウエンシヴァン神格司祭。」
「はい。」
そこに、先ほど籠に乗っていたものと同じ声が加わる。
しかし、先ほどとは違いその声は重い。
声のした方には、かすかな光に照らされて先ほどの女性が傅いている。
「320年振りに、神格司祭の名を襲名した者よ…」
「…はい…。バウキア最高司祭様…」
しかし、彼女の声を聞き鳴れた者ならば、それが故意の産物であることを知っているだろう。
「汝は、これより一ヶ月この村で暮らし、神の身元へ行く準備をするのだ。」
「…はい。」
声のテンポは変わらない。
それが儀式かのように。
実際儀式なのだろう、形式化された物がそこにある。
「汝のなすべきことを…」
「神の御心のままに…」
沈黙が落ち、緊張感が解ける。
儀式が終了したのだ。
かすかな靴音と共に、声が再び響く
良くぞ戻った…良くぞ戻ったな、フェシア。」
光の中に一人の有翼人が入ってくる。
白いひげを蓄えた、禿頭の小柄な人の良さそうな老人だ。
その翼はすでに使い物にならない程矮小化しているが、数を数えれば8枚――大翼アークス――であるということが確認できるだろう。
「バウキア叔父様っ!」
飛び出した勢いで女性のフードが取れ、その顔があらわになる。
まだ、少女の面影を残しつつも艶を帯びつつある、そんな微妙な年頃だ。
表情は、屈託の無い笑顔。
少女は、バウキアと呼ばれた老人に飛びつく。
「ほっほっほ。本当に、大きくなったのう…」
バウキアは己よりも大きい少女に飛びつかれ、少しよろけながらもしっかりと受けとめる。
その顔は、これ以上無いという笑顔だ。
そして、背中の羽を撫でさする。
有翼人の、親しい者への挨拶だ。
離れ、そして向かい合いながら話し始める。
そこに先ほどの面影は無い。
孫と祖父といった情景だ。
「叔父様、本当にお久しぶりです。相変わらず元気そうで。」
「ふむ…齢は220より数えておらぬからのぅ…」
尚、有翼人ウィンディルの平均寿命は200歳である。
「12年振りにこの村に帰ってこれて、本当に嬉しいです。あの子は、ワルターは、元気ですか?」
「なんじゃ、出迎えに出とったはずなのに、あわなんだのか?」
「はい…村に入る直前に御簾を閉められてしまって…」
声が、沈む。
「そうじゃったな…まぁ、この後幾らでも話せようぞ。」
その答えに、フェシアの声は元のテンポに戻る。
「はい。村のみんなは、変わり無く?」
「…何人か下界へと旅立った以外は、殆ど変わり映えも無く…いや、変わったといえば変わったか。」
「?」
「この村は…ついぞ半年前くらいからラグールの支配下に置かれているのじゃよ。」
「え…? どうしてですか? 6代前の皇帝の時代からここは不可侵の地とされていたはずでしょう?」
「詳しい事は…ワルターに聞くと良い。」
「…?」
「この村を、ラグールに引き渡したのはあやつの独断じゃからな。」
「……」
フェシアは、考える。
自分の、弟のことを。
「…あの子の事だから、なにか考えがあるんだと思います…」
「みんな、そんな事はわかっとるよ。」
「そ、そうですよね…」
「さぁ、こんな暗いところにいると、気分まで滅入る。外に出て、すぐに家に帰って休むと良い。案内してくれるじゃろうて。それに、今夜は…起臥の儀式があるからの。」
「はい…」
二人は、歩き始める。
神殿の外へと向かって。


2

名も無きその村は、最も聖域に近くも有翼人の村らしくない要素を持ち合わせていた。
その最も足るところは、そこにラグール空軍の記章をつけた極小さな、しかしれっきとした兵舎と格納庫があることである。
その近くに、それはあった。
「は…ぁ…」
傍女と護衛からやっとのことで開放されたフェシアはそれを見上げる。
村に合わせてあるのだろうが、それでも違和感を隠し切れない石造り二階建ての、屋敷である。
街にいた頃には平気であった二階建ての建物だが、平屋の多いこの村では異彩を放っている。
門前には一人の男性が立っていた。
4枚の白い牙のような鋭角的な翼を持ち、しかしゆったりとした民族衣装ではなく、見ているほうが息苦しくなるような群青色の軍服をきた男――智翼ケルビム――だ。
その中に、弟の面影を見る。
「…ワル…ター?」
ワルターは、慣れない手付きで軍帽を脱いで笑顔で。
「…お帰り。ねぇさん。」
「……」
フェシアは、黙る。
目を閉じ、深呼吸。
12年の歳月を埋めるように、笑顔で。
「―――ただいま。」




「…なんか、落ち着かないです…」
軍らしい硬い内装の部屋の中、あたりを見回しながらつぶやくフェシア。
ワルターは姉の呟きに対し、軍帽を取り上着を脱ぎながら返答。
「まぁ、慣れてくれ、とは言わないけどね…よっと。」
翼が出せるように背中が空けられている有翼人用の服は腰のボタンをはずせば簡単に脱ぎ着できるように鳴っている。
実際、翼が10枚あるフェシアの神官衣などは背中がかなり大きく空けてある。
「…そう…ですね。後、一ヶ月ですし。」
「一ヶ月…か…」
ワルターの声が沈み
「何で…なんでだよ…」
昔の、少年の口調で呟く。
「…見送って、くれませんか?我等が神の御元へと逝くのです。喜ぶべきことじゃないですか…」
「…………」
ワルターは何かを言おうとして、何も言わない。
ただ、窓の外を見て話を変える。
「ラグールが…」
「え?」
「ラグールが、戦争を始めるらしいんだ…」
「……」
フェシアは、何も言わない。
それに構わずワルターは続ける。
「だから、いろんな村を…今まで独立を黙認していた村を次々と支配下に置いていってる。国力の強化と、叛乱分子の隠れ家にならないように。それも、殆どの場合、強制的に。」
「……だから、この村を差し出したの?」
「…ああ。ラグールの機甲化部隊なんかに、この聖地を汚せさせたくない。それなら、僕がこの村を差し出して、この村の領主になったほうが、まだマシだからね。」
「…でも、ワルター…」
「解ってる。みんなによく思われてないのは。今では空軍に席を置く立派な名誉機士、ラグールの飼い犬だからね…」
フェシアは少し黙ってから、笑う。
「あなたが決めたことです。神も、きっと見守っててくださいますよ。」
「そう言ってもらえると、助かるよ。」
ワルターも、笑みを作る。
人懐っこい、まだ少年の笑みだ。
「今日は、起臥の儀式だっけ?」
「はい。」
「じゃぁ、あんまり重い物は食べないほうが良いね。」
「そうですね…そう言えば。」
フェシアが、言葉をつむぐ。
「…兄さんは…どうしたの?」
その言葉を聞いて、ワルターの顔が歪む。
「知らないよ。…あんな半端者の事なんか。」
「半端者って…昔はよく遊んでくれたじゃないですか。」
「自分の夢を、語っていただけだろ…あんな夢想家。」
「それでも…」
悲しそうに、呟く。
「昔は、昔さ…それに、ヴァイスの奴はもうこの村には居ない。」
「どう言う事…ですか?」
「出てったんだよ…姉さんが、下界に修行しに行った日に、ね。」
「…そう…」
「村のみんなは、喜んだよ。…汚れた南の黒翼との混血児だったからね。」
「………」
それきり、会話が続かなくなる。
暗く、のしかかるような雰囲気に変わった中、ワルターが切り出す。
「外に、行っておいでよ。…リューンさんの所に、子供が出来たんだ。ほかにも、色んな人がねぇさんを待っているよ。」
雲に隠れる事の無い太陽は未だ高く。
時間は、あった。




まず、この村の区画は三種類に分けられる。
一つは、住居が密集した地帯。
大通りには石畳が敷かれ、中央にある広場には小さいながらも立派な噴水がある。
もう少し家屋が多ければ、小さな町ともとれる規模だ。
所々に小さな塔のような物があるのが特徴だ。
天障海から時々振ってくる雨水を溜めておき、生活水をまかなうための貯水槽である。
もう一つは、住居の密集地帯の外に広がる田畑。
決して広くない平坦な土地を有効に活用するために、棚田などの様々な方法で農地を確保しているのが見て取れる。
居住区ではなく、こちらの方に家を建てている者も少なくない。
最後に、山頂より少し下。そこには、小さな神殿がある。
この神殿が、クリュシィース大神殿と呼ばれる神殿である。
その起源は誰にも判らないが、「大戦」の最中にも傷一つ付くことなくそこに存在し続けている。
大理石のように見えるその建材は、その実、何なのかはっきりしていない。
フェシアは屋敷から出た後、すぐにはリューンなる人物の所には向かわずにいた。
己の記憶を確かめながら、ゆっくりと村の中を歩く。
…あまり、変わっていませんね。
新しい家が建つこともなく、古い家が消えることもなく。
懐かしい、悪く言えば停滞的な雰囲気は変わっていない。
やはり、安心感を感じるが、それとは真逆の不安感もある。
中央の広場の入り口まで来た。
枯れかけた噴水の側で、二枚翼の青年が4、5人の子供相手に伝説物語を話している。
吟遊詩人だろうか。町で見かけたことのある型の衣服だ。こちらには気付いていないらしい。
「…というわけで、勇者アトリウスは皆の力を借りて悪の魔王クレヴィスを封印しました、とさ。」
そう、話が終わる。
…どうやら、聖者アトリウスのお話みたいですね。
有名な話だ。500年前に「大戦」を終結させた偉大なる聖者にして勇者。
自分の中にもその血が流れていると聞いたことがある。
有翼人は基本的に異族と交わるのを拒むが、クリュシィース神が聖者と認めた者に対しては別だ。そう言う教えである。
「わぁ、すげーや!」
「かっくいー!」
「ねぇ、歌うたってよ。」
「はは…判ったから。」
子供達は一斉に青年に話しかける。
それを一人ずつ、ちゃんとあやしていく青年。慣れているらしい。
青年は傍らに置いてあったハープを手に取り、二、三回調律。
柔らかい音色と共に青年は歌い始めた。
上手くもなく、下手でもない。神楽を詠い慣れたフェシアはそう思ってしまう。
…いけませんね。
そう思っていることに気付き、苦笑。
広場の端を通り、脇道へ。
しばらく行けば、石畳の道は終わっており田畑の中を貫く地道に繋がっている。
歩いている途中、数人の村人に会う。
皆、道を空けて最上級の礼をしている。
それが、フェシアにはつらかった。
しばらく歩くと、村はずれの、田畑と村の境界となる場所に一本の樹が立っている。
それを見て、フェシアは懐かしそうに微笑。
―――あの樹の下で、少年と弟と、語りあった日々。
教会での修行中、いじめられるたびに逃げ出してここに来ていた。
そこに行けば、彼らが待っている―――
そう、とりとめもなく考えている自分が居ることに気が付いて、微笑を止める。
もう、ここには彼は居ないのだから。
そしてこれから先、会うこともあるまい。
二度と。




雨の降らないと思われがちな高山の上だが、前述にもあるようにアカーニァンほどの高さになると天障海からの水が直接降ってくる事もしばしばある。
その水を蓄えて栽培された麦が、青い穂を天に向けて自己主張。
その中に刻まれた傷のような農道を通って、フェシアは一軒の民家を目指す。
先ほど、ワルターに言われた家だ。
「本当に…何も変わっていないんですね。」
呟き、足を止め、目を閉じて風に身を任せながら過去の風景を思い出す。
―――同じ道、しかし金色に成長した麦が頭の上にある。
その道を、自分より一つ下なだけの弟と、自分よりも年上の、しかし少年とこの道を歩いた記憶がある。
少年の話を聞きながら―――
記憶の邂逅を中断し、再び歩き出す。
まだ遠いと思われた家はすぐに目の前に来る。
ドアを叩く音二つ。
すぐに中から
「あいよ、誰だい。すぐ行くから3秒待ってておくれ」
威勢の良い返事がする。
おとなしく、待つ。
きっかり3秒後、ドアが開いた。
中にいるのは、灰色掛かった三枚翼の威勢の良さそうな女性。
三枚翼、つまりは剛翼パワードの者であるその体は、精力に満ちている。
もはや花の盛りは過ぎたが、未だ艶を残していた。
その姿は、服装と髪型以外、記憶の中と殆ど変わらない。
「お久しぶりです。 リューンの叔母様。」
「えーっと、どちら様で…?」
「フェシアです。 …むかし、よく遊びに来ていた。」
一瞬怪訝そうな顔をし、じっと少女の顔を見つめる。
そして、フェシアの背中の翼を見、思い出したように
「あ…っ!」
思い出していただけましたか?」
フェシアは、笑顔。
しかし、女性の表情が、変わる。
楽から緊へと。
す…っと、その姿勢が己よりも上位の者への礼になる。
「これは、神格司祭様。 私のような者のところに、良くぞ御出で下さいました。」
「え…っ?」
解らないような、フェシア。
「あ、あの、そんなことされても… 昔みたいに呼んでくれないんですか…?」
「いいえ、今、最も我等が神に近しい場所にいらっしゃるあなた様への、私めが出切る最低限の礼儀で御座います故…」
「え…えっと…」
翼が小刻みに揺れ、フェシアの困惑を表す。
こういう事になるとは、多少なりとも予想はついていた。
しかし、親しい間柄だったからという気持ちがそれを半減させていた。
沈黙があたりを満たし、風の音だけが聞こえる。
時間的には、ほんの数瞬だろうが、フェシアには恐ろしく長く感じられた。
何とか話題を切り出そうと思って
「あ、あの…お子さんが生まれたそうですね…」
「はい。これも、この村に神格司祭様が戻ってくる事への祝福と信じております。」
「わ、わたし…そ、そんなこと…」
「さぁ、どうぞ中にお入りください。」
と、中に誘い込まれるように道を空けられる。
その時に、顔が見える。
それは、敬意や、信仰とはかけ離れた表情。
途中、すれ違った者達のうちの幾つかと同じ表情。
哀れみ、だ。
「……みんな…そう思ってるんですか?」
「…は?」
問い返す暇もあらじと。
ェシアは後ろへと走り出す。
「あっ…神格司祭様…!」
うしろから、女性の呼び止める声が聞こえる。
振り向かず、止まらない。
ただ、走りながら呟く。
「みんな、風景もなにも変わらないのに…」
涙が一筋、こぼれた。
「変わったのは…私だけなんですか…?」
こぼれた涙が、風に舞う。
いつのまにか、日が沈み始めている。




夕日を背にしたこの狭い部屋は、窓もさして大きくなく外からの光を殆ど取り入れない。
そんな部屋の薄暗い照明の中、微かに光を放つ計器類が見える
計器の種類を知っているものならば、ここが飛空艦の艦橋だということがわかっただろう。
その高度計は、降り切れておりここがかなりの高空であることを示す。
そんな中、気配が生まれる。
操舵席に座る、小柄な男と、大柄な男の対照的なコンビ。
「親方…いいんスか?こんなに天障海の近く飛んぢまって…もう2000もないですよ?」
「そうですぜ。 間違って海障竜にでも遭遇しちまったらどうするんですかい?」
それに答えるのは、中央の火器官制用の反応球がつけられた席に座る有翼人。
椅子の傍には、薄暗い中でも影を求めるような黒い鞘に包まれた長剣がある。
そこに、金色の鍔と言う色彩があることが剣であることを主張していた。
親方と呼ばれたその男は、答える。
「うるせぇよ。 俺が良いって言ったら、良いの。 俺言う人、お前等やる人。」
「でも…」
「でももヘチマも無い。…ここ等辺は御山…アカーニァの近くだろ?昔から、この辺には海障竜サーペントは出ねぇんだよ。それに下手に低く飛んでラグールの奴等に見つかったらどうする?かなり警戒してるはずだし、俺達が見つかればあいつにも迷惑がかかる。」
「そりゃぁそうですが…それにしても親方、なんでそんなこと知ってるんですか?」
「うるせぇ。手ぇ動かせ。…それに、親方って言うなって何度言ったら解るんだ?」
「じゃぁ、なんて言ったら良いんで?」
小柄が、聞く。
それに対し、即答。
「ざ・もーすと・すとろんぐ・ますたー。」
「…それを言うなら『すとろんげすと』では…?」
「やかましい。」
肉を打つ音と共に、ツッコミを入れた大柄の頭が蹴り飛ばされる。
一瞬、艦の操作が失われ、揺れ、しかしすぐに収まる。
「いたい…」
「余計なことを言うからだ…あー、もうどうでもイイや。親方じゃなければ。」
「じゃ、お…」
「親分、オヤビンも却下。」
小柄が、黙る。
「まったく…」
と言う口調とは裏腹に、雰囲気は楽しげである。
「なんて、くだらねぇ事してんじゃねぇぞ。」
椅子の脇に立てかけてあった長剣に手を伸ばす。
「さぁて、そろそろ準備しとけよ…?」
金管楽器を弾くような音がする。
指で、つばの部分を叩いて感触を楽しんでいるのだ。
「俺の夢を一緒に見たいといってくれたお姫様を迎えに行くぜ…」
急激に、艦内に慣性が掛かる。
方向転換しているのだ。
一瞬、男の顔に夕日の赤光が当たる。
その瞳は、夕日の中に在りながら燃える様に赤かった。
 
 

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