EARTH
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第2章 「キルギスタン 動乱極まる(4)」
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都市の上空を数十個もの光弾が飛んでいく。
TV誘導によって操られる巡航ミサイルは軌道をジグザグに変えながら目標を目掛けて夜の闇を咆哮と共に飛翔する。
目標にその体ごと命中するとミサイルは紅の爆炎を巻き上げ、轟音と共に建物を倒壊させる。幾つもある目標をその倍以上の数のミサイル群が宙を舞い、『闇』を『紅』に染めようと牙を向ける。

22:00 首都奪還作戦『デザートストーム』開始
大使館に囚われていた要人をトリニティ平和維持軍の特殊部隊が救出したとの報告は捕虜救出司令部にもたらされた。
その報告後、ガレリオン洋に展開している第3艦隊と、国境付近に展開中の第2・第3空中艦隊からのSLCMによる首都を防衛する対空レーダー施設と対空ミサイル基地の破壊が行われた。
第一波とも呼べるその攻撃により、クーデター軍の対空迎撃能力の70%以上が奪われてしまう。それほど、トリニティ平和維持軍による攻撃は正確だった。
そして、第2波……戦術爆撃飛空艇による空爆が開始される。

突如として起こったトリニティのミサイル攻撃にサリーナのいる屋敷も火の車のような慌しさを迎える。
非常呼集により、慌しく走り回るキルギスタン軍兵士たち……
サリーナも轟音と紅に包まれる夜の空の遥か彼方を見ながら両手を胸で押さえた。
夜の闇を切り裂くような幾つもの光弾と爆音はサリーナの胸を潰さんばかりの不安と恐怖でいっぱいにする。
それでもサリーナは呪文のように自分に言い続けていた。

大丈夫……クエイド 約束してくれたから……

戻ってくるって……約束したから

この不安と恐怖で彩られた暗闇の街をサリーナにとってクエイドとの『約束』は些細なものだが……『絶対』のものだった。

クエイドは夜の街を疾走していた。
昼間は我が物顔で鎮座していた戦車や、装甲車、ARMSが今はトリニティのミサイル攻撃に鳩に豆鉄砲をくらわしたかのように慌しく動いている。
闇の空を見上げれば、幾つものミサイルと思われる光の軌跡が線を描き、空を流れる。
ミサイルのジェット音と、破壊された音であろう轟音と爆音がクエイドの耳にも届く。郊外にある施設を狙っているためかクエイドの耳にはさほど近くには聞こえないが、それでも楽観的に捕らえる事など、普通の人でも無理だろう。危機に関して敏感なクエイドには尚更だった。
カーターは詳しくは語りたがらなかったが、この後戦術爆撃飛空艇による首都空爆が行われるだろう。そしてその後、おそらくは陸上部隊による首都侵攻が行われる。そうなれば、この街は廃墟になる。何としても空爆が行われる前にサリーナと合流する必要があった。

サリーナ……待っててくれ!

クエイドはただただ全力で夜の街を駆け抜けていった。
そして、切に願った。間に合う事を……空爆が行われるまでにサリーナの元へたどり着くことを。
だが、クエイドの願いも届かず……サリーナとの合流を待たずに首都の空爆が始まってしまう。

捕虜救出司令部、及びキルギスタン近辺のトリニティ平和維持軍空防軍基地から戦術爆撃飛空艇が次々と発進する。
7000m以上の上空、漆黒の雲の海を船体の明かりが照らす……
巨大な黒い鯨という戦術爆撃飛空艇の周りにそれを守るように魚の群れ……ガンシップの航空団が空の海に威厳を込めて泳いでいた。
そして、ついに雲の切れ間から暗闇の大地に光り輝く街の姿が現われる。
巨大な光り輝く獲物を目掛けて飛空艇部隊は街に接近する。
だが、それを見逃すほどクーデター軍も甘くはない。みすみす食べられ、蹂躙されたりなどしない。
第一波の巡航ミサイルによる攻撃から生き延びた対空ミサイル等による対空砲火が漆黒の闇の大海原に向けて光弾を放ち続ける。
その様子をリアルタイムに遠くの方から伝える報道記者たち……
繰り返し、同じ言葉を何度も何度も同じチャンネルの同じような人達が、同じように興奮しながら口走る。
「たった今、トリニティ平和維持軍による首都奪還作戦が開始されました!!繰り返します!たった今、トリニティ平和維持軍による首都奪還作戦が開始されました!!」
世界各地のTVに同様の光景が映し出される。
街から止め処なく放ち続けられるミサイルによる光の軌跡……対空砲火の嵐……そして、それに勝るとも劣らない巡航ミサイルよる都市への攻撃……
非日常を映し出すその光景に世界中の人々はTVに釘付けになる。
しかし、その光景はどこかリアルさに欠けていた。
夜の街に光の軌跡を描くミサイルの雨と巻き上がる爆炎による『紅』はどこかTVゲームのような非現実的な印象を与える……いや、どこかが日常の様な奇妙な感覚にも似ていた。
しかし、本当の現実はTVゲームのようなものでは決してない。
そこには血を流して倒れる人がいて、破壊され廃墟となる建物と兵器群があり、どうしようもない非常な現実に涙し、苦しみに叫びを挙げる人達がいて、恐怖から流れるように、あがき、必死に自らの生にしがみつき、逃げ惑う人々がいる。
そう……これが『現実』なのだ。
血の流れない戦争がないように、異世界の出来事ようなTVに映し出される光景の中に確かに自らの現実を必死で生きようとしている人々がいる。
それが紛れもない『現実』であり、『真実』なのだ。
決してTVゲームという『仮想』の中の出来事ではなく……現実の『今』起きている出来事なのだ。
そして、その中にクエイドとサリーナも己の『生』にしがみついて、現実を必死で生きていた。

首都上空に現われた巨大な飛空艇から無数の爆弾が都市に落とされていく。風を切るような音を立てて、漆黒の巨大な雨が首都を赤に染め上げる。
爆音と爆炎は大地を爆ぜ、コンクリートをめくり上げ、巨大な建造物をいとも容易く粉々に砕き散らす。
逃げ惑う人々の姿を爆炎が包み、噴きあがる瓦礫にまじり人の体が、血が、宙を舞い、地面に叩きつけられる。
飛空艇という死神が通り過ぎた後に残るものは瓦礫の街と死体と化した人々の姿と、悲しみと恐怖に打ちのめされ、傷つく人々の憎しみ、そして絶望……
飛空艇に向けて、対空装備をしたクーデター軍のガンシップが赤い首都上空を煌く。
ガンシップから発射された空対空ミサイルが空を優雅に舞う飛空艇を狙って迫る。しかし、強固な装甲を幾重にも張り巡らした巨大な船体の前では一つや、二つのミサイルの爆炎と衝撃など物ともせず、我が物顔で首都上空を席巻した。
ガンシップが旋回し、もう一度攻撃態勢に入ろうとした時、コクピットに危険を知らす赤い警告ランプが灯り、耳障りな危険信号が響く。ガンシップの後ろに王に仕える騎士の如き、トリニティ平和維持軍のガンシップが迫っていた。
トリニティのガンシップから発射された空対空ミサイルが軌道を変えながらクーデター軍のガンシップに迫る。ガンシップは迫り来る、自らに死を与える存在から逃げ回り続ける。しかし、完璧な誘導により、ミサイルはガンシップを捕らえて離そうとしない。
ついには振り切れずにミサイルはガンシップの後尾に命中し、爆炎を暗い空に撒き散らし、ヒラヒラと火の粉を撒き散らす。炎の塊と化して、重力に委ねるように大地にむかって落ちていくそのガンシップの姿はまさに、『亡骸』だった。
トリニティ平和維持軍のガンシップは数、装備、性能共にクーデター軍のガンシップを大きく上回っていた。炎を撒き散らして次々に暗闇の大地、電気の白や黄色の光、そして炎の煌く赤の首都へと落ちていく。護衛飛行戦艦型飛空艇、駆逐飛行戦艦型飛空艇も対空砲火の弱い首都上空を余裕で飛行し、次々とガンシップを落としていく。
その様子をクーデター軍も黙っては見ていない。飛空艇には飛空艇とばかりに飛行戦艦型飛空艇を向かわせる。
夜の闇に、両陣営の黒い船影が夜空を飛翔する。
飛空艇の重厚な船体に装着されている無数の巨大な砲身が相手を狙う。
轟音と白煙と共に、砲弾が両者の間に放たれる。ミサイルと砲弾の横殴りの雨が夜空に光りの閃光を描き、ガンシップへ放たれる機銃が細い糸のような弾丸の軌跡を作り出す。砲弾とミサイルによって船体から火があがり、それが燃料に引火した時、その炎は爆炎と化し、暗闇の夜空に大輪の花を咲かせる。その巨大な船体は炎に歪められ、大地へと墜落していく。そのほとんどの船体がクーデター軍のものだった。
ガンシップに限らず、飛空艇の性能にもトリニティに分があった。
トリニティが制空権を得るのにそう長い時間はかからなかった。
そして、あらかたのクーデター軍の航空戦力が無力化された時、第3波にして最後となる地上部隊による侵攻が開始された。

クエイドは彼方から徐々に近づいてくる爆撃の音に舌打ちする。
少しずつ、しかし確実に空爆が接近していた。クエイドは全力で走り続けていた。
息が上がっていないと言えば嘘になる。クエイドはずっと走り続けていた。しかし、激しく高鳴る心臓は走っているせいだけではない。それだけはクエイドに分かっていた。
突如、クエイドの耳に風を切り裂く音が飛び込む。
クエイドは大きく飛び退くとそのまま頭を抱えて倒れる。
クエイドの近くに炎に包まれたガンシップが墜落してきて、地面に落ちると共に紅蓮の炎と爆音を巻き上げる。
クエイドは火の粉を幾分かかぶったが他に傷らしいものは受けなかった。クエイドは立ち上がるとその墜落してきたガンシップに目もくれずに走り出す。それよりも今はサリーナの事が気がかりで仕方がなかった。
クエイドは十字路の角を曲がるとサリーナがいる屋敷が目に入った。
何とか戦火に逃れ、そのたたずまいにはまだ爆撃の後も何もなかった。
クエイドは走りながら『構成』を編み上げる。
事態が事態なため、出て行くような手間をかけている余裕はない。実力行使に出るしかないと考えるとすぐさまクエイドは構成を編み上げたのだ。
クエイドは戦闘に関しては即断即決である。
それは彼の『経験』、『知識』、『技術』に裏打ちされ、スーパーコンピュータのように瞬時に幾つもの要因を計算し、最も的確な『回答』を導き出す。
「『烈光牙』!!」
クエイドの放った魔法は一筋の光の刃となり、扉に向かって収束する。
放たれた光の矢は扉を爆音と爆炎、そして衝撃で砕く。
煙の立ち込める扉をくぐり抜け、クエイドは邸内へと入っていく。
邸内には兵士の姿が認められない。
恐らく、トリニティの攻撃によってここにいた兵士たちも駆り出されているのだろう。
クエイドにとっては好都合だった。
それでも……
「貴様?!」
一人の兵士がクエイドに気付く。
最低限の兵士はこの屋敷にも駐留している。
相手が自動小銃を構えるよりも早く、クエイドの拳が相手のみぞおちに決まる。
兵士はうめき声を発してその場にうずくまる。
クエイドは咳き込み、胃液を吐き出している兵士の頭を掴んで冷淡な瞳で彼にすごむ。
「……サリーナはまだここにいるのか?」
兵士は声をあげる事は出来ないが、必死に頷く。
「そうか……」
クエイドは呟くと兵士の後頭部に肘を打ち込む。
堪らず、兵士はそのまま倒れこむ。
気絶させただけで命までは奪おうとは思わない。
クエイドは恐らく、自分が運ばれた部屋にいるだろうサリーナを探して邸内を駆ける。
角を曲がると突如、銃撃がクエイドを襲う。
クエイドは飛び退くように下がる。激しい銃弾が壁に銃痕をいくつも作っていく。
壁によって相手の姿を覗き見る。
兵士が2人、自動小銃を乱射している。
クエイドは攻撃力を加減するように『構成』を編み上げていく。
魔法の最大に注意する点、そしてその効力を最大に引き出すのはこの『構成』時の魔法の加減である。
『構成』は何も魔法の成否を決めるだけではない。魔法の威力、規模、その他の要素全てを決定する。優れた魔導士ほどそれらの構成を瞬時に編み上げる事が可能である。
クエイドも優れた格闘術、戦闘術、殺人術を使う事が可能であるが、魔法に関しても極めて優れた魔導士と言えた。
『構成』を編み上げるとすぐさま『詠唱』に移る。
精神世界に展開された魔法の設計図が目には見えなくても現実世界に『詠唱』とともに広がっていく。
「『閃光舞』!!」
クエイドが『呪文』を発すると共に魔法が現実世界に具現化する。
十数個の小さな光の玉がクエイドの手に生まれるとそれを手榴弾を投げるように兵士達に向けて、壁越しに放り投げる。
兵士たちの足元に光の玉が着弾すると激しい閃光と爆音を発する。
「うわぁぁぁぁ!!」
兵士達は目の前の凄まじい閃光と爆音に完全に戦意を失う。
見た目には凄まじい魔法だが、攻撃力は皆無である。多少の痛みは体に走るだろうが、クエイドの『構成』により加減されているせいもあり、兵士たちにはほとんど痛みを感じなかった。
クエイドは銃撃が止むのを確認するとすぐさま壁から姿を現し、兵士たち2人を瞬時に無力化する。
クエイドは倒れている兵士たちを一瞥すると再び、走り出す。
そして、サリーナのいるだろう部屋の前にたどり着く。
クエイドは一息つくとそのドアノブを回す。


突如として慌しく部屋の外の廊下を走り回る音を聞きながらサリーナは必死に自分の中の恐怖と不安と戦っていた。
窓からは街の果てに走る焔の明かりが嫌でも目に入ってくる。
爆発の爆炎が時折、サリーナの瞳に入ってくる。
この戦場と化している街にクエイドがいる。
どうしようもなく不安になるサリーナだがその事実だけが唯一頼もしかった。
クエイドの力になりたい……
そう思いながらもいつもクエイドに頼っている。
そんな自分を不甲斐なく思ってしまう。
もし、私が男の子だったら……
クエイドが頼ってくれるくらいに強かったら……
そう思うと自分が『女』である事を強く感じてしまう。
力ではどうしても男には勝てない……
でも自分の生まれ持った性を変える事は出来ない。
だから、精神的に強くなろうと思う。
酷く不安定で、追い詰められていて、儚いクエイドの心を支えていけるくらい強くなろうと思う。体力的にはどうしてもクエイドの足手まといになってしまう。だから、それを補えるように精神的に強くなろうと思う。
クエイドを支えられるように。支えあえるように。
だから……サリーナは恐怖と不安の中にあっても気丈にがんばれた。

突如、近くで爆音が鳴る。
サリーナははっとして扉の方を向く。
この邸内に来た時よりも兵士の数は少なくっているのに急に慌しくなる。
その爆音以後、この邸内の中で兵士の騒がしい声や、爆発の音がすぐ近くで起こる。
サリーナは胸の所で硬く両手を握る。
胸が高鳴る……
きつく瞳を閉じ、襲い掛かってくる不安や恐怖から必死に自分を保つ。
(大丈夫……大丈夫だから……)
何度も何度も呪文を唱えるように自分に言い聞かせる。
足音が……聞こえてきた。
その足音が扉の近くまで来るとだんだん遅くなる……
そして、扉の前で足音が止む。
長くて……短い沈黙の時間。サリーナにはそれがとても長く感じられた。押しつぶされそうなほどの圧迫感。
何度も何度もクエイドの名前を心の中で叫び続ける。

カチャッ……

ゆっくりとノブが回る。
徐々に開く扉……最大限まで高鳴る心臓の鼓動……
扉が完全に開いたとき、そこに立っていた人を見て私は泣きそうになった。
恐怖からじゃない。
不安からじゃない。
そういった『負』の感情を全て私から消し去ってくれる人……
外は戦火に飲み込まれようとしているのに、今、この場所だけは本当に穏やかな空気が流れていた。
「……クエイド、おかえり。」
私は微笑む。クエイドが教えてくれた……彼にだけ見せられる笑顔で……
「……ただいま……」
クエイドは少し照れた風にはにかみながら不器用に笑った。
でも、そんな不器用な笑顔がいつも私を助けてくれる。心強くしてくれる。
そんな……当たり前の事があるたびに私は強く思い知らされる。

私 本当にクエイドの事が好きなんだ

「……あまり時間が残されてないんだ。早く首都から脱出するぞ。」
クエイドはそういうと上に羽織っていたギルド支給の黒のコートを脱ぎ、それをサリーナに手渡す。
「そのコートなら多少の熱は防げるはずだ。少し大きいけど我慢してくれ。」
サリーナは頷くと早速そのコートに袖を通す。クエイドが言うよりもかなりサイズの大きいコートで、袖からは手が出ないくらいで、裾も引きずるか引きずらないかくらいだった。
「行くぞ。」
クエイドは扉まで歩くとノブに手を伸ばす。
「クエイド、機長さん達はどうするの?」
「……置いていく訳にはいかないだろ?一緒に首都を出る。客間にいるのか?」
「多分ね。でもクエイド、忘れてるんじゃないかって心配したけど、そんな事なかったね。クエイド、ギルド派遣員なんだから当然か。」
サリーナはそう言うとのん気に笑う。クエイドは「忘れるわけない。」と簡単に答える。
でも……正直に言うと、2の次、3の次くらいに考えていた。
何よりも……サリーナの事を考えている自分がいた。
特にトリニティの攻撃が始まってからはサリーナの事以外、頭になかった。
確かにサリーナを連邦に無事に送り届けるのが最重要任務だけど、理由はそれだけではなかった。もし、それだけが理由だったらこれほど彼女だけを心配する事はない。
その理由が何なのか……
本当は分かっている……でも、それを正直に認められなかった。
数十、数百人の返り血を浴び、それに勝るとも劣らない数の人間を殺め続けてきた血塗れの手……そして、そんな中にあって瞬きもせず、冷静にその現状を見詰め続ける事が出来る瞳……
そんな俺にこの本当に人の『負』の感情とは無縁に思えるサリーナを想う資格なんてどう考えてもあるとは思えなかった。
彼女の事を想う資格がない……それは痛いくらいに分かっている。
それなのに……その想いを捨て去る事がどうしても出来ない。
どうして……?
どうしてこんなにも彼女の事を想ってしまうのだろう?
その『想い』が報われないと心のどこかでわかっているのに……
何故分かっているのに捨て去る事が出来ないのだろう?
『あいつ』が与える絶望と嫌悪の『苦しみ』とは違うもう一つの『苦しみ』。
優しく……切なく……甘く胸を締め付ける痛み……
今まで受けてきた血を流してきた痛みとは違い、少しずつ心を刻みつける。
血は流さなくても……確かに痛みはある。それも……耐えられないほど切ない痛みが。
それを心の何処かで拒み……そして、心の何処かではまた望んでいた。


戦術爆撃飛空艇が火の手の上がる首都を去るか去らないかという頃、トリニティの地上部隊が首都への侵攻を開始した。
砂漠を疾走する戦車、装甲車、ARMS、そしてそれを駆る人……
砂漠から、街並みへと風景は変わり、戦車が太い砂で薄汚れた道路を走る。
瓦礫と化した街並み……
コンクリートのめくれ上がったボロボロの路上を戦車のキャタピラが騒音と共にものともせずに走っていく。
その姿を爆撃から逃れたビルの上から見ているカメラごしの視線があった。
「戦車に装甲車……それにARMSか。」
コクピットの中でゴーグルを着けた中年の男がにやついた顔で呟く。
その顔は真に戦闘を楽しんでいるかのようだった。
「話ではGGPもいるらしいです。こいつの性能でも難しいですね。」
無線から流れてくる言葉にその中年の男……リーブは鼻で笑い飛ばす。
「ふざけるなよ。あいつらお役所軍隊なんかに負けてられるか。性能だけで勝っているような奴らだ。同じ性能の兵器を使ってたら殺られたりはしねぇんだよ。」
リーブはこの時をずっと待っていた。
トリニティによって徐々にだが確実に朽ちていくこの国の現状とこの国に住む者たちの貧しさを知っているだけに許せなかった。
そして、最後には首都を廃墟にしたトリニティに鉄槌を下せる時を待っていた。
そう……その時は来た。
「やるぞ!A中隊散開しろ!!この戦車部隊を一気に包囲殲滅するぞ!!」
リーブ達の駆るARMS『ピースメーカー』が動き出す。
クーデター軍の反撃が今、始まろうとしていた。

けたたましい銃撃音と共に上空から無数の弾丸が戦車の上部を激しく叩く。
重力の力もあり銃弾はさらに速度を加速させ、鋼鉄の装甲に牙を向く。
戦車の厚い装甲も上方にまでは施されていない。そこに銃弾を何発も浴びれば例え戦車と言えどもただではすまない。
火花を散らして、爆発、炎上する戦車部隊。
「ビルの上からの狙撃?!まずい、ARMSだ!!」
「散開!!ARMS相手に都市戦は分が悪い!!」
隊長の命令と同時に生き残った戦車が次々と路地へとバラバラに入っていく。
確かに都市戦においてARMS対戦車では歴然としてARMSに分がある。
都市の立体的で密集した地形ではビルに飛び乗ったり、建物に身を隠したり出来るARMSは圧倒的に有利であった。しかもそれだけではなく、戦車が密集した地形では主武装である戦車砲を簡単に使えないのに対して、ARMSは密集した地形でも大火力を持ち込める。そのため、都市ではARMSにはARMS、または戦闘ヘリと相場は決まっていた。
路地に入り込んだ戦車を待っていたように影に隠れていたARMSが突如、目の前に現われマシンガンを乱射する。
「うわぁぁぁ!!」
戦車は急ぎ、猛スピードでバックする。
しかし、それを見逃すARMSパイロットではなかった。 左肩に装備してあるミサイルが発射され、戦車のキャタピラを爆炎と共に破壊する。
戦車から苦し紛れの30mm機関銃が発射されるがそれをピースメーカーは再び建物の影に隠れることで難なく避ける。
相手を見失った弾丸の波が無意味に建物のガラスを砕け散らす。
ピースメーカーはビルの上方に視界を向ける。
「……バーニア。」
ARMSパイロットの声と共にピースメーカーの背部に装備されているランドセルからバーニアが噴出し、6m以上もあるピースメーカーを軽々と上空に飛び上がらせる。完全に高性能コンピュータで計算され尽くされたピースメーカーは10m以上もあるビルの屋上に着地する。
ピースメーカーはそのまま、眼下に這いずっている手傷を負った獲物を見下ろす。
その手に持つ黒いマシンガンが不気味に光り、獲物を捕らえる。
そして、獣の咆哮のように銃弾が乱れ飛び、薬きょうが宙を舞った。


戦闘ヘリ3機が首都の上空をけたたましい爆音を響かせ飛翔する。
ARMSと交戦との連絡を受けた後、連絡の途絶えた戦車中隊を援護するべく目的地に向かって全速力で飛ばしていた。
しかし、その戦闘ヘリを狙って下から銃弾の光弾がすぐ横をかすめていく。
戦闘ヘリはすぐさま散開すると自分を打ち落とさんとした者を見つけようと再び旋回する。
クーデター軍のARMS『ウォーラス』のマシンガンが上空の戦闘ヘリを狙ってマシンガンを連射する。しかし、倒壊しているとはいえまだ視界は完全に開けているとは言えず、建物の影に戦闘ヘリが姿を隠すと手が打てなかった。
「チッ!!どこに隠れた!!」
液晶画面のモニターに映し出された瓦礫の都市をくまなく探す。そして、突然敵機を表すマークがモニターの左側に映し出される。
戦闘ヘリから対戦車ミサイルが発射され、それと同時に戦闘ヘリは旋回し、ARMSから離れる。
ウォーラスは急いで迫り来るミサイルから隠れようと建物の陰に向かって全速力で走る。
しかし、完全にTV誘導によって制御されているミサイルは軌道を変化させながらARMSをしつこく追いすがる。
ミサイルは物陰に隠れているARMSを追って軌道を変える。
目の前に迫ってくるミサイルに対してなす術もなくウォーラスはただその身をさらすのみだった。ミサイルの命中と共に爆炎と衝撃がウォーラスを包み込む。
鉄の巨人は炎の中で膝をつき、地面へと倒れこむ。
倒れたウォーラスをさらに駆逐せんと炎は貪欲な食欲をもってその機体を貪る。そして、最後にはその最後を飾るかのように炎と部品を撒き散らして爆発する。
ウォーラスを破壊した戦闘ヘリすらも破滅の魔手に飲み込まれる運命は変わらなかった。
戦闘ヘリはすぐさま目的地に向かう。
それをビルの上から冷たい機械の瞳を向けるARMSピースメーカー。
モニターに戦闘ヘリの姿を捉えるとそれがズームされさらに鮮明にその姿を表す。
追跡照準レーダーが戦闘ヘリの動きをロックオンする。コンピューターが最適と思われる兵器を選択し、膨大な情報量を瞬時に計算する。
射撃時の反動を抑えるよう、火器管制システムの要、戦術コンピューターから姿勢制御コンピューターへと情報がリンクされ、腕、腰、足、その他各種のアクチュエーターをコントロールする。
爆音と白煙と共にピースメーカーの左肩に装備されていたミサイルポッドからミサイルが発射される。
現代のミサイルは対装甲、対空ミサイルの両方に対応している。
その破壊力も折り紙つきである。相当の装甲を施していない限り致命的ダメージを負うのは必至である。
戦闘ヘリの操縦席に危機を現すアラームが鳴り響く。レーダーが人の目よりも早く自分を脅威にさらす存在について鋭敏にその感覚を発揮する。
急いで回避行動を取る。
パイロットの操縦に合わせるように急旋回する戦闘ヘリ。戦闘ヘリの機動性は戦車や、ARMSのような地上兵器に比べ圧倒的と言える。
しかし、従来の赤外線・レーザー・電波誘導方式はセンサーの発達や、チャフ等の電子的妨害によりその価値を失い、現在の光学TVを使用した光ファイバ誘導方式のミサイルの登場によりミサイルの追尾機能は向上し、戦闘ヘリの機動性や電子的妨害でも逃れられなくなってきている。
それを表すようにミサイルはヘリの軌道にあわせるように追尾し続ける。
「くっ?!振り切れない?!!」
ミサイルが戦闘ヘリの後部に命中すると機体を四散させ、炎を振り撒きながら黒と赤の首都へと墜落していく。
まるでその様は弱肉強食のようだった。
性能が勝る方が生き残り、腕のいい兵士が生き残り、そしてそれ以外の弱者は全て死すのみのようだった。
炎が炎を呼び……
血で血を洗う……
瓦礫の上にさらなる瓦礫を積み上げ……
人の叫びが叫びを呼び込み……
破滅の都市が更なる破滅を求め雄叫びを上げ続ける。
鉄の巨人が倒れ、戦闘ヘリが撃ち落とされ鮮血の赤い炎を巻き上げて宙を舞い、戦車と装甲車が炎の塊となって都市を赤く照らし出す。

そして……『更なる破滅』がこの都市に降り立つ。

漆黒の夜空を同じく漆黒の飛空艇が空を駆け抜ける。
黒い飛空艇……ステルス型強襲輸送飛空艇『ファントム改』。
間もなく首都上空へと到達しようとしていた。

「……始まるな」
「ええ……3年ぶりの実戦ですからね。」
「3年ぶりか……かつてのように『暴走』という過ちを繰り返す訳にはいかない。」
「帝国中央議会も我々と同様……もう一つの『N』計画……『プロジェクト・ノア』を推し進めている。今回の成否は3年前のそれよりも重要だぞ。」
「『プロジェクト・ノア』……話には聞いていますが我々の『N計画』のまねですか?……レ軍侵攻では例の特務機関が我々の邪魔をしようとしたとか……IIAすらも私物化しているようですし……これで我々軍と中央議会との確執が決定的になりますね。」 
「……そうだ。だからこそ、結果を出せなければならない。やつらの『N』計画よりも先にな。」
「信じましょう。我々の『傑作』を。あれこそが次世代の究極の戦闘兵器ですよ。」
「GEESと共に世界を……か。」
「奴らも我々を利用する。我々も奴らを利用する。『共存共栄』ですよ。」
「……新しい世界構造の構築か……悪くないな。」
「その時……その中心にいるのは我々ですよ。」

漆黒のステルス型飛空艇の背部ハッチが開かれる。
そして、闇の中、『赤』が煌く首都に向かってその『破滅』は舞い降りようとしていた。
破滅は振り撒く都市が更に破滅を振り撒く存在を求める……
それは至極当然の事だったのかもしれない。
暗闇に無機質な冷徹な瞳が光る……
3年前と同様、血を求め、紅蓮の炎を求め、人々の阿鼻叫喚を求め……
憎しみ、悲しみ、殺意を求めて、『破滅』が宙を舞い降りた……

そして、それを見つめる瞳があった。
倒壊寸前のビルの上に立ち、その『破滅』を見つめるもう一つの『人』に『破滅』をもたらせる存在……ガーランド。
「……お前が利用できるかどうか見極めさせてもらおう……『NOVA』。」
ガーランドは冷笑を浮かべながら呟いた。
二度目の邂逅……クエイドと『ジハード』……クエイドとガーランド……
いずれも血だまりの戦場での出会いだった。
そして今度もまた血が血を洗う戦場での出会いだった。
何がそうさせるのか……
『宿命』か……
『願望』か……
途方もない何かに突き動かさられるようにクエイドの周りに『破滅』が集まっていく。
それは……クエイド自身が『破滅』そのものだったからかもしれない……。
三つの『破滅』。それが今、キルギスタンに集う。


(Continue)

ちょこっと秘話

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