EARTH
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第2章 「キルギスタン 動乱極まる(5)」
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闇、炎、血、狂気、そして戦慄の支配する首都ギロックに一匹の漆黒の『破滅』を宿す猟犬が放たれる。
猟犬の牙、爪である幾つもの銃器が炎に照らし出され、赤く煌く。
ジハードのその冷徹な瞳も炎に照らし出され、無機質に煌いた。
3年ぶりの血と炎……殺意、狂気、憎悪……
それらを貪欲に求めて夜空を舞う。
上空1500mまで降りると背部に装備してある空艇降下装備の多数のロケットバーニアから青白い炎が噴出する。多数のロケットノズルは様々な角度にバーニアを噴出させ、ジハードを目的の場所まで誘導していく。
まるで破壊神を手招く愚かな人のように……

……破壊神……


そう……まさに『破壊神』だ。人が作り出した破壊の申し子。
その破壊神の後に残るのは炎と瓦礫、あらゆる生命に恐怖と憎悪、そして『絶対の死』を与える存在。それを『破壊神』と言わずになんと言うのだろうか?
そして、破壊神は舞い降りる。それが最も相応しいと思われる地に。

ジハードは地面に近くなるとバーニアを最大に吹かして軟着陸する。脚部を中心としたアクチュエーターがショックを吸収すべく姿勢制御コンピューターに制御され、稼動する。
そして、背部のアタッチメントがはずれ、空艇降下装備は地面に落ちる。
その状況はガレリオン洋に極秘裏に展開している帝国海軍第1潜水艦隊所属潜水艦『パーフェクトブルー』に逐一、あらゆる情報として報告される。
「ジハード着陸!!目標地点との誤差0.1%以内。」
「故障、損傷共になし!『N&Bシステム』正常に作動。」
「よし。実験を開始する!!」
ジハードの瞳が鈍く輝いた。
そして、すぐさま獲物を求めてその重圧な足を動かして歩き始めた。ジハードの重厚な脚部は瓦礫とめくり上がったコンクリートという悪路を物ともせずにその歩みを確実に続けた。何人もこの『破壊神』の足取りを止める事が敵わぬように。
そして、すぐさま獲物を見つける。
瓦礫のビル群から4機のARMSが姿を見せる。
トリニティ平和維持軍のARMS、『ゼアスレヴ』と『トーラス』が各種2機ずつである。
「何だ?!あの重量級の黒いARMSは?!10m近くあるぞ!!」
「クーデター軍のARMSか?!とにかく、我々の味方ではないのは間違いない!!重量級ARMSなら機動性はさほどではないはずだ。包囲殲滅するぞ!!」
「了解!!」
指示に従い、ゼアスレヴは左右に分かれ、トーラスは後退し、ジハードから一定の距離をとる。 ゼアスレヴは重厚なボディからも分かるように近接戦闘用に開発されたARMSである。マシンガンや、ショットガン、防盾を装備している点からもARMSの性能にあった武装と言えるだろう。そして、トーラスは高出力の後方支援型汎用ARMSである。ミサイルを装備し、防御力を上げるために防盾も右腕に装備している。
対する『ジハード』は通常のARMSの1.5倍以上という大きさを誇っていた。張り出した巨大な肩に重圧な脚部、太い力強いアーム、そして左腕のマニュピレーターは通常の戦闘用ARMSの5本指ではなく、鋭い爪のような金属の塊が3つついたマニュピレーター、重圧な厚い胴体部に取り付けられた鋭い眼光で冷たい光を放つ頭部。そして、何よりも目立ったのがその腕に装備している巨大なライフルだった。
瓦礫の影からゼニスレヴの装備するマシンガンが火を吹く。
弾丸の嵐はジハードに向かって直進する。
この程度の攻撃を喰らってもどうということもないが、ジハードのその重圧な脚部からは想像もつかないほどの速度で反転すると難なく銃弾を交わす。そして、凄まじい速度でゼアスレヴに接近する。
「うっ!!こ、こいつ!!何なんだ、このARMSは?!」
左腕の破壊の魔手がゼアスレヴの胸に食い込む。その鋼鉄の武装などお構いなしに金属の肉体を引き裂き、肉片のかわりに部品をばら撒かせ、血のようにオイルが飛ぶ。
左腕を引き抜くとおもむろにゼアスレヴの頭部を掴み上げる。風穴の開いた胴体からは火花がほとばしる。そしてそれをいとも容易く握りつぶす。
頭部はグシャグシャにひしゃげ、原型を留めてはいなかった。
その感触を楽しむかのように破壊神はその仮面の奥底で冷徹な微笑を浮かべる。
その様子にただ何も出来ずに立ち尽くしているトリニティのARMS達。
「こ……攻撃だ!!」
恐怖から逃れるべく、自分の勇気を奮い立たせ叫ぶ兵士。
まだこの兵士達は『破壊神』の前で己が無力だという事に気付いていない。
途端にミサイルや、銃弾が乱れ飛ぶ。
ジハードは高機動でミサイル群や銃弾を瓦礫と化したビルに隠れる事でしのぐ。目標を見失ったミサイルは無意味に地面に命中し、爆炎と爆音を巻き上げる。
いくつもの爆炎がかすかに残っている建物の姿さえも、コンクリートの破片と空中を舞うガラスのカケラに変えていく。
ジハードはバーニアで自分よりも遥かに高いビルの屋上に飛び乗る。
その動作にはほんの少しの違和感もない。『人』というよりも『獣』のように宙を舞い、大地を駆ける。
そして、その巨大なライフルを目標に向ける。
遥か彼方にいるトーラスに照準を絞って。
そして、引き金は引かれる。
長い銃身から引き絞られるように『光』がほとばしる。なんの形容でもなく閃光が走った。光速にまで加速した運動エネルギーは容易にARMSの装甲を貫く。それは本当に一瞬の出来事だった。
飛翔した閃光の筋はトーラスの胸を貫き、瓦礫のビル群すらも貫通していく。
トーラスは力を失い、そのまま地面に倒れこむ。埃が大地に舞い、『破壊神』に魅入られ死に飲み込まれる存在がまた一つ増える。
『破壊神』がふるう死の閃光……苛電粒子砲。
俗にビーム砲とも呼ばれる。陽電子を光速に加速させ相手に照射し、加速による運動エネルギーによって破壊する。エネルギーが減衰するまで光速で飛翔し、ミサイル並の射程とミサイル以上の命中精度を誇る脅威の兵器である。
その圧倒的破壊力もあり、『破壊神』には相応しい兵器という事も可能であろう。
圧倒的なまでの力の差を見てトリニティの兵士は震えた。
目の前の光景が信じられなかった。

ビーム兵器……
話には聞いたことは何度もあるが、現実には実用化されたとの話は聞いた事がなかった。 巨大な船体を有する飛行戦艦でも……いや、帝国空軍の空中艦隊旗艦、世界最大最強の飛行戦艦と呼ばれている超弩級飛行戦艦型飛空艇『ゴリアテ』ですら積載していない兵器である。トリニティの保有する最大の飛空艇、空中空母『回天』にも当然積載されていない。現在、各軍事企業が開発を競っている分野である。
それを今、目の前のARMSが使用している。それが信じられなかった。
ARMSがビーム兵器を使用するなど、あと2、30年は後というのが公式の見解だったからだ。

あらゆる陸上兵器の雄であるARMS同士の戦闘だというのに戦力の差は圧倒的過ぎた。その圧倒的なまでの力の差にARMSの部品が乱れ飛ぶ。オイルは大地を濡らし、ちぎれ飛んだARMSを構成したいたものたちは瓦礫を積み上げる。
1対4という圧倒的優位な状況の中、トリニティのARMS部隊は壊滅した。

トリニティのARMS小隊が連絡を途絶えさせた事は所属していた機動大隊の指揮車であるGGPにも伝えられていた。
GGP−02a『バルバトス』
連邦陸軍から派遣された最新大型機動兵器であり、大火力を有しながらARMS並の機動性を誇る兵器である。
このような障害物の多い密集した都市戦ではその力を十分には発揮出来ないが、それでもその圧倒的火力は後方支援という観点からでも大きな戦力と言えるものだった。
「第30機動大隊第3ARMS小隊からの連絡が途絶えました!!」
「他の小隊を向かわせろ!クーデター軍の反撃は予想外に強い。」
「了解!」
しかし、その向かわせた小隊もすぐに連絡を途絶えさせる。何か信じられないような事態がこの首都ギロックで起こっていた。

『ジハード』の魔手はあらゆるものに及んだ。トリニティ平和維持軍もクーデター軍も民間人もお構いなしに全てを焼き払った。
閃光が走るたびに炎が上がり、兵器は鉄の塊へと化していく。
ARMSの前線を破壊するとジハードは圧倒的なまでの機動力で後方の戦車や装甲車に迫る。ジハードはビルの上から飛び降り、戦車を押しつぶすように着地する。戦車がひしゃげてそのまま爆発する。その爆発の中でもジハードには傷すらもついていなかった。巨大な肩からミサイルが幾つも発射され、糸に操られるように獲物を求めて迫る。いくつもの爆発が巻き上がり、その度に悲鳴のような爆音と夜を彩るような爆炎が噴きあがる。
無数の装甲車からは無数のミサイルが、戦車からも120mm以上の砲が火を噴き、歩兵は携行する対戦車、対ARMSミサイルを撃ちまくる。
しかし、それをものともせずにジハードは目の前に現われる自分に殺意を向ける相手全てを蹂躙する。
閃光はいくつもの焔を吹き上げ、歩兵を踏み潰し、その血を己の力に変えて目の前全てを『紅』に染め上げる。血と炎の『紅』一色に。

クーデター軍の実験中隊もその場に到着する。
そこは戦場ではすでになく、ただの虐殺現場でしかなかった。
踊る炎の中に倒れている鉄の巨人と兵器の慣れの果て。人は兵器のすみに体を横たえ、血を流している。ある者は腕を失い、足を失っている。人の部品だけというのもちろんある。
ARMSのカメラを通じてその光景を目の前にする。
『普通』でいられるような状況ではなかった。
恐怖に心も体も支配されそうになる。どうしようもなく逃げ出したくなる。
だが、リーブは逃げ出さなかった。
祖国をこんな風にした奴に対する憎悪と嫌悪のほうが勝った。
そして、リーブ達の前に『破壊神』は現われる。
『破壊神』は自分に最大級の憎悪を向ける存在に気付く。そして、それを蹂躙する事を最も喜ぶ破壊神はそれを己の手にかけようと迫る。
「こいつがトリニティのARMSだろうとなんだろうと関係ない!!こいつを粉々に破壊するぞ!!インディは下がって援護しろ!!ビィクターは俺と前に出てあいつを仕留めるぞ!!」
「了解!!」
インディとヴィクターは自らを奮い立たせるように大きな声で答える。目の前の恐怖に抗うかのように。
インディの駆るARMS『イングラム』の右肩に装備されているミサイルポッドからミサイルが発射される。ミサイルは『ジハード』に向かっていく。
TV誘導によってコントロールされているミサイルに対しては通常のチャフなど電子的妨害が使用出来ない。
しかし、それらに対応すべくジハードの戦術コンピューターは最適と思われる防御反応を示す。腰の部分からスモークを噴出する。煙幕に包まれたジハードを見失い、ミサイルはジハードをそれ、瓦礫に命中する。
通常は光学TVによる誘導の他にも赤外線、レーザー等も併用しているがそれらに対してジハードは電子的妨害を施し、それらの誘導方式に対しての残存性を高めていた。
ジハードは煙幕の中から姿を現すと胸部のバルカン砲から銃弾を乱射する。20mmの弾丸が何百発という凄まじい弾数でピースメーカーを襲う。
リーブ達は瓦礫のビルに隠れる事でそれを凌ぐ。
「……なんて火力だ。あれで本当に内臓武器の性能か?!」
リーブは吐くように漏らす。
それ程銃弾の弾幕は凄まじかった。
『ジハード』は攻撃の手を休ませることなく、今度は主武装である荷電粒子砲を向ける。
光が収束したかと思うと一瞬にして閃光が走る。
ビームはビルを貫き、ピースメーカーの右腕を焼きちぎる。
「ヴィクター!!」
ヴィクターの駆るピースメーカーはビームの攻撃の衝撃で倒れこむ。
「チッ!!」
インディが援護するように次々とミサイルを発射する。
ジハードはその攻撃を信じられない機動力で回避していく。
その機動力は通常のARMS……いや、『ARMS』の機動性ではなかった。
ミサイルをあらかた回避すると今度は攻勢に出る。
再び、荷電粒子砲をイングラムに向ける。
それをすぐさま回避しようと行動に出るが、光速で飛翔するビームの前では全く無駄だった。一瞬閃光が光ったかと思うと光速まで加速した陽電子は凄まじい威力でイングラムを貫く。胸部を完全に貫かれ、大爆発を起こす。
「インディーーー!!」
リーブの絶叫がコクピットを木霊する。
それを楽しむかのように無機質な表情を浮かべたジハードがその冷徹な瞳をリーブの乗るピースメーカーに……いや、その中のリーブに向ける。
「う……く……うわぁぁぁぁ!!」
何度も戦闘を経験した。
しかし、初めて心から恐怖を感じた。
そして、その恐怖に勝てなかった。
マシンガンを乱射しながらジハードに向かって突進していく。
しかし、その弾丸の嵐を物ともせずにジハードの漆黒の巨大な爪が伸びる。
金属を引き裂く耳障りな音と共にピースメーカーごとリーブを引き裂く。
爆炎の中でその感触を楽しむようにジハードは咆哮を挙げた。

モット血ヲ モット恐怖ヲ モット絶望ヲ


ジハードの破壊の歩みは止まらない。止められない。
その後に残るのは圧倒的な破壊だけ。
瓦礫も、死体も、恐怖も、血も、硝煙も、絶望も……
圧倒的な『負』の『存在』だけを残してジハードは歩み続ける。

ガレリオン洋に展開している潜水艦『パーフェクトブルー』にジハードのもたらす驚異的ともいえるデータが膨大な量と共に送られてくる。
そのデータはどれも驚異的な数値をはじき出していた。
淡々と報告されるデータに艦長は嫌な汗を感じずにはいられなかった。
「……最新機種であるARMSの戦闘データの20倍……いや、それ以上ではないか……」
ジハードの戦闘力は機動大隊1個分を遥かに凌駕するように思えてならなかった。
それほどまでに圧倒的なまでの数値だった。
しかし、それ以上に艦長を震撼させたのはジハードの残虐性だった。
敵だろうがそうでなかろうが目に映る全ての存在を破壊し尽くす。
「これが『N&Bシステム』……上層部はこんな物を量産するつもりなのか……」

『N&Bシステム』
ジハードの戦闘力、電力、火器管制、姿勢制御、その全てを司る『破壊神』の中核。
ジハードが『ジハード』足る理由の全てが積み込まれている、いわば破壊の原動力そのものである。
その圧倒的破壊力も機動性も、このシステムがある故のものである。

「……こんな兵器……相手を虐殺するためにしか利用できはしないぞ……」
艦長は誰にも聞かれないように絶望的に呟いた。


ガーランドは倒壊寸前の、少しの風でも吹けば倒れてしまいそうなビルの屋上に佇み、瞳を閉じていた。
空気と、大地と、この星の全てと一体化するように静かに……そして、全ての感覚を唯一つ、『ジハード』に向けていた。
……どうやら、カイラスの施した『レイライン』への『プロテクト』も綻びが出ているようだった。その綻びから重要な情報がガーランドへと伝わってくる。
……より完全な『魔王』へと近づいている。
その事を確信し、ガーランドは冷笑を浮かべる。星にとって最も重要な情報である『NOVA』に関してすらもガーランドへ届いてくる。
カイラスの力を上回るのも時間の問題のようだった。
「……さすがは『NOVA』を積んでいる兵器だな。戦闘力に関しては……まぁ、及第点か。」
『破壊神』を採点しながらガーランドは笑みをこぼす。
圧倒的なまでの戦闘力を有するジハードだが、ガーランドからすれば人の過ぎた玩具にしか過ぎない。
ジハードの積んでいる脅威の存在……『NOVA』が持つ『絶望』に比べればこんなものは『絶望』でも『破壊』でもない。
『NOVA』の振るう力は全てを破壊する。その破壊は星全てに及び、大地を焦土と化して大気を殺意と血臭と死の灰で淀ませる。
全てを『虚無』へと誘う存在……圧倒的な『絶望』を振り撒き、破壊の炎で全てを焼き尽くす……
その光景を思い出してガーランドは冷笑を浮かべる。今までに無いほど冷酷な瞳と微笑を浮かべて。
「……お前を滅ぼすためなら、お前すら俺は利用してやる。」
ガーランドが手を広げるとその周りの空気が歪み始める。
歪んだ大気は一振りの刀を生み出す。それを握りしめ、ガーランドはビルから飛び降りる。
その姿はまさに鳥のようだった。
ただ重力にまかせて落ちているに過ぎないのに、どこか優雅で、気品があり、そして威厳に包まれていた。
見えない翼を羽ばたかせるかのように……


クエイド達は戦火を逃れるように瓦礫の首都を駆け抜けていく。
首都の中央はトリニティ平和維持軍による空爆で壊滅的な打撃を受けていたが、郊外は比較的に被害は少ない。
瓦礫と炎のくすぶる、変わり果てた街並みを横目で見ながら、サリーナは唇をかみ締めた。
正視出来るような状況ではなかった。
爆ぜ上がった道路にビルの瓦礫が散乱し、路上の至る所に傷つき倒れている人がいる。
瓦礫に押しつぶされ、腕だけを力なく、横たえている人の姿や、炎に身を焼かれ、誰かせえも……いや、一目では人とさえ判断出来ないほど焼け爛れて倒れている人の姿も……
そんな道を群集と共に駆け抜ける。
泣き叫ぶ子供の手をとり、埃塗れになりながら懸命に走る母親の姿。
血を流しながら、腕を抑えて痛みに顔を歪めている男。
いくつもの人の表情……どれも疲れと恐怖と絶望があった。
それでも僅かな『生』への希望を捨てられず、郊外へと走っていく。
サリーナが走っていると瓦礫の中に小さな手が見えた。
……子供の手……
それを見た時、サリーナはもう、どうしようもなかった。
サリーナはその小さな手の方へ走り寄る。
「サリーナ?!」
クエイドは突然違う方へ走り出したサリーナを追いかける。
この状況の中でサリーナを一人にしてはおけなかった。
混乱の中では人は秩序を失う。
民衆は暴徒と化し、略奪や暴力が支配する。
今までの積もり積もった怒りや憤りは暴力といった形で具現化するだろう。
爆炎や衝撃、高熱によって瓦礫の都市と化したギロックだが、その影で暴徒の略奪による火の手もまた上がっている。
特に軍隊同士が激突している首都中央よりも郊外の方が酷いだろう。それに、トリニティによる攻撃が収まったとしても、今回でかなり傷ついてしまったクーデター軍に民衆を抑える事は出来ないだろう……また、首都を制圧したトリニティでも最初は暴徒と化した民衆の鎮圧に追われる事になるだろう。
……クエイドが一番危惧しているのはその暴徒と化した民衆だった。
もし……万が一、サリーナと離れ離れになり、サリーナが一人になるような状況になれば、サリーナは……
それを考えるとクエイドはサリーナを見失うわけにはいかなかった。

サリーナは小さな子供の側による。
小さな少女だった。そして、その小さな胸は僅かながら上下に動いていた。
呼吸をしている。
しかし、体中は傷ついている。かなり深い傷もあるようで服は血でベトベトに汚れていた。
「大丈夫?!返事出来る?!」
サリーナは少女の耳に顔をよせて懸命に叫んだ。
しかし、少女から返事はなく、ゆっくりと弱々しい呼吸をするのみだった。その呼吸すらも今にも消えそうなほどだった。
サリーナは急いで『構成』を編み上げる。焦る気持ちが『構成』を乱す……
『構成』を正確に編まなければ魔法は完成しない。それどころか、暴走した魔法は術者にすら危険を及ぼす。
(焦っちゃダメ……いつものように……正確に……)
途中まで編み上げた『構成』を無へと帰して新たに『構成』を編み上げる。
今度は正確だった。しかし、サリーナの肩を掴む手によって『構成』は再び霧散する。
振り返って見るとそこには焦っているクエイドの姿があった。
「離して!早くしないとこの子が!!」
サリーナはクエイドの手を振り解こうと体を大きく揺する。
「もう手遅れだ!!死んでるんだよ!!」
「……え?」
クエイドの言葉に大きく心臓が鼓動した。
恐る恐る小さな女の子の顔を見ると穏やかな表情でいた。呼吸も完全に停止していて、さっきまで微かに上下していた胸ももう、動かない。
サリーナは力なく膝をつく。クエイドの手がサリーナの肩から離れる。
「……ごめんね……ごめんね……」
サリーナは泣きながら少女の小さな手を組ませた。
大粒の涙がサリーナの頬を伝い、女の子の亡骸へと落ちていく。
「……行くぞ。」
クエイドは冷たくそう言い放った。
「……どうして……どうしてそんな平然としていられるの?!」
サリーナは突然立ち上がり、クエイドの胸を掴む。
「人が死んでるんだよ?!私、救えたかもしれないのに救えなかったんだよ?!」
サリーナは声を振り絞って叫ぶ。どうしようもない憤りと悲しみをクエイドにぶつけるように。
「……ここに救える『命』なんてない。」
クエイドは優しさなど、カケラもないように淡々とサリーナに告げた。
「そんな事絶対にない!!私、回復魔法が使えるんだよ?!怪我している人だって救えるんだから!!私にだって……!!」
「魔法が使えようが、人を殺せる力があろうが救える『命』なんて『ここ』には存在しないんだ!!」
サリーナの言葉を遮って、今度はクエイドがサリーナの肩を強く掴んで叫んだ。
「魔法が使える?極限状況で満足に『構成』も編み上げる事が出来ないくらいなら魔法なんてないほうがましだ!!救えるか救えないかも判断出来ないで、『救える』なんて軽々しく口にするな!!」
クエイドは一気にまくし立てるように言葉をサリーナに言い放った。その言葉にサリーナは何も言えなかった。何かを言い返そうとしても無駄に口が動くだけで言葉は何も出てこなかった。
クエイドはサリーナと視線を合わせないように俯いてそして、一言だけ消えそうな小さな声で呟いた。
「……救えないんだよ……」
クエイドの言葉にサリーナは震えた。納得は出来なかった。
でも、危険の最前線で戦ってきたクエイドの言葉には言い難い重さがあった。
「……じゃ、私には何も出来ないの?クエイドに守られてるだけの『か弱い女の子』でしかいられないの?私だって……守りたいよ、救いたいよ。」
サリーナは涙で震える声で懸命に今の気持ちをクエイドに伝えた。
体がどうしようもないほど震えている。泣いているからだけじゃなかった。弱い自分に苛立ち、どうしようもなく悲しくて震えていた。
「……人を救える時は自分に余裕がある時だけなんだ。こんな極限状況じゃ『自分』と『守る事が可能』な人を守るだけで誰だって精一杯なんだ。それ以上を守ろうとすれば、自分も……大切な、守りたい人だって危険に晒す事になるんだ。」
クエイドが顔をあげると涙で目を赤くしているサリーナの顔があった。
綺麗な碧色の愛らしい瞳……その大きな瞳から溢れ出てくる涙……
クエイドの手がクエイドの心を戸惑わせる。
ゆっくりと伸びた手がサリーナの涙を拭う。

この感情を否定しようとどんなに抗っても出来はしない。
心がそれを求め、それに体が反応する。
時に、その逆もまたあるだろう。
「……俺はあんたを泣かせたいわけじゃないんだ。ただ……無茶な事だけはしないで欲しいんだ。」
サリーナはクエイドの声を聞きながら自分の頬を触れる彼の手を優しく握る。
「……分かってる。クエイドが私の事を心配してくれてるのよく分かるよ?」
サリーナは優しい微笑を浮かべた。

どうしていつもこうなるんだろう……?
どんなに喧嘩をしても、どんなに傷つけあったとしても、最後には私はクエイドに笑顔を向けている。
理由は何となく分かっている。
クエイドの事がどうしようもないくらいに好きだから……
クエイドがどんなに厳しい事を言ったとしても、それで傷ついたとしてもそれが私の事を考えてしている事だって知っているから……
そして……体が触れるとその分かっている事を素直に感じる。
だから、自分の気持ちを素直に出来る……
私は……クエイドの前でだけは心の底から素直に笑う事が出来る。

クエイドは気恥ずかしくなりサリーナの頬を触れていた手を引っ込める。
手袋の上からでもサリーナの手の感触が確実に残っている。
それを忘れないように、少しでも覚えようとする自分がいる事をクエイドは痛感する。
「……でも……」
サリーナの声にクエイドは俯き加減で瞳を向ける。
「……私は諦めたくない。どんな状況でも……救いたいよ。救えるって信じたいよ。」
サリーナの言葉はクエイドの胸を締め付ける。
こんな状況に立たされても彼女は諦めようとしない。
俺はもうすでに諦めていると言うのに……
(……でも……)
彼女のその心の強さを羨ましく思う。
現実を知らないだけだとも言えるかもしれない。そんな物は知らない方がましだとずっと思っていた。
しかし、知っているからこそ強くなれるのではないだろうか?
自分がいかに非力かを思い知るからこそ強くなる。
どんな現実に直面しても、救えないと心の何処かで分かっていたとしても諦めないから強くなれる。彼女は……その『強さ』を持っている。
「……正直、俺は救えるとは思えない。だけど……サリーナなら……俺に『救える』って事を証明してくれそうな気がするよ。」
クエイドは自嘲するように笑った。
「絶対に私が証明して見せるよ。だから、クエイドは私をずっと見ていて。」
クエイドの言葉に答えるようにサリーナは力強く笑った。
その微笑みは少女を大人びて見せた。
可憐で華奢なこの少女がその時だけはクエイドには何よりも強く、光り輝いて見えた。
クエイドは頷くと何も言わずに反転して歩き始めた。
彼女に感じた気持ちを彼女に悟られるのが恥ずかしくて、彼女を抱き締めてしまいそうな自分が弱く感じて彼女の顔を見ている事が出来なかった。
そんなクエイドの後を追いかけるようにサリーナも急ぎ足で歩き出した。

私を……『ずっと見ていて』……


そう……彼にずっと見ていて欲しかった。
彼をずっと見ていたかった。
もうすぐそれも終わるかもしれないけど、自分の中の気持ちを抑えている事が出来なくなり始めていた。
理性の蓋をはずそうと恋慕の想いが込み上げてくる。それを寸前の所で押さえ込んでいる。
でも、このままだったらいつかその蓋ははじけ飛んで想いはより顕著な形になって出てくるだろう。
言葉で……態度で……
その時……私とクエイドはどうなってしまうのだろう?
それを思うと怖かった。
募る想いが強い分だけ拒絶された時の恐怖は身を切り刻むように思えてならなかった。
上手くいくなんて都合良過ぎる事を考えるよりも、拒絶された時の最悪の考えが私の想いに警告を発する。それが、想いを伝える機会と術を奪っていく。
まだ……当分は『このまま』で……
今のサリーナにはそれを願うだけで精一杯だった。

サリーナに歩調をあわせるようにしてクエイド達は急いで郊外を目指していた。
一緒に走っていた機長と副機長とはさっきのゴタゴタで離れ離れになってしまっている。その事でサリーナを責めるつもりは全くなかった。
クエイドにとって絶対に守らなければならないのはサリーナだったからだ。

俺の守りたい人……
救えない時はどう足掻いても救えない。それでも……そんな状況になったとしても俺はサリーナだけは救おうとするだろう……
理由なんて一つだけ……
絶対的な一つの理由……
それは……『サリーナだから』……
それだけで十分だった。十分過ぎるくらいだった。
おそらく、俺はサリーナの事が好きなのだろう。その考えに何度至ってもそれをどうにか否定しようと無駄な努力を続けた。
人を好きになった事など一度もなかった。誰かとこれほどまでに一緒にいたいと思ったことなど一度も無かった。
心の中で生まれては消えていく感情のどれが『好き』を表しているのかも分からない。本当はサリーナの事など何とも思っていないのではないかと自分の取り戻し始めたつぎはぎだらけの心に何度も聞いてみるが数少ないカケラを無理やり合わせたような心では答えは出てこない。
それでも……好きなのだろうと俺は思う。

(……だけど……)
その事を考えるたびに『あいつ』を思い出す。
『あいつ』の言葉を思い出してしまう。
いつ、また自分の前に現われるか分からない。もしかしたら、今この時だって……
サリーナへの想いが強くなるにつれて『あいつ』もまた、頻繁に現われる。
まるで……俺の『想い』を貪り、糧にしているかのように……

サリーナと『あいつ』……相反する二つの存在の狭間でクエイドは足掻き続けていた。
まるで出口の見えない暗闇の洞窟のように……
クエイドには光など、一筋も見えなかった。


爆炎と閃光が折り重なる戦場……
閃光はARMSを貫き、朱に染め上げる。
ジハードの猛攻を止められる存在などトリニティにも、クーデター軍にもいなかった。
突如として現われたジハードの攻撃により、トリニティ平和維持軍もクーデター軍も互いよりもこの悪魔を破壊する事に終始していた。
戦闘ヘリから雨のようなロケット弾の弾幕が降り注ぐ。
爆炎が幾つも巻き上がり、爆音と共に地面が爆ぜ、粉塵が巻き上がる。
その黒煙と白煙、粉塵の中からジハードの瞳が光る。
その瞳を見たものは死への階段を上ってしまう。それを拒否する事など一介の『兵器』では不可能だった。
張り出した巨大な肩からミサイルが発射される。
迫り来るミサイルを戦闘ヘリはすんでの所で避ける。
それを面白そうに見つめると次は確実に仕留めるために最強の武器を構える。
眼下に映る漆黒の悪魔は荷電粒子砲を向けるとその破壊の閃光を放つ。
加速された陽電子は圧倒手な速さで戦闘ヘリを粉々に粉砕する。
光速の速度で疾走するビームを避けられるものなどいない。そして、その破壊力に耐えられる装甲を持つ兵器など現代の兵器では存在しなかった。
その事実が焦土を作り上げていく。
破壊神はその歩みを止めない。
通った後には無数のARMS、戦闘車両、戦闘ヘリの残骸が瓦礫の都市に散乱していた。
そして、ジハードはこの戦場で最大の獲物を見つける。
GGP−02a『バルバトス』である。

ARMSを超える火力を誇るGGP(地上砲艦)。その圧倒的なまでの破壊力はARMSと言えでも脅威以外の何者でもなかった。
戦車を巨大化させたような機体に巨大な130mm砲を二門装備し、それ以外にも後部には2基のミサイルポッドを装備しているバルバトスの火力は圧倒的以外の何者でもないだろう。
その超火力が一斉に火を噴いた。
ミサイルが乱れ飛び、ジハード目掛けて飛翔する。
地面に着弾すると爆炎と爆風がジハードを包みこむ。空気さえもはじけ飛ぶようなその死の空間の中でジハードは踊っていた。
己の周りを包みこむ破壊の魔手を喜ぶかのように。巨大な2門の砲が轟音と共に放たれる。弾丸は高速で直進する。
着弾すると共に炸薬が破裂し、爆炎がほとばしる。
しかし、未だ瓦礫の舞うその空間の中でジハードは無傷でバルバトスに迫る。荷電粒子砲が放たれると瓦礫を消し去りながらバルバトスを襲う。
ホバークラフトの原理よって平面ではARMSと同等の機動性を誇るバルバトスも光速の速さで飛翔するビーム兵器を避ける術はない。
一筋の閃光はバルバトスの左部を直撃する。重圧な装甲すらも焼き千切る光の波はバルバトスの装甲もいとも簡単に貫く。炎が立ち上り、バルバトスは雄叫びともつかない機械の軋む音と火花の飛び散る音を叫び続ける。
しかし、その声にもジハードは満足しない。獣のような凄まじい速度でバルバトスに接近する。それを防ごうと無事な右部の砲が発射されるがそれを横跳びでかわし、バルバトスに迫る。その破壊の爪が煌き、バルバトスの息の根を完全に潰す。
耳を貫くような金属を引き裂く音と巻き上がる凄まじい火花と共にジハードの左腕がバルバトスを貫いた。バルバトスの膨大な燃料に引火し、今までにない巨大な炎を立ち上らせる。周囲を吹き飛ばすような爆風と全てを燃やし尽くす高熱の渦の中でジハードは吼えていた。
そして、全てが終わった時……ジハードは佇んでいた。
悪魔の左腕と破壊の閃光を放つ超兵器を持つ右腕……
あらゆる存在を跳躍する巨大な足と、無機質な冷酷な爬虫類よりも凶悪な瞳。
この『破壊神』を殺せる存在などいないように思えてならなかった。

それでもお前は『NOVA』か?


声がジハードの内部に響いてきた。
その瞬間、光弾がジハードの背部を直撃する。その衝撃にジハードは前のめりに倒れる。
ジハードはそれを一瞬理解出来なかった。自分が地にひれ伏している事を理解する事がなかなか出来なかった。今まで、そんな事等生まれて一度もなかったのだから。
ジハードは自分が倒れている事を長い時間をかけて……実際には僅かな時間だが……理解すると瞬時に起き上がった。
そして、自分に最大の侮辱を与えた相手をその機械的な瞳で睨んだ。
そこにいたのは巨大な兵器でも、圧倒的な破壊力を誇る最強のモンスター『ドラゴン』でもなかった。……ただの人に過ぎなかった。
銀色に輝く長刀を携えて熱でひしゃげている街灯に立っている人物……ガーランド。
「……その程度の力か?……お前の内に潜む存在の力はその程度ではなかったぞ?」
冷笑を浮かべ、ナイフのように鋭い眼光を向けてガーランドは言い放った。
ジハードの胸の20mm機関砲が耳障りな音と共に何十個、何百個という鉄の塊を吐き出す。弾丸の波動はガーランドに向かって容赦なく迫っていた。
しかし、ほんの刹那の時だというのにガーランドにとってはそれが悠久の時のようにひどく緩慢に思えてならなかった。
一瞬で『構成』を編み上げると『詠唱』も『呪文』も使わずに現実世界に完全な形で具現化させる。
ガーランドの周りに淡い紫色の魔方陣が現われ、魔術文様の紫光のヴェールに弾丸が触れるといとも容易くそれをかき消す。
そして、何事もなかったかのようにその魔方陣のヴェールを消すとガーランドは再び、『構成』を編み上げる。
すかさず魔法を発動させると、ジハードの周りに無数の電子の球体が現われる。それが一瞬、2倍以上に膨れ上がると突如、その数十倍という膨大な爆炎を上げる。それ一つ一つがそこそこに大きな家屋すらも包みこむ巨大な火炎の球体を作り上げる。瞬時にジハードを中心に小規模な太陽が現われたかのような超高熱の球体を作り上げる。
その炎は周りの瓦礫すらも灰塵へと変えていく。
炎の中で黒い影から轟音とも取れるかのような凄まじい悲鳴のような機械の軋む音が雄叫びを上げる。だが、ガーランドすらも包みこむ程の巨大な火炎の渦の中にあってさえ、ジハードは尚も活動を続けていた。
ガーランドも炎の中だというのに身に付けている服装すら僅かにも煤けてはいなかった。
ガーランドの周りを淡い泡のような球体が包み込み、鉄をも溶かす超高熱も、全てを吹き飛ばす爆風も遮っているかのようだった。
「……さぁ、お前の真の力を見せてみろ。そして……俺が見極めてやる。」
ガーランドの言葉に答えるかのように巨大な火炎が一瞬で弾けとんだ。
そして、その中で凄まじい変化を遂げているジハードの姿があった。

コ・ロ・シ・テ・ヤ・ル


10m近くあった巨大な鋼の肉体が隆起し、あるはずがない金属の筋肉が躍動する。
そう……何の形容でもなく『躍動していた』。
金属が心臓の鼓動にあわせるように脈打ち、その巨大な腕と足に何重にも金属の筋肉がついていく。腕と足は膨れ上がり、コンクリートがその重さに耐えられずに軋み始める。
高熱によって溶解していた荷電粒子砲と右腕が融合し、互いが求め合うようにドロドロとその形を変えていく。そして、腕自体が巨大な砲になり、その形を奇妙な禍々しいものへと化していく。左腕の爪はさらに大きさを増す。そして、その爪すらも金属の隆起に押し曲げられ、徐々に形を変えていく。爪は3本から4本へと増え、その鋭さを増す。
背中には巨大な翼のような突起物が生え、その無機質な眼光はより殺意を増してガーランドを睨む。
全ての変化が終えた時、ジハードの姿は機械というよりも『生物』のようでさえあった。
「……機械との融合でさえ、ここまでの力を発揮するか……」
ガーランドは満足そうに笑みを浮かべる。
そして、冷たい月の輝きを放つ長刀を構える。
「……さぁ、試してやる。お前が目覚めさせる事が出来るかどうか。」
跳躍と共にガーランドはジハードに迫る。
『魔王』と『破壊神』の戦いがここに始まろうとしていた。


首都の中心部からかなり離れていたクエイド達にもガーランドの放った超火炎の爆音が轟いた。地面を揺るがすほどの爆音は最初、地震のように感じた。
「す、すごい音だったね、今?」
サリーナの顔にもさすがに不安がよぎる。それほどまでの爆音だった。
「ああ……」
クエイドもサリーナに習って足を止める。夜の闇も手伝って首都の中央付近が赤々と燃え上がっているのが分かる。
ジハードの存在も、ガーランドの存在も知らないクエイドにとってはクーデター軍とトリニティ平和維持軍が激しく戦っているとしか思えなかった。
「……ここまで離れればもう大丈夫だと思うけど、まだ油断は出来ない。もう少し走るぞ。大丈夫か?」
クエイドの言うとおり、街並は瓦礫から少しずつもとの首都ギロックへと変わってきていた。しかし、首都中央とは違い、ダウンタウンに位置するここでは巨大なビル群はあまりなく、灰色というよりもこげ茶色にくすんだ雑居が乱立していた。
「大丈夫。こう見えても結構体力あるんだから。」
サリーナは平気そうに笑ってみせた。村の周りを森林に囲まれていたサリーナにとっては多少走るくらいならどうと言う事はなかった。
僅かに汗ばんでいる額を除けば、息もさほどあがっている様子もない。
その様子にサリーナの言っている事が真実だと感じたクエイドは頷くと再び走り出した。
サリーナは平気で無茶な事をしたがる。それも、自分の限界なんてお構いなしに。
だからこそ、クエイドはサリーナの事が心配でならなかった。サリーナの『大丈夫』を簡単に信用するわけにはいかなかった。
それでもクエイドは多少歩調を落とし、サリーナに合わせる。
首都中央部から距離も離れたので多少クエイドにもゆとりが出来てきた。
(……これで何とかなるな。)
クエイドが安堵の息を吐き出そうとした時……

『慟哭』と共に 『星』が震えた


クエイドの内を突き上げるような慟哭がクエイドを襲う。
「ぐっ?!」
クエイドは思わず、走るのを止めてよろよろと歩き出す。それも数歩歩くのがやっとで突き上げるような胸の痛みにクエイドはひざまずく。
「クエイド?!」
そんなクエイドの突然の異変にサリーナが顔色を変えて駆け寄る。
「大丈夫?!一体どうしたの、クエイド?!」
サリーナはクエイドの背中に手を回すようにしてクエイドの顔色を見る。
そして、その顔色を見て思わず息を呑んだ。
顔色が真っ青になっており、呼吸の仕方も明らかに異常だった。
そして、その事はクエイド自身がよく分かっていた。
サリーナの心配する声も聞き取れない程の激しい耳鳴りがする。気分は悪く、今にも吐きそうだった。視界は霞み、心配するサリーナの顔さえもぼやけて見える。
呼吸も上がって、息をする事さえも困難だった。
自分の体に起こっている事を理解する事が出来ない。
(お……俺の体は……どうなってるんだ?)
耳鳴りと共に何故か『あいつ』の『声』も聞こえてくる。

無駄な事を……試した所で意味などないと言うのに


(何を言っているんだ?)
今までも意味不明な事をいい続けてきた『あいつ』だが、今回は俺に対しての言葉とは思えなかった。耳障りな耳鳴りの中でも『あいつ』の声だけは嫌でも響いてくる。まるで、耳に入ってくるのでなく、脳に直接響いてくるかのように。

しっかりしろよ 『奴ら』が来るぞ


「……『奴ら』だと……?」
クエイドはうめくように言葉を漏らした。

苦しがっているクエイドに対して、サリーナはただ意味もないような声をかけ続けることしか出来なかった。
回復魔法は相手の症状が分かっていなければ使用する事が出来ない。
怪我や毒であるならば、それを癒すような『構成』を編めばよいが、もし病気ならその病気を限定し、それを改善させる『構成』を編まなくてはならない。
サリーナはケガや、解毒に対しては多少の知識があるために『構成』も編めるが、病気に関しては全く分からない。こんな状況で魔法を使えば、術者である自分の身を危うくするばかりかクエイドの症状をさらに悪化……下手をしたら死に至らせてしまうかもしれなかった。
魔法は使えない。
しかし、それ以外の手も見当たらない。
仕方なく思いつく事から始めようとサリーナは決心するとクエイドの腕を自分の肩に回す。
とにかくクエイドを休ませる必要があると判断したからだ。
「クエイド、とにかく休まないと……」
さらに顔色の悪くなったクエイドを気遣って優しく声をかける。
しかし、クエイドは息も絶え絶えに心痛な表情で呟く。
「……いや……早くここから離れよう……」
『あいつ』の言葉だけが理由ではなかった。
クエイドの経験と感覚が危機を事前に警告してくる。
『あいつ』だけなら信用しなかったかもしれないが、とてつもない危機が迫ってきているように思えてならなかった。そして、そんな危機の中でいう事を聞かない自分の体が情けなかった。
「は……だらしないな……こんな時に……」
クエイドは脂汗を浮かべながら自嘲した。
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ?!今は自分の心配だけして!!」
サリーナは弱気になっているクエイドに語気を強めて、厳しい言葉を言った。
そんなサリーナをクエイドは頼もしいと、正直思った。
(……本当にだらしないな……こんな少女に頼るだけならまだしも叱咤されるなんて……)
クエイドは奥歯をかみ締めると自分の力で歩き出す。
サリーナの手をどけて何とか一人で直立する。
(……なんだよ、立てるじゃないか)
クエイドは息が上がりながらサリーナに笑顔を向ける。
「……大丈夫。俺よりも自分の心配でもしてろよ。」
クエイドの笑顔はとても痛々しかった。弱々しく、やっと作ったような笑顔だった。
その笑顔を見てサリーナは胸が苦しくなった。

……どうして、こんな時だけ笑うの?
楽しい時や、おかしい時には笑わないくせに本当に自分が辛い時や相手に心配をかけさせない時に限って強がって笑う。
でも、その笑顔は酷く悲しくて、淋しそうで、辛そうで、見ている私の方がどうしようもないくらいに切なくなった。

「……それは……あなたの方でしょ?」
辛そうなクエイドを見ていて思わず涙が込み上げそうになる。それを寸前で留めてサリーナは声を震わせて呟いた。
そんな様子にクエイドは俯いて、「ごめん」とだけ答えた。

突如、遠くで鳴っていた爆音がその音量を増した。
サリーナははっと顔を上げるとその爆音の方を見る。火炎と、爆音が明らかにこっちに向かってきていた。それも急速に。
「……あんただけでも逃げろ。」
無駄だろうと思ったが、クエイドは言わずにはいられなかった。
サリーナを一人にするのは心配だが、このまま自分といて危険に晒す訳にはいかない。
しかし、サリーナの返答はやはりクエイドの想像通りのものだった。
「そんな事出来るわけないよ!絶対に私はクエイドと一緒にいるからね!!」
サリーナは怒ったように叫んだ。
……やっぱりな。
サリーナはそういうだろうと思っていた。
「じゃ……悪いけど、肩を貸してくれ。俺一人じゃ、満足に歩けそうにないから……」
クエイドは初めて自分からサリーナに助けを求めた。
それは酷く情けないように思えたが、同時に何だかとても安らぐような気分だった。
今も頭痛や、吐き気は治まらない。
それでも何故か心は酷く軽くなった。


俺はずっと独りだった。
誰にも頼れず、誰にも頼らずに独りで生きていこうと決めていた。
『彼女』が俺の前から消えてから……
おやっさんが……師匠が死んでから……
それが淋しいとか、辛いとか考える暇もなかった。
だけど……サリーナの与えてくれる無条件の優しさに触れていく内に……『独り』でいる事が酷く淋しくなってしまった。

俺は……いつからこんなに弱くなってしまったんだろう?


そんな俺に昔の俺は何と言うだろう?


それでも……俺は……


サリーナの腕が俺を支えてくれる。
俺は……この『温もり』を忘れない。
サリーナの肌の感触を忘れたりしない。
サリーナの胸をすく様な切なくなる髪の香りを忘れたくない。
そう……俺はもう『独り』じゃないんだ。
……『独り』じゃないんだよ……『ソフィア』……


「じゃ……悪いけど、肩を貸してくれ。俺一人じゃ、満足に歩けそうにないから……」
最初、クエイドのその言葉の意味が分からなかった。
頭の中が真っ白になってその言葉だけがぐるぐると回り続けていた。
それでも……何の返事も出来なかったけど、私の体は勝手に動いていた。
クエイドの体を支えようと私の腕が伸びる。
彼の腕を回し、クエイドの半身を支えるように歩く。
……正直、軽いとは言えなかった。
でも、悪い気分じゃなかった。
……ううん。私は嬉しかった。
クエイドが私を頼ってくれた事が。
私でもクエイドを支えて上げられた事が。
それは私がずっと願っていた事だったから……
私にも誰かを救えるって事が堪らなく嬉しかった。
……そして……その相手がクエイドだった事が……嬉しくて、切なくて……

言葉は私とクエイドの間にはなかった。
あるのはお互いの触れ合う感触と温もりだけ……

触れているだけで……クエイドの『心』をすごく近く感じるよ


暖かくて、優しくて、強くて、儚くて、弱くて……


私の心にもクエイドは触れているのかな?


だとしたら……私達はずっと『一緒』に歩いていけるよね?



迫り来る危機の中で、クエイドはサリーナの存在の重さを知り……
サリーナは自らの存在が、力が、想いがクエイドを支えられることを知る。
それでも……『危機』は目前にまで迫っていた。


潜水艦パーフェクトブルー内は混乱を極めていた。
突如として現われた謎の黒いコートの男によってジハードの制御が完全に離れてしまったから。
しかし、制御は出来ないもののジハードがはじき出す数々の戦闘データは絶え間なく送られてきていた。そして、そのデータに驚愕する。
「機動性が……200%以上向上しているだと……?」
「荷電粒子砲のエネルギーが一律上昇しています!!……そんな……通常時の3倍なんて……」
「『N&Bシステム』の制御が出来ません!!いえ……それどころかまるで自分の意思を持っているかのように……これじゃまるで……」
数々の信じられない報告に艦長はうめき声をあげた。
「……我々は何ていう『悪魔』を作り上げたのだ……」


ジハードの右腕から閃光が弾ける。
先ほどよりも強大な閃光はガーランドに迫る。光速の速さを誇るビーム兵器にはガーランドと言えども照準を絞られれば避けられるものではない。ガーランドは照準に捕まらないように巧みに移動して高熱の光線を避ける。
そして、瞬く間にジハードに接近すると斬撃を喰らわせる。
煌いた長刀は空気を切り裂いて、ジハードに迫る。
しかし、乾いた音をたてて長刀は弾き返された。切りつけたジハードの肩には僅かな傷さえも見受けられず、漆黒の光沢を輝かせている。
それに満足するようにジハードの冷徹な瞳が輝いた。胸の20mmバルカン砲が火を吹く。ガーランドはそれを地面に転がることで避けて、倒壊寸前のビルの中に隠れてしのぐ。
ガーランドが隠れたことを確認するとジハードは両肩のミサイルポッドのハッチを開く。轟音と白煙とともに発射されたミサイル2発がガーランドの隠れているビルに命中する。爆炎と爆風で危ういバランスで立っていたビルは堪らずコンクリートと、ガラスの破片を撒き散らしながら埃を舞い上げてガラガラと倒壊する。
そのすさまじいまでの土煙の中であってもジハードの機械の瞳はガーランドを逃さなかった。ジハードの胸のバルカン砲から無数の弾丸が空に向かってばら撒かれる。
ガーランドはすかさず『構成』を開放する。
展開した魔力障壁によって弾丸は乾いた音を立てて消滅していく。
それが終わらぬ前にガーランドは次手を編み上げる。
魔力障壁の消滅とほぼ同時にその『構成』を解放する。
現われた無数の光の弾丸は容赦なくジハードに降り注ぐ。
クエイドの放つ『烈光牙』なみの威力の光弾がまさに雨のように降りしきる。光の雨は雨音ならぬ爆音で空間を弾き飛ばし、爆炎が大地を朱と黒に染め上げていく。
ジハードはその空間も歪むような爆炎と爆風の中にあってまるで蚊にでも刺される程度のことにしか感じていなかった。文字通り、雨に打たれている程度の事に過ぎなかった。
そして、ジハードの背部のバーニアが凄まじい量で噴出す。
総重量20t以上のジハードの巨体を軽々空中に飛ばす。
急激に変化したバーニアはそれだけで空艇降下装備のような高出力のバーニアとノズルを有していた。空中を器用に旋回し、ガーランドの放った光弾の雨の合間を縫うようにかわしていく。
「ちっ……戦闘力だけは大したものだ。……だが、俺が望むのはこんなものじゃない。」
ガーランドも凄まじい跳躍力で飛翔する。
十数mは跳んだであろうか。そして、音もたてずにビルの屋上に着地すると、空中に浮かんでいるジハードと相対する。
「……いいだろう。これでお前が利用できるかどうか見極めてやる。」
ガーランドは冷笑と共に呟くと、『構成』を編み上げ始める。
「……お前が『NOVA』の遺伝子を受け継ぐというのなら、この『構成』を見る時点で気付くだろう。」
ガーランドの周りに立体型魔方陣が現われ、ガーランドの周りを周回するように回り出す。紫、蒼、赤、黄色……色取り取りの魔術文様の結界が浮かんでは消えていく。
その様子にさしもの『破壊神』の様子も変わる。胸のバルカン砲をけたたましい銃撃音とともに放つ。しかし、その銃弾の全てがガーランドに届く前に立体型魔方陣に阻まれ跡形も無く消えていく。
「……さぁ……目覚めさせろ。」
ガーランドは勝ち誇ったようにうっすらと微笑を浮かべる。


ガーランドの編み上げた『構成』の影響範囲は膨大なものだった。
それはクエイド達をも飲み込むほどの広さを誇っていた。
そして、その圧倒的までの『構成』にクエイドとサリーナも気付く。
「……ク、クエイド……何、この『構成』……?こんなもの……どうやったら編めるの?」
サリーナは震えるようにして呟く。
魔法を使える者……魔導士、モンスターは相手の編み上げる魔法の『構成』を見ることが出来るのである。サリーナもまた、優秀な魔導士であるため『構成』を感じる事が出来た。
そして、クエイドは絶句していた。
この圧倒的なまでの完成された強力無比な『構成』には見覚えがあった。本当ならサリーナも知っている『構成』である。ただ、サリーナはその時、気を失っていたが。
「……忘れる事が出来るか……この圧倒的な『構成』……ガーランドだ。」
「え?」
苦々しい口調と吐き出すように言ったクエイドの言葉にサリーナは即座に反応した。
忘れもしない……ほんの数日前に出会ったばかりだった。
圧倒的なまでの強さを誇る男……無慈悲な笑みと氷の心をもった悪魔……
自身を『魔王』と名乗る男……そう、それがガーランドだ。
「だけど、ガーランドはクエイドが……」
そこまででサリーナは口を閉ざしてしまう。悪い事を言ってしまったような気がしてサリーナは心配そうにクエイドの顔を覗く。しかし、クエイドはサリーナの言った言葉よりもガーランドが生きているという事実に当惑していた。

……そう、ガーランドが生きているわけがない。
何故なら……クエイドが『殺した』からだ。
今でも鮮明に思い出す事が出来る。心臓に食い込んだ短剣の感触を。溢れ出した血の生暖かさを。短剣越しに伝わってきた心臓の鼓動を。むせ返るような硝煙と肉が焼ける臭いを……
「……ここまで『構成』が及ぶって事はここも危険だって事か……」
クエイドは苦々しく呟いた。
クエイドの言うとおり、『構成』を見たり、感じたり出来るという事はその魔法が具現化する範囲に自分がいる事を意味する。すなわち、魔法の影響を受けるということである。
ガーランドが何の魔法を放とうとしているのか……おそらく古代魔法だろう、その魔法が放たれれば威力はどれ程のものかは分からないが確実にクエイド達にまで届くという事である。
「じゃ、すぐに逃げなきゃ!!」
サリーナは叫び声を上げるがクエイドは頭を振る。
「これからじゃ手遅れだよ。それに方向がこっちを向かない限りは多分大丈夫だ。とにかく俺たちは一歩ずつでもいいから確実にこの場を退こう。」
サリーナはクエイドの言葉に神妙に一つ頷くとクエイドを支えながら歩き出す。
クエイドとしては普段ならあまり楽観視しないことなのだが手遅れなのは事実だし、悪戯にサリーナの不安を煽るのも逆効果だと判断した。
(……俺のこの体が言うことをきけば……)
クエイドは思わず歯軋りをする。先ほどよりは若干具合は良くなったがサリーナの支えがなければ満足に歩くことも出来ないだろう。
(くそ……っ!!一体どうしたんだ、俺の体は!!)
苛立つようにクエイドは心の奥底で叫んだ。

教えてやろうか?


不意に自分の内から声が響く。
クエイドは顔を上げて回りを見渡すが、『あいつ』の姿は見えない。

探したって無駄だ それより今はお前のその体の事が気になるんだろ?

嘲笑うようなおどけた声に苛立ちと嫌悪を覚えるが、その事よりも自分に訪れている体の異常のほうが重要だった。
(俺の……俺は一体どうなったんだ?)

『共鳴』だ お前の貧弱な体がそれに対応出来ていないだけだ

「……『共鳴』?」
クエイドは思わず呟く。サリーナに聞かれたと思い、慌てて彼女の顔を見るがどうやら聞こえていないようだった。安堵にも似た感情が湧きあがってくる。
しかし、それよりもまずは『あいつ』の言った事だ。
(『共鳴』って一体何なんだ?一体、何と『共鳴』しているっていうんだ?!)
俺の質問に『あいつ』はただ、沈黙で答えるのみだった。
(……答えろ!!)

今のお前に話して無意味だ じきに体も言う事を聞いてくる

それよりも 早くここを離れるんだな

意外な言葉だった。
今度はサリーナに気付かれないように含んだ笑みを浮かべる。
(……どういう風の吹き回しだ?お前が俺を気遣うなんて……)

オレにも色々とあるんだよ

それに その女を傷つけられるのは困るんでね

『あいつ』の苦笑を浮かべる姿がクエイドの脳裏によぎる。
そして、『あいつ』の放った言葉に言い難い嫌悪を覚える。
『あいつ』はどういうわけかサリーナを特別視している。
その事に対して嫌悪が吹き上がってくる。
「……サリーナは……絶対に渡さない……」
サリーナに聞こえる事なんか頭になかった。
その事を明確に『あいつ』に伝える必要性と危機感に苛まれていた。

すっかり自分の『彼女』きどりだな?

……まぁいい しっかり『お姫様』を守れよ 『騎士様』?

『あいつ』はおどけるようにそう言うとそれきり声は聞こえなくなった。
『あいつ』の含んだような言い方がクエイドには堪らなく気に障った。
憎悪と嫌悪、怒りがクエイドの心を支配していく。
出来る事なら『あいつ』を切り刻みたい衝動に駆られる。
だけど、そんな時……いつも……
「クエイド、どうしたの?怖い顔して……」
サリーナの心配そうな顔が俺の顔に近づく。
「……何でもないよ。」
クエイドは力なく、微笑む。その微笑に訝しげな表情を見せながらもサリーナは笑顔で返してくれる。

そう……サリーナの存在が俺の中の狂気、憎悪、怒り、殺意を抑えてくれる。
サリーナの声が、言葉が、笑顔がいつも俺を『俺』でいさせてくれる。

……大丈夫だ 俺は『俺』でいられる
どんなに『あいつ』が俺の前に現われたとしても……
サリーナが側にいてくれる限り……

俺は『俺』でいられる 決して『あいつ』にはならない


クエイドは心の奥底でサリーナに言い表せない程の感謝をしていた。
自分を失う恐怖から救ってくれるサリーナに……
『孤独』を消し去ってくれたサリーナに……
そして……愛しいサリーナに……
いつか……心の中ではなく、口に出して言いたかった。
たった一言なのに今のクエイドにはそれを言う事が途方もなく難しく思えてならなかった。
ただ一言、『ありがとう』と伝えたいだけなのに……
ただ一言、『好きだ』と伝えたいだけなのに……
このまま……時間が2人の距離を縮めてくれるに違いないとその時、クエイドは信じていた。


「『N&Bシステム』の制御に成功しました!!」
男の声に潜水艦パーフェクトブルーの艦内が活気づく。
「よし!!これ以上の戦闘は危険だ!!当初の予定通りのポイントにジハードを向かわせろ!!撤退だ!!」
「了解!!」


ジハードは突如として、ガーランドに背を向けてバーニアを最大に噴出した。凄まじい速度と機動力でガーランドから距離を離す。
その様子を見てガーランドは『構成』を霧散させる。それと同時にガーランドの周りを取り巻いていた立体型魔方陣も消失する。
ガーランドはため息を一つつくと落胆の色を濃くして呟いた。
「……やはり機械との融合では目覚めさせるのは不可能か……残る頼みは……」
そこでガーランドは空を仰ぐ。漆黒の闇に無数の星々が煌いていた。星の瞬きに目を細める。
「……見つけ出してやる。俺が……いや、『魔王』が現われた事には意味があるのだからな。」
ガーランドは長刀を灰に変えるとその場を去ろうとコートを翻す。
そして、ビルの端に足をかけた時、その歩みが止まる。
「……この感覚は……酷く微弱だが……まさか……」
珍しくガーランドの顔に困惑の色が灯る。しかし、その表情は次の瞬間には不敵な笑みへと変わっていた。口元を引きつらすように酷く残酷な笑みを浮かべるとガーランドは反転してビルから飛び降りる。
「……まさかとは思うがな。一応確かめてやる。」
黒いコートが夜の闇に溶け込んでいく。
動乱の終息しつつある首都ギロックに置いて……『星』を揺るがす2度目の邂逅の時が迫っていた。


「サリーナ、もう大丈夫だ。」
クエイドはそう言うとサリーナの肩に回していた腕を離す。
「……本当に大丈夫?」
サリーナは尚も心配そうにクエイドの顔を覗き込む。最初は苦手だった相手の瞳を見つめて話すサリーナの癖にもだいぶ慣れてきた。
「ああ……助かったよ……その……」
言い出せと心はせめぎ立てるが口が思うように回らない。
こんな事を何で言い出せないんだ?
自分を何度も責める。その果てにようやく口が動く。本当に消え入りそうな声だった。
その言葉を伝えてから、思わずサリーナから視線を外す。
しかし、その後彼女がどんな顔をしているのかがどうしても気になって横目で覗くように見る。
……彼女は笑っていた。いつもと変わらない笑顔で。
「……別に気にしてないよ。クエイドにはいつも助けてもらってるし。やっと少し恩返しが出来たね。」
サリーナはいつものように陽気な口調で話していた。笑っていた。

……何だ、何も変わらないじゃないか。
その事に安堵と共に残念がっている自分がいた。
そして、その事がクエイドには可笑しくて堪らなかった。
たったこれだけの事に何故あんなに自分は臆病になっていたのだろう?何故あんなにも心を躍らせていたのだろう?
しかし、もう一つの言葉だけは言えなかった。それを言ってしまえば『このまま』でいる事など絶対に出来なくなる。
期待感よりも恐怖心のほうが勝る。
だから、心の奥底に鍵をかけて大事にしまいこむ。それが必要となる時のために……

「……遅れた分を取り戻さないとな。急ぐぞ。」
「うん。」
クエイドは振り返る。
単純なその動作が終わらないうちに『そいつ』は空から降り立った。
突然に目の前に男が振ってきたのだ。そいつは音も立てずに降り立つと鋭い眼光をクエイドとサリーナに向ける。その一瞬だけでクエイドとサリーナの表情を凍らせるのには十分だった……。
「……ガーランド……」
クエイドはかすれそうな小さな声でそいつの名前を呟いていた。

動乱の幕は下りようとしていた。だがその前にフィナーレに向けて最後の締めくくりともいうべき邂逅もまた訪れた。
氷に閉ざされたような沈黙の中で、ガーランドの黄金の瞳が強い意志を宿し、クエイドの蒼い瞳は困惑と戦慄を宿す。そして、サリーナの碧の瞳には恐怖と不安が色濃く宿っていた。


(Continue)

ちょこっと秘話

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