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第2章 「キルギスタン 動乱極まる エピローグ」
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サリーナはキルギスタンのダウンタウンにいた。宿屋の一室でする事もなく思索にふけっていると、視線は窓の外に自然と映ってしまう。
窓から見える風景はつい先日まで戦闘が行われていたという事を感じさせないのどかなものだった。
しかし、首都中央部は今も瓦礫の山と化している……
(……どうしてあの時ガーランドは私達の前に現われたんだろう……?)
サリーナは昨日……いや、明確には今日の出来事を思い出していた。
ガーランドの冷笑を思い出すと背筋が寒くなる。
そう……あの時……


「……ガーランド……」
クエイドが絶望的に呟いた。
短剣も持たず、体力も万全ではない。この現状でガーランドと戦闘をするのは本当に絶望的だった。
しかし、それでも感覚だけは鋭敏に研ぎ澄ます。ガーランドが行動を起こしても瞬時に対応できるように身構える。
サリーナを自分の半身で隠すようにしてガーランドを牽制する。
その牽制などまるで意味がないようにガーランドは無防備にクエイド達に歩み寄る。
「……何故お前たちがここにいる?」
ガーランドは抑揚のない淡々とした言葉と態度で言ってくる。
手には例の長刀はないが、油断は出来ない。
ガーランドは瞬時に『構成』を編み上げ、何のタイムラグも生じさせずに魔法を放つ事が出来る。その事実をかみ締めてクエイドも淡々と言葉を返す。
「……俺たちは連邦に向かう途中にこの一連の騒動に巻き込まれただけだ。それよりも……何故、お前は生きている?俺の短剣はお前の胸を貫いたはずだ。」
クエイドはガーランドの生存を確信してからずっと疑問に思っていた事をガーランド本人に直接聞いた。
ガーランドは冷たい微笑みを浮かべながら淡々と答える。
「……俺は『魔王』だからな。その程度では死にはしないさ。」
……また『魔王』か……
クエイドは苦々しくその言葉を呪った。 どんな不可解な事もガーランドにとってみれば『魔王』の一言で説明がつくようである。
現実主義者のクエイドにとって見れば訳のわからない事で問題をはぐらかすガーランドに対して苛立ちを覚えるのも仕方がなかった。
そして、その苛立ちの最大の理由はガーランドと『あいつ』の言動が似ている事だった。『あいつ』に対する憎悪と嫌悪をガーランドへも向けてしまう。
そんなクエイドの心情を知っているかのようにガーランドは冷たい冷笑を浮かべながらクエイドの心をかき乱してくる。
「……例のARMSに導かれた……か?お前、心の奥底から突き上げてくるような『声』を聞いた事があるか?」
クエイドの心臓が飛び上がるように跳ね上がる。
心臓の脈が途端に速くなる。
……こいつは『あいつ』の存在を知っている?
「……馬鹿馬鹿しい。そんな事があるわけがないだろ?」
しかし、そういった心情を悟られないようにクエイドは強気の笑みを浮かべる。
内心を悟られないように精一杯に強がる。
「……例のARMSって……何?」
サリーナがクエイドに助け舟を出すようにガーランドに尋ねる。
ガーランドの視線はクエイドの後ろにいるサリーナに注がれる。クエイドはサリーナにガーランドの意識が映ったことに危機感を覚えつつ、ガーランドの視線に晒されなくなったことに対して内心ホッとしていた。
「……帝国が誇る次世代のARMSだ。その実戦データの収集がここで行われていた。漆黒のARMS、ARMS−N&BD01『ジハード』だ。それにお前たちが導かれたかと思っていたが……」
ガーランドの淡々と言う言葉にクエイドの心が大きく揺れていた。

……帝国の誇る……漆黒のARMS……?
クエイドの脳裏に3年前のレイキャンベルでの極秘実験の際のあの血塗れの光景とその炎と血に照らし出される漆黒のARMSが現われる。
あの……惨劇のARMSがここにいた……?
その事実にクエイドの身も心も震えた。あの恐怖と絶望が瞬時に蘇る。
クエイドは震える手で口元を覆った。見る見る自分の血の気が引いていくのを感じる。
その様子の変化をガーランド……そして、サリーナに知られまいと必至で隠そうとするがそれはクエイドの心などお構いなしに表面に出てくる。
「……どうした?顔色が悪いぞ、クエイド?」
ガーランドは見透かすような笑みを浮かべてクエイドの心にさらに揺さぶりをかける。
「……何でもないさ。」
クエイドは強がって声をあげるがそれは震えていて傍目から見てもとても大丈夫と言える状態ではなかった。
「……まぁ、いい。今回は意外な収穫があった。」
ガーランドはクエイド達に背を向ける。
ゆっくりと去っていくガーランドにクエイドは何も出来なかった。
完全に無防備だと言うのにクエイドは『構成』を編み上げる事も、ガーランドの背に拳を突き立てる事も出来なかった。
ただ……弱々しい……とても儚く立ち尽くしているクエイドの背中だけがサリーナには印象的だった。


サリーナはクエイドを想って、ため息を一つ吐く。
どうもあれからため息が多くなっている。その事に気付くとサリーナはくすりと苦笑を漏らした。

……結局、私はクエイドの事を何一つわかっていない。
何故あれほどまでに屈強な人がああも儚く、弱く見えてしまうのか……
何が彼をあそこまで追い詰めて、苦しめているのか……
結局、分かりあった気になっていても……
心が触れ合っていると思ってもそれはまやかしにしか過ぎない……
そして……

「……クエイドのあの時の言葉……どういう意味なんだろう?」
サリーナは聞いていた。
クエイドが苦々しい……憎悪と嫌悪すら込めて言った言葉を……

……サリーナは……絶対に渡さない……


誰に渡さないと言うのだろう?
それよりも……クエイドにとって私はどういった『存在』なのだろう?
分からないよ……

本当なら嬉しいはずの言葉なのに……
どういう理由か、酷く怖くなった。
私とクエイドの知らない所で何か……『運命』のようなものが二人を引き離そうとしているようで……
私は……怖かった。


クエイドはやってきたギルド情報部の諜報員にことの事情を説明していた。
その諜報員の話によるとクエイド達の行方を調べ、キルギスタン内にいる事は調べがついていたがどこにいるかまではわからなかったようだった。
そんな時、カーターから連絡があって急いで身柄の確認に来たとの事だった。
クエイドは内心、カーターに感謝していた。
携帯電話も使用出来ないような状況だったのでどうギルド本部に連絡を取ろうか思案していた所だった。
諜報員はクエイド達を飛空艇で脱出させる準備がある事を告げてくる。
「……その前にネルドガルドから来る途中に一緒だった機長と副機長とはぐれてしまったんだ。彼らは……」
「心配ない。彼らの身柄はトリニティに保護されていると聞いている。」
諜報員の言葉を聞いてクエイドはもうこの国からすぐに脱出する事を決意する。
「……わかった。例の民間人を連れてくる。待っててくれ。」
クエイドはそう言うと諜報員に背を向けて、さほど広くないフロアーを出て、階段を上る。
(色々とあったが……これでサリーナを連れて行く事が出来るな。)
クエイドは安堵のためか、一息つく。
しかし……同時に何ともいい難い胸が空虚になるような奇妙な重い気持ちに苛まれる。
理由は分かっている。
サリーナと離れ離れになるからだ。
クエイドは自分がその事を拒絶している事を改めて思い知った。
(……しょうがないじゃないか。それが……任務だ。)
クエイドは無理やりその重い気持ちを忘れようとする。
任務という言葉を使うとその使命感からか、多少気分が楽になった。
しかし、それもほとんど意味がなかった。
サリーナのいる部屋の前に立つと忘れようと心の隅に追いやったその気持ちがさらに増してクエイドの胸を締め付ける。
クエイドは重いため息を一つ吐くとその扉を開ける。
扉が開いた瞬間、サリーナの大きな碧の瞳と視線が絡み合った。
「……サリーナ、連邦に行く手立てが見つかった。すぐにここを離れるぞ。」
自分の気持ちを悟られないように極めて平静を装って告げる。
「……うん。分かった。」
サリーナは少し悲しい微笑を浮かべるとすぐに立ち上がる。
「……私……もう少しだけ……クエイドと一緒にいたかったな。」
サリーナのその言葉を聞いた瞬間、チクンと胸が痛んだ。
つぎはぎだらけの心のくせして……こういった事には敏感に反応する自分の心が妬ましかった。心は反応するのに、それを正直に出せない自分の性格が疎ましかった。
「……仕方ないさ。」
本当は仕方ないなどとは思っていないのに……
どうしようもない切ない気持ちでサリーナを見つめていた。
何の言葉も見つからない。何の言葉もかけられない。
本当は離れ離れになどなりたくないのに……

俺は……何をやってるんだ?

このまま……『他人』に戻ってもいいって言うのか?

俺は……彼女を好きなんじゃないのか?

彼女を絶対に渡さないんじゃなかったのか?


脳裏にサリーナの笑顔が見える。
サリーナの愛らしい顔……高い、小鳥のように可愛しい声……細い、華奢な温かい体……小さな手……大きな深い碧色の優しい瞳……よくしゃべる口……優しい、強い心……
そして、サリーナへの想いで心が弾けとんだ……

瞬間、両腕に優しい温もりが走る。
その温もりで初めて俺はサリーナを抱き締めている事に気付いた。
両腕でサリーナの体を強く抱き締めている。すぐそこでサリーナの息遣いを感じる。サリーナの温もりで体中が熱くなる。
「……ごめん……俺……」
自分がしている事にどうしようもなく戸惑って、恥ずかしくなってサリーナから腕を放そうとした時、サリーナの腕が俺の背中に回る。
「……どうして謝るの?」
サリーナの優しい声が聞こえてくる。
その声を聞いた瞬間、自分のサリーナへの想いを塞いでいた理性の蓋が弾けとんだ。溢れ出てきた想いは体中を支配する。腕に力が入り、彼女の華奢な体を折ってしまうのではないかと思うほど強く……強く抱き締める。
「……俺は……血塗れで、どうしようもなく残酷で……救われない奴だけど……サリーナの事……好きでいて……いいかな?」
伝えてしまった。
ずっと……ずっと想っていた想いを伝えた。
告白としては最低かもしれないような言葉だったけど、クエイドは精一杯の言葉で想いを伝える事が出来た。その瞬間、すっと心が軽くなった。例え、避けられても、嫌われても『他人』になって終わるよりもずっと良かった。
だけど……
サリーナはくすくすと笑っていた。顔をクエイドの胸に埋めて、さも当たり前のように答えた。
「私、クエイドに嫌われてると思ってた……でも……私はクエイドの事が好き。クエイドは残酷じゃないよ。救われないはずないよ。だって……こんなにクエイドの心は温かいんだもん。クエイドは……優しいよ。」

サリーナもやっと想いを伝える事が出来た。
まだ、お互いの事を分かり合ってなんていないけれど、それはこれからだって出来る。
そう……私達は『これから』なんだよ。
お互いを支えあえるように理解しあうのも、強くなっていくのも、想いをさらに強く育んでいくのも。
今は……ただ、二人がここに……この星に存在しているだけで構わない。
全てはそこから生まれていくものだから……
だから、クエイドを強く抱き締めていた。彼の存在を感じていた。彼の心に触れていたかった。


二人の視線が交錯する。
想いと恋慕とが絡み合いながら一つの形を作っていく。その形が何かはまだ分からない。
それは二人でこれから作っていくものなのだから。
二人の顔が急速に近づいていく。サリーナの大きな瞳が閉じ、感覚だけに全てを集中させる。クエイドもまた、同じように瞳を閉じる。

暗闇の中だというのに……それまでは血と硝煙と、肉の焼ける臭いという地獄のような『暗闇』だったというのにこの時の『暗闇』は酷く切なくて、甘くて、穏やかで、愛しかった。

そして、唇が触れた瞬間、二人の記憶は急速に過去へと戻っていく……

まだ二人が出会う前……


クエイドは血と硝煙の中にあり、殺意と絶望という死の世界に飲み込まれ、自分を保つために『モノ』になる事でそれを乗り越えようとしていた。

サリーナは欺瞞と作り上げた模造品の穏やかさの中で嫌われる事を恐れ、作り上げた『笑顔』で乗り越えようとしていた。

でも……二人はそれでは『幸せ』にはなれない事を感じていた。

クエイドは自分が『幸せ』になれるはずがないと諦めていた。その資格がないと信じていた。

サリーナは自分が『幸せ』なんだと思い込んでいた。思い込もうとしていた。


そして 二人は出会う


クエイドは彼女の優しさと強さに触れ、『心』を取り戻し始める。

サリーナは彼の弱さと苦悩に触れ、自分の仮面を剥ぎ取る。


ここに 二人の想いは一つの形になる


触れ合う体と体。温もりと温もり。吐息と吐息。
対象的な二人は出会い、そして惹かれあった。
互いに互いを想いながらそれを伝えられなかった。
だけど……今、ここに想いは伝えられ、二人は始めて互いを理解する人に巡り合った。

まだ、多くの問題は残っている。
だけど……このひと時だけは何も考えずにただ、お互いの温もりを感じていたかった。

この二人に……幸、多からん事を……



(Continue)

ちょこっと秘話

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