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第3章「僕は居場所を失い 君は目の前から消える(2)」
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表向きはいつも通りの日常が流れる連邦首都フォートコーポル。
人々が笑い、涙し、誰かが生まれ、誰かが死ぬ。
『当たり前』が当たり前のように流れているように見えた。
しかし、その当たり前の中で謀略が確実に首都を蝕もうとしていた……
そして、それに気付く者もいた……
謀略を行う者たち……ガーランド、カイラス、陸軍情報部と特務遂行群を有する帝国軍部、ニルヴァーナ機関、IIAを従える帝国中央議会。
そして……それに気付いた者……ルドラン連邦が誇る巨大諜報機関・国家公安調査庁。
国家公安調査庁上層部は連日目の回るような情報に追われていた。
先日のレ軍のネルドガルド侵攻から帝国軍部とIIAが頻繁に中央ロンダルギアを中心として、策謀を行っているのが分かり始めたからだ。
レ軍侵攻の時点ではそれ程事が重大だとは誰も認識してはいなかった。
しかし、キルギスタンでのクーデターで、その事情は急変する。
キルギスタンにおいて情報収集を行っていたのは何も陸軍情報部、IIA、CITだけではない。
国家公安調査庁もまたキルギスタン首都において諜報活動を行っていた。
当初はキルギスタン軍の情報収集を行い、トリニティ平和維持軍を有利に活動させるのが狙いだった。
しかし、正体不明の超重量級ARMSの登場により、事態は急変する。
国家公安調査庁はその後もこの重量級ARMSを追跡。
途中、その追跡は振り切られるがその兵器が帝国側のものである事を推測する。
帝国側の策謀について気付き始めた最中、IIA、陸軍情報部の諜報員が多数連邦首都に侵入している事に気付く。
それはつまり、国内での帝国側の策謀が行われようとしている事を暗に示していた。

IIA、陸軍情報部、国家公安調査庁……
世界でも最大の諜報機関と言われる三つの機関が不夜城……フォートコーポルで暗躍する。


サリーナはとても穏やかな気持ちで眠りに落ちていた。
クエイドと話せた事で今まで心を重くしていた不安感は形を変え、体全体を包みこむような温かな安心感になっていた。
それに身をまかせ、流されるような幸福感に飲み込まれる事はサリーナには抗い難いものだった。
だが、その穏やかな暗闇は『私』によって蝕まれていっている事にサリーナは、完全に蝕まれるその時まで気付けなかった。

最初の『破滅』が始まる


その沈んだ、それでいて世界中に響き渡るような絶望の声はサリーナを目覚めさせるのには十分過ぎた。
(……ん……)
サリーナがまだ眠りたいと叫んでいる重い瞳を開けるとそこには暗闇に浮かぶもう一人の『私』の姿が浮かんでいた。

彼はこれから最初の『殺意』に目覚める


『愛』が……彼を蝕み始める……


『私』の絶望の声に私は怒りが込み上げてくる。さっきまでの安息の眠りと幸福感はもう何処にもない。
ただあるのは、彼を愚弄する『私』に対しての怒りだけだった。
大好きな人を愚弄する行為は何にも変えることの出来ない嫌悪感を与える。
「……クエイドに何の恨みがあるっていうの?……クエイドは優しい人だよ?私の事を大事にしてくれている。私にはそれが痛いくらいに分かる。あなたにだって分かるでしょ?!」
サリーナの言葉にも『私』はただ絶望の笑みを浮かべるだけだった。
どこまでも悲しくて、どこまでも救われない微笑み。
サリーナがかつてつけていた笑顔の仮面よりも酷く出来の悪い微笑み……
『私』はその絶望の微笑みのまま語り始める。

そう……彼は……クエイドは誰よりも優しかった……


でも……その優しさがクエイドに『憎悪』と『殺意』を与えてしまった


破滅の引き金を……引いてしまった


初めて……『私』が『彼』をクエイドだと認めた。
その事実にどうしようもないくらい胸が締め付けられる。
『私』の瞳はまるでずっと前からクエイドを知っているような瞳だった。
まるで……そう、まるで別れてしまってもなお、想い続けているかつての恋人のように。
私よりもクエイドを知っている『私』。
それが内在している事実にサリーナは嫌悪と不安を募らせる。
クエイドを求めるたびにその事実が邪魔をする。

あなたはどこまでクエイドを知っているの?

そんな声が響き渡って聞こえてくる。
私の心の弱さが作り出す幻聴……しかし、その声がサリーナを確実に追い詰めていく。
断崖絶壁まで追い込まれても何とかその谷に落ちずに済んでいるのはクエイドを好きだと確信しているから。クエイドが私の事を好きだと確信しているから。
その互いの想いがか細く、でも唯一切れない命綱としてサリーナを支えていた。
「クエイドは……破滅の引き金なんて引かない。そんな事絶対にしないし、私がさせない!!」
私の精一杯の叫びに『私』は反論してくるかと思い、身構えたが予想外に『私』は何も言ってこない。
二人の『サリーナ』。
その間に重い、長い沈黙が流れる。暗闇の中でまるで鏡を睨みつけているかのように全く同じ姿で映るサリーナの姿。
しかし、瞳に宿すものは鏡の中の自分が左右対称であるようにまるで別のものだった。

私の瞳には『希望』と『信頼』、そして『恋慕』が映り……
『私』の瞳には『絶望』と『虚無』、そして壊れてしまった『愛』が映っていた。

サリーナは『私』を見詰めながらただひたすら『私』の言葉を待った。
『私』が何かを言うまで何も言うつもりはなかった。
暗闇の中でまるでクエイドへの『愛』の重さを量る天秤にかけられているような奇妙な感覚。その感覚にだけには負けるわけにはいかなかった。
クエイドの『想い』に応えるために。
私の『想い』に答えるために。
そして、長い沈黙を破って『私』はついに言葉を紡ぎ始めた。

……そうだよね


あなた』がいる限りクエイドは『破滅』にはならない


でも……『星』が彼を『破滅』にしようとしている


あなたにそれが止められる?


彼の側を離れずにいる事が出来る?


あなたはこれから彼への『想い』も……


……彼との『想い出』も失うのに?


「……え?」
十分に心構えをしていたつもりだった。どんな言葉が来ても答えられるつもりだった。
しかし、唇を震わせて紡ぎ出した言葉は何の意味もないものに過ぎなかった。

クエイドへの『想い』を失う?
クエイドとの『想い出』を失う?

その言葉の意味がまるで分からず何も答えられなかった。
ただ、どうしようもなく体が震えた。
怖かった。本当にどうしようもなく怖かった。
クエイドと一緒にいて見た凄惨な戦場よりも……無差別に殺され、なす術もなく死んでいく人達の失われていく温もりよりも……殺意を剥き出しに襲い掛かってくる人よりも……

まるでクエイドを失うように言われているようで……怖かった。

……答えて


それでもあなたは彼の……クエイドの側にいられる?


私は震える体と心を必死で制して、私を正視する。
二人の『サリーナ』の瞳が互いの想いをぶつけ合うように絡み合う。
それの視線は決して交わる事はなかった。絡み合い、どこまでも反発し衝突する。
「……私はクエイドの側にいる。クエイドと……支え合ってどこまでも生きていく。」

……一緒に、生きていく……


私の言葉に『私』は頷く。
そして、顔を挙げた『私』の瞳から大粒の涙が零れていた。
その涙に流されて、浄化していくように徐々に『私』の瞳から『絶望』と『虚無』が消えていく。そして壊れていた『愛』が……おそらく、クエイドへの『愛』が作り直されていく。
そして、瞬間閃光が走った。
閃光の爆発……そう思わせるような凄まじい閃光がサリーナの瞳を貫いた。
「……んっ……」
何とか瞳を開けた時、瞳に映ったのは『白い』閃光ではなく、『赤い』惨劇。
何百、何千、何万という死体が積み上げられ山を築いている。
男も、女も、年齢も関係なく積み上げられている死体……
血は大地を赤く染め上げ、血が大海のようにどこまでも広がっている。その死体の山の頂きに大剣を携え、立っている青年。
綺麗な流れるような金髪……すらりとした長身……整った顔立ち……蒼い……全てを凍てつかせる瞳……
「……クエイド……」
サリーナは絶望で立ち尽くしながらその青年の名前を呟いていた……
その声に答えるかのようにクエイドはサリーナのほうを向き、笑った。
その微笑みを見て、サリーナは凍るような寒さに身も、心も凍てつかせた。
殺す事を喜んでいる微笑み、そのくせまだ飽き足りない微笑み……
サリーナは背後に気配を感じて振り向くとそこには『私』が立っていた。
「これは……これはあなたが見せた幻なんでしょ?!」
私の喉をほとばしった声に『私』は泣きながら静かに答える。

……そう これは幻……


でも そう遠くない未来に起きる『現実』でもあるの


覚えておいて 彼をここまで追い込むのは……『あなた』だという事を


……『私』は……そこまで彼を追い込んでしまった


彼を『破滅』にしてしまった


……彼の側にいてあげる事が……出来なかった


『私』の言葉が流れる中、その幻は静かに流れていく……まるで無声映画のように……
クエイドの放つ閃光が天空を飛翔するいくつもの飛行戦艦型飛空艇を燃える木の葉のように地面に落としていく。
大群のように現われる戦車とARMSの部隊を右手をただ払うしぐさをするだけで視界一杯の地面が爆ぜ、爆炎に飲み込まれる。
そんな幻が淡々と続いていく……悪夢のように……
『私』は私を子供のように必死で掴むと泣きながら訴え続けた……

お願い……『未来』を変えて……


彼と一緒に『幸せ』を掴んで……


クエイドの側にいてあげて……


クエイドを……助けて……


私は……『私』のように泣きながらただ同じ言葉を呟き続けていた。

私は絶対にクエイドを救ってみせるから


私は夢中でそれだけ呟いていた。
そして、いつのまにかクエイドは私の知っているクエイドの姿ではなく、化け物のような巨大な黒い怪物になっていた。そして、空中で同じような巨大な怪物と、その周りを飛ぶ無数のモンスターの群れと戦っていた。
都市を破壊し、森を焼き払い、無限の荒野を無尽蔵に作り出してく……
そんな無限に続く悪夢のなかで私と『私』は子供のように抱き合って、泣き続けていた。
いつまでも……いつまでも……


クエイドは瞳を開ける。
目に映る光景は自分の寝室の天井だけ……
暗闇に浮かぶそれをほんの少しの間だけ見詰める。
急速にぼやけていた意識が覚醒していく……
手元に置いてある拳銃と短剣を取る。
拳銃を腰に挿し、短剣の鞘を静かに抜く。短剣の抜き放たれた白い抜き身の刀身の輝きがクエイドの意識をさらに高めていく。
経験と感性が戦闘を予感させる。
それに従うように意識が戦闘モードへと変わっていく。
電気を点けるわけにはいかない。
そのために暗闇でも十分に見えるように目を慣らす。
そして、暗闇の中に音もなく気配が現われる。
クエイドは短剣を構える。
しかし、そんなクエイドの考えは肩透かしに終わる。
何故なら、その気配から声が聞こえてきたからだ。
「……大したものだな。完全に気配を消したつもりだったのじゃがな。」
その声には聞き覚えがあった。
クエイドは油断することなく剣を携えたまま明かりを点ける。
「……何の用だ?カイラス……」
明るさで僅かに目を細めたクエイドの瞳に不敵な笑みを浮かべるカイラスの姿があった。
「……いいのか?こんな所でのんびり寝ておって?」
「どういう意味だ?」
クエイドは未だに剣をしまわない。
カイラスとは以前ガーランドとの戦いの時、共闘したがそれは成り行き上そうなっただけであって、仲間というものではなかった。
そんな相手に油断できるほどクエイドはお人好しではなかった。
「……ギルドにあの少女の渡した事じゃよ。お主、知っておるのか?ギルドはGEESの一組織。GEESは帝国と協力関係にある……それが何を意味しているか……言わなくても分かるじゃろ?」
カイラスの言葉を聞いた瞬間、クエイドの顔色が変わった。
特務遂行群を使い、帝国はルビア村民間人を虐殺した……
その帝国がサリーナの居場所を知った……?
ギルドによって……?
「……あんたの言葉が信用出来るとどうして言える?」
クエイドは強がって笑うが頬を伝う汗が内心の動揺を如実に示していた。
「……そんな悠長な事を言っていて良いのか?今、この時も刻一刻とあの娘の命は危機に晒されているというのに……」
クエイドの動揺を悟っているようにカイラスは不敵に笑う。
(……くっ……)
クエイドは奥歯を噛み締める。選択の余地はどこにもない。決断をしなければならなかった。
クエイドの前には二つの道がある。
サリーナを助けるためにギルド派遣員を捨てる道。
ギルドを敵に回す以上、もう派遣員を続ける事は出来ない。下手をすれば、犯罪者として一生追われる事になる。
そして、もう一つはサリーナを見捨ててギルド派遣員として生きるの道。
(……悩めるはずないじゃないか……)
クエイドの瞳から動揺を表す混濁した光が消え、その代わりに決意を現す一筋の輝きが宿る。
クエイドの瞳はサリーナの微笑みを見ていた。
クエイドの一番好きな、サリーナの微笑み……
それを失うくらいなら死んだ方がましだった。
「……決心は着いたか?」
カイラスがにやりと口の端をあげる。引きつった笑みだったが酷く、満足そうな笑みだった。
「……ああ。サリーナをギルドから取り戻す。それで俺がどうなるかなんて知ったことじゃない。その後の事は……サリーナを助けてから考える。」
クエイドの答えに満足そうにカイラスは頷く。
「……サリーナの居場所を知ってるのか?」
「ああ、心配するな。あの娘の居場所は『レイライン』ですでに調べがついておる。エヴァ・エンタープライゼス社の子会社の経営するホテルにおる。そうと決まれば、早く行動を起こすぞ。特務遂行群よりもニルヴァーナ機関のほうが今は厄介じゃ。」
クエイドは一つ頷くと、瞬時に準備を始める。
カイラスに聞きたい事が幾つかあるにはあったが、今はそれに構っている暇はない。
クエイドは一度決意をすると、瞬時に行動を起こすだけの気持ちの切り替えが出来る男だった。
洋服ダンスを開けて、瞬時に戦闘服に着替える。
ギルド派遣員の戦闘服ではないが、前身黒ずくめで、その装備や使用などはギルド支給の戦闘服に見劣りはしていない性能だった。
自らの所属を隠したい場合に着用する戦闘服だった。
クエイドは完全に武装するとカイラスに向かって一つ頷く。
サリーナを救うために二匹の猟犬が不夜城に放たれた。
そして、サリーナを狙い野犬もまた、活動を開始した。


ホテルの側に一台のトレーラーが止まる。
その中から次々と作業服を着た特殊部隊隊員が姿を現す。
彼らの第一陣の武装は貧弱なものだった。
腰に作業着の中に隠してある拳銃と、護身用のナイフだけが殺傷能力を秘めている武器だった。
しかし、それだけが全てではなかった。
大した武器を持っていない警備員を無力化するために血を流す必要などないという事だ。
作業員に偽装した特殊部隊を疑うものなど誰もいない。
彼らは確実に警備室へと近づいていく。
警備員の戦闘力を無力化するという意味よりも、後々の事を考え、監視カメラを無力化させることの方が重要なのだ。
警備室の前に行くと扉を少しだけあけて、そこへ睡眠ガスの詰まった手榴弾を放り込む。
放り込まれた手榴弾の中から勢いよく睡眠ガスが噴出する。
ガスが部屋一杯に充満するまで、10秒もかからなかった。
警備員たちは何も出来ないまま、深い眠りに落ちていってしまう。
隊員達は顔を見合わせて頷くと、一緒に持ってきた作業袋からガスマスクを取り出し、それをつけて部屋の中に入る。
未だガスの充満する警備室の中には深い眠り落ちている警備員が数人確認出来る。
その事を頭の片隅に置くと、監視カメラの電源を切る。そして、今まで録画していた監視カメラのビデオテープを取り出し、それを破壊する。
これでもう証拠は残らない。
それを確信して、特殊部隊員2名を残して残り3名が今度はサリーナのいる部屋へと向かう。少女を確保することなど3人もいれば十分だった。
魔手が確実に近づいていた……
ゆっくりと……しかし、確実にサリーナを捕まえようと……
サリーナのもう一人の自分、『私』の言うとおり、クエイドとの想い出とクエイドへの想いを消さんと……運命……いや、『星』の画策が慟哭となり、全てを突き動かしていた。


クエイドとカイラスは夜の街を疾走していた。
もう深夜を回っているため、夜には人がまばらでクエイドとカイラスを怪しむ者は少なかった。例え、怪しんだとしてもあえてそれに巻き込まれようと思う者などいない。
それが、クエイドには有難かった。
「ち……不味いな。奴らの動きが予想以上に速い。このままじゃ間に合わん。」
「……じゃ、どうする?手がない以上は全力で走るしかないだろ?」
全力で走っている最中だというのに、クエイドとカイラスの言葉には少しも淀みがなかった。クエイドはともかく、カイラスのような老人がここまでの体力を保有している事がクエイドにとってはこの老人を化け物じみて見せていた。
「……獣魔を召喚する。」
そう答えるとカイラスは足取りを徐々に緩め、止まる。
クエイドも同じように止まると、カイラスに振り返る。
「……獣魔?」
「まあ、見ておれ……」
カイラスは自身に満ちた笑みを浮かべると『構成』のようなものを編み上げ始める。
『ような』というのは伊達ではない。……厳密には『構成』ではなかった。
その事実に気付いていたからこそ、クエイドはそれに戸惑った。
(……なんだこの感覚……魔法じゃない……この『構成』……いや、『構成』でもない。『構成』よりももっと濃密で……現実世界に影響を及ぼしている?)
クエイドの言葉通り、カイラスの編み上げ始めた『構成』のようなものは瞬時に現実世界に影響を及ぼし始める。
カイラスの前の道路がぐにゃりと歪み、魔方陣のようなものが描かれ始める。
クエイドはその様子を呆然と見詰めていた。
『構成』が直接現実世界に目に見える形で構成されていく様をクエイドはガーランドの放とうとした古代魔法で垣間見た。しかし、その時は明らかに『構成』から魔法であると確認出来た。しかし、今回はそれすらクエイドには理解出来なかった。
「飛竜召喚!!」
カイラスの力強い『呪文』が放たれると、歪んだ魔方陣の中から異形の怪物が現われ始める。
最初は黒い翼が現われ、次に長い首が現われる。鋭い獣の眼光を放つその生物は凄まじい咆哮と共にその全容を現した。
クエイドはその怪物の咆哮に皮膚が焼け付くような感覚を味わう。
全身に鳥肌が立っていくのを切実に感じていた。
「……ドラ……ゴン……」
クエイドは思わず呟いていた。

ドラゴン……
世界各地に存在している幾千幾万のモンスター種の中で最強と呼ばれているモンスター種。
その戦闘能力、生命力に敵うものは存在しない。
たった一匹で飛行戦艦型飛空艇を落とす程の戦闘能力を秘めている。
史上最悪、最強の生命体である。
それが今、目の前に存在している事実にクエイドは恐怖を感じずにはいられなかった。
「……ドラゴンを見るのは初めてか?」
カイラスは余裕を見せ付けるような皮肉な微笑みを浮かべる。
「……ドラゴンを召喚するなんて……あんた……一体?」

声を絞り出すのがやっとだった。目の前の究極生命体を召喚したこの老人の底のなさに改めて不安を募らせる。
そもそも、召喚魔法など、この世に『存在しない』。
太古の昔……二千年にも及ぶ有史以前から続く長い魔法の歴史の中にさえ、召喚魔法というものは一度として登場していない。
いや……厳密に言えば、『一度』だけ歴史にそれらしい片鱗を見せた事はある。
300年前、パラメキア大陸を支配しようとした『竜王』と呼ばれる史上最悪のドラゴンの出現。人以上の知恵を持ち、国を滅ぼす程の力を持ったそのドラゴンを倒したのは当時最強の騎士団・『聖王騎士団』を保有していた聖王国家パラシアでもなく、激戦を潜り抜けた歴戦練磨の勇者でもなかった。
少年だった。何の取り得もないただの平凡などこにでもいるような少年。
まだ、二十歳にも遠い14,5歳の少年の手によって最悪のドラゴン、竜王は倒されたのだ。ただ、その少年は召喚魔法を使えたと伝説は語る。
悪しき漆黒のドラゴン・『竜王』とその少年の傍らに付き添い、全てを無に帰す灼熱の炎を吐く、神々しいまでに白く輝くドラゴン『神竜』の凄まじいまでの戦い。
少年はドラゴンの王『神竜』を従え、数多の『神の僕』と称される異形のモンスターを召喚し、ついに『竜王』を倒した。
この伝説は今尚、パラメキア大陸全土に伝わる伝承である。
しかし、それを確かに伝える文献はあまりにも少ない。
聖王国家パラシアに僅かに残るだけだとクエイドは聞いている。その『竜王』と少年の戦いがあまりにも凄まじく、少年と竜王との最後の決戦となった『死竜山の戦い』に参戦した者の中で誰一人生き残ったものがいないからだと歴史……いや、伝説は語っている。
その伝説に過ぎないとクエイドが考えていた召喚魔法が今、目の前で使われた。
その事実にクエイドは恐怖と……そして、言い表せない興奮を感じていた。
『伝説』が目の前で起こる感覚。それを前にすればどんなに冷静で、冷淡な人物だろうと興奮せずにはいられないだろう。
クエイドはその興奮を押さえるのに必死だった。
「このドラゴンは俗にワイバーンとも飛竜とも呼ばれておる。戦闘能力はさほどでもないが飛翔能力にかけてはどんなモンスターにもひけはとらん。」
カイラスはその飛竜に背中に乗る。
クエイドも習うように飛竜の背に乗る
。 その生物とは思えない冷たい感触と重圧な鱗に背筋が寒くなっていく。
そのドラゴンは数度、巨大な翼を羽ばたかせると凄まじい旋風を巻き上げて、空高くに飛翔する。そして、翼を水平にし、凄まじいまでの速度で飛翔し始めた。
周りの街の明かりという星々が急流のような速さで後ろに流れていく。
「……なんて速度だ……なのに何故そよ風程度にも風を感じないんだ?」
クエイドの疑問は最もだった。しかし、その疑問にもカイラスは簡単に説明する。
「『結界』を張っておるからじゃよ。さすがに何もせずに飛竜の背に乗れば、風圧で吹き飛ばされるからの。」
クエイドはその事実に驚愕する。
『構成』を編んでいた事にさえ気がつかなかった。それほど、自分が動揺している事を改めて思い知らされる。
(……しっかりしろ。お前はサリーナを助けるんじゃなかったのか?!)
クエイドは思わず唇を噛む。
サリーナの危機を再認識すると今までの信じられない、幻想のような現実にもついていけた。急速に頭の中が澄んでいくのを感じる。クエイドの瞳に再び、冷徹なほどの強い意志の光が宿る。
その様子を垣間見ながら、カイラスはクエイドに気付かれないように冷笑を浮かべていた。


サリーナは起きていた。
ただ、明かりも点けずにただ暗い天井をいつまでも見詰め続けていた。
夢の中で『私』にあった後、ほどなく目が覚めた。
しかし、再び眠れるわけでもなく、起き上がるだけの気力も沸かずにただただ天井を見詰めていた。
『私』の言葉を幾度も頭の中で反芻する。
そして、あの冷酷な……残忍なクエイドの姿を。
その表情に寒気を覚えて、サリーナは寝返りをうつ。

あれがこれから起こる未来?
クエイドはああなるとでも言うの?

信じられなかった。信じたくなかった。
確かにクエイドは冷酷な時もある。
しかし、それは自分が生き残るために仕方なく冷酷にならざるを得なかったからだ。
自分から好んで人を殺すような人ではなかった。
それを誰よりも、クエイド自身よりも知っているからこそサリーナは信じられなかった。
『私』は……『私』がクエイドをそこまで追い込んでしまったと泣いていた。
私が……彼をそこまで追い込んでしまうと言っていた。
それがどういう意味なのかは分からない。
しかし、一つだけ分かる事がある。
それは……クエイドの側を離れてはいけないという事。
決して、クエイドと離れ離れになる事が彼を救う方法ではないという事。
それを『私』の言葉の片隅から推測出来ただけでもサリーナにとっては救いだった。
もし……クエイドの側を離れる事が彼を救う方法だとしたなら……
それを考えるだけで身を切られるほどの気持ちになる。
痛くて、切なくて、悲しくて……
しかし、『私』は言っていた。
クエイドの側にいてあげてと。
一緒に幸せを掴んでと。
……『未来』を……変えてと。
サリーナの瞳に今までにないほどの強い決心を現す光が宿る。表情も自然と逞しい、少女のものとは思えない力強い表情へと変わる。
どんな未来だろうとクエイドと一緒なら……変えられるはずだと信じたかった。
どこかでそれを疑う自分を制して、どこかでそれは無理だという自分を押し殺して……

私は……必ず……未来を変えてみせる


それを口にすると自然と疑う気持ちと無理だと言う気持ちが消えていく。
それを実感して毛布を頭までかぶりくすりと笑う。
「……私、少しは強くなったかな?」
そんな独り言を言う時点でまだ全然強くなんてないとも思う。
だけど、少しずつ、ほんの少しずつだけど確実に強くなってきている。
いつか……クエイドを支えられるようになれるように……
彼を捉えている暗闇を退かせられるように……
そして……同じ『道』を二人で歩んでいけるように……
私は……これからも強くなっていかなくてはならない。

そんな事を考えているうちに再び眠気が襲ってくる。
最初、それに身を任せてもう少し眠ろうと考えていたが、違和感が体と意識を包む。
(何……これ……?)
体が言う事をきかない。意識は何とか保っているが、体に全く力が入らない。腕を、手を動かすことすら出来ない。こんな異常な眠気は初めてだった。
違和感を感じ警告を発し続ける意識とは裏腹に体の自由はきかない。
そして、その意識すらも徐々に蝕まれていく。
(ク……クエイ……ド……)
声を出すことも出来ずにサリーナの意識は完全に蝕まれ、ついに完全に暗闇に落ちてしまった。


「こんなもんだろう。」
作業員の服を着た戦闘員が再びガスマスクを着けて部屋に入る。暗視ゴーグルの機能も有しているため、暗闇でも十分に見える。
ベッドに近づくとすやすやと気持ちよさそうに眠るサリーナの姿があった。
「……目標発見。これより確保する。」
「……了解。目標を運び出せばここに用はない。至急撤退するぞ。」
「了解。」
無線で外に待機しているトレーラーの中の仲間と連絡を取るとすぐさま、行動に出る。
訓練によって鍛え上げられた肉体にとってサリーナの体を担ぐ事等容易なことだった。
そのあどけない顔を見て、戦闘員の一人が言葉を漏らす。
「……こんな少女に何故、我々や陸軍情報部、IIAはやっきになっているんでしょうね?」
「……知るか。とにかくこの少女を確保せよとの命令だ。無駄口を叩いてないでとっとと撤退するぞ。」
「……了解。」
ガスマスクで見えないが、口を尖らせて呟いた。
その戦闘員だけではなく、戦闘員たちを束ねる隊長自身も不平、不満はあった。
こんなわけの分からない任務に部下を危険に晒すことが納得出来ないと言えば、納得出来なかった。しかし、任務である以上、私情をはさむわけにはいかない。
「……行くぞ。」
今まさにサリーナが連れ去れようとしていた時……
窓ガラスが凄まじい音を立てて、四散した。
そして、黒い塊が部屋の中に転がってきた。そうとしか戦闘員達には思えなかった。
その黒い塊は起き上がると静かに言い放った。
「……サリーナから手を離せ。でないと……俺はあんた達を殺す。」
その声に戦闘員たちはナイフを取り出し、構える。
それを冷静に見詰めながら……クエイドの神経は鋭敏に研ぎ澄まされていった。
「……全く、無茶をやるもんじゃな。そんなにその娘が大事か?」
カイラスはあきれるように呟く。割れた窓枠に背も垂れて、冷笑を浮かべる老人の姿。
なんの気配もなく現われたその老人に戦闘員達はクエイド以上の不気味さを感じた。


あの時……いままさにサリーナが連れ去られようとしていた時……
「あれじゃ、あのホテルにあの娘はおる!!」
カイラスの声と指先にその方向を凝視する。
それを確かめてクエイドは呟く。
「……サリーナがどこの階のどの部屋にいるか分かるか?!」
「ああ。ほれ、そこの……」
カイラスが指を刺してほんのすぐあと……クエイドは宙を舞っていた。
「なっ?!!」
これにはさしものカイラスも驚きを隠せなかった。
クエイドはその瞬間、飛竜の背を蹴り、空中に身を躍らせていたのだ。
星の重力に身を任せ、落ちていくクエイド。
突如として現われた体を強く叩く強風にクエイドは顔をしかめる。
このままなら地面に衝突するか、ホテルの壁に衝突するかのどちらかだった。
クエイドは編み上げていた『構成』と『詠唱』を瞬時に『呪文』として開放する。
「『爆風砲呪』!!」
クエイドの力強い、魔力の篭った言葉に従うように魔法がその力を具現させる。
クエイドの両腕から放たれた台風よりも凄まじい突風は何の支えもないクエイドを後方へ吹き飛ばす。
本来は目の前の敵を薙ぎ倒す程の突風を生み出す魔法である。この魔法の設計図とも言うべき『構成』に多少のアレンジを加えてクエイドは空中での方向転換用に使ったのだ。
クエイドはさらに勢いをつけてサリーナのいるはずの部屋の窓ガラスを体当たりの形で打ち破ったのだった。


「……全く、本当に無茶もいい所じゃぞ?そんな事をしなくともわしが転移魔法で連れて行ってやったものを。」
「……そういう事はこれからはもっと早くに言ってくれ。」
クエイドは静かにそう言い放つと腰の鞘から短剣を引き抜く。
前回の短剣はキルギスタンの動乱の際に紛失している。前の短剣よりもやや細身の短剣。しかし、これもまたクエイドが文様魔術を施し、短剣から大剣へと変化する『魔法アイテム』の一種である。
ぶらりと短剣を携え、右足を僅かに引いたいつも通りの姿勢。
サリーナを担いでいる戦闘員を除いた二人はナイフを構え、ジリジリとクエイド達に歩み寄る。
肌をひり付かせる緊張感。この感覚に包まれた時だけクエイドは自分が世界の中心にいるような『絶対』の感覚を手に入れる。
自分の持つあらゆる戦闘経験、戦闘技術が今か今かと出たがっている。
それを制御しながら、クエイドはその数多の戦闘技術、戦闘経験から最適なものを感覚で抽出する。その行為はまるでARMSの火器管制システムのように正確無比だった。
「……ここは俺達にまかせてお前はその娘を届けろ。」
「……了解。」
そう苦々しい口調で呟くとサリーナを担いでいる戦闘員はクエイド達に背を向ける。
その様子にクエイドが動こうとするが、他の二人の戦闘員に阻まれて行動出来ない。
焦る気持ちを必死で抑えてクエイドは低く抑えた声で呟く。
「……殺されたくなかったらそこをどけ。」
その言葉の気迫に汗が流れていくのを堪えながら隊長は強がりとしかとれない笑みをガスマスクの下で浮かべる。もちろん、それはクエイドには見えないが。
「……特殊部隊の隊員を脅す奴なんて初めてあったぜ。……だがな、これも俺の任務。……死ぬのはお前らだよ!!」
隊長のその言葉を皮切りに両者が動いた。
踊りかかる戦闘員のナイフ捌きを全て紙一重で避けるクエイド。
空気を裂く音と共に繰り出されたナイフを避け、そのまま肘が戦闘員のあごを打つ。
「がはっ!!」
思わずのけぞる戦闘員に間髪いれずにクエイドの短剣を握っている拳が戦闘員のみぞおちに微かに触れる。
その寒気の走るようの感触と、あまりに近すぎるクエイドとの距離に恐怖し、離れようと後ろに飛び退こうとしたその時。
気合の声も何もなく、ただ地面が揺れるほどの踏み込む音が聞こえた。
その瞬発力を殺すことなく摺り足で移動しその加速を上乗せし、回転する腰の筋肉と引っ張られた背中の筋肉が相互に作用し、全てを貫くかのような拳を突き出す。
何かが爆発したような凄まじい衝撃を腹に喰らい、そのまま戦闘員は3mは後方に吹き飛ばされた。
宙を舞っている短くて長い間、その戦闘員は車に衝突されたかと思った程だっただろう。
いや……それともすでに意識はなかったか……
衝撃に身を任せるようにゴロゴロと二回転程して、うつ伏せに倒れる。
そして、もうピクリとも動く事はなかった。
その光景にあっけにとられていたのは何も隊長だけではなかった。
カイラスさえもその圧倒的なまでの戦闘技術に立ち尽くしていた。
クエイドはそれで止まる事無く、隊長に迫る。
「チッ!!」
繰り出されたナイフが空を裂く……そう、ただそれだけ。
獲物を失い、一瞬……ほんの一瞬だけ静止した腕を狙って短剣が弧を描く。短剣の背で強打された腕は本来、曲がるはずの方向に曲がる。
激痛が体を貫通し、絶叫を挙げる隊長の耳元でクエイドが冷酷に呟いた。
「……墜ちろ。」
そのあまりの静かの声色と一瞬見たクエイドの蒼い瞳に隊長は震え上がった。
(違うッ!!こいつは違うッ!!こいつは戦闘に長けているからとかそんなんじゃない。こいつは……こいつは……)
混沌とした意識の中でクエイドの動きがスローモーションに見える。しかし、それ以上に自らの動きが遅く、まるで静止しているかのようだった。
鞭のようにしなり、長い弧を描いた足のかかとが隊長の首筋をえぐるように命中する。
ブーツのかかととつま先には鉄骨が埋め込まれているクエイド特注の物である。
これを喰らって意識を保っていられる者などそうはいないだろう。
白めを剥き出しにし、口を大きく広げたままもんどりうって倒れる。
クエイドは一瞬にして二人の戦闘員を無力化したのだ。
その圧倒的な強さの前にカイラスはただただ呆然としているだけだった。
カイラスの強さも並ではない。
彼でもこの戦闘員二人を相手にすれば倒せた事だろう。
しかし、ここまで圧倒的に、瞬時に、魔法も使わずに倒す事は『人』の力を持ってしては不可能だった。
その事実にカイラスは驚愕していたのだ。
そして、カイラスには瞬時にクエイドが『脅威』として映っていた。
クエイドは倒した二人に構わず部屋を出ようと走り出した。
しかし、その瞬間、信じられないものを感じた。
……『構成』……
クエイドは大きく横に跳ぶ。さっきまで自分がいた所を光刃が過ぎ去っていく。
目標を失った光刃はそのまま壁に命中し、爆音を轟かせて粉塵を巻き上げる。
「何のつもりだ?!」
クエイドは粉塵の舞う中、殺気を振り撒く老人を睨み付けた。
……そう、カイラスを。
「……何となく分かったんじゃよ。何故、ガーランドがああ言ったかを。あの娘のためにも、『星』のためにも、お前には死んでもらう。」
その言葉と同時に『構成』が吹雪のように吹き荒れた。
カイラスから再び放たれた光刃が、序章の『終幕』と物語の『始まり』を予感させた。


(Continue)



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