EARTH
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第3章「僕は居場所を失い 君は目の前から消える」エピローグ
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「……いいようにやられた物だな?」
冷たい声にもカイラスは少しも体を動かそうとしない。動かそうにもすでにクエイドとの戦いによってもうすでに体はピクリとも動かない。
「……そう……じゃ……な……ぐふっ!!」
くぐもった声でカイラスは言う。無理に笑おうとしたのが悪かったのか、潰れた肺を通して血を吐いてしまう。
声の人物はカイラスの側に立つと『構成』を編み上げる。
それを瞬時に展開し、魔法として発動させる。
カイラスの体を優しい光が包みこむ。
どう見ても重傷だった傷が癒されていく……
潰れた肺は元のように復元し、折れた肩の骨が繋がっていく。体中の傷も全て塞がる。
「……どういうつもりじゃ?」
カイラスは目を細めて、仰向けのまま呟く。
一度は互いに壮絶な殺し合いをやった相手である。カイラスの問いは最もだった。
「……これは貸しにしておく。まだお前には役に立って欲しいしな。」
その問いに『貸し』の一言で済ませると、ガーランドは冷たく微笑む。
そして、神妙な顔になりカイラスに問う。
「クエイドに……やられたのか?」
カイラスはその問いにすぐには答えず、ようやく体を起こす。
僅かな違和感すらない。完全に傷が癒えている。
その事に内心、感服と脅威の両方を感じる。
『構成』を展開した時にも感じたがまさに『完璧』な魔法である。
「……ああ。まさか、獣魔術士であるわしの動きを凌駕するとはのぅ……」
「それは違うな。」
ガーランドは目を細めて答える。
「……違う、じゃと?」
カイラスは眉をひそませる。あの時に自分の目で見たクエイドの動きはまさに驚愕の一言に尽きる。反応速度、運動能力、判断力……。どれも常人の者ではなかった。
「あいつの動きは人間の領域だ。ただ……訓練によって極限にまで高められているがな。獣魔術士の運動能力のそれに比べれば大きく劣る。」
ガーランドは淡々と呟くが、カイラスには納得出来ない。
「ならば、何故わしは敗れた?……その説明がお前には出来るのじゃろうな。」
「ああ……。」
ガーランドは視線をトレーラーに映して冷笑を浮かべる。その視線の先にいるはずのクエイドを見て……
「……『経験』……」
「経験じゃと?」
「あいつはお前の動きを完全に見切っていたわけじゃない。ただ状況に体が反応して行動したに過ぎない。あいつの体に染み付いている戦闘技術、殺人術……それを駆使してお前を倒したんだ。」
カイラスはガーランドの言葉を聞きながら立ち上がる。ローブについた埃を払い、苦笑を浮かべる。
「……相当なお気に入りらしいな、奴が。……奴も我々と同じように『星』に選ばれし者……星の壮大な『計画』に関わるものなのか?」
「……さぁな。だが、先のレ軍侵攻にも、キルギスタンの動乱にも奴は何らかの形で関わっている。」
ガーランドは頭を振り、言葉を続ける。
「……しかし、惨い仕打ちをするものだな?あの娘が奴にとってどれだけ大切な存在か知らないわけではないだろう?」
カイラスの行動を咎めるような口調でガーランドは呟く。しかし、カイラスは冷笑を浮かべて悪びれる様子もなく答える。
「……試したんじゃよ。奴の力をな。わしを退けられんようでは、あの娘は……死ぬじゃろうからな。いい予行演習になったのではないか?」
「……悪趣味な奴め……」
ガーランドは冷笑を浮かべて呟く。その瞳は嫌悪というよりも同類というような皮肉な輝きが宿っていた。
「……幻によってクエイドにあの娘が死んでいるように見せる……下手をすればあいつの心を完全に壊していたぞ?」
「……それ位で人の心が壊れるものか。」
カイラスのあまりにも当然という口調にガーランドは思わず笑みを漏らす。
「……どうした?」
ガーランドの様子があまりにおかしかったのでカイラスは訝しがる。
「……まさか、『魔王』である俺の方が人の心について分かっているとはな……」
ガーランドは尚も笑いを堪えながら夜空を見上げる。
「……人の心程……弱く、儚く、汚く、強く……そして、美しいものはないと思うがな……」
ガーランドの声は静かに虚空に消えていった……


「……サリー……ナ……?」
クエイドは恐る恐る彼女の頬に触れる。
最初に見た時のような血塗れの彼女の姿はどこにもなかった。
ただ、倒れている彼女の姿だけ……
それだけでもあれがカイラスの作り出した幻だったという証明は出来る。
しかし、それだけでは不十分だった。
自分の手で彼女の温もりを確かめる。
温かい彼女の頬……
それを確かめ、クエイドの緊張の糸が切れる……
クエイドは大きく息を吐き出す。不安や疑念、悲しみ、憎悪、そして殺意も一緒に吐き出すように。
「良かった……本当に……良かっ……」
声が出なくなって初めて自分が泣いている事に気付いた。
大粒の涙が止め処なく溢れ出てきて、それが雫となって彼女の頬も濡らす。
嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪える。
自分がこんなに泣いている所を決してサリーナには見せたくなかった。
自分の涙に触れて改めて彼女の大きさを知る。
彼女の温もりの偉大さを知る。

彼女がいなければ 生きている意味もない

彼女がいなければ 俺は生きてはいけない

その事を改めて思い知る。
知っているつもりだったのに……彼女の温もりは、声は、心はいつでも俺に多くの事を教えてくれる。

「……良かったな?彼女が生きていて……」
声は突然に響いた。何の気配もしなかった。
もし、気配を感じたとしても今のクエイドには分からなかったかもしれないが。
「……何のようだ?ガーランド?」
クエイドは振り返る事もせずに呟く。振り返らずとも声の主が誰か分かっている。
「無用心だな?俺なら一足でお前達を斬り殺す事だって出来るぞ?」
ガーランドは静かに冷笑を浮かべる。もちろん、その様子をクエイドが知る由もないが。
「……お前が本気で俺を殺そうとすれば俺に為す術はない。」
「くくく……実にいい答えだ。」
ガーランドは満足そうに声を立てて笑う。
「……お前、何故カイラスがこんな手の込んだ事をやったか分かるか?」
「……嫌がらせだろ?」
クエイドは迷うこともなく答える。ガーランドは何が可笑しいのかまた声を立てて笑う。
「くくく……確かにそれもあるがな。……お前はともかく、いつでもその娘を殺す事が出来るって意味だよ。」
ガーランドのその言葉に心臓が飛び跳ねる。
退いていた汗が再び噴出すように出てくる。
「……カイラスが言っていただろう?今、お前の周りで幾つの巨大機関が動いているかって。その全てが全て、その娘を狙っている。……お前にその全てが退けられるのか?」
クエイドは答えられない。
汗が頬を伝い、地面に落ちる。
「……特務遂行群、ニルヴァーナ機関が行動を起こし、ギルド情報部、陸軍情報部、IIAが情報を収集する。その魔手は到底人一人の力では逃れられるものじゃない……分かるな?」
ガーランドは静かに過酷な現状を告げてくる……
ギルドが裏から手を回している以上、クエイド一人の力でサリーナを守らなくてはならない。しかも国家権力という最悪の敵から……
自分の身を守るだけならまだしも、サリーナを守る……自分以外を守るという事の難しさをクエイドはよく知っている。
……知っているからこそ何も言えなかった。

分かっている……
彼女を守る事が……自分には不可能だと言う事を。
分かってはいるが認めたくなかった。認めれば……本当に彼女を守れなくなってしまう。
彼女を……失ってしまう。

「だからって……サリーナを守る手段は何処にもない。俺しか……彼女を守れない。」
クエイドは苦々しく答える。
「……そうでもないさ。その娘を狙う奴らから守る手段はある。」
ガーランドの自信で満ちた言葉にクエイドは振り返った。
そのクエイドの様子に満足したようにガーランドは微笑んだ。
それは、まさに悪魔の微笑みだとクエイドは次の瞬間、心底思った。


ルビア村の唯一の生存者、サリーナ・レイフォンスの遺体を確認

その報告は帝国軍部、帝国中央議会、双方にもたらされる。
帝国軍部はその報告に歓喜し、帝国中央議会はその報告に落胆した。
これにより、帝国軍部は『N計画』に余裕ができ、逆に帝国中央議会は『プロジェクト・ノア』に変更を余儀なくされる。
大国がたった一人の少女の生死に一喜一憂している事をクエイドは知らなかった。
いや……知っていたとしてもどうでも良かった。

小さくドアの開く音が暗い部屋に木霊する。
クエイドは明かりも点けずに部屋に入る。
クエイドの手はテレビのリモコンに伸び、テレビの電源を入れる。
暗かった部屋をテレビの明かりが照らし出す。
時に明るく……時に暗く……クエイドの顔を照らし出す。
クエイドはうなだれるように腰を下ろす。
瞳は虚ろにただ、自分の手を見つめていた。

自分の判断が間違っていたとは思えない。
最良の……判断だと今でも言える。
ただ……どうしようもなく心が空虚だった。
世界の全てが空しく感じてしまってしょうがなかった。

あの時の……あの判断は……間違っていたのだろうか?

何度も繰り返し自分に問いかけるが返ってくる答えは自分を正当化する答えだけ。
決して、真実の『答え』を教えてくれる事はない。
悩め。
迷え。
苦しめ。
そう自分が自分に冷たく言い放つ。
不甲斐ない自分を見捨てたように『あいつ』の声さえも俺には聞こえない。

あの時、ガーランドは……俺にこう言った……

「あの娘の記憶を消し、あの娘の姿をした肉の塊を作り上げる。」

そう……帝国がサリーナだと判断した遺体は……ガーランドが戦闘員の死体で作った彼女の人形……
本当の彼女は……サリーナは……今も生きている。
俺の事を忘れ、自分の事を忘れ、この星の何処かで生きている……
彼女を敵から守るには最善の策だろう……
だからこそ……ガーランドのその提案を受け入れた。
それにその提案を受け入れないつもりだったとしても、それは出来なかった。
あいつは……ガーランドは俺の返答いかんでは俺も、サリーナさえも斬り殺していただろうから。
彼女の居場所を知っているのは彼女を連れて何処かへ消えたカイラスだけ……
俺は……彼女の居場所を聞こうとはしなかった。
知れば……必ず彼女に会ってしまうから……
自らのエゴでサリーナを危険に晒すわけにはいかなかった。
やっと……彼女は『幸せ』を掴めるのだ。
それを俺が邪魔する訳にはいかなかった。
両親や友達の死も、凄惨な戦場も、全てを忘れて彼女は生きる……
それが彼女にとっての幸せなのだと自分に言い聞かす。

……しかし……

頬を涙が伝う……
最後に彼女に言った言葉が自分の胸をどうしようもなく締め付ける。
最後に力強く抱き締めた彼女の感触が、温もりが、時間と共に消えていく。
彼女の声は……聞けなかった。言葉を交わさないまま……別れは突然訪れた。
俺が最後に彼女に言った『言葉』達……

……サリーナ……

……今まで本当にありがとう……

……俺には君との『想い出』だけで十分だから……

……サリーナは自分の『幸せ』を掴んでくれ……

……さよなら……

……愛……してる……


『想い出』だけで十分だなんて、嘘だった。
彼女を『想い出』にしてしまいたくなんてなかった。
ただ……そう言わないと彼女と別れられなかった。そうしないと、彼女を掴んで離せないと思ったから……
この感情が『愛』なのかは分からない。
『あいつ』の言った『愛』の答えが『これ』だったとは思えない。
でも……どうしても伝えたかった。この言葉を彼女に伝えたかった。
自分にその言葉を言う資格があるとは思えなかったけど、彼女を想う気持ちを『言葉』にするにはこれ以外にないと感じたから。
最後に抱き締めた彼女の体は温かく、柔らかく、華奢で、そして……酷く淋しかった。

テレビが突然変わり、トリニティ平和維持軍がキルギスタンの首都奪還作戦を再度行ったと喚いている。
クエイドの脳裏に彼女の微笑みが映る。
それはいくつものサリーナの表情になっていく。
はにかんだ顔……照れ笑いした顔……怒った顔……悲しんだ顔……泣いた顔……
もう……クエイドの中の『彼女』はこれだけ……
キルギスタンを離れる時……彼女と交わしたキスの感触が蘇ってくる。
その想い出が……今のクエイドには辛すぎて……テレビを消した。
そして……サリーナの表情も消えた……彼女の存在と共に……


……キルギスタンの動乱で実を結んだ二人の想いの形は……

……動乱の終焉と共にここに終わった……

……そして、彼と彼女が再び出会う時……

……二人は終に向かう……

第一部・完

(……続く)

(Continue)



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