第4章「君は想い出に 僕は人形にもなれずに(1)」
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……俺の手は君に触れるため……
……俺の耳は君の声を聞くため……
……俺の口は君と話すため……
……俺の全てが君のために……
瞳に映ったのはサリーナの微笑みではなかった。
白い天井と電灯……
ぼやける視界でそれを見詰める。手で額に浮かんでいた寝汗を拭う。
寝返りも打たずにクエイドは天井を見続けていた。
(夢を……見ていた?)
誰に聞くわけでもなく反芻する。
しかし、問いかけは意識の海に飲み込まれて何の答えも返してはくれない。
その事にあきらめにも似た苦笑を出そうとするが顔は決して笑わない。
そう……サリーナを失ったあの日から……再びクエイドは笑えなくなってしまった。
ようやく自分の感情を不器用にだけど表現出来るようになったと言うのに……
しかし、それでも構わないとクエイドは考えていた。
見る者のいない微笑みなどないほうがましだった。
『人形』に戻った……
そう言えなくもないがクエイドは違うと考えていた。
この毎日の辛さ……彼女がいない事の喪失感と脱力感……
それだけは日に日にクエイドの心を黒く蝕んでいく。
無くした物を取り戻そうと心が悲鳴を挙げ続けている。
しかし、それを取り戻す術など何処にもない。
人になる術を失い……人形にも戻れずに……
想い出だけで生きて行ける程強くなんてない
クエイドはようやく起き上がる。すでに太陽は真上に昇り、眩しいほどの太陽の光を部屋一杯に取り込んでいた。
適当に朝食代わりの昼食を食べると食器を洗い、片付ける。
する事もなくソファに深く腰を下ろす。
天井を見上げて大きく息を吐く。
どうもため息が多いなと苦笑したいが、やっぱり顔は無表情のままぴくりとも動こうとしない。
サリーナと別れてからすでに半月程過ぎ去っている。
その間、クエイドはギルドの再三の出頭要請を頑なに拒んでいた。
クエイドはギルドへの疑惑を確信へと変えていた。
この半月の間に『カード』からの情報によってギルドとGEES……さらには帝国との繋がりも判明していた。
そんな組織に……サリーナを追い詰めた組織には加担したくはなかった。
些細な抵抗だった。
それさえもいつかは終わるというのに……
まるで子供の抵抗だった。
(……辞表でも提出するか……)
クエイドはそんな事をぼんやりと考える。
すでに辞表は書き上げられ、テーブルの上に放り投げてある。
それを横目で見ながら、クエイドはもう一つため息を付く。
今のままでギルド派遣員として任務に従事するのは無理だった。
心がついて来ない。そして、心がついて来なければ体もまた、ついて来ない。
別にギルド派遣員を辞めたとしても生きていける自信はあった。
大概のことは器用にこなせると自負しているし、預金通帳には使わずに溜まっている金もある。無職になったとしても十分に生活していけるだけの術がある。
だけど……
クエイドは目を細める。
体が、心が何処かで戦いを望んでいる。
短剣を握ると心の何処かが安らぐ。
戦闘に身を任せれば彼女を失った喪失感から一時だけだが解放されるだろう。
自分の中の病んだ部分……
それが戦いに身を置けとクエイドの心を攻める。
心の何処か……彼女が抑え込んでくれていた狂気が目覚め、血に飢えている獣のように鋭い牙を見せている。
その狂気の獣がギルドを辞めるなと咆哮を挙げる。
自分の中のそれを抑え込むという理由もギルドの出頭要請を拒んでいる理由の一つだった。
突然、チャイムがクエイドの部屋に鳴り響く。
(……ついに来たな……)
クエイドはゆっくりとした動作で立ち上がると玄関に向かって歩き出す。
扉の内側にある覗き窓から外の人物の姿を確認する。
チェーンを外し、鍵を開ける。
「……はい。」
「……ギルド執行部の者です。」
クエイドはついに逃れらないなと観念した。狂気の獣が彼女の想い出さえも喰い漁って行く……俺は、それすらも止める事が出来なかった。
クエイドは一礼すると執務室を退室した。
長い質疑応答にクエイドはほとほと嫌気がさした。
クエイドは終始、知らぬ存ぜぬを貫いた。
サリーナ・レイフォンスの拉致・殺人について。
多数の証言にあったドラゴンと呼ばれる巨大モンスターについて。
首都高であった大量殺人事件について。
首都高を封鎖中の警察官襲撃事件について。
細かい事ではバイクの窃盗についてもあったかも知れない。
全てクエイドには身に覚えがあったが、それをギルドに教える義理はもうない。
それにギルドの情報収集能力の事だ。自分が言わなくてもある程度の事は調べがついているだろう。
クビならクビで構わないと考えていた。
急に息苦しさを覚えてクエイドはネクタイを緩め、襟の第一ボタンを外す。
クエイドはどうもこのスーツというのが苦手だった。
懐には例の辞表がしまわれている。
クエイドはギルド本部に居心地の悪さを感じて外へ出ようと白い廊下を歩く。
白……
最初から白いのではない。
汚いコンクリートの壁を白く綺麗を装って塗ってあるだけ。
その薄い膜の下には汚い壁がある……
俺と同じだ。
サリーナという白い輝きを失って浮き出してきた俺の本性……
血で塗れた赤い俺の姿……
醜くて、汚くて、弱くて、残忍な……俺の真の姿。
もう自分の狂気を抑える術などどこにもない。
このまま堕ちていくだけ。どこまでも……どこまでも……
「待って下さい!!話を聞いてください!!」
中年の女性の声がクエイドの耳に入る。
クエイドはその声の方を向くと一人の女性がギルドの任務依頼の届を受け取る事務で叫んでいた。
ギルドに依頼してくるのは軍や政府、トリニティだけではない。それらの依頼の方が稀で依頼の多くは民間人、民間企業からである。
恐らく今ギルドの職員に掛け合っているのも民間人だろう。
よくある風景と言えばよくある風景だ。
「……お願いします!」
女性の声は尚も続く。悲しいくらいに切実な声……
ギルドは問題を請け負い、それを解決する……
しかしそれは金が全て……
金がなければギルドは動かない……
情や、思いやりは世界のうわべに綺麗に塗られた偽者……
世界を真に支えているのは金、憎悪、殺意……
クエイドはそんな声を無視して歩いて過ぎ去ろうとする。
「お願いします!!助けてください!!」
クエイドにしがみ付くようにしてその女性が叫び声を挙げる。
見るからにみすぼらしい格好……
「……お願いします!!お願いします!!」
「……金がないんだろ?だったら無駄だよ。他を当たったほうがいい。」
クエイドは冷たい瞳で言い放つ。その瞳には同情の欠片さえもない。
「そんな……!夫と息子が砂漠に行ったきり戻ってこないんです!見過ごせって言うんですか?!」
(……なるほど)
クエイドは内心嘆息する。この南ロンダルギアには広大な砂漠が広がっている。そこで遭難する者は後を断たない。モンスターが多数生息し、過酷な自然環境が支配する砂漠は人を簡単には受け入れない。警察や救助隊としても二次遭難を恐れて手をこまねいているのだろう。
「……俺には関係ないな。依頼したければ金を用意するんだな。」
クエイドは冷たく言い放つ。
警備員が二人駆け寄り、彼女を引き離す。
尚も何かを叫び続けているがそれに耳を傾けようとは思わない。
襟を正すとクエイドは向けられる幾つもの瞳を無視してその場を後にした。
酷く後味が悪かった。
「……あなたギルドの派遣員でしょ?」
外に出たクエイドを呼び止める女性の声。
振り返るとそこには一人の女性が立っていた。
流れるような長い金色の髪。そして、強い輝きを放つ碧色の瞳が印象的な美しい女性だった。年齢は恐らくクエイドより2つ3つ上くらいだろうか。その服装はかなり異彩を放っていた。神官服とでも言うのだろうか……大きく肩を出し、白を基調とした落ち着いた色彩。……ピースウッド王国の神官服によく似ている服装だった。
「……そうだが?」
クエイドは面倒そうに答える。
「……あんな言い方ないんじゃないですか?」
最もな言葉を言い憤慨する目の前の女性。彼女には怒っている表情よりも笑顔の方が数倍似合うのだろうが、今は感情を剥き出しにし、形のいい眉を吊り上げている。
「じゃ、どんな言い方があるんだ?無償で俺に命を賭けろって言うのか?」
クエイドは冷笑を浮かべて答える。
普段なら無視をするだけだが、彼女の言い方がサリーナをどこか彷彿とさせるのに苛立った。
サリーナを思い出させる言動……クエイドには何よりも辛い事なのだ。
「……私もギルドに依頼しようと思ってきたけど、止めて正解だったわ。……あなたの様な人は信用出来ないもの。」
彼女の言葉に苦笑し、肩をすくめる。それが妙にワザとらしく映って彼女はさらに不快な気分になる。
まぁ、それもクエイドの目論見なのだが。
「任務ならいくらでも命を賭けてやるさ。それが仕事だからな。そんなに酷いと思うならあんたが助けてやればいいだろう?」
クエイドは別に思惑があったわけではなかった。
ただ、自分でしろと言えば大概の人は腰が退く。安全な所からなら幾らでも正論を言える奴が危険に晒されそうになるとその口を閉ざす。
そう……そのはずだった。
「……わかったわ。」
彼女は簡単に答えると踵を返すように歩き出す。ギルドの出入り口でうな垂れて膝を付き、倒れているさっきの中年女性の側に近づく。
「……私があなたの夫と息子さんを助けに行きます。詳しい話を聞かせて下さい。」
その言葉に先ほどの中年の女性が顔を挙げる。
クエイドは頭を抱えずにはいられなかった。
「……何で貴方も一緒にいるんですか?」
ギルドの近くにある喫茶店……
そこに入り、とりあえず中年の女性に話を聞く事になったのだが何故かそこにクエイドもいた。
「……あんたの馬鹿な考えを辞めさせるためだ。無関係のあんたを巻き込んだとあれば俺も然るべき処罰を受けるんでね。」
クエイドは簡単に答える。
しかし、内心では深く嘆息していた。
処罰などあり得はしない。この女性が勝手にやろうとしているのだから。
どちらが無関係かと言えば、それはもちろんクエイドの方だった。
目の前のこの女性は自ら進んで関係を持ったのだから。
クエイドは自分の甘さにあきれ果てたのだ。
どうやらサリーナと一緒にいる間に彼女のお節介な性分がうつったようである。
「お生憎様。私はやめるつもりはありません。」
いがみ合うように視線が火花を散らす。
ムキに怒っているのは目の前の女性で、クエイドはそれを冷ややかに見ているだけなのだが。
どうもこの女とは相性が合わない。
クエイドはある意味絶望的にそう感じた。もしかしたらそれは向こうもそうなのかもしれないが。
「……あの……いいでしょうか?」
中年の女性が恐る恐る言葉を紡ぎ出す。
「あっ!はい、すみません……あ、その前に自己紹介した方がいいですよね?私はリーサ・ウイユヴェーデと言います。」
彼女はぺこりと頭を下げる。クエイドは呆れるように肘をついて見えないように嘆息した。
すると彼女の肘がクエイドのわき腹に当たる。
「……クエイド・ラグナイトだ。」
それが何を意味しているか瞬時に理解して、クエイドは面倒臭そうに名乗る。
「私はラミールです。……主人と息子が砂漠へ向かったのは一昨日です。本当ならその日のうちに戻ってくるはずでしたが……一向に戻ってきません。」
「警察には……」
「もちろん捜索願を出しました。しかし……場所が場所なだけに断られて……」
「……その場所は何処なんですか?」
リーサの問いかけに中年のその女性は言葉を濁す。言いたがらないようにさえ見えた。
しかし、それも彼女の言葉を聞いて最もだとクエイドは思った。
「……ザケル砂漠です……」
その答えを呟いてラミールは顔を俯ける。その言葉を言うだけで絶望の表情がより一層濃くなったように見える。
「……なる程な。警察や救助隊が動きたがらないわけだ。」
クエイドは淡々と呟く。先ほどウェイトレスが持ってきたコーヒーを口に運ぶ。
「……どうして?」
リーサの問い掛けにクエイドはぴくりと眉を動かす。
「……お前、この土地の人間じゃないな?」
「そうだけど……」
「……ザケル砂漠は首都の近郊に広がっている砂漠で、モンスターや野党の巣窟なんだ。そこに足を踏み入れる奴なんてそうはいない。」
クエイドは目を細めて答える。クエイドの口調の重さとそれを聞いてさらにその容貌を暗くさせるラミールの様子にそこが唯ならない場所だという事を悟る。
「……話にならないな。そんな広大な砂漠で人間二人を探すなんて正気の沙汰じゃない。」
クエイドは当然の事を言うがリーサは目くじらを立てて声を挙げる。
「酷い事を言わないで!!大切な人が危険に晒されているのに無視出来るわけがないでしょう?!」
リーサは自分の事のように声を荒げる。
そしてはっとしたように口を噤んだ。周りの好奇の目が流石に気になったらしい。
(……分からないでもないけどな。)
クエイドはコーヒーを口に運んでそう心の奥底で呟く。
クエイドとしてももし、サリーナが今にも死ぬかもしれないと言う状況に置かれればきっと正気を保っている事すら難しいだろう。どんなに困難だろうが、どんなに無茶だろうが彼女を助けるためならどんな事もするだろう。
その気持ちが分かるからこそ、それ以上クエイドは何も言えなかった。
リーサは突然立ち上がる。
「……本気で行くのか?」
最後の忠告のつもりだった。しかし、それすらも彼女は強い変わらぬ意思を宿した瞳で跳ね除ける。
「当たり前でしょ?……心配しないで。あなたには頼らないから。」
彼女は自信とも強がりともとれる笑みを浮かべる。
「……そうか。だったら俺を雇わないか?」
「え?」
その申し出はリーサにとって見れば予想外以外の何物でもなかった。
「……あの砂漠を一人で行くのは自殺行為だ。低料金にまけておいてやる。このまま行かせてあんたに死なれでもすれば流石に寝覚めが悪いんでね。」
クエイドは強気の笑みを浮かべる。
今言った事も理由の一つだが他にも幾つか理由はあった。
ギルドの任務には当分就く気はないし、かと言ってこれ以上暇を持て余すのもいい加減うんざりしていた。
しかし、内心苦笑もしていた。
昔の俺ならまず間違いなく傍観を決め込んでいるはずだ。
どうやら完全には暗闇に捕まっていないらしい。サリーナとの『想い出』が細い命綱となって暗闇の渦に完全に飲み込まれるのを食い止めているようだった。
リーサはクエイドのその申し出を疑いの目で見ながら承諾したのだった。
ルドラン連邦の領土はその大半を砂漠に覆われている。
しかし、ガレリオン洋沿岸の都市はその海から吹く強い風によって砂の侵食を防ぎ、北部には森林も多数残っているため、比較的温暖な気候を保っている。
だが、一歩でも内陸に足を運べばそこは砂と焼き付くような日差しが支配する灼熱地獄の砂漠。
内陸に広がる世界最大の砂漠・サバラ砂漠。
近年の温暖化現象によってその砂漠は広がり、多くの森林、草原を飲み込み、新たな砂漠を作り上げた。その一つがザケル砂漠だ。
比較的首都の近くに広がっているため、野党等の巣窟になっている砂漠でもある。
そこにクエイドとリーサはいた。
「……砂漠ってこんなに熱いの?」
リーサは呆然と呟いていた。その言葉には疲れと失意がありありと見る事が出来た。
「これくらいでねをあげるなよ。」
クエイドは冷たく言い放つ。しかし、内心ではごちていた。
(……ま、この光景を見ればそうも言いたくなるかもな。)
クエイドは目線を上げると熱で揺らめく砂の山が地平一杯に広がっている。
気温はゆうに50度は超えているだろう。こんな所で肌をさらせば火傷をするためクエイドもリーサも厚手の砂漠様の服を着込んでいる。
「……貴方、何ともないんですか?」
「……まぁ、慣れていると言えば慣れているしな。初めての人間には辛いだろうけど。」
クエイドは歩きながら呟いた。
リーサは後ろを振り返ると自分たちの足跡が延々と続いている。
それを見ると尚更疲れが込み上げてくる。
リーサは気力を振り絞り視線を前に戻す。一歩一歩確実に力を込めて歩く。
砂に取られる足が尚更疲れを増幅させる。その事に苛立ちにも似た感情を覚える。
「……本来、砂漠の遭難者の捜索を二人でしようって事自体無謀なんだ。前に俺が砂漠で遭難した人間の捜索を行った時はギルド派遣員が20名以上狩り出された。それ程、砂漠での救難作業は大変なんだ。」
クエイドの説明は淡々としていたが、何処か説得力があった。
リーサはそんなクエイドをじっと見詰めていた。
この青年の正体と、考えを推し量るように。
しかし、どれだけ見詰めようともそれは分からない。
霞み所ではない。完全な暗闇である。
虚ろの存在感と、それとは対照的な圧倒的な存在感。
まるで幻と話しているように何の感触もない。こんな感覚は始めてだった。
何かを言おうとしても彼の雰囲気に飲まれて自然と言葉数は少なくなる。
一緒にいて息苦しさのようなものを覚えてしまう。
(……この人の彼女になる女(ひと)ってきっと聖女のような人ね。)
リーサは暑さでぼんやりとすると意識の中でそんな事を考えていた。
どれくらい歩いただろう。
日は完全に真上を過ぎて、西に傾いている。
それでも日差しは容赦なくクエイド達に降り注ぎ二人の体力と気力の両方を奪っていく。
リーサは息も絶え絶えに歩き続けていた。
目の前が霞んでいく。
視界がぼやけてクエイドの姿すらも見失いそうになる。
それを気力で必死に保とうするがそれもすでに限界だ。
だから、最初その光景が見えても幻覚だと勘違いしてしまった。
(……え?)
差し出された水筒……
彼の顔を覗き込むが彼はただ冷たい瞳でリーサの顔を見ているだけだった。
「……もらえません。だってそれは今日の貴方の……」
「あんたにここで倒れられる方が俺には厄介だ。飲めよ。」
リーサの言葉を遮ってクエイドは抑揚のない言葉で話す。まるで独り言のように。
「……ありがとう。」
リーサはその水筒を受け取るとその重さに内心驚く。
水筒の中にはまだ並々と水が入っている。ほとんど口を付けていないくらいに。
その事について聞くよりも体の欲求の方が今は勝った。
リーサは水筒の水を飲む。後々の事を考えて少量に留めておいたが、枯れ果てた木に水が染み込むように体全体を潤す。
「……ほとんど飲んでないんですね。」
リーサは水筒をクエイドに渡す。
「……俺は男だからな。あんたよりも体力があって当然だ。」
クエイドは簡単に答える。
それにしたって彼の体力はリーサには異常に見えた。
顔色は街にいた時とほとんど変わっていない。汗だってほとんどかいていないのではないだろうか?
しかし、今はそんな事は関係ないと言えば関係ない。
「……意外に優しいんですね。」
リーサは軽く微笑んで言う。少し皮肉を混じらせて言ったつもりだったが彼の瞳を見てリーサは一瞬自分の目を疑った。
どこまでも悲しい瞳……
何の感情も見せなかったその蒼い瞳が見せた初めての感情。
その悲しいまでの綺麗な瞳にリーサの心臓が痛んだ。
クエイドは振り返ると何も言わずに再び歩き出した。
リーサもそれに付いて行くように歩き出す。
しかし、彼の見せたあの悲しそうな、今にも泣き出しそうな子供のような瞳の事が忘れられなかった。
(……サリーナ……)
クエイドは歩きながら一番大切だった……いや、今でも一番大切な少女の名前を心の中で呟いた。
クエイドは 優しいよ?
そう……俺のきまぐれの何でもない行為にも彼女は笑顔で優しいと言っていた。
人の行う行動を勝手に良いほうに良いほうに解釈してしまう少女……
あれから彼女の事をいつも考えるようになって思った事がある。
彼女のあの人の行動を何でも良い方に解釈するのは彼女自身の語った虐待にあるのではないだろうか?
彼女が周りの目から自分を守るために作り出したのは何も作り物の模造品の笑顔だけじゃなかったのではないだろうか?
『心』さえも……模造品のように作りあげられたのではないだろうか?
だからこそその人のする行動を全て『良い』方に考えて、人の悪意さえも『良い』と思い込もうとしていたのではないだろうか?
そう……自分を守るために。
クエイドは自分の力の無さを呪った。
『力』があれば、彼女を奪われる事もなかった。
彼女の苦しみも一緒に背負ってあげられた。
彼女も……『記憶』も『想い出』も失う必要はなかった。
彼女の優しさに甘えるばかりで……彼女を救えなかった。
救えなかったばかりか……もう、手の届かない所で……もし彼女が泣いていたとしても助けてやる事すら出来ない。
かつて……
『アザゼル』……いや、『ソフィア』に聞かれた事がある。
『記憶』の価値って何だと思う?
俺はその時答えられなかった。
彼女は悪戯っ子のような子悪魔的な笑みを浮かべて俺にこう言った。
記憶の価値ってね 『想い出』だけなのよ
だから 貴方にとってそれが辛いだけならいらないのよ?
記憶なんて勝手に積み重なっていく物なんだから良い『想い出』だけ取っときなさい
そう……彼女は笑いながらそう言った。
俺には記憶が酷く曖昧な部分がある。
……3年前のレイキャンベルでの極秘軍事演習についてだ。
その事について俺が語った時、『ソフィア』が俺にくれた言葉……
俺はその言葉に何となく救われた。彼女は……俺を『最初』に救ってくれた人……
そして……俺を裏切った人……
次に俺を救ってくれたのが、サリーナだった。
だが、サリーナも……いなくなってしまった。
サリーナは……記憶を失って不安になっていないだろうか?
彼女の側に居れば……俺はそう言って彼女を励ます事だって出来る。
彼女の側に居れば……俺が失った『想い出』よりもずっと楽しい『想い出』を与えられる。
彼女の側に居れば……彼女の側に居れば……彼女の側に……
呪文のように空しく心に響く……
もう手遅れなのに、心は無性にサリーナを求めて足掻き続ける。
『恋慕』の爪によって、掻きむしられた心はもうボロボロだ。
破れた水風船から水が止め処なく溢れ出てくるように、俺の心からも彼女が与えてくれた笑顔や優しさが失われていく。
後に残るのは俺の心に染み込んで離れようとしないどす黒い負の感情だけ。
(……俺、もう……限界だよ……)
クエイドはリーサに見られないように自分を嘲って笑った。声は出なかったけど、その笑顔は酷くて、見られたものじゃなかっただろうと思った。
「クエイドさん!!」
リーサに初めて名前を呼ばれた事に内心少しだけ驚いて後ろを振り返る。
彼女の顔は驚きと恐怖で引きつっていた。彼女の震える指先が指し示す方向……
そこに視線を向けたその一瞬でクエイドにも緊張が走る。
サリーナを失って限界まで衰弱していた心がまるで栄養剤を与えられたように強靭な心へと生まれ変わっていく。
その心の変化にクエイドは絶望的に苦笑した。
(俺は戦いの中でしか生きていけないみたいだよ……サリーナ。)
戦いの中ではサリーナの与えてくれた感情……優しさ、人の体温の温かさ、心地よさ、そして……恋慕という感情は必要ない。
クエイドに染み付いている冷徹さ、非情さ、殺意、欺瞞、そして死という身も凍る寒さ……それだけあれば十分だった。
不浄の脅威の生命体モンスター種……巨大な砂の海の覇者、サンドウォーム。
砂漠をまるで海を泳ぐようにその巨大な十数mもある長い体をうねらせ、クエイド達に迫ってくる。
砂色の巨大な芋虫と例えられるだろうか。
顔の全面に広がっている巨大な口。そこから緑色の液体を垂れ流し、体を振るわせるたびに撒き散らしている。そして、頭部には数本の触手がウネウネと動き回っている。
「……ドラゴンの亜種……最悪……」
リーサが絶望的に呟く。
確かに絶望的だなとクエイドは納得する。
モンスター種の中でもドラゴン種の戦闘能力は圧倒的だ。
このサンドウォームはドラゴンの亜種だが、その生命力は並外れたものがある。
砂漠に生息するモンスターとしては純潔のドラゴン種である超重武装のアースドラゴンに次ぐ最悪の相手である。
こいつ相手にはARMSの小隊でも簡単に全滅してしまう。
「逃げましょう。このモンスター相手に生身で戦うのは無理です!!」
リーサの叫びを思考の隅で聞きながらクエイドは目の前のサンドウォームに集中する。
「……あんたは下がって見ていろ。」
クエイドは簡単に答えると、ゆっくりと歩き出した。
「クエイドさん!!」
リーサは尚も叫び続ける。
クエイドは振り返って冷笑を浮かべるとすぐに視線をサンドウォームに戻した。
「……来いよ。今の俺は手加減出来る状態じゃないんでね。……殺してやるさ。」
クエイドは小さく呟くと同時に腰の短剣を抜き放った。
サンドウォームがその巨体をうねらせてクエイドに迫る。
その圧倒的なまでに死を予感させる脅威の前で、クエイドは笑っていた。
だが、その事にクエイドは気付いてはいなかった。
クエイドは早々に短剣を大剣へと変化させる。
巨大な敵に対して短剣では致命傷を与えられない。しかもサンドウォームの自然治癒力は並大抵ではない。大剣でも心許ない位である。
サンドウォームはその巨体を活かして、クエイドの遥か上空に飛び上がると体当たりをしてくる。
だがその攻撃はクエイドの予測した通りのものだった。
すでに魔法の『構成』と『詠唱』は完了し、『呪文』を言い放つだけである。
「『瞬動魔呪』!!」
クエイドの叫んだ『呪文』とほぼ同時にクエイドの居たところ目掛けてサンドウォームが体当たりをする。
水柱ならぬ巨大な砂柱が10m以上噴きあがる。
リーサは巻き上がる砂塵に必死で顔を覆いながらクエイドを探した。
しかし、砂塵はまるで巨大な煙のように辺りを包み込みクエイドの姿を完全に隠していた。
クエイドの生存を絶望しかけた時、サンドウォームの悲痛な咆哮がほとばしった。
砂塵の中から姿を現したクエイドの両手には大剣が握られている。
クエイドはそれを正眼に構えると砂塵の中で身悶えているサンドウォームを睨む。
砂煙が収まるとサンドウォームの全容を映し出される。
右わき腹あたりを深々と斬られている。その傷口からはモンスター特有とも呼べる緑色の体液が流れ出ている。それが砂に落ちると生肉を焼くような音と酷い腐臭が辺りを覆う。
「……この程度の攻撃じゃ効きはしないか。」
クエイドは誰に言うとも知れずに一人ごちた。
確かにクエイドの言葉通り、サンドウォームをえぐる様に付けた傷は徐々に塞がっていく。
あの瞬間、擬似瞬間移動魔法を発動させ、その超高速の動きを利用して斬撃を叩き込んだわけである。
クエイドは立て続けに『構成』を編み上げる。
その『構成』に気付いたのかサンドウォームも、頭部の触手を伸ばしてクエイドを襲う。
数本の触手があるものは鞭のように迫り、またあるものは槍のように迫ってきた。
クエイドはそれを『構成』編み、『詠唱』を行いながら、なぎ払った。
斬られて切断された触手からは緑色の血液が噴出すが、それも一瞬の事ですぐさま新しい触手が生えて来る。
それをひと時続けたあと、クエイドは大きく後ろに下がって魔法を発動させる。
「『烈光牙』!!」
クエイドの右手から放たれた閃光の矢はサンドウォームに向かって直進する。
まるで戦車の主砲のように炎と爆音を巻き上げてサンドウォームに命中する。
衝撃でサンドウォームの巨大な体が横倒しになるが、あくまで衝撃で倒れただけで致命的なダメージには至っていない。サンドウォームはすぐさま砂の海に身を潜ませる。
砂の海に静けさが戻る。だが、それは戦闘の終わりを意味するものではなく、酷く不気味なものだった。
クエイドは一連の魔法発動の手順をいつものように紡ぎ上げる。
だが……
「?!まずい!!」
クエイドは瞬時に魔法を霧散させ、新たな『構成』を紡ぎ始める。
(間に合うか?!)
クエイドは感じた『構成』に対応する魔法を編み上げ始める。しかし、モンスターの魔法は構成のみで放てるのに対して、人は『構成』『詠唱』『呪文』という手順を踏まなくてはならない。
不幸中の幸いは相手の魔法が特大の魔法であるため、『構成』に時間が掛かるという点だろうか。まぁ、不幸中の不幸とも言えなくてもないが。
サンドウォームはクエイドからかなり距離をとった地点に出現し、魔法を展開させた。
最初、それは何も起こらないかのように思われた。
しかし、その魔法は徐々にその凶悪なまでの姿を見せ始めた。
最初は小さな風のうねりだった。それが大気中の空気を徐々に集め始め、巨大な風の柱へと成長していく……そう、巨大な竜巻である。
竜巻は砂も巻き上げながら徐々にクエイドに迫っていく。
クエイドは体を切り刻むかのような巨大な竜巻を前に『詠唱』を唱えていた。
そして、『詠唱』の完了と同時に『呪文』を言い放つ。
しかし、その『声』は風にかき消され、リーサの耳には届かなかった。
クエイドの居た所を暴君のような竜巻が飲み込み、その巨大な風の柱を肥大させる。
そして、一瞬にしてその巨大な竜巻が消えるとあとに残ったのは巻き上げられた砂の雨だけだった。
「……クエイド……さん……」
リーサは呆然と呟く。いや、自分が呟いた事すら自覚出来ていなかった。
クエイドの姿を探しても何処にもいない。
サンドウォームは今度の獲物をリーサに定めたかのようにリーサに迫る。
「くっ!!」
リーサは無駄と分かっていながら身構えた。いざとなったら……
しかし、リーサとサンドウォームの思惑をよそに光弾がサンドウォームを直撃し、爆炎を撒く。
リーサが驚愕の表情と共にその光弾が通った軌跡を目で追うとそこには片ひざをつき、右手を伸ばしているクエイドの姿があった。
「クエイドさん!!」
リーサが歓喜の声をあげる。
だが、対するクエイドはあまり楽観視はしていなかった。
(魔力障壁がもって助かったな。)
だが、その言葉とは裏腹にクエイドの体中にいくつもの裂傷がつき、血が出ている。
クエイドはあの瞬間、魔力障壁を展開し、真空の竜巻をやり過ごしたのだった。
もし、魔力障壁を展開していなければ真空の刃の渦によって体はバラバラに切り刻まれていた事だろう。魔力障壁の展開によっていくつもの裂傷程度で済んだのだ。
「……そろそろ片付けてやる。」
クエイドは冷ややかな笑みを浮かべると魔法を発動させる一連の手順を何の淀みもなく展開する。
迫り来るサンドウォーム。
クエイドは狙いを定めて魔法を開放する。最大限の力で。
「『爆縮陣』!!」
クエイドの力ある言葉と同時にサンドウォームの巨大な体の周りに緑色の魔方陣が描かれる。
クエイドは精神に凄まじい負担が掛かるのを感じながら限界まで魔方陣を広げた。
魔方陣を中心にパンという乾いた音と共に空気が爆発した。
見た目には炎も何も見えないが、あの魔方陣の中だけは爆発物が至近距離で爆発したような凄まじい衝撃の嵐が吹き荒れたのだ。
これにはサンドウォームも堪らずに倒れる。
衝撃によって脳が揺さぶられ、脳震盪状態になっているのだ。
サンドウォームの巨体が砂漠に横倒しになる。
しかし、これで終わったわけではない。相手は脳震盪によって昏睡状態にあるだけだ。
クエイドは朦朧とする意識を必死で制御してもう一つ大魔法の『構成』を編み始める。
クエイドの魔力ではこの魔法が恐らく最後の魔法だろう。
だが、この魔法はクエイドの持つ魔法の中でも対巨大モンスター、対GGP戦の切り札とも言える魔法である。
自分の体に残されている魔力を振り絞るように『詠唱』に組み込む。
命の灯火は星の輝きへ
星の輝きは偉大なる星の守護者へ
偉大なるラグナの名に置いて万物を切り裂く聖剣を我に与えよ
我が前に立ち塞がる邪悪なる者を切り裂け!!
そして、『呪文』と共にその魔法を開放する。
「『光皇剣召喚』!!」
クエイドの声が響き渡った瞬間、クエイドの持っていた大剣が光に包まれる。
それはクエイドの周りに浮かび上がって来た光の粒子を取り込みながら徐々に巨大になっていく。
ついに巨大な光の剣は10m以上の長さになる。
クエイドは最後の力を振り絞ってその巨大な光の剣を携えて駆けた。
この光の剣はその状態を維持するだけでも膨大な魔力を消費する。
ただでさえ大魔法を幾つも使用し、魔力が尽きかけているクエイドにとっては自分の体を切り裂く、まさに自殺行為の魔法なのだ。
「うおぉぉぉぉ!!」
クエイドは最後の力を振り絞って光の剣を上段から振り下ろした。
サンドウォームはその光景を徐々に回復しつつある視界で捉えていた。
しかし、体はまだ言う事を聞かない。
振り下ろされた光の剣を回避する術はなかった。
振り下ろされた光の剣は、サンドウォームの巨大な胴をまさに一刀両断にした。
両断された二つの体が暴れ回るようにうねりながら砂を巻き上げる。
しかし、それも最初だけでしだいにその体の動きも静かになり、最後にビクンビクンと動いてもう二度と動かなくなった。
クエイドの大剣から光が失われ、普通の大剣に戻る。
「はぁ……はぁ……」
クエイドは荒い息を整える事も出来ずにその場に倒れる。
薄れていく意識の中でクエイドは自身の血で塗れた手を見る。
それを見て初めて気付いた。
戦闘の最中……命のやり取りに安堵のようなものを覚えていた事……
そして、その間……サリーナの事を完全に忘れていた事……
どんな時もサリーナの事を忘れないでいようと思っていたにも関わらず……
サリーナの微笑みが血によって消えていく……
そこに映ったのは血塗れの中で笑っている俺の姿……
クエイドは心の中で絶叫していた。しかし、それはついに喉をほとばしって声となる事はなかった。
星の情報ネットワーク・『レイライン』
かつての『世界大破壊』を乗り越えた『星』は来るべき『脅威』に対して世界最大規模、世界最高の精度を誇る情報ネットワークの配備に迫られた。そして完成したのが『レイライン』である。『星の遺伝子』を有するもの……つまり、この『星』の全ての『生命』から星の存亡に関わる重要情報を相互に交換、伝達出来る画期的なシステムである。これによって『獣魔』、『神獣』、『獣魔術士』そして『魔王』と言った『星の遺伝子』を色濃く受け継いだ者達は『星の危機』に関する情報を得ている。
その情報は実に細部にまで至る。国家の軍事状態、『遺跡』の状況、各国家の情報機関の動向と様々ある。
その中でも近年トップ事項として扱われているのが、『核兵器』、『ドルテカ帝国の動向』、そして『NOVA』についてだ。
特に『NOVA』に関する情報は『レイライン』を活発に飛び交っている。
近年……そう、1979年までは『核兵器』に関する事項がトップ事項だった。
『核兵器』を人類に渡せば、かつての『世界大破壊』以前のように『星』は自らの生命の死という最悪の事態に怯えなければならない。『NOVA』という確実な脅威を目前にしてかつてのように『人類』が惑星生命体のトップに君臨する事態だけは避けなければならなかった。
そのためにプルトニウムや、ウランのような核兵器に使われる物質及び、原子力発電所の設置場所、戦略・戦術核ミサイル等の『核兵器』が保有されていた『旧時代』の『遺跡』の警護、保管が最優先事項だった。
しかし、人類の『NOVA』の肉片の発見によって事態は急変する。
帝国の『N計画』と称された計画の登場によって一躍『NOVA』に関する情報が『レイライン』を、星の血管を悪性の病原菌が駆け巡る事になった。
しかし、まさに『毒を以って毒を制す』的な発案がモンスター種の最高位に位置するドラゴンの王達……レッドドラゴン『赤竜』、フェアリードラゴン『緑竜』、オリハルコンドラゴン『黄竜』、ディープシードラゴン『青竜』、そして、ホワイトドラゴン『天竜』ら『五竜』によって提案された。
そう……その発案はまさに一歩間違えれば己の首を締める結果に繋がる程のものだった。
しかし、1997年……そう、あの帝国のレイキャンベルでの極秘軍事演習で状況は意外な方向に向かう……『魔王』の出現である。
『魔王』の出現は『世界大破壊』以来1万2000年のながきに渡って無かったことである。
これによってついに『五竜』は決断する。
「……馬鹿げとる……」
カイラスは誰にも聞かれてない安心感からか苦々しい口調で呟いた。
呟かずにはいられなかった。
「……ドラゴン達は何を考えておる。一歩間違えれば『星』そのものを殺す事になるのじゃぞ?」
カイラスは言葉にすることで自分の中の苛立ちを吐き出した。しかし、幾ら吐き出してもまた黒いガスのような憤りが噴出しては自分の心を煙らせる。
(……わからんでもないがな……)
カイラスは思わず下唇を噛んだ。
確かに『五竜』の言うように現時点の戦力……モンスターの総数はかなりの数に上り、現在保有している戦力は過去最高と言えた。それに加え、『魔王』の再来によって事態は『星』にとって優位に運んでいるとも言える。
しかも、恐らく現時点での戦力が過去、未来は見ても最大規模になるだろう。
人類は『遺跡』、『遺産』の発掘兵器による軍備増強を続けている。その戦力は都市近郊にいるモンスターを圧迫している。
これ以上の文明の進歩が進んでしまえば、現在モンスターが確保している最優先保護対象の『遺跡』すらも人類に奪われる恐れがある。そうなれば、現在の人類とモンスターの微妙なミリタリーバランスが崩壊してしまう。
『今』を他にこの『計画』を行動に移せる時がないのも事実ではあった。
しかし、この微妙なミリタリーバランスがネックなのだ。
もしも『計画』通り進み、『NOVA』と『星』側の全面戦争に発展した場合、人類も参戦を余儀なくされるだろう。恐らくその破壊は全世界規模に及ぶだろうからだ。
確かに現時点では『星』側が優位ではある。しかし、人類が参戦してもし万が一にでも『核兵器』を使用するような事態になれば取り返しのつかない事になる。
『世界大破壊』の後遺症、『星の冬』の比ではない事態さえもある。
現在、『レイライン』は人類が『核兵器』を保有しているという事実を掴んではいない。もし掴んでいるとなればモンスター群の精鋭、ドラゴン種による総攻撃が行われるだろう。しかし、有史以来そんな事態は現在までない。
だが、現在『レイライン』は『NOVA』に関する情報に終始している。『核兵器』に関して『綻び』が生じている可能性もある。
「……ま、考えても仕方が無いかのぅ。」
カイラスはため息交じりに微苦笑を漏らす。
その笑顔はまさに疲れているといった感じだった。
「わしはわしに今出来る事をせねばな……」
カイラスの瞳に硬い決意を現すギラギラした瞳が宿る。そして、カイラスは雑踏の中に消えて行った。
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