EARTH
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第4章「君は想い出に 僕は人形にもなれずに(2)」
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「……魔法が使えるなら早く言ってくれよ。」
クエイドは傷を癒された体中を確かめるように右腕を肩から回しながら言った。
完全に傷口は塞がっている。それどころか何処に傷があったかも今となっては判別出来ない。完璧な回復魔法だった。もしかしたら、サリーナの回復魔法よりも完成されているかもしれない。
「……それよりも戻るってどういう事ですか?」
リーサは不信感を表すように怪訝な表情でクエイドの蒼い瞳を睨んでいる。
彼女の碧色の瞳に睨まれているとサリーナの愛らしい大きな碧色の瞳を思い出す。それが自分が考えていたよりも辛くて彼女の瞳から目を離す。
そう……あのサンドウォームとの激闘の後、クエイド達は来た道を戻っていた。
それを判断したきっかけはクエイドに掛かってきた一本の携帯電話の着信音だった。
「……俺たちが捜索をする意味がなくなったからだ。」
クエイドは簡単に答えた。その答えは簡潔に理由を表していたのだが、リーサにはあまりも簡潔過ぎて意味が分からなかった。
「……どういう意味?」
彼女の質問も最もだな、とクエイドは思わず苦笑を浮かべそうになる。しかし、まだ顔は笑ってはくれない。
「……探していたあの奥さんの夫と息子さんが見つかったんだ。」
「見つかった?!」
リーサは驚きの声を挙げる。しかし、その顔は安堵と歓喜で酷く緩んでいた。
でも次には歓喜の表情を抑えて妙に神妙な顔になる。
「……でも何処に……」
「……野党に身柄を拘束されていたんだよ。だけど、開放されたんだろうな。野党に身柄を確保されていてくれて助かったよ。もし、モンスターに襲われて死んでいたり、今も砂漠を彷徨っているような状況だったらこんなに早く事態は解決しなかった。」
「……貴方、何か隠していない?」
リーサの言葉にクエイドは首を振って答えた。尚も疑わしいという瞳でクエイドを見ていたがいくら聞いても答えてはくれないと判断してリーサはそれ以上クエイドに聞こうとは思わなかった。
(……サリーナだったら絶対に最後までしつこく聞いてくるよな……)
そう考えている自分が笑えてくる。
今なら表情にも笑顔が出ているかもしれないと思うが、やっぱり能面のような表情しかなかった。
どうしても、サリーナと比べてしまう自分がいる。彼女の想い出を留めようとしている俺の心がそうさせるのか……その度にそんな自分を嘲笑する気持ちと、彼女が居ないことを実感する寂しさを味わう。

リーサの言葉通りクエイドは隠していた。
この捜索を開始する前に、『カード』の情報で野党のアジトに足を運んだ。
そこをクエイドは一人で野党を全て沈黙させ、彼らのボスを脅したのだ。
脅しの内容は至極簡単だった。
様は、壊滅されたくなければ、他の野党と連絡を取ってクエイド達の探している人物を開放しろというものだ。
向こうのボスとしてもクエイドの驚異的な戦闘能力を知っているため、有無もなく承諾した。
クエイドとしてはもう少し早く事態が進行する事を望んでいたが、犠牲者が出るという最悪の結末だけは回避出来たようだ。
クエイドはそんな事を考えながら、砂漠を歩いていた。
目の前には砂漠に沈む巨大な太陽が傾き、黄色の陽光でクエイド達を照らし出していた。
 

国家公安調査庁には内事課と外事課の二つの課が存在している。
内事課は国内の問題について諜報活動を行う組織である。
国内の極左組織のテロ活動、不正や汚職について、警察及び軍隊の監視活動と様々な分野に上る。
対する外事課は諸外国の諜報機関の監視、隣国の軍事状況等がある。
湯村はようやく国内の状況が安定している事に内心安堵していた。
半月前の首都高での武装集団とモンスターらしき生物との戦闘は連邦側、つまり警察にはほとんど被害を出す事もなく終結した。
派遣したSATもその出番を迎える事もなく事態は収拾した。
連邦国内での軍隊の初の治安出動という事態はどうにか回避出来たようだった。
その後、IIA、帝国陸軍情報部の諜報員も急激に姿を連邦国内から消した。
今はその事後処理、確認作業に追われている。しかし、緊急事態に直面し、緊張して胃が痛くなるような状況よりは格段にましだった。
(……『こいつ』か……また厄介な事に毎回首をつっこんでくれる。)
湯村はその写真を見て、なんとか苦笑をかみ殺した。
写真は少しピンぼけし、写っている人物も遠距離なのだが、個人を判別するのには十分だった。
外事課の諜報活動を行っている職員からの情報では例の首都高を封鎖していた際にそれを『魔法』で突破したと思われる人物について完全秘匿で尾行を行っていた。その際に、とった写真だった。
その写真に写っている金髪の青年には見覚えがあった。いや、面識すらあった。
「……クエイド・ラグナイトA級ギルド派遣員……」
その名前を呟いて、湯村は思わず自分が笑っている事に気がついた。そして、慌てて表情を引き締める。

警察史上最も大掛かりな事件・『アザゼル事件』。
その一番の功労者である人間の名前を国家公安調査庁に勤める人間で知らない者はいなかった。
一人は現在カイデリカ市に『飛ばされた』現在27歳の青葉巡査長。
そしてもう一人が当時若干17歳のC級ギルド派遣員だった、クエイド・ラグナイト。
この二人の名前を国家公安調査庁を始めとする警察庁で知らない人間は恐らく一人もいないだろう。
恐らくは今回の事件にも何らかの形で関わっていたのだろう。そして、恐らくはそれに我々は助けられた。
湯村は苦笑しつつ、その写真を握りつぶし、ゴミ箱に捨てた。
そして電話に手を伸ばし、左手で受話器を持つと手早く番号をプッシュする。
「……湯村だ。今回の調査はこれで終了だ。」
湯村は簡潔にそう命令した。
その内心ではクエイドに一つ貸しが出来たと内心ほくそえんでいた。彼へ貸しは何物にも変え難い利益を生む事を湯村は何回となく経験していたからだ。
 

クエイドはあの捜索の後、リーサと別れ、自分の自宅への帰路についた。
感動の再会とはあまりにも自分がその場に相応しくないのを十分理解していたからだ。行き掛かり上助ける事になったとは言え、最初は冷たい言葉で慈悲を乞う声を退けたことにも後ろめたいものを感じていたのも理由の一つだった。それに今は一人になりたかった。
そう……一人になりたかった。
サリーナのいないクエイドにとってサリーナとの想い出だけが今のクエイドにとっての一欠けらの生きる希望だった。
自分の右手を見る。
人を殺す事を覚えている腕……
この手は何のためにある?
サリーナを好きだと実感した時からはこの両手は彼女を抱き締めるため。彼女を支えるためにあると信じようとした。
数々の人の死を知っている手だったけど、彼女を守れる両手を誇れるようになろうと思った。だけど、その守るべき彼女はもういない。この両手は無意味に人を殺すための凶器に再び成り下がったのだ。
サンドウォームとの戦いで思い知った。
俺は戦闘を楽しんでいる。
肉に刃が喰いこむ感触を楽しんでいる。噴出す血に快感を見出している。壮絶な戦闘を繰り広げる事で自分の存在を保とうとしている。

……戦闘の中でしか生きていけない……

女神はもういない。
いるのは内に潜む悪魔とそれに踊らされている愚かな邪心崇拝者のように『生け贄』という死体を差し出している俺だけ。
いや……その悪魔すらもう俺には何も呟いたりしない。
彼女……俺を唯一救ってくれる、支えてくれる女神が消えてからあの悪魔は俺に何も言わないし、現われたりもしない。
「……見限られたかな?」
クエイドは悲しそうに苦笑した。その笑顔は酷く淋しそうで、自分の弱さを嘲笑ってもいた。
サリーナが目の前から消えていくのは指をくわえて見ていた俺を『あいつ』は絶対に軽蔑していたはずだ。だからこそ、今俺の目の前に現われないのだろう。クエイドはそう考えていた。
「……決めたよ。俺は……ギルド派遣員を辞める。」
クエイドは誰に言うでもなく、そう一人呟いた。
いや……心の中のサリーナに呟いた。
これ以上、無意味に、『任務』の二文字のせいにして人を殺し続ける事は出来なかった。
それで自分が保てなくなって例え廃人になったとしてもクエイドはそれでもいいと思った。
サリーナのいないこの自分の世界で自分が存在している事すら無意味に思えてならなかった。
その時だった。
部屋中にチャイムが鳴る音が響いたのは。
クエイドはゆっくりと立ち上がる。尚もチャイムはしつこく鳴り響く。
クエイドは目を細めると置いてあった鞘にしまわれた短剣を拾う。
命を狙われる理由は幾つもある。
ギルドのA級派遣員は任務につく作戦の重要度とその任務達成能力から敵側にしてみれば、厄介な事この上ない。特にクエイドは戦闘に関してはS級派遣員並の能力を保有している。
しかも、ついこの前帝国を敵に回したばかりだ。ギルドすら信用出来ない。ギルドの情報から帝国の特殊部隊が襲撃をかけてきてもおかしくはなかった。
クエイドは慎重に玄関に足音を忍ばせ近づく。そして、息を殺してゆっくりと覗き窓を覗く。
しかし、そこから見えた人物にクエイドは自分の目を疑った。
戦闘服姿の戦闘員がアサルトライフルを手に佇んでいるほうがよっぽど理解出来る程だった。
クエイドは扉のチェーンと鍵をはずす。
ゆっくりと扉を開けるとそこにはその真意の分からない笑顔を称えたリーサの姿があった。
「……あんたが何故ここにいる?」
クエイドはあからさまに不信を現す瞳でリーサを見詰めた……いや、睨んだ。
そのクエイドの様子に構わずリーサはただ一言告げた。それも簡単に。
「あなたに依頼をしようと思って。」
(……なんだって?)
クエイドは彼女の真意を探るべく彼女の様子をよく観察した。しかし、それで彼女の考える事が分かるわけもなく、クエイドはため息交じりに吐き出すように言った。
「……とにかく上がれよ。話はそれから聞く。」
クエイドの言葉に満足したようにリーサは微笑みを浮かべた。
 

「あ、お構いなく。」
リーサの言葉にも関係なくクエイドは入れたコーヒーをテーブルの上に置く。
彼女は正座でクッションの上に座る。
まるで誰も座っていなかったようなそのクッションは新品同様に彼女の体重を十分に支えるだけの感触を与えた。
クエイドも自分の分のコーヒーをテーブルに置くとソファに腰をおろす。
「……構わないで欲しいなら来てなんて欲しくなかったな。……迷惑なんでね。」
クエイドはコーヒーを口に運ぶ。彼女の顔を見ずに言った言葉にリーサは微苦笑を漏らす。
「……相変わらず正直な事言うんですね。」
「……そういう性分なんでね。」
リーサの自分を責めるような口調にもクエイドは悪びれる様子も見せずに簡単に答える。
「……で、依頼って?」
クエイドの口調にリーサは心の中で辟易していた。
本当に人付き合いの難しい人……。
その認識は今も変わらない。意図的に話の腰を折るのか、全く会話が続かなかった。
これ以上彼の機嫌を伺っても仕方がない。
リーサはそう判断すると本題に入る事を決めた。
「……レイキャンベルにある『バロン』の極秘施設って知っていますか?」
クエイドの持つコーヒーカップが一瞬不規則な動きをするのをリーサは見逃さなかった。
「……まぁ、『バロン』は知っているけどな。」
リーサはその答えに満足すると話を続ける。
「その極秘施設に潜入してある人を救出して欲しいんです。」
「……10万ギャラン(1000万円)。」
「え?」
クエイドが言った言葉にリーサは何の事か分からなかった。
「その値段で引き受けてやる。でなければ他を辺れ。」
クエイドは突き放すようにそう答えた。その言葉にリーサは唖然となった。
「10万ギャランって……そんな大金出せるはずがないじゃないですか?!」
リーサを思わず立ち上がろうと腰を浮かす。しかし、ここで自分が激情するのは分が悪くなるだけと考えて何とかそれは思いとどまる。
「つまり、俺は引き受けるつもりは全くないって事さ。大体、『バロン』って言葉を使う事自体、『異常』だって事さ。……あんた、何者だ?」
クエイドの瞳にこの時始めて鋭い眼光が宿った。
その圧倒的なまでの威圧感に押されてリーサは言葉を失った。喉元にまで言葉はきているが、それ以上どうしても上ってこない。まるでクエイドの瞳から放たれた矢に、言葉が射抜かれて詰まっているようだった。

クエイドの言う事ももっともだった。
『バロン』という組織はもうこの世に存在していない。
帝国生体科学研究機関バロンはトリニティに吸収され現在はトリニティ保健機構というトリニティの一機関に成っている。そう……『表』では『バロン』という組織はとうの昔になくなっているのだ。しかし……

リーサは一つ大きく息を吐く。それでようやくクエイドの眼光の呪縛から逃れる。クエイドを睨むように見据えると、思い口調で話始める。
「……私は……バロンで生体サンプルとして幽閉され、研究されていました。そこから私は脱出出来たのですが、それを手助けしてくれたバロンの研究者は逃亡途中でバロンの特殊部隊に捕まってしまって……」
クエイドはただ黙って聞いていた。今はまだ自分が話す時ではない。無言でそう言っているように沈黙を守っていた。
「最初は私一人の力で彼を救出しようとも思いました。でも……私一人の力ではどうしても無理なんです。だから、ギルドに依頼しようと思いました。それで貴方に会って……貴方の力を見てからこんな事を頼めるのは貴方しかいないって……」
彼女の手がきつく握られる。震えるその拳を視界の片隅で見ながらクエイドは沈黙を静かに破った。
「ギルドは動かないよ。ギルドは法に触れるような仕事は請け負わない。トリニティは国際連合……形式上は世界の盟主だ。それを敵にまわす様な事しないさ。それに……ギルドは今、帝国と手を結んでいる状態にある。下手の事を話せばあんたの存在が消されている所だった。特務遂行群……いや、シークレットフォースが動いていたかもしれないしな。」
クエイドは僅かに眉間に皺を寄せる。それが示す意味と『特務遂行群』、『シークレットフォース』という単語の意味が分からずリーサは怪訝な表情を浮かべる。
(……分かるはずがないか。)
内心で苦笑を浮かべながらクエイドは言葉を続けた。
「どっちにしてもあんたは俺の力を買いかぶり過ぎている。俺は……」
その時、脳裏にサリーナと別れる時の自分の情けない姿が映る。そして、サリーナの姿も。
最後に抱き締めた彼女の感触が急に激痛のように両腕に走る。
彼女に最後に呟いた言葉が鼓膜を振るわせる。
それを噛み締め、表情を抑える。
「俺は……あんたが思っている程強くなんてない。」
そう……強くない。弱い……人間にも人形にもなれない出来損ないの欠陥品なんだよ。
心の中でそう自分を嘲笑う。
「そんな……あなたの戦闘技術は……」
「そういう問題じゃないんだ。」
リーサの言葉を遮る。彼女の言いたい事は分かる。確かに俺の戦闘技術はある意味、完成されている。芸術品のように『殺す』という事を一つの究極の形にまで造形している。しかし……その芸術品の中にしまわれている『心』というそれを唯一制御するはずのプログラムが何処か欠落しているのだ。どんなに『芸術品』にまで高められていようと制御出来ない巨大な力は悲劇しか生み出さない。
「……俺は……もう戦いたくないんだよ。もう誰も殺したくないんだよ。」
クエイドの痛々しい姿と声にリーサは言葉を失った。
あんなに屈強に見えていた目の前の男が今は震える子供のように弱く感じるなんて……
そのギャップに戸惑いを覚えてしまった。
しかし……ここで自分の想いを諦めるわけにはいかなかった。
「……私は……あなたに誰かを殺してとも戦ってとも言っていません。ただ……彼を……あの人を助けて欲しいだけです。私の好きな……あの人を……」
彼女の最後に言った言葉がクエイドの心を大きく揺さぶる。
激しく心臓が鼓動する。まるで『あいつ』が現われる時のように。
しかし、内から響いてくる言葉は『あいつ』のものではなく俺を問いただす俺自身の声だった。

お前は3年前死ぬはずだった

だが、お前は『死に損なった』

生き残った意味は何だ?

生き残った意味……
分からない。誰かを救う事だったかもしれない。自分を救う事だったかもしれない。
だからこそ、俺はギルド派遣員になった。誰かを救いたかったから。その『場所』に自分が救われる道を見出したから。

サリーナの笑顔が見えた。
彼女に会えて……俺は本当に救われたと思った。彼女に会えただけでもギルド派遣員を続けていて良かったと心底思った。彼女が……俺の『救うべき人』、俺を『救ってくれる人』だと思った。

何故、サリーナを愛した?

何故、サリーナを抱き締めた?

何故、サリーナと別れた?

サリーナを愛した意味……
それは……分からない。どんなに考えても分からない。
ただ今一つだけ言えるのは、サリーナだから『愛せた』。サリーナだから『抱き締める事が出来た』。
そう……サリーナだから……『別れなければならなかった』。
他の誰かじゃない。全てサリーナだからなんだ。

思い出せ

何故、サリーナと別れる時あれほど辛かったのか?

あの時の事を何故忘れてはいけないのか?

思い出せ!!

「……引……て……る。」
「え?」
クエイドの酷く小さな声を聞き取る事が出来なくてリーサはクエイドに聞き返す。クエイドは最初何も言わなかった。だけど、しばしの沈黙の後、クエイドは重い口調で呟いた。
「……引き受けてやる。だが、金は出してもらうからな、料金については後で言う。」
クエイドの言葉でリーサの顔に満面の笑顔が現われる。
「ありがとうございます!!」
だが、リーサとは対象的にクエイドは一度も顔を挙げなかった。

自分の中にある二つの相反する感情……
残酷な自分と、優しい自分。
一人は戦えと命令し、もう一人は戦うなと叫ぶ。
しかし、俺はどうしても戦わなければならないらしい。その中でどこまで自分の殺意と狂気を抑える事が出来るのか。戦闘の血臭と硝煙は慟哭と殺意を呼び、肉を裂け、骨を砕け、血を流せ、命を握り潰せと俺を責める。
俺の中にある殺人願望……破壊願望……俺は……それを抑え続ける事が出来るのか?
サリーナのいない俺に……それが出来るのか……?
銃を向けられ、剣の切っ先が煌き、殺意を撒かれた時……俺はそれらに耐える事が出来るのか?殺さないでいる事が出来るのか?
自分への疑いの中……クエイドは新たな戦場へ向かう。
 

中央ロンダルギアに広大に広がるモプフィス大森林。レイキャンベル公国、ネルドガルド共和国、ピースウッド王国等大小の諸国全体を覆う程の大森林地帯。
その最深部には世界でも類稀なほど強力で凶悪なモンスター達が蠢いている。最悪のモンスター・ドラゴン種を始め、凶悪な魔法を使用する『魔族』とさえ称されるモンスター・デーモン種、その圧倒的なまでの巨体で森林を守護する、飛行戦艦型飛空艇程の巨体さえ持つものもいるモンスター・蟲種が闊歩する魔の森。その数多のモンスターが生息する場所を統べる存在が『五竜』の中の『森を統べる者』、フェアリードラゴン・『緑竜』である。しかし、そのフェアリードラゴン『緑竜』さえも統べる『ドラゴンの神』とも、『最初に星に生まれ堕ちたモンスター』とも呼ばれる存在がモプフィス大森林の最深部に鎮座していた。
その名は……ラグナドラゴン・『神竜』……

日の光さえも遮る程の深い森。樹齢100年を超える木々がそのほとんどを占め、中には樹齢が1000年を超えている物さえもあった。うねった木の根は大地に深く広く根付き、螺旋状に交錯する木の幹は青々とした葉を天文学的な数で讃えていた。
そして、カイラスの目の前にはその鮮やかな新緑の緑に負けないほどのエメラルドグリーンの光沢を放つ一匹のドラゴンがいた。
エメラルドの光沢……羽は昆虫の羽根のように透明で、虹色に輝いている。その瞳は『神獣』を現す黄金の光を放っている。神秘的なまでに美しいドラゴンだった。しかし、一度戦闘になれば彼の持つ虹色の翼は虹の粒子をばら撒いて飛翔し、彼の口から放たれるエネルギー波動は巨大都市さえも一瞬で瓦礫へと化す。脅威と神秘を背負う、自然の具現化した存在とも言えた。

<久しいな、お前が我に会うのは。>

ドラゴンの口は動いていない。心……いや、脳に直接響いてくる声。その声は男性と言うよりも女性のような感じだった。そして、その声には王者の威厳があった。
「ああ。どうやら元気そうじゃな。」

<そうでもない。我は森の守護者……森が活気づけば我の肉体は躍動し、森が傷つけば我も然り。>

『緑竜』は苦笑しているようだった。しかし、言葉とは裏腹に緑竜のその美しいエメラルドの皮膚はその輝きに少しの淀みもない。300年前のそのままの美しさを今も誇っている。
「ラグナは元気か?」
カイラスは世間話でもするように世界を守護する大いなる力の一つと楽しそうに話した。

<ああ。我が主に変わりはない。おぬしが会いに来たのは我が主だろう?主も久しぶりの『友』との再会を喜んでいる。>

「『レイライン』の情報か。そりゃ、手間が省けて助かるわい。わしの『レイライン』干渉能力はガーランド……いや、『魔王』に封じられておるのでな。」

<『魔王』か……彼の『世界力』……『星の意思』はそこまで力を付けているのか。それほど事態は切迫しているというわけか。>

「『魔王』が現われた時点で分かっていた事じゃろう?……それよりも人間の『N計画』について詳細が分かったか?」
『N計画』という言葉で『緑竜』の様子が明らかに変わった。黄金の瞳を細め、まるで遠くを……世界の未来を憂う様に呟く。

<1979年から始まった『旧・N計画』に関しては何もわかっていない。『旧・N計画』終了直前に見つけた『μ?048』……彼については1997年に生存が確認されて以来生死すら不明だ。1992年から始まった現在の『N計画』に関しては、『ジハード』……いや、『N&BD』シリーズは我々の『計画』に適さないという事くらいしか分かっていない。>

「……本当に『NOVA』を目覚めさせるつもりか?幾ら不完全とは言え、かつての圧倒的なまでの戦闘力……『魔王』との壮絶なまでの戦闘を知らぬわけではあるまい?彼の『世界大破壊』は千載一遇の『痛み分け』だった事は御主も分かっている事じゃろう?『NOVA』の力は『魔王』を上回っておった。人との結果的な『共闘』のお陰で『NOVA』を『星』の奥深くに眠りに付かせる事に成功したのじゃ。」
カイラスの声を抑えた静かな言葉に『緑竜』はその長い首を挙げる。天空を睨むように見据えると語り始める。

<……御主の言い分も分からないわけでもない。しかし、これは『五竜』の結論だ。もちろん、私も『赤竜』や『黄竜』のような強引な意見には反対だが、『今』を置いて『NOVA』を滅ぼせる機会がないのも事実。かつての人との『共闘』は御主の言う通り、『結果論』だ。人の使用した『核兵器』のおかげで2000年もの長き、『星の冬』という極寒の時代を迎える事になった事実を忘れるわけにはいかない。不完全な『NOVA』、完全な『魔王』そして、数多のモンスター群と我ら……今を置いて奴を倒せる時はない。>

カイラスは重いため息を付く。慎重論と鋭い状況判断力で『五竜』の中でも『ドラゴンの長老』、『神の参謀』、『竜賢王』とさえ称される『緑竜』でさえも『NOVA』復活を支持するとなると『神竜』……ラグナもこの『計画』に賛同しているかも知れなかった。だが、かつて……ブラックドラゴン・『黒竜』の暴走の際も、静観を決め込んでいた『五竜』達とは対象的にラグナだけは力を貸してくれた。まだ希望を捨てる事は出来ない。
「では、わしはラグナに会いに行く。またな。」
カイラスは簡単にそう言うと『緑竜』を通りすぎ、さらに奥へ向かって歩き始めた。
『緑竜』を通りすぎた後に広がる光景はまさに凄まじいの一言につきた。
世界最大の蟲の王、全長50mにも及ぶ『王蟲』の群れが鎮座する森。まるで王の玉座へと続く赤い……いや、緑の絨毯を守る騎士のように佇んでいる。その傍らにはデーモンの王、強力な魔法と並々ならぬ知識で伝承の中の人には『鬼神』とさえ言われている『アークデーモン』の姿。この星に存在する最強のモンスター達がここにひしめいていた。
そして、世界で最大の木『ユグドラシル』……『神木樹』、『世界樹』、『森の母』、『星の柱』と幾多の伝説、伝承の中に書かれ、古代の壁画、歴史の著名な画家に描かれている巨大な木のその足元に『モンスターの真の王』は鎮座していた。
白と赤を基調とした躍動する肉体。全ての存在の頂点を意味する知性と勇気と希望を象徴する黄金の瞳。天使のように白い羽毛を翻させる巨大な翼。世界を呑み込む共称される巨大な口とオリハルコンドラゴンの体を守っている伝説の金属『オリハルコン』の次に強い強度を誇る竜神の牙『グラディウス』。ドラゴンの神の冠を現しているかのような巨大な黄金の竜神の角『ロンギヌス』。二股に分かれている長い尻尾。全長90mの巨体は世界最強の究極生命体に相応しい要素を散りばめていた。
『神竜』ラグナは懐かしい友との再会に思わず目を細め、滅多に笑わないドラゴンの神を笑顔にさせた。

<300年ぶりか……随分と老けたな。>

『緑竜』と同様にラグナの声もまた、心に直接響いてくる。
その言葉にカイラスは思わず笑う。カイラスもラグナと同様かつての戦友、親友との再会で顔が綻んでいた。
「300年も経てば流石に爺になるわい。しかし、御主は変わらんのう。あの時のままに美しいドラゴンの神のままじゃ。」
カイラスの言葉はお世辞でも何でもなかった。ラグナの白く輝く竜鱗と装飾のような鮮やかな赤は世界樹の葉の隙間を縫うように届く木漏れ日を浴びて水面に反射する陽光のように光輝いていた。

<よせよ。世辞を言い合うような仲じゃないだろう?所で今日はどうした?……まぁ、言わなくてもだいたい想像は付くがな。>

ラグナの口調は『ドラゴンの神』と称されるような仰々しい物ではなかった。まるで青年のように揚々としていた。

「やはり分かるようじゃな。……単刀直入に聞く。ラグナ、御主は『NOVA』復活に賛成なのか?」
カイラスは苦笑を浮かべる。
その苦笑の意味はラグナに、『友』に隠し事を出来ない事と、その『友』に聞きづらい事を聞いた事。その両方の意味を瞬時に理解し、ラグナはその黄金の眼を細める。
ドラゴン種はそのほとんどが表情を出さない。僅かに判別する手段としては瞳の変化を見るしかない。

<……『五竜』は『NOVA』復活こそが『星』への救済だと信じているようだがな。確かに言い分は分かる。人の文明は急激に進歩している。まさしく、1万2000年前のあの時のように。かつての『マシンゼノディアス』のような『巨人』や、『エレハイム』のような『妖精』……いや、『悪霊』とさえ呼べる『N&BD』などという悪魔の所業さえもしているのだからな。……『赤竜』、『黄竜』は人間を根絶やしにしようとさえ言っているからな。だが、私の意見としてはまだ時期早々だと思う。『μ?048』が見つかっているならば話は別だろうが、現段階では『N&BD』が役に立たない以上、悪戯に人間との全面戦争に発展させるような行動は慎むべきだ。>

『マシンゼノディアス』……『エレハイム』……
かつての人が作り上げた究極の虐殺兵器……
一つは無機質の……虐殺の機神。
一つは有機質の……機神を操る悲劇の妖精。

カイラスは重くため息をする。この二つの単語は1万2000年という悠久の時を超え、今もその面影を残す。一つは『遺跡』となり、『発掘兵器』と呼ばれ軍事バランスを一瞬で崩壊させる……いや、星さえも滅ぼす程の脅威となって。
そして、もう一つは『遺伝』として『血』の中に脈々と流れ続け、そしてそれが濃ければ濃いほど悲劇を招く……今も。
そう……あの娘のように。
この二つの『遺作』の名を聞くと、人の馬鹿らしい程の……いや、喜劇のような愚かさを実感してしまう。そしてそれが自分にも無関係でない事もカイラスを失望させる。
『獣魔術士』という特異な能力を持っていても、人に変わりはないからだ。
「……『赤竜』と『黄竜』はそんな事を言っておるのか……」

<まぁ、奴らもあれでも『五竜』のはしくれだからな、トカゲよりは賢いだろう。しかし、『NOVA』復活後の『魔王』と『NOVA』の戦いの最中にでも人を滅ぼそうとするかも知れないがな。>

究極生命体でありドラゴンの王でもある『灼熱の炎帝』・『赤竜』と、『地の怒りと恵みの神』と呼ばれる『黄竜』をトカゲと呼ぶ事が出来るのは恐らくラグナをおいて他にいないだろう。この星の生命体の頂点……いや、『星』そのものとさえ言える『魔王』ガーランドでも言えないだろう。
「……しかし、御主だけでも現段階での『NOVA』復活を支持してくれなくてあり難い。『緑竜』の言葉を聞いた時には御主ももしやと疑ったよ。」

カイラスは微苦笑を漏らす。その表情を見てラグナも顔を緩める。

<『緑竜』も苦しい決断だったんだよ。……確かに現状を見ると我々に勝機があるからな。多少の無理も仕方ないという事だろう。『青竜』、『天竜』も同意見だそうだ。まぁ、奴らの場合は許容範囲が限界を超えたせいもあるだろうがな。>

「……海洋汚染、大気汚染か……『黄竜』としても土壌汚染が予想以上に広がっているのも許せないのじゃろうな。しかし、そうなると『緑竜』の寛容さには感服するの。森林破壊はかなり深刻じゃろうからな……『腐海』という最後の手段だけは使いたくないじゃろうに。」

<……『腐海』……『核兵器』及び重大な『細菌兵器』の使用による復元不可能な星の破壊の際に、現われるよう『プログラム』されている最終手段か。そんな事態だけは御免だろうな、あいつも。>

『腐海』とは汚染物質浄化機能に優れる特殊な森の形態の事を指す。
星の膨大な時間を使っても再生困難、または再生が行われる前に大多数の生命体が死滅する事態に対する『星』の最終プログラムである。しかし、このプログラムの発動は他の生命体にとっても重大な副作用をもたらす。『腐海』は通常の森とは形態が大きく異なり、その姿は禍々しいものとなる。『腐海』に覆われた大地は汚染を浄化するために大気に大量の猛毒の毒素を放出する。その毒素は生命体に致命的なダメージを与える。それに対して順応させるため、任意的に進化を捻じ曲げられ、生命体の多くが毒素に耐えられる体を持つ、モンスターと化す。

何十億年という気の遠くなる程の悠久の時から続く『進化』さえ歪めさせる『プログラム』が『星』によって惑星規模で仕組まれている。
その『プログラム』が仕組まれるきっかけを作ったのは間違いなく『人』なのだ。
そして、その『プログラム』に逆らう事が出来るのはこの星の生命体では存在しない。惑星外での活動さえ可能なドラゴンの王『五竜』と『神竜』、『星』の代弁者たる『魔王』でさえ、そして夜空に煌く星の数ほどの想いを抱く『人』でさえも。
それから逃れられるのは、抗えるのは『NOVA』だけ。この星の生命体ではない『NOVA』だけなのだ。

「……全ては『NOVA』抹殺のため……人類の暴走を止めるため……か。」
カイラスが絶望的に呟く。
ラグナの瞳には人の未来を憂い、淋しげに佇む老人の姿が映った。
そしてその事実に驚愕以外の何物も覚えなかった。
あれほど希望に満ちて輝いていた少年の瞳はそこには存在していなかった。
この300年の間に『少年』は変えられない現実を知り、『無垢な願い』を失った。そして『大人』になった『少年』はそれでも捨てられない希望にすがり付き傷ついた。世界の汚さの中で汚れ、傷つき、『大人』となった『少年』を『老人』にした。
それは月日なのか。世界なのか。それとも己自身なのか。
永遠とも思える時間の中で生き続けるドラゴンの王にとって、それはあまりにも悲しい生命の宿命に思えてならなかった。

「……ラグナ、どうした?」
カイラスの声で現実に戻る。

<何でもないさ。それよりもお前がここに来たのは私の真意を知りたかっただけではないだろう?……『N計画』についてか?……それとも『魔王』か?」

ラグナの言葉に思わず苦笑を漏らす。
さすがに死線を幾度となく乗り越えた戦友だ。隠し事は無駄のようだ。
カイラスはそんな事を考え、改めて友情の偉大さと不器用さを知る。
「わしは『魔王』に『レイライン』への干渉を拒絶されておる。『N計画』についての情報が全く入って来ん。だから、『N計画』について独自に調べてみようと思ってな……『バロン』へ潜入してみようと思うのじゃ。それと、『魔王』が加担している帝国中央議会の『プロジェクト・ノア』……これについて何かしらのコンタクトを御主らにしてくるかも知れん。その忠告もあって来たのじゃよ。」

<……『N計画』に『プロジェクト・ノア』か。『N計画』はともかく『プロジェクト・ノア』は我々にとって支障になる意外にメリットは何もない。『魔王』も恐らくはこの計画に加担しているふりをしているだけだろう。万が一、『方舟』に軍隊を派遣するような事態になれば我々としても黙って見てはいられない。パラメキア大陸、北ロンダルギアに展開しているドラゴンの大群で制圧するさ。『五竜』と私も出張るだろうしな。……私も付いていこうか?>

「いや、わしだけで何とかなるじゃろう。『獣魔』達も力を貸してくれる。」
ラグナの言葉にカイラスは首を横に振る。気持ちは酷く嬉しかったが、刻々と変わる現状を考えるとカイラスとしては……いや、『星の遺伝子』を持つ『獣魔術士』として、ラグナの同行を認める訳にはいかなかった。

<……そうか。気をつけろよ。>
ラグナのその言葉にカイラスは笑顔で頷く。
そしてラグナドラゴン・『神竜』……いや、『友』との再会は終わった。
憧憬の想いを封じ込め、再びカイラスは鬼となり戦場に舞い戻る決心を固めた。
 

……カイラス……
人と星の未来を真に憂うため、クエイド達とも相容れる事が出来ず、ドラゴンの王達とも、魔王とも相容れる事が出来ない。真の友とも呼べるラグナさえもそのあまりに重く、責任のある立場ゆえに肩を並べる事が出来ない。
カイラスのあまりにも悲しく、淋しく、そして孤独な戦いは続いていく……その命の火が消えるその時まで……それが彼の宿命なのか……それが彼の望みなのか……それは彼にしか分からないだろう。

そして……レイキャンベル・『バロン』極秘施設……
そこで、クエイドとカイラスは互いを知る事無く、しかし、星の仕組んだ壮大な『プログラム』という数字の羅列に操られるが如く、知らず知らずの内に影響し合う事になる。
 

(……続く)
 
 




(Continue)

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