第4章「君は想い出に 僕は人形にもなれずに(3)」
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レイキャンベルの地方都市ヴィスティアの郊外に工場のような建物があった。
その建物自体はそれほど大きくもなく、良くありがちな廃工場のように寂れていた。しかし、その敷地の面積は途方もなく広い。その敷地全てを一周するのは車でも骨が折れる程だった。
地上にある廃工場は目くらまし以外の何物でもなく、この施設の真の姿は地下に広がっていた。地下10階まである巨大な背塔とも呼ぶべき建造物。そこで行われているのは狂気と恐怖が蠢く最悪の実験だった。ここで作られた凶悪な兵器の数々が帝国軍を中心に使用されている。生物兵器、細菌兵器、BD、そして……『N&B』システムも……
「……表に警備員が4人……か。確かに廃工場にしては大した警備だな。」
クエイドは双眼鏡から目を外して笑みを零す。夜も深け、工場の近くの森に姿を隠してクエイドとリーサは様子を伺っていた。二人の姿を映し出すのは細い月明かりだけ。その姿は完全に闇に包まれていた。そして彼らの体を包んでいる服も夜の闇に相応しい漆黒の戦闘服だった。
「……どうするんですか?」
リーサは流れるような長い金髪を掻き揚げる。夜風に揺れるその金髪が細い月明かりにも輝いている。
「あんたの言っていた男……ラッグスだったかな?そいつを助けるまで騒ぎを起こすのは問題があるな。」
クエイドは双眼鏡をしまうと銃と短剣の手入れを始める。
鈍く光る短剣の刃にクエイドの顔が溶ける。光の屈折か、それとも幻だったのか、刃の中で溶けていた自分の口元が笑っている。
それを鞘にしまう。
拳銃は小型で手に収まり、扱いやすい。オートマチックの量産型の拳銃で護身用として人気の高い銃だが、殺傷能力は低い。
実戦用としては不向きな拳銃で軍隊や、警察ですら使われていない。ギルドでも好んで使っている人間はいないだろう。
しかし、クエイドにとってはこれで十分だった。
クエイドの主要武器は短剣なのだから、銃は護身用程度で十分だった。それに銃の場合、高い確率で相手を殺傷する。しかも炸薬の破裂音で自分の所在がばれるのもクエイドにとっては好ましくなかった。特にこういった隠密性を必要とする潜入任務では銃は不向きだった。
銃からマガジンを取り出し、弾丸を確認する。そしてそれを銃に戻す。一連の作業に少しの戸惑いも手際の悪さもなかった。洗練された達人のように流れるようにそれを行っている。
そして、それにリーサは堪らない寒気を覚える。無表情のまま殺人の道具を手際よく扱う……その事に氷のような寒さを感じた。
「……行こう……」
クエイドは簡単にそう呟くと歩き始めた。リーサは恐怖に体を強張らせている自分を意思の力で何とか制する。
その恐怖がこれから行く狂気の館に対してなのか。今目の前にいるこの漆黒の暗闇に好まれている男に対してなのか……それすら分からずに。
レイキャンベル公国マサリク空軍基地
クエイド達がレイキャンベルの極秘施設に侵入を開始してから約1時間後、マサリク空軍の周囲数百キロを監視している対空レーダーが一機の未確認飛行物体を補足した。速度からガンシップと推測された。この事に嫌な予感を覚える者も少なくなかった。
何故なら、ガンシップは基本的に軍用だからである。飛空艇などは民間企業も旅客機、輸送機として多く使用しているが、高機動を誇るが積載量の少ないガンシップは戦闘用としては優れている反面、民間用としては役に立たなかった。金持ちが娯楽で使用する程度である。
前回のレイキャンベル陸軍のネルドガルドへの侵攻が事態をさらに緊迫にしていた。
ネルドガルドの報復の可能性が十分に考えられた。
「『ワイバーン』尚もレイキャンベル領空へ向け、進行中!!」
「領空まであと50!!」
「……PVA?02『クードゥー』2機を緊急発進させろ……」
「了解!!」
『ワイバーン』とは未確認飛行物体を指す軍事用語である。しかし、この時迫っている者が文字通り『ワイバーン』であるという皮肉は誰も想像していなかった。
空軍の膨大な面積を誇る飛行場で黄色と白の光を点滅させながら2機のガンシップが離陸の準備をしていた。その巨大な鉄の鳥の足元では兵士が両手に旗を持って忙しく振っている。
滑走路を赤いランプが彩る。まるで死地へと向かう戦士を送る送り火のように悲しく煌いていた。
そして、急激に加速したPVA?02二機が天空を切り裂いて飛翔した。この闇の先にある祖国を脅かす敵を討ちに。
「……大丈夫だ。」
クエイドは静かに言うと、マンホールの蓋を開ける。そこから二人は這い上がる。
周りを見渡すと錆付いた鉄筋で作られている巨大な空間だった。人の気配は何処にもない。
「……それにしてもとんでもない所通るんですね。」
リーサは疲れと下水の気分を悪くする腐臭に完全に参っていた。
「魔法が使えていればこんな面倒な事をしないで済んだんだけどな。それよりも例の男の居場所、分かるか?」
クエイドの言葉にリーサはため息を付きたくなった。
ため息をつきたい理由はクエイドの言動だけじゃなかった。
この『バロン』極秘施設には魔法を無効化する結界が張り巡らされていた。そのために、この施設の内部ではクエイドはもちろんリーサも魔法が使用できない。その範囲は攻撃、回復、支援全ての魔法に適用される。そのため、クエイドも魔法による偽装が出来ずにこのような面倒な手順を踏まなくてはならなくなったのだ。
これはクエイドというよりもリーサには致命的だった。
リーサの魔法はクエイドのものよりも攻撃力、影響力共に優れている。しかし、それを封じられれば残るのはか弱く、か細い女の体だけ。格闘能力もナイフの扱いも、銃の扱いすらも分からない。クエイドに渡され、簡単な使い方を教わった銃だけが自分の身を守る唯一の方法だった。
「だいたいですけど。しかし、監視カメラや、警備の人、研究員だってここには多くいます。それに見つからずに行くというのは……」
「……いや、目標まで一直線に行こう。ここについて完全に分かっていない以上、下手に行動するわけにはいかない。研究員でも人質に取れればやりやすくはなるんだけどな。」
リーサはクエイドの口元に危険な笑みが浮かんでいるのを見逃さなかった。
「そんな!!ダメですよ、そんな事!!」
「国際連合の施設に侵入するってだけで十分犯罪者だと思うけどな。」
クエイドの冷たい言葉にもリーサは怒ったように吊り上げた眉を戻そうとしない。それに負けたのはクエイドだった。
「分かったよ。だけど、見つかった場合は出来るだけ人質を取るようにする。その方が双方にとっていいからな。」
クエイドの言葉は最もだった。警備員との戦闘になれば抑制が効かない分、完全な殺し合いに間違いなく発展する。人質を取れば多少躊躇する事になる。それを利用すれば無益な戦闘を行わなくて済む。……まぁ、見つからずに救出、脱出を行えればそれに越した事はないのだが。
「……わかりました。」
リーサは思い切り不服の表情を浮かべながら渋々納得した。戦闘に関してはクエイドの意見に従ったほうがいいのは例の砂漠での一件で実証済みだった。
「それなら早く行動を起こすぞ。夜の闇に紛れて逃亡したいからな。」
リーサもクエイドの言葉に頷く。これについては彼と同意見だった。その事が妙に可笑しくくすりと笑ったが、クエイドにはさっぱり分からず怪訝な表情を浮かべるだけだった。
雲の塊が無数に存在する天空の海……
水面の変わりに冷たい空気が揺れ、雲が水しぶきのかわりに白く躍動する。
漆黒の中で細い月明かりに映し出されるそんな幻想的な天空の風景の中で、二羽の鋼鉄の鳥が白い尾鰭をなびかせて飛翔していた。
ガンシップPVA?02『クードゥー』。
垂直離陸を可能とするVTOL戦闘機、ガンシップの主流であるレイキャンベル空軍の主力要撃戦闘機である。帝国の主力ガンシップFVA?07a『ゲブラー99』、連邦のガンシップPVA?09『雷電零式』、ガイリアのガンシップOVA?01s『カルギアス』に比べれば一世代遅れ、大国では現役を引退しているガンシップだがレイキャンベル等、軍備にさほど金を掛けられない小国にとって十分現役として本土を防衛している。
積載量も申し分なく、20mm機関砲、対空ミサイル2基と兵装としては十分と言えた。
<……こちら『ウィザード』。間もなく『ワイバーン』との接触地点に入る。>
マスクでくぐもった声に同じように雑音で掠れそうな声が答える。
<了解。こちらもLSDで確認している。『ワイバーン』はすでに領空に侵入している。警告を無視、及び攻撃行為を示唆する行動を取った場合は直ちに撃破せよ。繰り返す。直ちに撃破せよ。>
<……『ウィザード』了解。>
<……『プリースト』了解。>
天空を切り裂く2つの鋼鉄の刃が白い軌跡を残して、天空を飛翔する。そして、邂逅の時は突然訪れた。
『ワイバーン』の姿を目視で確認したのは『ウィザード』だった。
雲の切れ間を飛翔する巨大な生物……漆黒のコウモリのような翼……そして、長い首と尻尾。それだけでその存在が何か瞬時に分かった。と同時に脳に閃光にも似た衝撃の光が走った。
<……『ワイバーン』発見……しかし……あれは……>
<どうした?!報告は正確にしろ!!>
<……ド、ドラゴンです。>
<何だって?>
『ドラゴン』の一言が聞こえなかったわけではなかった。しかし、それでも聞き返さずにいられなかった。
「モンスター、しかもドラゴンです!!ガンシップではありません!!」
その声は空軍中央作戦室を震撼させた。他国との交戦という外交上、かなり困難な問題は回避されたが、その代わり驚異的な存在に自国が晒されているという問題が浮かんできた。
ドラゴンの戦闘能力は並ではない。確かにドラゴン種全てがそれぞれ強いわけではないのだが、最強クラスのドラゴンになれば飛行戦艦型飛空艇でさえ一撃で撃沈されるだろう。それゆえに各国は他国の動向以上にモンスターの動きについても敏感になっている。
このドラゴンの戦闘能力が評価出来ていない以上、レイキャンベル存亡という国家レベルでの危機を現していた。
<どうする?迎撃するか?>
<待て!!こちらからの指示があるまで手を出すな!!>
「りょ、了解!!」
『ウィザード』と通信士の両者の声が上ずっている事を本人たちも理解していた。だが、それも仕方がない。ドラゴンの圧倒的攻撃力と生命力は伝説だけに収まらず、史実でさえ物語っている。それを現すようにトリニティ国際連合はドラゴンをSクラスの危険モンスターに分類している。世界最強の軍隊を保有する帝国でさえドラゴンが支配しているとわかっている『遺跡』には軍隊を派遣していない。
この緊急事態に際し、空軍中央作戦室だけでは対処出来ないと判断した空幕長は国防省に直通の電話をかけた。だが、国防省も大混乱に陥るだけで明確の指針を出す事は出来なかった。しかし、事態はさらに深刻の度合いを強める。
「『ワイバーン』、進路を首都ヴァハノンに向けました!!」
LSDの巨大液晶画面に三角形の形で現された『ワイバーン』の直線上には確かに首都ヴァハノンが存在していた。これによっていよいよ決断を下さねばならなくなった。
「……分かりました。」
空幕長は重い口調で答えると受話器を置いた。決断は下されたのだ。しかし、それを自分の口で伝え、実行に移したとき何が起こるのか……それを想像すると身も凍るようだった。
沈黙が辺りを包む。皆が自分の言葉を待っている。身を引き締め、口を真一文字に引き締めると威厳を込めてはっきりと答えた。
「……決断は下りた。『ワイバーン』を迎撃せよ。」
その言葉に通信士は生唾を飲み込んだ。
<……攻撃命令が出た。『ワイバーン』を迎撃せよ。これは演習ではない。繰り返す。これは演習ではない。>
<了解。『ウィザード』、攻撃態勢に入る。>
<『プリースト』、攻撃態勢に入る。>
二機のガンシップが大気と雲を切り裂いて『ワイバーン』の後ろへと回り込む。その両脇に抱えられた対空ミサイルが不気味に輝いた。
究極の生命体ドラゴンと人の技術が作り出した空飛ぶ鋼鉄の鳥『ガンシップ』。
現在2000年の翌年……2001年に起こる『世界危機』……
ドラゴンと人類の兵器群との戦いの序章とでも言うべき戦いが今、始まろうとしていた。
「ぐっ!!」
クエイドの肘が警備員の後頭部を強打する。強烈な衝撃に脳震盪を起こし、堪らず警備員は前のめりに倒れる。
「……穏便に行くんじゃなかったんですか?」
リーサが呆れるように呟く。
「敵の懐に飛び込んでおいて穏便に済むなんて思ってたのか?」
クエイドは冷たく笑みを浮かべる。彼の冷笑を見て、リーサは半場諦めてため息をつく。吐き出された息と一緒に多少の彼への不満感も外に吐き出されたようだった。
「……だけど、このままじゃ見つかるのも時間の問題だな。監視カメラにも多分俺達の姿が映っているだろうし。」
覆面を被って自分の素顔をさらけ出してはいないが、それでも通報で武装した警備員に囲まれるのは出来れば避けたかった。今の所研究員らしき人物は何回か目撃したが、見つかる事無く何とかやり過ごしてきたがこれからもそれが続くと思える程楽観視は出来ない。
「……でも行くしかありません。」
リーサが吐き出すように言葉を紡ぐ。その姿は辛そうだった。
(……辛くないわけがない……か。)
クエイドはちらりとリーサを見る。他人に無関心を装っているクエイドだが本当に無関心なわけではない。任務に従事するうちに他人の僅かな言動からでも何を考えているかを探るようになってしまっていた。そのため、知りたくもない相手の心の痛み、心の傷についても気付いてしまう。……しかし、気付くだけで何も出来ない。クエイドはそれを救う術を持っていないからだ。
「……そうだな。」
それが分かっていながら口を突いた言葉は何の変哲もないものだった。
こんな時にどんな言葉をかけたらいいのか。どうすればいいのか。それがクエイドにはどうしても分からなかった。
……だから、俺には何も出来ない。
……だから、俺にはサリーナも救えなかったんだ。
……だけど……
クエイドは顔を挙げる。その瞳には痛いくらいの悲壮なものがあった。
今のクエイドに出来る事は……自分が出来る事は優しい言葉をかける事じゃない。彼女の望みを叶える事。……ラッグスを助け出すこと。
だが、それは不安定な自分をさらに追い詰める事にもなる。誰も殺せない自分。しかし、体には殺すための全ての技術が染み付いている。そして、心の何処かで殺す事を喜び、望んでいる部分がある。
(……まるで、救いがないじゃないか……)
クエイドはリーサに見えないように苦笑を漏らす。何とかサリーナと会う前くらいには笑えるようになってきてはいる。だけど、彼女を失った喪失感は変わらない。
このままでは……いつか心が限界を向かえ、人を殺してしまうか、自分の心が壊れるか、それとも……殺されてしまうか。
クエイドは頭を振る。今は……この場を切り抜けることを考えよう。そう考えると自分を戦闘に集中させるために腰の短剣に触れる。手に馴染んだ短剣の柄はそれだけで彼のひ弱な心を冷徹にさせる。
その姿をもしサリーナがその場にいて見ていたならば、恐らくは悲しんでいただろう。それ程までに今のクエイドは痛々しかったのだ。
<AM?01発射!!>
声とほぼ同時に操縦桿に付いている発射ボタンを押した。
『ウィザード』から放たれた一発の対空ミサイルが白い空を切るような雲を作って直進し、『ワイバーン』の後部に迫る。しかし、『ワイバーン』もミサイルに気付く。
急速に旋回し、ミサイルを振り切ろうとする。しかし、光学TVによる光ファイバ誘導方式を採用している対空ミサイルには多少の旋回による回避行動など意味がない。まるで追随するかのようにミサイルは急速に旋回し、しつこく『ワイバーン』に追いすがる。
音速に近い速度を誇る『ワイバーン』だが、音速を遥かに超える速度の対空ミサイルを振り切る事は出来ない。漆黒の夜空に雲も一緒に吹き飛ばすように大輪の火炎の花が爆音と一緒に開く。
<AM?01命中!!>
『ウィザード』の声に中央作戦室が歓喜の声で沸きあがる。だが、彼らは『ワイバーン』の真の力……ドラゴン種の恐ろしさとその背に乗っている者の驚異的なまでの強さを知らなかった。
未だ爆炎と漆黒の闇で包まれた煙の中からそれを突き破るように『ワイバーン』が姿を現した。その様子をはっきりと見ていた『プリースト』が興奮と絶望の中で叫んだ。
<『ワイバーン』健在!!繰り返す!!『ワイバーン』健在!!>
その声に歓喜で湧き上がっていた中央作戦室が再び静まり返る。
(何て言う生物なんだ、ドラゴンって奴は!!)
『ウィザード』は心の中で唾を吐くように叫んだ。
急速に進歩した戦闘兵器は『先制攻撃』した方が勝利を収めるようになっていた。攻撃面が非常に進歩し、過去の空中戦のように回避行動によって相手の攻撃を避けて反撃をするような事は実質上不可能になっている。強力なミサイル兵器は破壊力も然る事ながらその命中率も驚異的である。光学TVによる光ファイバ誘導方式を採用してからはさらにそれが顕著になった。ミサイルにロックオンされる事。それがすなわち死を意味している。
しかし、モンスターだけは『例外』である。強靭な皮膚はミサイルの撒き散らす金属片や、爆炎、衝撃に耐える事が出来るのである。特にドラゴン種と蟲種はその巨体も相まって圧倒的な防御能力、そして……
『ワイバーン』は反転すると『ウィザード』に向かう。『ウィザード』は機体の腹にある20mm機関砲を乱射する。秒間で百数発という膨大な弾丸を放つ機関砲が爆音を響かせる。人間だったらひき肉のように原型を留めることのない弾丸の嵐だが、ドラゴンの驚異的な皮膚を持ってすれば弾丸を弾き返す事など造作もない。命中した弾丸はドラゴンの皮膚に跳ね返され、跳弾となって夜空に吸い込まれていく。
すり抜けるように『ワイバーン』と『ウィザード』が交差する。お互いの衝撃波がぶつかり合い反響する。『ワイバーン』はその長い尾を鞭のようにしならせる。凄まじいほどの強風を受けて『ワイバーン』をクイックターンさせる。そのあまりの反転能力に一瞬で『ウィザード』は後ろを取られる事になる。そう、まさに『これ』なのだ。
ドラゴンはその長い尾を使うことによって戦闘機ではとてもまねの出来ない驚異的な機動性を誇る。そして、『ワイバーン』はそのまま翼を羽ばたかせ、空中に静止する。
突如、何の脈絡もなく空中に浮遊する『ワイバーン』の前の空間が歪む。その歪んだ空間から巨大な球体が現われたのだ。その球体の中心が切り開かれる。その中から現われたのは巨大な瞳だった。その瞳が『ウィザード』を捉えた瞬間、閃光が走った。
何百本という閃光の槍……それがバルカン砲のようにその巨大な瞳から放たれたのだ。その閃光の槍は音速を超える『ウィザード』の速度すらも凌駕する圧倒的な速度で『ウィザード』に迫った。
<うわぁぁぁぁ!!!>
『ウィザード』のパイロットは絶望の中で操縦桿を思い切り右に倒した。急速に旋回する『ウィザード』。無誘導の兵器を交わすのは本来なら容易いがこの閃光の槍の数が数である。膨大な閃光の槍を交わしきる事等不可能だった。夜空にばら撒かれた閃光の槍は『ウィザード』に迫り、その内のほとんどは避けられる。しかし、一発が『ウィザード』の翼に命中すると炎を噴出す。速度を失った戦闘機を撃墜する事など容易かった。その鋼鉄の機体を引き裂くように次々と光の槍が『ウィザード』を引き裂いていく。ついに胴体に命中し、炎が燃料に引火し、大爆発を生じさせる。部品を撒き散らして、夜空に炎の花が再び咲いた。
<『ウィザード』撃墜!!繰り返す!!『ウィザード』が撃墜された!!>
『プリースト』の悲痛な叫びが通信士の心を掻き毟った。いっそ耳などなければよかった……そう思ってしまう程絶望的な叫び声だった。
「……『ウィザード』撃墜されました……」
通信士の言葉と同時にLSDに映しだされていた『ウィザード』を現すマークが消失する。それから間もなく……そのLSDに現されるマークは一つだけになった。『ワイバーン』を示す三角形だけに……
空幕長は国防省に直通の電話を入れる。
そして、国防省もまた公国中央政府に緊急の連絡を入れる事になる……大統領を始めとする政府要人の首都ヴァハノンからの退避である……
そして、それから間もなくして首都ヴァハノンにモンスターの襲来警報が出される……巨大都市での襲来警報の発令は始めての事だった。そして、首都に戒厳令が敷かれた。
ドラゴンが首都に到着する前に陸軍が首都に配備される。戦車や、ARMSがビル群の合間を縫うように配置される。首都の上空には2機の飛行戦艦型飛空艇が滞空し、何十という銃口を夜空に向けていた。
今回のドラゴンの強襲という事態に対してトリニティも平和維持軍の派遣を公国中央政府に提案したが、レイキャンベルは自国の軍だけでこれを撃退出来るとそれを拒否した。レイキャンベルとしてはこれを理由にトリニティ平和維持軍が首都を掌握するのを恐れたのだ。先日のレ軍によるネルドガルド侵攻もあり、レイキャンベルがそれを心配するのも頷けた。そのため、トリニティ平和維持軍はこの事態を静観する事になる。
しかし、ドラゴンの来襲を信じていた公国中央政府に信じられない報告が入る。
『ワイバーン』、進路を首都から外す
そう……『ワイバーン』は首都に向かってはいなかったのだ。これはカイラスの作戦だった。首都にドラゴンが侵攻すると見せかける。それによって周辺の陸・空軍を首都に集めさせそれ以外の警備を手薄にさせる。
カイラスの目的はヴィステアの郊外にある『バロン』の極秘施設。これによってレ軍の情報伝達は混乱を極める事になる。それにより、レ軍は初動行動が大幅に遅れる事になる。
「……ラッグス?」
リーサは牢屋に閉じ込められている白衣の青年に向かって消え入りそうな小さな声で呟く。青年はうめくように顔を挙げる。その顔を疲労で憔悴しきっていた。しかし、リーサの顔を見ると見る見る顔色が変わっていく。
「……リーサ……?どうして……君がここに?」
ラッグスは格子を掴み、出来る限りリーサに近づこうとする。
「貴方を助けに来たに決まっているじゃない。」
リーサは瞳一杯に涙を浮かべて同じようにラッグスに近寄る。
「……早く出してやった方がいいんじゃないのか?」
クエイドは放り投げるように看守から奪った牢の鍵を放り投げる。それをリーサが受け取ったのを確認するとクエイドはその場から離れた。
感動の再会を邪魔する事はクエイドには出来なかった。リーサがどれほど悲壮な決意でここに乗り込んだかを知らないわけではなかった。それに……
(……俺がサリーナにもし再会するような事があったなら……俺はどうするんだろう?)
クエイドは瞳を細める。彼女へ思いをはせる時……彼女の事以外を考えないために目に映るものを出来るだけ少なくする彼の一種の癖だった。
多分……知らないふりをするだろうな。
そう考えてクエイドは完全に瞳を閉じる。背中を壁に押し付ける。冷たい感触が服越しにも伝わってくる。
サリーナは俺の事を知らない。全てを忘れて暮らしている。それで……彼女が幸せだったなら、俺はどうなろうと構わなかった。例え、戦いの中で死ぬことになっても……殺す事に魅入られてしまっても、心が粉々に砕けてしまったとしても、彼女を好きになれて、彼女と出会えて、彼女との想い出を胸に抱いて死んでいくのならそれはそれでいいと思えたからだ。でも……もし、万が一、彼女が不幸だったなら……俺は……自分の事を名乗ってしまうのだろうか?彼女がもう一度自分を好きになってくれるかどうかも分からないのに。彼女を……幸せに出来るとも限らないのに。
どうしようもなくサリーナの声が聞きたかった。サリーナの笑っている顔が見たかった。
サリーナを……抱き締めたかった……
抱けばいいだろう?
「……えっ……?」
クエイドは思わず声を挙げる。彼女が俺の前から消えて……同じく消えたと思っていたのに。その忘れようにも忘れられない声はクエイドの耳に確実に聞こえた。
クエイドが辺りを見渡す。そして……暗闇から『あいつ』は現われた。サリーナが一緒にいた時と変わらない俺の姿で。同じ不快な雰囲気とどうしよもない嫌悪を纏わりつかせて。
温もりが欲しいのだろう?
あの女の心も体も全て自分のものにすればいい
「……勝手な事を言うなよ。」
クエイドは呟くように答える。べっとりと気持ち悪い汗を自分がかいている事を思い知らされる。サリーナが側にいてくれていた時は彼女に支えられているおかげでこいつの言動にも何とか耐えることが出来た。しかし、今は……
辛いんだろ?淋しいんだろ?
だったらあの女を手に入れろ
それでお前は救われる
あの女の唇の感触……あれを忘れたわけじゃないだろ?
『あの女の唇の感触』
その言葉を聞いた瞬間、あの時のサリーナのはにかんだ笑顔が鮮明に蘇った。だからこそ、『あいつ』を許す事が出来なかった。
「黙れ!!」
クエイドは短剣を引き抜いて『あいつ』の胸に突き刺す。しかし、胸に深々と刺さった短剣による傷口からは一滴の血も流れなかった。しかも『あいつ』は胸に短剣を突き刺したまま、両手をクエイドに回した。そして自分に力強く引き寄せると優しく耳打ちする。その表情は妖艶に微笑んでいた。
……お前 限界だな……
もう少しもってくれよ でないとオレが困るんでな
もう一度だけ言う あの女を手に入れろ
あの女の体を奪え
あの女の心を奪え
あの女の体も心も全てを貪れ
グチャグチャに引き裂いて『愛』にあの女を捧げろ
そうすればオレがお前をあの女と『ひとつ』にしてやる
……お前に『幸せ』を与えてやる……
呪詛のように響き渡る『あいつ』の声。それはクエイド自身が制してきた『殺意』を大きく揺り動かす。慟哭がクエイドを激しく殺意に駆り立てる。
そして、クエイドの開かれた瞳に『俺』とサリーナの姿が映る。
サリーナの衣服を破き、嫌がる彼女を無理やり犯す『俺』の姿……
彼女の叫び声が響く中で、それを側で嘲笑う『あいつ』……『俺』も同じように歪な笑みを漏らしている。
彼女は涙と絶望と、失望でグシャグシャになった顔で俺に助けを求めるような瞳を向ける。俺は叫びながら彼女を助けようとするが見えない壁に阻まれてどうする事も出来なかった。俺は……ただその様子を見ているしかなかった。
『俺』は短剣を握るとそれをサリーナの腹部に突き刺す。彼女の口と刺された腹部から血が溢れ出てくる。その血を舐めて冷笑を浮かべる『俺』……彼女の心臓が止まって動かなくなってもまだ彼女を弄び続ける。彼女の血で赤く染まった『俺』の姿……高々く掲げられたサリーナの取り出された心臓……そう……まさに『俺』はサリーナを貪ったのだ。
彼女の体を。
彼女の想いを。
彼女の生を。
やめろぉぉぉぉぉっ!!!
絶叫が喉をほとばしった。そして短剣を自分の心臓のある左胸へと突きたてようとする。
こんな俺が生きている資格などなかった。例え今、目の前で繰り広げられた悪夢が幻に過ぎなくても現実に起きないとは言えなかった。それならばいっそ俺なんか死んだ方マシだった。しかし、繰り出された短剣をもつ右手を『あいつ』に止められる。
お前は死なせない
心配するな 苦しいのは一時だ
じきに楽になる
あの女はお前にくれてやるから……な?
だから お前は『答え』を示してくれよ?
クエイドの右手から短剣がすべり落ちる。乾いた音と共にあいつは冷笑だけを残して消えていった。クエイドは目を見開いてそのままひざまずいた。
死ぬ事も許されなくて……生きていても大切な人すらも不幸に……いや、殺してしまうかもしれなくて……
心の底から自分に絶望した。いっそ心などなくなってしまえば良かった。サリーナに出会って、やっと心の大切さに気付いたと思ったのに……彼女を失う痛みと、自分に対する圧倒的な絶望感と嫌悪感に苛まれるくらいならこんなつぎはぎだらけの心など粉々に砕けてしまえばよかった。
それなのに……戦場で戦い、否応なしに強くならなければならなかった心が……そういった『死』とか、『血』とか人が発狂しそうなことには強く、寸前で心を保っていられる自分が心底憎くてしょうがなかった。そして、クエイドは決意する……もし殺意に支配され、どうしようもなくなった時、その時は真っ先に自分自身を殺そうと。それだけが今の自分と好きなサリーナを守る唯一の手段だった。
「……クエイドさん、どうしたんですか?」
リーサが心配そうに近寄ってくる。しかし、クエイドはそれを手で制する。
あまりに痛々しく、そして今にも消えてなくなってしまいそうな儚さに声を失う。ラッグスも最初に感じたクエイドとのイメージのギャップに言葉を失っていた。
「……大丈夫……俺は……大丈夫だ。」
クエイドはそう呟いていた。
まるでそうじゃない自分をそうであると思い込ませるように。クエイドはそう何度も呟いていた。
リーサはクエイドのあまりの姿に祈らないではいられなかった。
彼に安らぎを与える人が現われる事を。彼を救ってくれる人が現われる事を。
他力本願だったがそれを自分でするのは無理だと感じていたからだ。
しかし……それを出来るはずである人は……クエイドの事を覚えてはいないのだ。
クエイドの心はすでに限界を超え、再び心がバラバラになろうとしていた。
今度は本当の『人形』になろうとしていた……
その時、けたたましい警報が鳴り響いた。
「私達の事がばれた?!」
リーサの表情が険しくなる。だが、それとは対照的にクエイドには福音にさえ聞こえた。戦闘の中に身を置くことでしか生きていけないのなら……生きてやる。そして……自分が死ぬその時が来るまで苦しんでやる。自分が八つ裂きにされるその時を望んで……
それが大切な人を守れず、多くの屍を作り出してきた自分への罰なのなら……
……俺は 生きてやる……
(Continue)
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