第5章「君は何も失ってなんかないよ(1)」
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第一陣として出撃したトリニティ空防軍のガンシップ3機が暗雲を貫いてその黒い機体をあらわにする。長い暗闇に覆われた夜はまだ明けようとしなかった。その暗闇の果てに待つ者……漆黒の地平の先に見える紅蓮の炎と巨大な昆虫型モンスターの姿は精鋭パイロットすらも震え上がらせた。
来た道を戻り、バロン極秘施設から脱出したクエイド達が見たものは世界全てが燃えているかのような光景だった。
「……王蟲……」
リーサは絶望的に呟いた。その表情は青白く冷や汗も頬に見える。視線を変えればラッグスも同じような表情を浮かべている。
王蟲の巨体の前ではコンクリートによる防壁も薄い紙切れ程度でしかなかった。王蟲の鋼鉄すらも切り裂く巨大な爪の前にコンクリートや鉄筋によって強化されている建物は瓦礫と化して炎の中で揺らいでいた。
「……クエイドさん……どうします?」
「あ、ああ……」
リーサに声を掛けられ言葉を返そうとした時、二人と同じように声を震わせている自分に気付く。
(……なんだよ……俺も同じじゃないか……)
クエイドは冷や汗を浮かべつつ苦笑を浮かべる。クエイドは瞳を閉じると大きく息を一つ吐く。それだけの事なのに急に神経が研ぎ澄まされていく。視界を完全に閉じ、自分の置かれている現状を自己確認する。
恐怖を駆逐するわけじゃない。恐怖心は絶対に駆逐出来ない。何故なら、恐怖心こそが命を救う最後の命綱になるからだ。この自分自身が発する警告を無視した時……それは死ぬという事だ。だからこそ、『否定』はしない。『受け入れる』のだ。
自分の置かれている立場、状況を正確に把握できた時……恐怖で体が強張る事はない。混乱する事もない。ただ、自分が今すべきことをするだけ。そう……それだけの事なのだ。
クエイドがその瞳を開けた時、もう迷いは何もなかった。恐怖心はまだある。だけど、それが自分の体を、『意思』を束縛する事はない。
「この場から急いで離れるぞ。あのモンスターは俺達でどうにか出来る奴でもないし、俺達がどうにかする義理もない。」
クエイドが静かに呟いた言葉にリーサは頷いた。頷くしかなかった。
リーサにしてみれば目の前で多くの人が死のうとしている現状を無視する事など本来なら出来なかった。しかし、紅蓮の炎の中でも少しもその活動を衰えさせない、モンスター種の中でもドラゴンに次ぐ生命力を誇る蟲の王、『王蟲』の圧倒的な力が自分ではどうする事も出来ない事も理解していた。
「……リーサ、行きましょう。」
ラッグスがそっとリーサの肩に手を置く。その手が体に触れた時、恐怖心がほんの少しだけ和らいだ気がした。ようやく大切な人を救い出す事が出来た……その事実が少しずつ、優しく体に染み込んでいく……
「……はい。」
リーサは微笑みをラッグスに向ける。それに答えるようにラッグスも優しく微笑んだ。
そんな様子を覗き見ているような奇妙な感覚に襲われながらクエイドは胸が締め付けられる妄執に駆られていた。
鈍い、切ない痛みがじわじわと出来損ないの心を……古びた時計が自分自身を軋ませながら、それでも時を進ませようとしているように……それが無駄な努力にすぎず……秒針すらも進ませる事が出来ないように……俺の心も痛みを伴うだけで何の救いも成果も現われない。……何も出来ずに暗闇から抜け出せない……彼女がいた時はそれでも時は少しずつだけど進んでいた。でも、彼女が俺の前から消えて……俺はまた暗闇の中で光を見失った。そう……また、時が止まってしまった。
リーサとラッグスの様子を見ながらクエイドは羨望と嫉妬……今まで知るはずもなかった感情を抱いて見ていた。そんな自分を『自分』だと認めるのが嫌でクエイドは視線を外した。二人の姿が……まるで昔の俺とサリーナの姿を見ているようで……辛すぎたから……
「……早くこの場を離れよう。」
クエイドはそれだけ言うとその場を歩き始めた。二人の返事を待つ事なく、後ろを振り返る事もなく、暗闇の森に向かって駆け出す。目の前には延々と暗闇が広がっている。まるで今の自分のように目指すべき明かりなど一筋も見えなかった。
トリニティ・モンディーア陸防軍基地
レイキャンベル公国の北部に位置するトリニティ平和維持軍の基地は一連のモンスターによるレイキャンベル侵攻によって火の車のような状態だった。その状態はかつてのレ軍によるネルドガルド侵攻を上回っていた。
レ軍によるネルドガルド侵攻の際には実はトリニティ中央政府よりこのモンディーア陸防軍基地を始めとするレイキャンベル内のトリニティ平和維持軍基地に対してある極秘要請がなされていた。それを知っているのは上層部の極一部だ。その内容は水面下でのトリニティ中央政府からレイキャンベル公国中央政府に対しての通告をこれ以上無視し、ネルガルド首都にさえ侵攻するようならばモンディーア陸防軍基地に駐留している8000人にも上る陸防軍部隊を始めとして、トリニティ平和維持軍部隊が首都の公国中央政府官邸に対して攻撃を行うという事だった。これはトリニティ中央政府がトリニティ平和維持軍を設立した当初よりある軍部独裁国家に対しての軍事オプションの一つだった。そう……つまりは軍部のニュートラライズ(排除)である。
結果的に先のレ軍によるネルドガルド侵攻はトリニティ中央政府の脅しが効果的に作用したのかレ軍はネルドガルドからの撤退を表明した。
しかし、今回の一連のモンスターによる動乱はトリニティ軍の防衛出動の余地がないようだった。報告された情報によればドラゴンに続き、王蟲と呼ばれる巨大モンスターがトリニティ施設に対して攻撃を加えていると言う。
……そして、帝国首都ラズヴェーダのトリニティ中央政府より『治安活動』から『防衛出動』へと緊急事態レベルが上がる。モンディーア陸防軍基地に駐留している陸防1軍第19戦闘支援航空中隊第5対戦車ヘリコプター部隊が爆音と共に巨大なローターを回転させ、暗闇の夜空に舞ったのは深夜を越えて、2:30だった。その懐には戦車の分厚い装甲すらも貫通する対戦車ミサイルが何発も入ったミサイルポッドが抱かれていた……
ガンシップから放たれる20mm機関砲を弾きながら王蟲の破壊は留まる事を知らなかった。巨大な敷地面積を誇るバロン極秘施設の大半が瓦礫へと姿を変え、爆炎と爆音を轟かせていた。
<A?01、02、03、対地ミサイルの発射許可が下りた。目標を沈黙せよ。>
「了解。各機第一種戦闘態勢。目標に対してミサイル攻撃を行う。」
<A?02、了解!!>
<A?03、了解!!>
無線機から聞こえてきた各機の声と同時にA?01パイロットは操縦桿を倒す。
夜空の空気の障壁を突き破る轟音を轟かせ、ガンシップは旋回し、王蟲に対してミサイル攻撃を行える体勢を整える。
「発射!!」
声と同時にミサイルの発射ボタンを力強く親指で押す。各機二発ずつ放たれた合計6発の対地ミサイルは一直線に王蟲へ向かって白い軌跡を描いて伸びていった。王蟲はそれを避けようともせず……いや、気付こうとすらせずに完全に破壊に終始していた。
ミサイルは次々に王蟲に命中し、爆炎と黒煙を巻き上げる。煙の中にミサイルが吸い込まれてはさらにその煙を増大させる。そうして、6発全てのミサイルが王蟲に命中した時、王蟲の巨体すらも隠すほどの黒煙があった。
「対地ミサイル全弾命中!!」
<目標の生存を確認せよ!!>
「了解!!」
ガンシップ三機は黒煙の上がるバロン極秘施設上空を旋回していた。正直この時、パイロットは目標……王蟲の生存など微塵も信じてはいなかった。対地ミサイルを6発もくらって生きている生物がいるなど信じられなかったからだ。しかし、彼は『モンスター』という存在に関して無知すぎた。モンスターは、人が呼ぶ『生物』とは厳密には違っていた。どちらかと言えば戦車や、戦闘ヘリ、ガンシップやARMSと言った『兵器』に近かった。モンスターとは……星が『NOVA』の抹殺と『人』の抑止と制圧のために生み出した『生きている兵器』なのだから……
そして、黒煙の中から信じられないものをパイロットが見たのはその時だった。
薄まった黒煙の中から8つの紫に輝く瞳が現われたのだ。
「……う……そんな……」
<どうした!!報告は正確に行え!!何があった!!目標は健在なのか?!>
通信から流れる切迫した通信兵の言葉もパイロットの耳には届かなかった。体中の全ての神経が視覚に集中し、それ以外の五感が機能していないようだった。
目の前の黒煙から姿を現したのはまるで外傷の見当たらない王蟲だった。紫色の八つの瞳。その不気味な輝きにパイロットは心底恐怖した。
<報告しろ!!何があった?!>
この時、ようやく通信兵の声がパイロットの耳に届いた。震える声を何とか平静にして今、目の前で起こっている現状を端的に説明する。
「目標は健在!!目標に攻撃は通じていません!!」
それだけ言えば十分だった。無線機から通信兵の呻き声のようなものが聞き取れた。その事が彼の絶望感と無力感をさらに増大させた。
<……了解した。陸防軍の対戦車ヘリコプター部隊が目標に接近しつつある。各機撤退せよ。>
「了解……。」
パイロットは苦々しく呟いた。目標を破壊しないままの撤退命令はトリニティの誇るガンシップが目標に対して完全に無力だと言う事実を如実に示していた。
夜空を切り裂いて勇敢に戦火の昇る戦場に現われたガンシップ部隊は反転し、戦火を残して闇夜に消えて行った。漆黒の機体が闇に消えていく様はまさに『敗北者』そのものだった。
ガンシップの夜空を切り裂くようなジェット音の次に響いたのは空気を叩きつける戦闘ヘリのローター音の爆音だった。
トリニティ平和維持軍の誇るエヴァ・エンタープライズ社製AAH78a『バーンa型』。最新アサルトヘリのこの攻撃ヘリは最大2.2トンもの積載量を誇り、その兵装のバリエーションも多岐に渡る。対地攻撃のみならず、対空戦闘でも高い攻撃能力を誇っている。
ARMSと肩を並べる高い攻撃能力を誇る戦闘兵器……その9機の戦隊の姿は戦闘兵器という破壊の力が持つ、言い表す事の出来ない狂気と力強さが溢れんばかりに現われていた。
「見えた!!あれが目標だ!!」
「大きい……あいつを我々で迎撃出来るのでしょうか?」
「倒さなくてはならない……戦車やARMS等の地上兵器では甚大な被害を被る事になる。陸防軍としては我々以外奴を仕留める力を持っている者はいない。空防軍はすでにガンシップによる迎撃を行っているがこれは先ほど失敗したとの連絡があった。我々も奴を迎撃出来なければ、戦術爆撃飛空艇による空爆が行われる。そうなれば被害は想像を絶する。必ず奴を倒すぞ!!おしゃべりはここまでだ。各機戦闘態勢。武装制限はされていない。最大火力で一気に殲滅するぞ!!」
「了解!!」
戦闘ヘリは各機大きく広がるとわき腹に抱くロケットポッドのハッチを開ける。
「一斉攻撃だ!!残弾数を気にするな!!最大火力で奴を殲滅するんだ!!」
「了解!!」
「射撃!!」
戦闘ヘリから次々に白煙と共にロケット弾が無数に発射される。その数はあまりに膨大で数を数える事等まるで無駄のような多さだった。白煙の軌跡を残して次々に王蟲に命中し、紅蓮の火柱を巻き上げる。高々く上がった黒煙は夜の闇をより一層深く、濃くした。
爆炎は瓦礫を天高く巻き上げ、そして雨のように大地に降らせる。爆炎はいくつも大輪の花を咲かせ、王蟲と闇を華々しく飾り立てる。
圧倒的な防御力を誇る王蟲の外郭だが、鋼鉄の装甲さえ貫く対戦車ミサイルの嵐の前ではさすがの王蟲といえども無傷と言う訳にはいかない。外郭にはひびが入り、緑色の体液が飛沫となって大気に飛散する。昆虫の外郭が擦り合うような音ともに凄まじい咆哮が大気と一緒に戦闘ヘリすらも揺るがす。
「すげぇ絶叫だぜ。まさに断末魔だな。」
そう皮肉気に笑みを浮かべるが、炎の中で踊り狂う王蟲の姿を前にしてそれはわずかに口元を歪めさせるくらいでしかなかった。そして、足元で爆発した衝撃によって巨大な王蟲の掻き爪が千切れ飛ぶ。巨大な爪は緑色の体液を撒き散らしながら空中を何回転もして、大地に突き刺さる。戦闘ヘリ部隊によって王蟲は完全に抹殺されようとしていた。しかし、それを見過ごすほどこの王蟲の主は残酷でも非情でもなかった。
暗闇の森から突如現われた深緑のドラゴン。洗練された筋肉質の体躯とこうもりのような薄い膜の張った巨大な翼。長い尻尾に、長い首。頭部には顔全体を覆う兜のような角が顔を覆っていた。その鋭い眼光と鋭く光る牙は肉食獣の獣の感を一層強くしていた。
戦闘ヘリ部隊はこのドラゴンの登場を赤外線レーダーによって知る事になる。しかし、彼らはこのドラゴンが自分たちにとって『天敵』とでも言うような圧倒的相性の悪さを持ったドラゴンである事を知る由もなかった。
『ウィザードドラゴン』
高い機動性能と高い誘導性能を誇るレーザーブレスを放つ高レベルのドラゴン種。ガンシップや戦闘ヘリといった小型の飛行兵器には圧倒的なまでの強さを誇るモンスターである。ウィザードドラゴンの放つレーザーブレスの誘導性能は光ファイバ誘導方式を採用しているミサイル兵器以上である。ビーム兵器の圧倒的攻撃力と百発百中の命中精度は『先制攻撃・即座撃破』を基本としている現代の兵器では太刀打ち出来ない。
そして、その圧倒的強さはこの戦闘ヘリとの戦闘でも大いに見せしめる事になる。
「新たな目標が現われました!!」
「落ち着け!!この目標はもう沈黙目前だ。新たな敵を迎撃する。A小隊、B小隊、迎撃体制をとれ!!」
「了解!!」
隊長の命令が発せられると戦闘ヘリは3機が一つのトライアングルを描くような隊形を取るとドラゴンに向かって飛ぶ。爆炎によって黒い機体に赤い色が灯る。
「って!!!」
戦闘ヘリ合計6機から一斉に20mm機関砲が爆音を轟かせて闇を裂いた。弾丸は黄色い軌跡でゆるい弧を描く。
ドラゴンはその巨大な翼を一つ羽ばたかせると急激に高度を落とす。6つの弾丸の軌跡は夜空に吸い込まれる。ドラゴンは地面スレスレまで高度を落とすともう一度翼を羽ばたかせる。翼が生んだ巨大な旋風が地面を叩いて大きな砂埃を舞わす。その砂埃を突き抜けてドラゴンは超低空を滑空する。まさに空中を滑るように水平に開かれた翼が空気の断層を切り裂いて飛翔する。戦闘ヘリの真下を掻い潜るように飛ぶと再び上昇し、戦闘ヘリの後ろを突く。
「くそっ!!なんて機動性だ!!これじゃ対空ミサイルのロックオンもままならない!!」
ヘリのガンナーは毒づいた。
IT技術の向上によって現代の戦闘ヘリは一昔前の計器類がひしめいているものではなく、液晶画面ばかりの近代的なコクピットになっている。しかし、その液晶画面上を踊るように動くドラゴンに対して照準すら定まらない現状だ。近代兵器で最高の機動性を誇る戦闘ヘリでさえドラゴンの機動性には対応出来ていなかった。
そして、ドラゴンの口に白い光が灯った。そう見えた瞬間、戦闘ヘリのパイロット達はされを遥かに越える閃光の前に晒された。
ドラゴンの口から吐かれた閃光は6つのレーザーとなって収束する。本来、直進にしか進まないはずのビームだが、ウィザードドラゴンのレーザーブレスはまるで巨大な白蛇のようにウネリながら一瞬にして戦闘ヘリに向かう。
光速を誇るレーザーブレスから逃れる術などどこにもなかった。一瞬にして、六つの爆炎が夜空を飾る。真紅の爆炎が深緑のウィザードドラゴンの姿をあらわにし、ドラゴンの瞳を妖しく輝かせた。
「……バ……バカな……」
隊長は未だ漆黒の空を焦がす六つの炎の華を凝視しながら、声を漏らした。
誰がこの光景を信じられる?
そう自分に何度も問いかけるが目の前の光景が現実に起こっている事だという事に深い絶望を味わう。1機数千万ギャランという莫大な金を掛けてある戦闘兵器が一瞬にして、しかも六機も無残にガラクタになった。その金額に見合う兵器のはずだ。その性能を一番理解しているだけに本当に恐怖に震えた。そして、そのドラゴンの瞳に捉えられた瞬間、死を覚悟するよりも早く閃光が網膜を焼いた……
白い廊下を鮮血が汚していく……
血を流して絶命している人、人、人……
ある者は喉を潰されて口から血を流し、その目を覆いたくなるような形相からその絶命の瞬間の恐怖と苦痛が見て取れた。
ある者は胸を貫かれ、おびただしい血を流してうずくまるように倒れている。その人の周りには夕日に燃える海のように真紅の血溜りが出来ていた。
ある者は腕を千切られ、ある者は魔法の炎で焼かれ、ある者は首を飛ばされ、ある者は体を両断され、ある者はある者はある者はある者は……
そんな地獄絵図が繰り広げられていたバロン極秘施設の中枢とも言える地下施設で血に彩られたカイラスが男の胸を貫いた腕をゆっくりと引き抜く。腕いっぱいに付着した血を気にする様子も見せずにゆっくりと歩いていく。その瞳はただ冷淡な光を宿すだけだった。恐れも嫌悪も躊躇もない。クエイドがなろうとしていた『殺人人形』の姿がそこにあるようだった。
カイラスはある一室に入ると血を拭ってから書類を漁り始める。それをしばらく続けるとある書類を持ったまま動きを止める……いや、瞳だけは忙しなく動いていた。
μ-048輸送作戦
そう書かれた書類だった。中央にトップシークレットを現している丸秘の赤い文字が躍っている。現在のN計画についてではないが『旧N計画』についての極秘事項のようだった。
[μ-048輸送作戦事項]
目的:μ-048
作戦地域:バロン帝国本部〜バロンレイキャンベル支部
作戦概要:帝国本部に秘匿中のμ-048を輸送型飛空艇によって支部へ輸送
警戒態勢を維持しつつ輸送機にて目標を運搬する
使用機材1:PVA-06『トーラ』8機
(対地装備2・対空装備3・電子対策装備1・予備2)
PTA-03タイタン2型強襲輸送飛空艇
注:クラスター等、各種弾頭使用自由
補助作戦概要:輸送飛空艇の海上落下に備え潜水艦を待機
作戦開始時間は+10分より0.1msecのビーコンを3度
当該要員は機体保存よりμ-048を最優先のこと
使用機材:SU-21潜、SUM-301潜
作戦事項に目を通してカイラスは苦笑を滲ませた。
(大層な計画だが敵を一つだけだと思ったのが運の尽き……いや、そもそも『NOVA』を利用しようとする事自体間違いか……)
そう思うと苦笑せずにはいられなかった。何故なら、我々も同じ過ちを犯そうとしているのだから。
五竜による『NOVA復活計画』……『星』さえも関与するこの壮大な計画も言ってみればNOVAを利用する事に他ならなかったからだ。
運命はこの計画書に記されている部隊と同じか……それとも……
この計画の実行を最後にμ-048は星の情報ネットワーク『レイライン』からも姿を消した。μ-048の覚醒を最後に……
その時の覚醒が引き金となり南極で目覚めの時を待っているNOVAが反応し、それに呼応するようにして魔王が再臨した。
「……どこにいる……?」
カイラスの呟きが静かに虚空を振るわせた。
陸防1軍第19戦闘支援航空中隊第5対戦車ヘリコプター部隊全滅。
その報告と同時に戦術爆撃飛空艇2機、空中戦艦型飛空艇3機、ガンシップ8機が船体を組んで離陸した。巨大な船体にサーチライトが交錯し、その漆黒の巨大な機体を浮かび上がらせる。大規模な爆撃作戦が行われようとしていた。その被害の規模は絶句する程のものが陸防2軍戦略対策室によって推測されていた。しかし、それを知らないはずの一般兵士達もこれから起こる事に対して唯ならない不安と恐怖、そして戦慄を覚えずにはいられなかった。
だが、歴史上この部隊によって空爆が行われた事実は残っていない。
何故なら……王蟲、ウィザードドラゴン共に突如としてその姿を消したからだ。
陸防軍によって何度となく捜索されたが王蟲のその後の経路はおろか、ウィザードドラゴンが現われていた事実さえも未確認だった。
まるで悪夢でも見たかのような出来事だったが、彼らが無知だっただけかもしれない。
王蟲もウィザードドラゴンも獣魔術士によって召喚された獣魔なのだから。役目を終えた獣魔は再び歪んだ空間へとその姿を消し、自分が本来いるべき場所へと戻る。王蟲はモプフィス大森林の奥地へ、ウィザードドラゴンはパラメキア大陸の死竜山へ。
そして一連のレイキャンベル・モンスタークライシスの歴史は閉じられ、歴史には刻まれることのない『裏の真相』を持った戦いへと舞台は移る。物語はクエイド達のニルヴァーナ機関からの逃亡戦へと変わる。
バロン極秘施設を後にしたクエイド達はローグィンへと着いていた。
夜の闇に紛れての逃亡と王蟲による強襲によって、想定していたバロンによる追撃はどうやら事なきを得たようだ。
夜の漆黒の闇は深い青へと変わりクエイド達の姿を少しずつ白日の元に晒し始めていた。
「綺麗な空ですね。僕は……本当に脱出出来たんですね。」
ラッグスが空を仰いで呟いた。その笑顔には疲れよりも喜びの方が見て取れた。
(こんな時に随分のん気なもんだな。)
クエイドは内心で嘆息したが、確かに視線を上に向ければ綺麗なディープブルーの空がある。星の小さな輝きもあいまって本当に綺麗な空だった。
だが、悠長に空を眺めているわけにはいかない。一刻も早くこの場を少しでも離れなければならない。
「感慨に深けるのもいいけど、今はこの国を一刻も早く離れたいんだ。まずはここで小休止を取ってからだ。あんたの格好は人の目を引くしな。」
クエイドの言葉にラッグスは「そうですね。」と笑顔を零した。クエイドとリーサは戦闘服から所持していた私服へと着替えが、ラッグスだけはそのままの格好だった。確かに、薄汚れた白衣と皺と埃だらけのYシャツは人の目を引くと言えば引いてしまう。しかし、クエイドの明確な指摘にもラッグスの表情には危機感を見る事が出来なくてクエイドはまたため息を付きたくなった。
そして、ラッグスは思い出したように短く声を挙げた。
「そう言えば、貴方の名前を教えてくれませんか?助けてもらったのに名前を聞く暇もなくって……僕はラッグス・ヴォルディックです。」
人の良い笑顔を浮かべながら言った言葉にクエイドは嫌味を言う気も無くして簡単に呟いた。
「……クエイド・ラグナイト。」
「本当にありがとうございました。クエイドさん。」
クエイドのとても愛想の良いとは言えない自己紹介にもラッグスは笑顔で答えた。
その事に軽い頭痛をクエイドは覚えていた。
「……でも徒歩でレイキャンベルから逃れるのは大変よ?どうするんですか、クエイドさん。」
リーサの言葉にたまには自分で考えろよとも思うがそれは心の奥へと仕舞い込む
「そうだな……」
クエイドは手を顎にあてて考え込む。確かに徒歩でレイキャンベルから逃れるのは現実問題としてあまり取りたくない逃亡手段だった。
やはり、身分証明の厳しくない列車等の交通手段が妥当だろう。クエイドはそう考えをまとめて発言しようとした時ラッグスから声が挙がる。
「それなら心配いりませんよ。逃亡に成功したら友人が迎えに来る手筈になっていますから。もう少したったら連絡を入れますよ。」
ラッグスはいつもと変わらない笑顔で簡単に答えた。
「友人?信用出来るのか?」
「ええ。それは。」
クエイドは顔では無表情を作ってはいたが、その声は明らかにラッグスを疑っていた。だが、それにもラッグスは温和な表情を作るだけだった。その仮面の様な笑顔が彼女が作っていた模造品の笑顔を思い出させる。
「……とにかく、少し体を休めましょう。」
リーサの提案にクエイドはこの時だけは素直に頷いた。何よりも疲れていた。
視線を遥か彼方に向けるとオレンジの閃光が網膜に飛び込み、陰を作る。太陽が夜の闇を焼き始め、昼の始まりを示していた。
……長かった夜がようやく終わったのだった……
ダウンタウンの安宿を取り、部屋に入ると同時にクエイドは倒れ込むように眠りに落ちた。
久しぶりの戦闘や、『あいつ』との再会で肉体的にも精神的にも疲労が限界を超えていたせいだ。
だが……夢の中でも安息なんて得られなかった。
永遠と続く殺戮と絶望。
俺の右腕が短剣を踊らせ、そのたびに血が飛沫となって宙に広がる。鳴り響く銃声とそれに掻き消された断末魔。硝煙が鼻腔をくすぐって破滅の本能を充足させる。
肉を裂け。裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け裂け……
骨を砕け。砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け砕け……
世界を殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ……
サリーナを愛する俺とサリーナを殺そうとする『俺』。
幸せになりたい俺と幸せになれるとは思わない『俺』。
人を殺したくない俺と殺す事に至福を感じている『俺』。
……もう……嫌だ……
逃げ出そうとして、右手が何かを掴んだ。ヌルリとした背筋に寒さを覚える感触に恐怖して叫びながらその手に掴んだものを離す。
ゴロンと小さく転がる音をたててそれは俺の目に飛び込んだ。子供の右腕……
血で汚れて薄紫色の血色の悪い、吐き気を催しそうな色……
冷たい汗が体中から現われる。べっとりとした気色悪いその感触に肌寒さを感じた。
そして、恐怖で引きつった表情で辺りを見渡せば、人の死体の山と俺を取り囲む誰か、何か……
……お前が殺したんだよ……
……悪魔……悪魔……悪魔……
……お母さんを返して……
……この人殺し……
……殺してやる……殺してやる……
無数の殺意、悲しみ、憎悪……
それに晒されて俺は子供のように逃げ出した。世界の果てまでも逃げ続けた。星を何周も回ったがどこに行っても俺に対する負の感情が消える事はなかった。降りかかる魔法の炎、ミサイルの嵐、閃光の刃、そして世界さえも焼き尽くす業火……だが、俺を傷つける事は出来なかった。
俺がやめろと叫び振りかざした腕はそれ一薙ぎで大地を爆ぜ、太陽の炎のように禍々しい火炎を生み出して俺の前にあるあらゆる存在を星から消し去る。
違う!!俺はそんな事しようとは思ってない!!
俺が声にならない咆哮を挙げてもより凄まじい怨念のような憎悪を生むだけで、俺の体にまた恨みを込めた一撃が繰り返される。
そして……俺は狂った……壊す事でしか語る術を知らなくなった。殺す事でしかコミュニケーションを取れなくなった。殺す事でしか『他』と接点を持てなくなった。
いや……俺はそういう存在なだけなのかもしれない。
そうだ……何を悲しむ?俺は他を圧倒する力を持っている。人も文明も星さえも殺せる。
俺が悪魔なら……悪魔のように振舞ってやる。全てを殺して、全てを消し去って、全てを憎んで、そして……滅ぼしてやる。
そして俺の目の前に今までは比較にならない『存在』が現われる。
そいつとの長い戦いの果てに……『世界』は壊れた。
もういいだろ?
『あいつ』の声に俺は我を取り戻す。
俺……俺?そう、俺はクエイド……クエイド・ラグナイト。
当たり前の事を自己確認する。しかし、そうしてなければ今まで見ていた……いや、自分が行っていた行為について理解出来なかった。
今のは……俺じゃない?じゃあ……誰なんだ?
どこからが俺の記憶で……どこからが『他の誰か』の記憶なのかまるで判別がつかなかった。
お前がオレについて知るのは早すぎるんだよ
『あいつ』は珍しく悲しみを含んだ表情で俺に語りかけてきた。
こいつでもこんな表情をするという事に対して軽い戸惑いを覚える。
「あれは……お前だったのか?お前の……想い出なのか?」
俺の言葉に『あいつ』は苦笑を滲ませただけだった。
ただ……その苦笑がまるで俺がサリーナを失った時の辛すぎる自分を隠すためにやる笑顔に近いような気がして……俺は言わずにはいわれなかった。
お前……辛いのか?
どうして俺はこんな事を言ってしまったのだろう。
『あいつ』は俺を苦しめる元凶なのに……俺にサリーナを傷つけさせる元凶なのに……
だけど、それでも今の『あいつ』が俺には、サリーナとの想い出にしがみ付いて、これっぽっちも優しくない、辛すぎる現実で足掻いている俺自身のようで……見て見ぬふりが出来なかった。
さぁな……忘れたよ
『あいつ』はただそう呟いただけだった。
『あいつ』と『俺』。二人のクエイドの姿をした人形達。
不思議な感覚だった。
今まではどんなに『あいつ』が俺と同じ姿をとっていても完全に別人だと信じていた。
一つも似た所なんてないと思っていたし、そうだと否応なく自分に言い聞かせていた。
俺は『あいつ』を憎んでいるし、それは今も変わらない。
『あいつ』と同じだともし他人に言われるような事があれば俺は発狂したように否定するだろう。
だけど……俺は初めて『あいつ』という存在について考えさせられた。
何故、俺の中にいる?
何故、俺自身も知らないような事を知っている?
何故、それほどまでに『愛』に固執する?
何故、俺とサリーナを……
「お前は 誰だ?」
俺の声が暗闇に響いた。
俺と『あいつ』しかいないいつもの暗闇。その果てなんて見えない、『あいつ』の姿以外形を見ることも出来ない黒一色の暗闇にぼんやりと浮かびながら……
俺は、初めてそう呟いた。
(Continue)
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